第四話 跡継・後編

文字数 6,732文字

「さてと…。ではそろそろいきますか…!」

 真織が位置に着く。

「良かろう。健闘を期待しておるぞ」

 禮導も向き合う。
 二人の戦いが始まろうとしている。隅っこで高雄と妲姫が話をしている。

「真織が有利ではある」
「何で?」
「何でって、考えてみなよ? 禮導の戦術は、俺がさらけ出させた。でも禮導は、真織の戦い方を知らない」
「私は知ってるよ」
「………。禮導は、真織が何を仕掛けてくるのかわからないって意味さ。もしかしたら俺と同じ、ただの札使いと認識してんじゃないかな?」
「私は真織のこと知ってるよ?」

 記憶がないことが、こうも煩わしいことなのか。高雄は痛感する。そしていつも、妲姫の世話を真織に任せているのだが、大変さも実感する。

「……黙って見守ろう!」

 高雄は黙った。妲姫も話す相手が口を閉じたので、静かにした。

「ルールはさっきと同じですよね?」
「ああ。変更する気はない」

 禮導はそう宣言した。

(なるほど…。ということは、その条件で戦いなれているってことですね。やはりこの方、百戦錬磨の強者…)

 真織は、禮導が放つオーラに戦慄していた。ただ者ではないことはわかっていたが、いざ向き合ってみると、足が震える。体が、緊張している。

(高雄は善戦してくれましたが、彼とは比べ物にならない実力の持ち主でしょう…)

 交戦経験が豊富ではない真織は、戦いが始まる前に作戦をまとめておきたかった。だが、

「そろそろ、頃合いだ。始めよう」

 禮導が言うので、引き伸ばしても仕方ないと頷いた。

(ならば…先手必勝!)

 相手の小道具が魂を得て、自分に向かってくるまでは少し時間がかかる。対して真織は、札なら一秒もしないで取り出せる。そして物体よりも稲妻の方が確実に速い。

「はあああ!」

 雷鳴が、瞬いた。薄暗い修行の間が、昼間のように明るくなった。

「すごい電力だ…! きっと移動中にチャージが完了したんだ! これは避けっこないぞ!」

 いい方向に見ている高雄。しかし側の妲姫は、

「いや、動いた」

 その動きを、見逃してはいなかった。

「これは驚いた。お前、札使いでも特殊な部類だな? 鬼火や鉄砲水を用いる霊能力者もいると聞く。お前の武器は…その電霊放か!」

 禮導が足を止めた。質問を投げつけられたので真織も一旦札を下ろした。

「デンレイホウ? 何ですかそれは?」
「知らないのか?」

 首を傾げる禮導。高雄も疑問に思った。

「電霊放じゃないのか、アレ?」

 すかさず尋ねる妲姫。

「ねえ、電霊放って何?」
「霊気を使って、電気を操って撃ち出す放電のことだよ。俺は使えないけど、見たことはある。威力は様々で、弱いと虫すら殺せないけど、強ければ岩石をも蒸発させる…っ! でも、真織のアレは違うのかな?」

 今まで口にしないだけで、そうだと思っていた。禮導も同意見だ。だが真織まで、頭の上にクエスチョンマークを出現させている。

「知りませんね、そういうことは」
「名前がないのか?」
「気にしたことはありませんよ」
「ならば、電霊放の亜種…………とは言えんな。あれは札を使わない。静電気を霊力で操るだけだからな。だがお前、今札から電気を放った。おそらく、いや、確実に違う、電霊放とは!」
「へえ、そうなんですか。でも名前なんてどうでもいいんですよ。雷の力は私の味方! そこに違いはありません!」
「お前が気にしないと言うのならば、戦いを続行させてもらうぞ」

 真織は頷いて答えた。
 バトル再開。真織の戦法を見たので禮導の動きは、高雄戦とは変わる。

(雷の威力は、今回は控えめだろう。だが、それは俺に対して放つ稲妻に限る。恐らく奴は、目を覆う布、飛んで来る小道具に対しては、容赦なく高威力で撃ち込み、撃ち落とす。それは疑いようがない)

 ここで禮導、小道具に魂こそ与えるが、真織に向かわせない。自分の周りを浮遊させた。

(ならば、俺の近くでは威力は出せない。俺の周りは安全圏。離れると危険地帯。奴もそれを理解しているはず。この戦い、長引くな…)

