第四話 跡継・中編
文字数 4,557文字
真織と妲姫は、見学するために修行の間の隅に移動した。高雄は禮導と向き合い、
「勝ち負けはどうやって決めるんだい?」
「簡単だ。一度でも床に倒れこんだら敗北。怪我を負わせるのは反則。もちろん建物を破壊することも、降参することも、だ」
投了は、禮導が禁じた。彼からすれば、これからという局面で参ったと言われるのは面白くないのだ。白旗を上げることは許されない戦い。
「厳しいな、それは」
文句こそ呟いたが高雄は、勝てば妲姫の記憶が蘇らせることができると思うと引く気は起きなかった。
(ここまで来たんだ。戦って、思いっ切り散ろう! それで禮導も満足なんだろ? じゃあ、行くぞ!)
高雄は、吹っ切れたかのように素早く動いた。相手は神代の後継者。自分が勝てるとは思っていない。だがその自暴自棄さが、高雄の強みでもあった。
「いきなり動くか!」
悠長に構えて相手の出方をうかがおうとした禮導だったが、その余裕は消えた。何せ、高雄がいきなり全力で札を構え、突進してくるのだから。
「だが、浅はかな一手だ。俺に通用するものか!」
禮導は、自分の身に着けていた上着を一着、脱ぎ捨てた。この行為に一体、何の意味があるのか。それを高雄は知ることになる。
「何だこれは! 何が起きている?」
脱ぎ捨てられた上着が、勝手に動き出した。それは宙を移動して、袖を伸ばし、高雄に向かって真っすぐ飛んで来る。
「ぽぽぽ、ポルターガイスト現象? いいや、違うぞこれは!」
もしこれがポルターガイストなら、高雄に幽霊の手が見えていてもおかしくない。それが見えないからおかしいのだとわかる。
高雄は札を、宙に浮く上着に向けて振ったが、その上着は器用にそれを避けた。彼の勇気ある行動は、禮導の一手によって無力化された。
「一体何をした、禮導!」
「簡単なことだ。その着物に魂を与えてやった」
「まさか!」
普通なら、ありえない。だが神代の力なら実現できる。強力な霊能力を持つ者の血を引いている彼にのみ与えられた特技。物質に魂を与え、その意のままに動かす。
上着の袖が、高雄の腕に巻き付いた。そしてこの世のものとは思えないほどの力で、彼を上に引っ張り上げる。
「攻撃されていると思っているのだ。だから勝手に動いてくれる。どうした高雄? さっきまでの勢いはどこで落としたんだ?」
「この…!」
だが、魂を与えられているということは、逆に高雄の方から干渉することも可能だった。現に高雄は札に念を込めて上着に押し付けると、急に力を失って床に落ちた。高雄は上手く着地できた。
「一応、俺でも対処は可能か! ふ、ふう…」
休んでいる暇はない。禮導の次の一手が来る前に、直接叩かなければ勝ち目がない。
(いや! 勝つ必要はないんだ…)
ここで、考え直した。思考のリセット。自分が何をするべきか、それを考え選択し、実行しなければいけない。
(俺が負けたら、禮導は次、真織と戦うわけか。俺よりも真織の方が実力者だから、彼女に期待しよう。すると、今俺がすべきことって………?)
高雄が足を止めた。勝つなら禮導に近づかなければいけないのに、である。
「止まった?」
「…そうみたいですね。何か、作戦があるのでしょう」
隅っこで見ている妲姫と真織は、高雄の思惑に気がつかない。
「どうした? そこで踏ん張るつもりか?」
もちろん禮導も、だ。
(違うな。少しでも相手を消耗させる。俺が勝つ必要がないなら、真織のために! どうせ勝ち目のない捨て試合なんだ、無理矢理長引かせて疲れさせよう。そうしたら、禮導もベストコンディションじゃなくなる。なあに、神代の末裔にはいいハンデだろう?)
