第十三話 決戦・前編

文字数 3,618文字

「ビックリしました…。まさか巌が、増幸側についていたなんて…」
「でも、もう大丈夫なんだよね?」
 高雄が聞くと、巌は頷く。
「ああ。増幸の方が間違っているんだ。そう確信できた。僕と麗さんは、蜂の巣に踊らされていただけだったよ」
 思えば、最初に陣牙から聞かされたこと…妲姫への疑惑、あそこから、こうなるように動きをコントロールされていたのだろう。疑惑を植え付けられ、真実を求めた。あともう少しで、偽りを掴まされるところだった。
――でも詳しくは、教えられないよ。妲姫の希望だ。記憶については、言わないでくれって。きっと自分から言うべきと思っていて、タイミングを探っているんだろうね。
「とにかく。増幸は第二本殿にいるのだな? それで間違いないな、麗?」
「ええ。禮導って言ったっけ? 神代の跡継ぎねえ…。不思議な共通点を感じるわ、私も狂霊寺の跡取りで…」
 そんな会話をしていると、突然、紫色の雷鳴が空で瞬いた。
「なんだ、アレは?」
 その怪しい光は、第二本殿の方向から光ったように見えた。
「聞こえるかな、裏切り者…」
 巌が持っている通信機器から、増幸の声がした。
「増幸、おいお前! 騙しやがって! 僕たちが妲姫を連れてきたら一緒に殺す気だったんだろう?」
(…え?)
 その巌の言葉の中に、違和感があった。それに真織は気づいた。
「もうその心配はない…。今ここで妲姫に逃げられれば、私は終わりだ。神代が私のことを調査しようと動くだろうからな。では、どうするか? まあ、とても簡単なことを選ばせてもらったよ…」
 突如、大地が割れたかのような大きな音がした。
「おい、アレを見ろ!」
 巨大な、異様な存在。この時代にそぐわぬ、カミナリ竜の姿。それが、こちらに迫ってきている。よく見ると、紫色の光を放ちながら動いている。
「厄霊と名付けようか…。私の切り札だよ。実は隣接世界は一つじゃない。複数あるのだ。その内のいくつかを滅ぼしてみてね、そして作った霊だ。様々な隣接世界の魂を融合させたから、君たちにも見えるだろう? 今から海神寺を攻撃させる」
 脅しではない。その口元に光が集まる。
「マズい! 逃げろ!」
「でも待って、この人たちは…」
 海神寺は、エメラルドが使用した人でごった返している。禮導によって、みんな洗脳から解放されたが、気を失っている。彼らは、今は動ける状態じゃない。それはこの寺院に隠れているエメラルドも同じ。
「……苦渋だが、選択せねばなるまい。逃げるぞ、ここは…」
 禮導が言った。真織たちは直ちに避難する。同時に厄霊が、光を放った。
 すると、海神寺は一瞬であの世と化した。
「惨い…。これほどのことをするか、彼奴!」
 巌から通信機器を奪い取ると禮導は、怒鳴った。
「貴様! 道を間違えたのか! こんなことをして許されるとでも思うか!」
「君が禮導だね? 私は何も間違えちゃいない。ただ、研究していただけなのだよ。その結果、妲姫の命が必要とわかっただけだ。私は神代に貢献するために、色々調べたのだ。それが間違っていると?」
「此奴…狂ってやがる!」
 それ以上の感想が、思いつかなかった。
「ああ、言い忘れたがね…。厄霊はこっちの世界の存在ではない。だから君たちには、除霊は不可能だ。厄霊を倒すには、隣接世界の力の存在が必要なのだ」
「そんな嘘に騙されるかよ! これ以上は僕らには効かないぞ!」
「巌君、とても残念だ。最後まで私の味方をしていれば、そこで死ぬことはなかったのに。寧ろ道を間違えたのは、君たちの方さ」
 通信機器を挟んで増幸に文句を言っても、何も解決しないと悟った。もう彼とは、わかり合うことは不可能だ。
「最後に一つだけ。妲姫をこっちに寄越せ。そうすれば君らは見逃してあげよう」
 それで通信は途絶えた。
「そんなこと、できるわけが………」
「…行きます」
 高雄の発言を遮ったのは、妲姫だった。
「何言ってるんだ妲姫? ここで増幸の元に行ったら、あの霊に殺されてしまう! ここは俺たちで何とかして、あの霊を倒そう!」
 幸いにも、祓うことに特化している人物が高雄、巌、英美の三人。望みが薄いわけではない。
 だがここで、口を開いた者がいた。
「私が行きますよ」
 真織だった。
「馬鹿言わないでよ、あなた! 一人でアレに敵うとでも言いたいわけ?」
 麗が止めに入る。すると真織は、とんでもないことを言うのだった。
「実は私…こっちの世界の住人じゃないんですよ」
「はぁ?」
 皆が、一斉に呆れた。
「とは言っても、信じてくれないでしょうけどね。私は本当に小さい頃、自分の世界の崩壊を見ました。その時も、あの霊がいた。あの厄霊は言わば、私の世界の仇です。そしてそれを操る増幸も!」
 誰もが信じられないと感じていた。だが、
「俺は、真織の言うことを信じるよ」
 高雄は言った。彼には、思い当たる節があるのだ。
「そうですか、高雄。ありがとうございます」
「冗談ではないよ? 真織がこの状況で嘘を吐くもんか! 俺は、信じる!」
「なら、僕も信じてみよう」
 巌が賛同する。
「僕は、妲姫を信じるって決めた。真織は、その妲姫が一番信じている人でしょう? 信じない理由がない」
 巌だけではない。ここまで来たら、真織を信じるしかない。その場にいたみんなが、真織のことを信じた。
「みんな、ありがとう。みんなに会えたこと、こっちの世界の日本を旅できたこと、忘れません…」
 真織は、別れの言葉を告げた。きっと生きて戻れないだろう。でも、それでいい。元々こちらの世界の住人ではない真織に、この世界での居場所などないのだ。狙うは、特攻。自分の命と引き換えに、あの厄霊を倒す。
「私も行く」
 妲姫が言った。
「いいんですか、妲姫。危険ですよ、ここから先は? 命の保証はできません」
「真織だけに任せられない。みんなを巻き込んだ私にも責任はある」
 二人を止める者は、誰もいなかった。真織と妲姫は、静かに出発した。