 しかし、そういう禮導の思考を知らない真織は、禮導に向かって駆けた。

「電流を札から流し! 雷の刃を形成します! この刃、触れるな危険!」

 真織は、朝に遭遇したみつきの氷の刃を参考にした。氷で刃が作れるなら、電気でもできるはず。単純な発想だが、即席でやってみせたのだ。

「面白い…!」

 それを見て、動揺する禮導ではなかった。逆だ。逆に、真正面から受けて立とうと考える。禮導の方は特別な仕掛けも施されていない、定規を取り出した。

「それでさばけるとでも? 無謀ってやつですよ!」

 真織は距離を一気に縮めると、雷の刃を振り下ろす。禮導は定規でそれを受け止める。

「無謀だと? いや違う。俺の策に無駄はない」

 真織は、抵抗を感じた。これ以上前に勧めない。雷の刃が、定規を切り裂けてないのだ。接触部分から火花が飛び散る。

「そんな! ただのプラスチックの定規に…? ありえない!」
「いや、あり得る。俺が魂を与えた物質が、霊力を持ち、相手の霊力に干渉する。魂は成仏には弱いが、それ以外に屈することはせん!」

 それが現実。禮導が少し力を加えると、真織の体は後ろに下がってしまった。

「…っと!」

 危うく転ぶところだった。何とか姿勢を正すと、禮導に目を戻す。

「ほほう…」

 その手に持っていた定規が、溶けている。もはや使い物にならないプラスチックの塊と化したそれを禮導は投げ捨てた。

「無謀な攻撃と思ったが、無駄ではないようだな。雷の刃か……。今までに見たことのない霊能力だ。増々この手で倒したいと思うぞ」
「まさか! 私があなたに負けると本気で思いますか? いいえ、思うはずがないでしょう!」
「どうかな?」
「どうでしょうね?」

 お互いに余裕を醸し出す会話。だが真織の心は軽く動揺している。

(プラスチックを溶かすぐらいの威力は出せませた。もう少し私の力が強ければきっと、押し勝てていたでしょう。が! それで禮導を攻撃するわけにはいかないですね。怪我をさせないルールに違反します。おまけに、同じ手が何度も通じるほど愚かな相手とは考えにくい。アイツが動き出す前に、こちらの一手を考えなければ!)

 勝負とは、一瞬の思考のぶつかり合い。その先を予測し、動けた者が勝利する。今のままでは真織は、勝者の条件を満たせない。

(ここは、ちょっとシンプルに行きますか)

 札に電気を貯めて、禮導目掛けて撃ち込む。しかし稲妻の弾丸は、禮導がポケットから出した手鏡に跳ね返されて、修行の間の天井を焦がした。

「女が持っていると、いろいろ役に立つと聞いた。男でもこういう局面では、役に立つな」

 まさか鏡で跳ね返るとは、真織も思っていなかった。あんな一枚の手鏡も撃ち抜けないことに、苛立ちを感じずにはいられない。
 だが、逆に利用できる習性でもある。この修行の間に鏡、もしくはそれに該当する物があれば…。真織は周囲を見回した。

(ダメ、ですかね。一般的な木造建築の寺に、ガラスや鏡がはめ込まれているわけがありません。虫のいい発想でしたね…。でも!)

 ないのなら、奪えばいい。禮導の手の中にある、あの鏡を。
 もう一度、雷の刃を作った。これで勝負する気はない。鏡を奪うことができるなら、この札は犠牲にしてもいい。そう思った矢先、

「いたっ!」

 何かが手にぶつかった。それで札が弾かれ、雷の刃は消滅し、床にヒラヒラと落ちた。

「なん…!」

 ぶつかったのは、さっき禮導が投げ捨てた定規だったプラスチック塊。

(まさか、まだ魂が!)