そして、今度は逆に禮導を挑発する。
「おーい、神代の跡継ぎ! 俺に負けたら末代まで恥ってヤツか? 俺は逃げも隠れもしない。さあ、かかって来いよ!」
数秒、沈黙が修行の間に訪れる。そして、
「良かろう。ならば先祖に泥を塗らぬためにも、全力で潰す! 覚悟せよ」
高雄は、怯える表情を取り繕った。だが心の中ではガッツポーズした。思惑通りにことが運んだためだ。
「では、行くぞ?」
「ああ、来なよ!」
今度は修行の間に緊張が走る。禮導はポケットの中身を適当に取り出すと、それを目の前の空間に投げた。
「魂を与える。あの男を転ばせて来い」
ボールペンやハンカチ、小銭がフワフワと浮き、漂う。そして確実に高雄に向かって移動している。
(怪我は反則だろ。じゃあ突き刺したり、切りつけたりはしないはずだ…)
高雄は、一歩後ろに下がる。除霊は通じることは、既にわかっている。だから魂を得た道具に近づかれても最悪、対処は可能だ。
まず、ボールペンが勢いよく突っ込んできた。
「来るか!」
これをかわす。それ自体は、なんてこともない。だがボールペンは勢いを保ったまま、直角に曲がって高雄を追ってきた。
「なんて野郎だ…!」
札でボールペンを弾いた。床に落ちると、動かなくなる。恐らく、札の力に負けて魂を失ったのだろう。
間髪入れずにハンカチが、頭上から降って来る。狙いは高雄の目。覆うことで視界を奪う魂胆だ。
「くらうかよ!」
高雄は札を構えた。だがその札は、いきなり指から弾かれて飛んだ。
「………え?」
何が起こったのか、わからなかった。自分の指が滑ったとは思えない。しかし、札はないので防御は空振りに終わり、目を覆い隠された。
「防いだ。そう思ったか、馬鹿者が。違うな。お前は防いでいない。そう思い込んでいるだけだ」
禮導の思惑に、高雄は見事にはまった。実は最初のボールペン、高雄は弾いて終わったと思っていたが、違う。禮導は予めボールペンの本体とキャップに、別々に魂を与えていた。高雄が弾いたのは、キャップの方。つまり本体はまだ、魂が宿ったままなのだ。その本体が勢いよく飛び、彼の手から札を弾き落としたのである。
「くそっ! 何なんだ一体?」
高雄の視界を、ハンカチが奪った。目を覆うその布は、軽いはずだが、中々剥がせない。札を落としたがために、ハンカチの魂を祓えない。
(よ、予備の札…)
ポケットに手を突っ込もうとした。が、抵抗がある。あるはずのポケットに指が入っていかない。この時高雄には見えてなかったが、魂を得た小銭がまるでチャックを閉じるかのようにポケットの入り口に密着し、開かないようにしていた。魂は札の在り処を予め知っているわけではない。自分らを祓える道具の存在を嗅ぎつけ、祓わせないためにブロックしているのだ。
(落ち着けっ!)
ここで冷静になるのは、非常に難しいことだ。だが高雄は、またも思考回路を捨て去った。
(もうハンカチは剥がせない…。ポケットも開かない。でも、できることを探せ! 急がないと禮導が来る! もう、すぐそこまで来ているかもしれない!)
その読みは当たっている。禮導は音もたてずに既に接近し、高雄に敗北を押し付ける機会を見ている。彼は今、最後に足をすくうものを選んでいるのだ。第一候補は、紐。視覚を奪われた人間がこれに引っかかったなら、簡単に転ぶ。それだけで禮導の勝利。しかし、中々実行に移さない。
(此奴の心に、勇気を感じる。何か、まだ負けていないと思っている。何故だかはわからないが、最後に何かしてくる。そういう考えだ)
そう考えると、一撃を加えづらいのだ。
(もう少し、様子を見るか…)
禮導のポケットには、小道具がまだまだ入っている。これらに魂を与え、偵察させる。流石にカッターは出せないが、ペットボトルのフタや飴玉、よくわからないプラモデルのパーツなどは飛び道具としてとても優秀である。これらを使い、高雄の心を動揺させる。禮導にとっては、勝つことよりも簡単なこと。
そういう状況を知らない高雄は、徐々に焦り始める。
(何もしてこないのか…? 今がチャンスじゃないのか? どうなっている?)
