第零話 陰謀

文字数 1,425文字

 霊能力者の間に激震が走ったのが、二十五年前。その時、日本に存在していたとある集団が消えた。神代の力が、戦争で滅亡に追いやった。

 同時に、安堵感も降り注いだ。

「これで、日本には神代の者以外の霊能力者は存在しないだろう」

 虫のいい発想だが、事実でもある。神代は大きな犠牲こそ払ったが、霊能力者業界を手中に収めたのだ。

 しかし、それにまだ満足していない人物が一人いた。彼は戦前から、

「この戦争には勝って当たり前なのだ。私が追い求めることは、武力では実現できない。科学も当てにはならない。霊的な力がなければ、いけないのだ」

 と言っていた。
 名前を、姫後(ひめあと)増幸(ますゆき)と言う。増幸には、夢…と言うよりも野望があった。それは不老不死の実現だ。
 竹取物語にも登場する、不老不死の薬。秦の始皇帝も欲した一品だ。それをこの手で作り出せないか、彼は試行錯誤していた。
 何故それを追い求めるのか、それは彼自身も良くわかっていないようだ。だが、歴史上の権力者や成功者たちはこぞって死を恐れた。きっと同じ感情が、彼の中にも気付かぬうちに生まれていたに違いない。

「人は何故、死ぬのか。理由は簡単で、体が滅ぶからだ。では、どうやってそれを止める…? いいや、それはできない。長く生きれば体は、勝手にエラーを出す。科学は私にそう言った」

 視点を変える必要があった。肉体的な不老不死は、もうあり得ないことだろう。
 だから、精神的な不老不死の実現を目指す。

「よく人は言う。死んでも終わりではないと。人々の記憶から消えて初めて、終わるのだと」

 その言葉に、ヒントがあった。だから彼は心霊研究家としての道を歩み、神代にも研究の継続が認められていた。
 だが、そんな彼にも限界はある。寿命だ。彼は戦争終結時に二十歳。まだ十分に若い。その若さで、自分が生きている間では時間が足りないとわかっていた。凄まじい先見性だ。


 その懸念が、一発で吹き飛んだ事件が戦争終結の前に起きた。
 敵の決死隊の一人が、白旗を揚げて増幸の元にやって来たのだ。

「もう敗戦は避けられない。死ぬのが怖いが、でも逃げ出すこともできない。だから決死隊に名乗りを上げて、紛れ込んで集落を出た」

 神代の対戦相手…月見の会の者はそう言った。

「よし、怯えることはない。君に戦う意思がないのは、見てわかる。約束しよう、君を保護する」

 増幸は秘密裏に、彼をかくまった。理由は簡単で、神代に、月見の会の者が生き残っていることが発覚すると面倒だからだ。それに何も、上に報告するべきことでもないと判断した。

「なに、戦時中ならよくあることだ。気にするな。君は月見の会を裏切ったわけではない。正しい道に会の他の者がついて来てくれなかっただけのことだ」

 そう言うと、その者は安堵した。そして二、三日もすれば平常心に戻った。
 そして、増幸は気が付く。その者は、月見の会に代々伝わる呪術、秘められた力の数々を、手土産として持ち出していたことに。

「素晴らしい…! この史料の数々は、宝の山だ!」

 増幸をもってしても、興奮が抑えられない。
 その宝の中に、ある史料が紛れ込んでいた。

「隣に接する世界、だと…?」

 心霊研究家の増幸ですら、聞いたことがない。だがその文献によれば、存在するらしかった。
 普通なら、馬鹿馬鹿しいと言って捨てるだろう。だが増幸の霊的勘が、最大ボリュームで警告している。手放すな、と。

 その日から、増幸の研究は暴走したかのように一気に進むことになる。
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