「ところで、妲姫? 記憶、蘇ったんでしょう?」
「え、真織、気づいてたの?」
「ちょっと、怪しいと思いましてね。もしかしたら、当たってますか?」
 妲姫は頷いて答えた。
「そうですか…」
「ごめんなさい、言い出せなくて」
「いいんですよ。でも、みんなにはちゃんと教えてあげてくださいね?」
「…うん」
 妲姫が答えた後、しばらく二人は沈黙だった。それを破ったのが、妲姫だった。
「真織は、死ぬ気なの?」
「かもしれませんね。あれだけ大きいと、命を懸けないと突破は難しいでしょう…。でも、いいんですよ。私の元いた世界の二の舞いにはさせません。私の命で助かるなら、安いでしょう?」
 真織は、隣接世界の者が本家世界で死ぬとどうなるか、知っていた。知っていて、そう言った。
「ちょっと真織、手を貸して」
「はい?」
 手を差し伸べると、妲姫はその手の甲にそっと唇を添えた。その瞬間、真織の体から、疲れが消え去った。
「一体、何を…?」
「お父さんが言ってたの。昔、戦争で負けたのには理由があるって。それは、霊の力に頼り過ぎていたこと。生きることを村全体が考えていなかったって。お願い、生きることを考えて!」
「と言うと……妲姫のお父さんは、その戦争に参戦していたってことですか? 確か、月見の塔に記録がありましたが…」
「そう。でも生き残った。だから私が生まれた」
 戦争で、生き残った人たちも少なからずいた。その人がこの世界に残した子孫。それが妲姫。
「そうだったんですか…」
 真織は、奇妙な偶然を感じていた。いや、必然かもしれない。
 この旅を始めた時、その戦争の存在を知った。そして終わろうとしている時、その子孫から話を聞けた。
 思えば、最初に妲姫と出会ったのも月見の塔だった。これが偶然なわけがない。これは、運命。今まで真織は、そんなものは信じていなかったが、これは神が手を加えたとしか思えない。
「わかりました。参考にしてみますね。妲姫の思い、無駄にはしません!」
 この時真織は、自分の身に起こっている現象を理解した。妲姫が教えてくれた、生きると考えること。その思いが言霊となって、自分の身に宿ったのだ。つまり二人分の力が、真織の中に存在しているということ。
「これなら、いける気がします…」
 そして、顔を向ける。その方向に、見覚えのある人影が。
「みつき、戻ってきましたか…」
「ああ。俺のやっぱりお前との決着をつけたくてな。厄霊に任せて皆殺しなんて、つまらないぜ…」
 みつきの興味は、妲姫には向けられていない。もう真織しか、眼中になかった。
「では! 厄霊を片付ける前に、準備運動でもしますか」
「へっ! 言ってろ。俺がお前に勝つことだけはな、覆んねえんだよ…」
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