早めに勝負に出た方がいいのか。まだ待つべきか。心が揺れ始める。その心境を禮導は鋭く見抜いた。
(考え始めたな……。恐らく、混乱しているのだろう。視界を奪った今が好機。だが俺が攻めてこない。その理由がわからないからだ。まあ、その悩みはそろそろ解消してやるが!)
禮導が動いた。力強く床を踏み、一歩前に出る。
その足音を、高雄は拾った。
(そこか!)
彼は全てをそれに賭けた。音のする方向に、禮導がいる。確定したわけではないが、可能性は大きい。捨て身の一撃で、一泡吹かせたい。
「…むむ!」
禮導の予期した通り、高雄はまだ完全に勝負を諦めていなかった。この状況で動くのは、非常にリスクの大きい選択。それを高雄は迷わず選んだのだ。
「手ごたえ、あり…!」
見えないが、何かにぶつかったことは感じ取れた。高雄の表情が一瞬、ニヤリと動いた。
だが………。
「そうくるか、やはりな」
禮導の方が、一枚上手だ。
「くっ!」
禮導も何度も戦いに身をゆだね、実力を磨いてきた。目を覆われた者がとるパターンはそれほど多くはない。高雄の行為も禮導からすれば、見慣れた動き。
ただ、今のは結構鋭かった。禮導をしてかわせたのは、自分と高雄の間に小道具で壁を作っておいたからではない。最後の一手を警戒していたからだ。彼に警戒心を抱かせた高雄の勇気があったから。自分の方向に突っ込んでくるのは、簡単に見えて実は難しい。目が自由でない状況だと、足を真っ直ぐ動かすのも困難だ。それにターゲットの正確な位置もわからない。
だが、高雄はほんのわずかな足音から、禮導の位置を把握した。そして一歩踏み出した。
「その一歩、褒めよう。だがな、お前はまだまだ…。実力が足りないひよこ、鶏冠すら生えていない…。その程度では、俺には勝てん」
すれ違いざまに、禮導は技を決めた。高雄の体は乱暴に投げ飛ばされ、床に叩きつけられた。
「ぐはあっ!」
勝負あった。禮導の勝ちだ。
「高雄!」
妲姫が隅っこから走って高雄に駆け寄る。
「……恥ずかしいところを見せちゃったな……。俺、めっちゃカッコ悪い…」
「そんなことないよ! 結構頑張ってたもん!」
「よせよ。恥ずかしいだろ…」
負けたのに高雄は、ちょっと満足気だった。
「頑張りましたね! さあ、立ちましょう。立てますか?」
真織も来た。手を差し伸べ、掴んだのを確認するとグイっと引っ張り、高雄を立たせた。
「次は真織の番だ。必ず勝てよ!」
真織は、高雄の戦いの意味を理解していた。
(彼は私に、禮導がどんな手を使うのかを見せてくれました。あれはそういうバトル。後続の私に、勝負の全てを賭けようという大胆さ。それを実行する勇気。献身的な態度。無駄にはできません!)
