第十二話 真実・前編

文字数 4,581文字

 今、海神寺の電話が鳴っている。この寺院に所属する人間でも、限られたものしか知らない秘密の番号が。
「もしもし?」
 エメラルドが受話器を取った。かけてきた相手は正氏。彼は妲姫たちが、飛行機に乗ったことを伝えた。
「本当か…?」
 
 夕暮れ時に、広島に着く。そこからこの寺院までにかかる時間を計算し、真織たちがいつ頃ここにやって来るのかを割り出す。
「了解した。正氏、お前はひさおを回収しておけ」
 そして電話を切る。
「誰だ、エメラルド?」
「増幸様、吉報です。どうやら思惑通りに妲姫はここに向かっているそうです。恐らく日が暮れた頃に到着するでしょう」
「そうか。だが、一人というわけではないだろう? おまけは何人だ?」
「話によると、四人。内一人が神代の跡継ぎ、禮導。残り三人は馬の骨のようです」
 今、海神寺には蜂の巣が少ない。情報を求め、日本各地に散らばっているからだ。彼らをすぐに呼び戻すのは、物理的に不可能。だが、みつきはいる。巌と麗も一応、いる。
「神代の跡継ぎ……禮導がいなければみつき一人に任せてもいいのだ。が……。これは面倒なことになりそうだ」
「いいえ、心配には及びませんよ。僕が出ましょう。必ずや良い結果を、増幸様に」
 うむ、と増幸は頷いた。エメラルドもまた、みつきとは違った実力者なのだ。他の者は自分だ、と言って聞かないだろうが、彼はきっと蜂の巣の中で一番強い。
 加えて、本命のみつき。もう負ける要素が一つもない。
「上手くいくな、全てが」
 思わずニヤリと口が動いた。
「では、みつきに伝えろ。準備運動でもして体を温めておけと。それと巌と麗の二人は、まあ、どうでもいいか。適当な場所に配置しておけ」
「了解いたしました」
 最後の作戦が、始まろうとしていた。
 そうとは知らない真織たちは、ただ増幸を討つために海神寺に向かう。

 太陽が水平線の彼方に沈んだ。一度来たことのある真織、高雄は迷わず足を進める。
「怖くないか?」
 禮導が言った。
「少しも? 恐れるような脅威は、ここにはありませんよ」
 それを真織が軽く流す。ここまで来て、怖いから逃げる、とはいかない。もう覚悟はできているのだ。それは誰もが一緒。
「ちょっと作戦を練ろう」
 高雄が切り出した。
「バラバラの状態で乗り込むよりも、陣形を組もう。五人でできることは限られてる。でも、役割を決めるべきだ」
 そして、役割分担が決まる。蜂の巣が現れた場合、もしくは増幸が実力行使をしてきた時、真織と禮導が対処する。その間、高雄と英美は妲姫と共に、安全な場所に避難。強力な霊が待ち伏せしていた場合や霊的な危険が発生する場合は、真織、禮導と高雄、英美の役割が逆転する。
「それでいい。俺は幽霊と戯れるのは得意じゃない。真織、お前もそうだろう? その場合は高雄と英美に任せる。意義はあるか?」
「ありません。それでいきましょう」
 随分とあっさりした陣形だ。だが、破るのは容易ではないはず。真織と禮導は何度も、蜂の巣を撃退しているし、高雄は除霊の方が得意だ。英美の場合はもっと優れている。
 すぐに見えてくる海神寺。門をくぐると敵地。そして異変に気がつく。
「おーい、誰もいないのか!」
 暗い。照明が最初からついていないのではないかと疑ってしまうほどの暗さだ。
「どうなってるんだ? 前に来た時はもっと賑やかだったぞ? おかしい、ここであってるよな…?」
 タブレット端末の地図アプリで確認する。間違えてはいない。ここであっている。
「もしかして…待ち伏せ?」
 誰もが、それはあり得ないと思った。後ろをつける尾行者はいなかったはずだし、ここに来ることは誰にも伝えていない。だが、この状況を飲み込むには、バレていたと考えるしかないのだ。