 この時、真織は決定的な隙を作ってしまった。

「そこだ…!」

 禮導が、駆ける。手には魂を与えたボールペンと手鏡。出遅れた真織はまさに絶体絶命。札を拾っている時間はない。新しい札なら取り出せそうだが、雷の刃を作っている暇がないため、攻撃を受け切れない。

「く………!」

 マズい。直感する。
 しかし、禮導は、真織の顔の一瞬の歪みを見逃さなかった。
 次の瞬間、真織は禮導に背中を見せた。そして服の下、背中に貼ってある札から電気を放出した。

「危ないところだった。あと一歩! あと一歩、踏み込んでいたら、直撃していた…」
「おっと残念、バレましたか…」

 電気をため込んでいる札からの直接の放電。真織にとっては最後の手段である。これをすると、貯めていた電気の大半を失うことになるからだ。今朝のみつきとの一戦では、自分の札は蓄電専用だったから使えなかった。しかし高雄にもらった札は、そういう仕様が施されていない。札を交換する機会があれば前からやってみようと思っていて、そして今、初めて行ってみた。できることはわかったが、表情の歪みのせいで禮導には届かなかった。

「まだ何か、隠し持っているだろう? その全てを俺に見せろ、真織!」

 禮導の心は折れない。自分が負けていたかもしれない状況であったのに、冷や汗の一粒も流さない。

(天才! ですね、禮導は…。霊能力者としても、戦いに身を置く者としても!)

 凡人の真織には到底、到達できない領域に禮導はいる。その相手から勝利をもぎ取るには、凡人の限界を突破しなければいけない。

(できますかね、私に………)

 真織には、あまり自信がない。さっきから、雷の刃、蓄電札からの放電と、今までやったことがないことでも実践し、やってみせた。それが自信の基盤になっていない。心に根付いていない。
 何故なら、その戦法は禮導に通じなかったからだ。一矢報いることができなければ、心は強くあれないのだ。

(でも……)

 できなければいけない。ではないと妲姫の記憶が蘇らせられない。自分の敗北で、望みが消え失せる。失うには大きすぎる。

(やってみせましょう! いいや、私はやる! 確実に、禮導から勝利を! 奪い取ってでも!)

 決意は心を強くする。今の一瞬の思考で真織は、己の殻を破った。
 唐突にしゃがみ込んだ。そして新しい札を床に突き立て、電気を流す。

「何をする気だ?」

 当然、禮導は疑問に思う。自分から腰を下ろすのは、この勝負において自分で自分の首を絞めるようなもの。
 だが真織は本気だ。この一手で禮導に動揺を与えるつもりでいる。
 次の瞬間、床に稲妻が、まるで木の根のように走った。

「これは!」

 真織の第三の攻撃だ。床を這うこの雷は、軌道こそ禮導に丸見えではある。しかし、足をつく地面が安全地帯でなくなるのだ。

「ようし! 思惑通り! これならどうでしょう?」

 地を這う稲妻は、真織の思い通りに動く。スピードは普通の放電よりも遅いが、確実に禮導との距離を縮めていく。
 禮導はポケットから消しゴムを取り出し、魂を与えて稲妻に向かって投げた。普通なら、電気を通さない消しゴムを稲妻が越えることは不可能だろう。

「何と! 不導体に屈しないのか!」

 彼にはそう見える。実際には、稲妻が消しゴムの下の床を通っているのだが、ゴムの類で止めることはできそうにない。

「ならば、お前を直接叩くまで…! 覚悟せよ!」

 稲妻のスピードよりも自分の足の方が速いことを禮導は瞬時に把握し、駆け出した。

(この新たな策に真織は夢中…。どうやら、床に放電中には動けぬらしい。その一点の欠点が命取りだ。俺の方が速い)

 手にはもちろん、鏡を忍ばせる。

(お前の力…その全てを跳ね返してやろう! 自分の力に耐えられる者はいない。魂を得た鏡は、人の持つ力全てを相手に押し返す。それが電気だろうが霊力だろうが関係ない。この一押しで終わる、ただそれだけが真実!)

 禮導は、自身を追いかける稲妻を振り切ると、いよいよ真織に近づく。そして最後の一撃を与える、その準備を終わらせた。しかし…………。

「くっ!」

 急に禮導が、足を止めた。

「近づけますか? いいえ、できないでしょう!」

 真織の言う通りだ。その場から、一歩も先には進めない。逆に足を後ろに戻した。

「何故なら! 既に私の周りの床に、電流が渦を描くように走っているからです! これを越えないと私の元にはたどり着けませんが、隙間はない!」
「おのれ…っ!」

 ここから真織を直接叩くことは不可能だ。もししようとするならば、先に禮導が感電してしまう。真織の特殊な電撃、受ければ運動神経が麻痺する。その性質を禮導は知らないが、彼の敗北条件は電撃を一発でもくらうこと。性質を知らなくても、絶対に避けなければいけないのだ。