高雄は、背中を少し強く打っただけで、怪我はしていない様子だった。その証拠に、あまり痛がっていない。妲姫は肩を貸そうとしたが、断る余裕もあった。
「手加減までしてんのかよ。こりゃすごい」
「そうなの?」
妲姫が聞く。
「じゃなきゃルール違反で俺が勝ってしまう。自分の決め事は自分が一番守る。そういう強い心を持ってる証拠だ。そうでもなきゃ、跡継ぎなんて名乗れないし、継げもしないんだろうな…」
「負けたのに、勝つの」
「もう! そうじゃなくて、だな!」
説明は難しそうだ。器が大きいことを言いたいのだが、妲姫はどうも勝ち負けに食いつくのだ。
「勝ち負けはどうやって決めるんだい?」
「簡単だ。一度でも床に倒れこんだら敗北。怪我を負わせるのは反則。もちろん建物を破壊することも、降参することも、だ」
投了は、禮導が禁じた。彼からすれば、これからという局面で参ったと言われるのは面白くないのだ。白旗を上げることは許されない戦い。
「厳しいな、それは」
文句こそ呟いたが高雄は、勝てば妲姫の記憶が蘇らせることができると思うと引く気は起きなかった。
(ここまで来たんだ。戦って、思いっ切り散ろう! それで禮導も満足なんだろ? じゃあ、行くぞ!)
高雄は、吹っ切れたかのように素早く動いた。相手は神代の後継者。自分が勝てるとは思っていない。だがその自暴自棄さが、高雄の強みでもあった。
「いきなり動くか!」
悠長に構えて相手の出方をうかがおうとした禮導だったが、その余裕は消えた。何せ、高雄がいきなり全力で札を構え、突進してくるのだから。
「だが、浅はかな一手だ。俺に通用するものか!」
禮導は、自分の身に着けていた上着を一着、脱ぎ捨てた。この行為に一体、何の意味があるのか。それを高雄は知ることになる。
「何だこれは! 何が起きている?」
脱ぎ捨てられた上着が、勝手に動き出した。それは宙を移動して、袖を伸ばし、高雄に向かって真っすぐ飛んで来る。
「ぽぽぽ、ポルターガイスト現象? いいや、違うぞこれは!」
もしこれがポルターガイストなら、高雄に幽霊の手が見えていてもおかしくない。それが見えないからおかしいのだとわかる。
高雄は札を、宙に浮く上着に向けて振ったが、その上着は器用にそれを避けた。彼の勇気ある行動は、禮導の一手によって無力化された。
「一体何をした、禮導!」
「簡単なことだ。その着物に魂を与えてやった」
「まさか!」
普通なら、ありえない。だが神代の力なら実現できる。強力な霊能力を持つ者の血を引いている彼にのみ与えられた特技。物質に魂を与え、その意のままに動かす。
上着の袖が、高雄の腕に巻き付いた。そしてこの世のものとは思えないほどの力で、彼を上に引っ張り上げる。
「攻撃されていると思っているのだ。だから勝手に動いてくれる。どうした高雄? さっきまでの勢いはどこで落としたんだ?」
「この…!」
だが、魂を与えられているということは、逆に高雄の方から干渉することも可能だった。現に高雄は札に念を込めて上着に押し付けると、急に力を失って床に落ちた。高雄は上手く着地できた。
「一応、俺でも対処は可能か! ふ、ふう…」
休んでいる暇はない。禮導の次の一手が来る前に、直接叩かなければ勝ち目がない。
(いや! 勝つ必要はないんだ…)
ここで、考え直した。思考のリセット。自分が何をするべきか、それを考え選択し、実行しなければいけない。
(俺が負けたら、禮導は次、真織と戦うわけか。俺よりも真織の方が実力者だから、彼女に期待しよう。すると、今俺がすべきことって………?)
高雄が足を止めた。勝つなら禮導に近づかなければいけないのに、である。
「止まった?」
「…そうみたいですね。何か、作戦があるのでしょう」
隅っこで見ている妲姫と真織は、高雄の思惑に気がつかない。
「どうした? そこで踏ん張るつもりか?」
もちろん禮導も、だ。
(違うな。少しでも相手を消耗させる。俺が勝つ必要がないなら、真織のために! どうせ勝ち目のない捨て試合なんだ、無理矢理長引かせて疲れさせよう。そうしたら、禮導もベストコンディションじゃなくなる。なあに、神代の末裔にはいいハンデだろう?)