「一体どこで漏れた? 俺は誰も見逃しておらん。真織、お前たちは?」
「私もです。火焔岳に蜂の巣が一人いましたが、ソイツが後を追っていたとは考えにくい。ですが、もうそんなことは関係ありませんよ。どうやらやるしかないようですから!」
 真織はただ、一点を見つめている。その視線の先に光が灯る。
「おやおや…懐かしい相手です。名前はえっと、何て言いましたっけ?」
 すると、返事が来る。
「みつき。白星みつき、だ。覚える必要はあるか?」
「ないでしょうね。多分、私とあなた、そのどちらかしか、この夜を越せないでしょう。それにしても、何故ここに?」
「それは、お前たちを騙せていた証拠だ。ここは俺たちの本拠地だ。もっとも俺は昨日帰って来たばっかりだが…」
「そういう意味じゃありませんよ…。私から一度逃げたあなたが、何でもう一度会いに来るんですか、って意味です」
「逃げた? それは違うな。俺は機会を待っただけだ。次に会った時、確実に仕留められるこの機会をな!」
 真織の弱点。それはみつきだけが知っている、背中の札。そこを攻撃すれば、電気の供給は止まる。そうしたら、やりたいように料理するのみ。
「ですが、今日は一味違うんですよ?」
 そう、あの時とは違う。禮導が真織の味方だ。今目の前にいる相手に対し、公平だの不平等だのと言うつもりはない。最初から二人で戦わせてもらう。そのつもりなのだ。
「おや? どうやら同じことを考えていたようだな?」
 それは、みつきもだった。
「…?」
 すると、みつきの横にも光が灯る。
「フン。僕は初めて見るが、弱そう。ただそれだけしか感想が思いつかない」
 エメラルドだ。前に真織たちが海神寺を訪れた時、既にいた。しかし、顔を会わせることは決してなかった。
「みつき、もう始めよう。また逃げられては、増幸様に頭を下げることになる。それは絶対に阻止しなくてはいけないことだ」
「おい、お前ら。俺がここに来た理由がわかっておらんのか? お前たちは、神代の裏切り者…。その罪の重さがわかっていないらしいな?」
 禮導が言った。
「ああ、知らない。そもそも俺たちはこっちの日本の住人ではないんでね…。そっちのルールを当てはめられては、困る」
「言い逃れはさせんぞ? お前らも同罪だ。しっかりと俺が裁く。蜂の巣なんぞは地球上から消してやる」
「おいおい、禮導くん? これを見ても同じことが言えるのかな?」
 そう言うと、エメラルドは指をパチンと鳴らした。すると海神寺の照明が一斉に光を放つ。
「こ、これは…!」
 照らし出された庭には、多くの人間がいた。彼らはみんな、生きているように見えるが、全く生気が感じられない。
「彼ら、何も知らないみたいだけど僕らの味方だ。全員、抹殺するのかい?」
「貴様…!」
 禮導は怒りを露わにした。
 この、大勢の人々は、全く無関係な人物であることに間違いはなさそうだ。しかし、日本全土に散らばった蜂の巣が真織たちよりも先に戻って来ることは不可能なはず。ではどうやってエメラルドはこれだけの人員を調達したのか。
 答えは簡単だった。エメラルドの霊能力だ。彼は禮導と似ていて違うことができる。すなわち、物体にではなく生物に魂を与えてコントロールすることが可能である。だが生きている人間にはみな、それぞれの魂がある。エメラルドの場合、そこが禮導とは明確に異なる点。言わば、魂の上書き。自分が与えたい魂を無理矢理押し付けることで、本来の自我を封印するのだ。その結果として、著しく知能が下がるのだが、それを数の暴力で補うつもりだ。