「だが!」

 飛び道具なら、と考えた。ポケットにはまだ、投げれそうな小道具もといガラクタがいくらでもある。それらに魂を与え、真織に向かわせる。

「できませんよ!」

 真織のその一言で、噴水のように床から雷が噴き出し、禮導の飛び道具を撃ち抜いた。ペットボトルのフタが、釘が、短い鉛筆が、黒く焦げて撃ち飛ばされて弾ける。

「ぬうぅ…」

 徐々に大きくなる、雷の渦。禮導は距離を取らざるを得ず、後ろに下がった。

「これはすごい!」

 隅っこで見ていた高雄が叫んだ。

「あの禮導を下がらせるなんて…! しかもあの電気の陣は、攻撃にも防御にも使える! 普通は電気が足りなくなったらお終いだけど、真織の電気は札がある限り無限! 相手の勝ち筋を潰すと同時に、自分の負け筋もなくした!」
「でも高雄、見てよ」

 妲姫が指を指し示した。渦巻く稲妻は、これ以上大きくなることが不可能なのか、それ以上広がらない。

「維持するので精一杯なのかもしれないな。でも! 負けないことに変わりはない!」

 一つ不安があるとすれば、真織の背中。服の下に忍ばせてある札を攻撃されることだ。だがそれは、大きな心配事ではない。禮導は背中の札は、放電用と思っているだろう。真織はその札の本当の役割を口で説明など一切していない。それに床に電気を流すので精一杯だとしても、禮導の動きに体の正面を合わせるのは難しいことではないのだ。背中は攻撃されようがない。

「もしも、禮導が背中を狙ったら…床に電気を流し込みつつ、背中の札からも空中に放電したら? 真織にそんな余裕がある?」
「それは、まさか…」

 きっと片方が、途切れてしまうだろう。両方を同時に行うことはできない。

「真織! さっさと禮導を、やれ!」

 高雄が叫んだ。禮導に考える暇を与えないためにも、すぐに決着をつけなければいけない。
 それは、真織もわかっている。真織は高雄の声に、親指を立てて答えた。

(それはわかります。が! ここからどうやって禮導を私が叩くか、それも問題! この状況を維持するには、札を床から離せませんし、かと言って私の方から禮導を追いかけようにも動きは必然的に遅くなる。素早く動くなら、この雷の陣は捨てなければいけません。しかしそれをすれば、墓穴になり得るのですよ…!)

 真織が考えている最中、禮導も勝利のルートを再検索していた。

(天井にぶら下がれば、電気を避けることが可能か? だが、さっきのような逆落雷、天井にまで届く可能性も考えられるだろう。撃ち落とされる)

 手に握る鏡を見た。曇った表情の禮導の顔がそこに映る。

(鏡は役に立たん。電気は下から発生する以上、跳ね返せる方向も下。真織に届かん。斜めにすれば…。駄目だな、別の方向から雷が飛んで来た場合、いくら鏡でも耐えられん)

 しかし考えれば考えるほど、勝利から遠ざかる。禮導は電気が尽きる瞬間に勝負を決めることを考えたが、真織の表情を見ると廃案にした。

(あの顔…。電気の浪費を何とも思っていないだと…? まさに無尽蔵か! こうなると電池切れで勝利するのは無理がある)

 気がつくと、禮導は真織と目が合っていた。その瞳からは、これ以上戦う意思を感じない。でも勝負から降りてもいない。

(考えていることは、同じか…)

 膠着状態に直面した二人は、ある結論にたどり着いていた。
 流局。勝敗は着かない、ドローゲームである。まず禮導が、持っていた手鏡を床に投げた。それが割れたのを確認すると真織も、札を床から離した。

「引き分け、ですかね」
「そうだ。これ以上やっても無駄に長引くだけだ。意味はない」

 お互いに手詰まりであることを確認した。

「いやあ悔しいですね…! あと少しって感触があったんですけどな~」
「嘘をつけ。お前もあれ以上動きようがなかった。それに違いはない」
「でも、禮導。あなたも同じでしょう?」
「そうだ。悔しいことには変わりはない。だがな、日を改めて、決着は着けさせてもらう」

 白黒はっきりしないのは、禮導にとって心地よいことではない。それに彼は、実力の拮抗する、理想的な修行相手を見つけたのだ。簡単に逃がすつもりはない。

「とりあえず、少し休ませてもらいますよ。ふ、ふう! ちょっと、どころじゃありません。かなり疲れました…」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み