「この寺院には、二パターンの人物がいるんだ。一つは隣接世界からやって来た、僕らのような表には出ない存在。もう一つは、純粋に修行するためにいる無関係な者たち。僕らの正体を知らない大量の凡人だ。それに加えてね、付近の住民にも協力してもらっているんだ。そうなると君たちは攻撃しにくいだろうと思ってね。どうだい? これでも僕らと同罪かい?」
 これは外道の極み。無関係な人を巻き込み、被害が出てもいいという、常人の神経では考えられない発想。だが、彼らからすれば、そもそも自分の世界とは無関係の人物。単なる消耗品と思っていても無理はない。それに、増幸の悲願は最初から関係のない妲姫を計算に巻き込んでいる。だから何を言われても、今更なんだ、としか考えていないのだ。
「高雄! 英美! 妲姫を連れてすぐに逃げて下さい!」
「で、でも!」
 この状況で、自分たちだけ逃げていいのか? それが高雄の心に引っかかる。
「いいんです! ここは私と禮導が何とかします! 妲姫を捕えられたら、アイツらの勝利であってそれが私たちの敗北なんです! 速く!」
「わ、わかった!」
 高雄と英美は妲姫の腕を引っ張り、海神寺から脱出を図る。
「逃がすわけないだろう?」
 しかし、入り口の門からも人が押し寄せる。既に海神寺の外側にも、人を洗脳して配置していたのだ。
「祓えばいいわ…!」
 英美は希望を見失ってはいない。札を数珠を取り出し、一人一人の植え付けられた偽の魂を取り祓ってやる。高雄もそれに加わり、近づいて来る人から、片っ端から札を押し付ける。すると、祓うことは可能であり、偽の魂を失った人は気を失ってばたりと倒れた。
 効くことはわかったが、それでもかなりの数だ。
「これじゃあ時間がいくらあってもたりないぞ!」
「逃げる道だけ確保しましょ。幸い、連中の動きはとろいわ」
 二人は何とか、道を切り開く。
 その光景を見ていたみつきが口を開いた。
「見学してても面白くない。俺たちも始めるか…。エメラルド、お前は禮導の動きを止めな。真織は俺が倒す」
「いいよ、僕に汚点が残らないなら好きにして。禮導の動きなんて簡単ださ、止めるんならね。でも妲姫が逃げないように見張らないといけない。けれども両方を難なくやってのけるのが僕さ」
 みつきは木の棒を両手に構えた。その先端には、氷の刃が育つ。
「少し場を開けな。出ないと俺も動きづらい」
 すると、庭の一部が開けた。そこにみつきは綺麗に着地する。
「来なよ、真織…! 白黒つけようじゃないか、ここで…!」
 真織もその、戦いの場に下りた。
「いいですよ。何も後悔はありませんか?」
 真織は札に、雷の刃を出した。
「フッ。俺の真似事か…。まあそれが一番。戦いやすいやり方ってのは、どこの世界でも収束するんだな…」
「いいえ、私はドストレートにあなたのを参考にしましたよ?」
「そうか。じゃあ、行くぜ…!」
「ええ!」
 真織とみつきの戦いが始まろうとしていた。一方で禮導は、苦戦していた。
「彼奴…。この下衆が、心が痛まないのか…?」
 禮導は、祓うことには特化していない。だから力業で、人の海に乗り出す。試しに思いっきり力を込めて洗脳された人を攻撃すると、一応偽の魂は飛んで行った。だが、肉体的な負傷は免れない。禮導の心の一点に、罪悪感が生まれてしまう。
(こうなると、彼奴のように思いきるしかないか…。許せ、民間人よ…)
 彼は、一線を越えた。目の前の人という人に、カバンから取り出した警棒で殴り掛かる。警棒には魂を与えてあり、力が激増している。
「おや? 君もやるねえ。そうかそうか、そっちから入って来るか…。ようこそ外道の世界へ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み