そして、今度は逆に禮導を挑発する。
「おーい、神代の跡継ぎ! 俺に負けたら末代まで恥ってヤツか? 俺は逃げも隠れもしない。さあ、かかって来いよ!」
数秒、沈黙が修行の間に訪れる。そして、
「良かろう。ならば先祖に泥を塗らぬためにも、全力で潰す! 覚悟せよ」
高雄は、怯える表情を取り繕った。だが心の中ではガッツポーズした。思惑通りにことが運んだためだ。
「では、行くぞ?」
「ああ、来なよ!」
今度は修行の間に緊張が走る。禮導はポケットの中身を適当に取り出すと、それを目の前の空間に投げた。
「魂を与える。あの男を転ばせて来い」
ボールペンやハンカチ、小銭がフワフワと浮き、漂う。そして確実に高雄に向かって移動している。
(怪我は反則だろ。じゃあ突き刺したり、切りつけたりはしないはずだ…)
高雄は、一歩後ろに下がる。除霊は通じることは、既にわかっている。だから魂を得た道具に近づかれても最悪、対処は可能だ。
まず、ボールペンが勢いよく突っ込んできた。
「来るか!」
これをかわす。それ自体は、なんてこともない。だがボールペンは勢いを保ったまま、直角に曲がって高雄を追ってきた。
「なんて野郎だ…!」
札でボールペンを弾いた。床に落ちると、動かなくなる。恐らく、札の力に負けて魂を失ったのだろう。
間髪入れずにハンカチが、頭上から降って来る。狙いは高雄の目。覆うことで視界を奪う魂胆だ。
「くらうかよ!」
高雄は札を構えた。だがその札は、いきなり指から弾かれて飛んだ。
「………え?」
何が起こったのか、わからなかった。自分の指が滑ったとは思えない。しかし、札はないので防御は空振りに終わり、目を覆い隠された。
「防いだ。そう思ったか、馬鹿者が。違うな。お前は防いでいない。そう思い込んでいるだけだ」
禮導の思惑に、高雄は見事にはまった。実は最初のボールペン、高雄は弾いて終わったと思っていたが、違う。禮導は予めボールペンの本体とキャップに、別々に魂を与えていた。高雄が弾いたのは、キャップの方。つまり本体はまだ、魂が宿ったままなのだ。その本体が勢いよく飛び、彼の手から札を弾き落としたのである。
「くそっ! 何なんだ一体?」
高雄の視界を、ハンカチが奪った。目を覆うその布は、軽いはずだが、中々剥がせない。札を落としたがために、ハンカチの魂を祓えない。
(よ、予備の札…)
ポケットに手を突っ込もうとした。が、抵抗がある。あるはずのポケットに指が入っていかない。この時高雄には見えてなかったが、魂を得た小銭がまるでチャックを閉じるかのようにポケットの入り口に密着し、開かないようにしていた。魂は札の在り処を予め知っているわけではない。自分らを祓える道具の存在を嗅ぎつけ、祓わせないためにブロックしているのだ。
(落ち着けっ!)
ここで冷静になるのは、非常に難しいことだ。だが高雄は、またも思考回路を捨て去った。
(もうハンカチは剥がせない…。ポケットも開かない。でも、できることを探せ! 急がないと禮導が来る! もう、すぐそこまで来ているかもしれない!)
その読みは当たっている。禮導は音もたてずに既に接近し、高雄に敗北を押し付ける機会を見ている。彼は今、最後に足をすくうものを選んでいるのだ。第一候補は、紐。視覚を奪われた人間がこれに引っかかったなら、簡単に転ぶ。それだけで禮導の勝利。しかし、中々実行に移さない。
(此奴の心に、勇気を感じる。何か、まだ負けていないと思っている。何故だかはわからないが、最後に何かしてくる。そういう考えだ)
そう考えると、一撃を加えづらいのだ。
(もう少し、様子を見るか…)
禮導のポケットには、小道具がまだまだ入っている。これらに魂を与え、偵察させる。流石にカッターは出せないが、ペットボトルのフタや飴玉、よくわからないプラモデルのパーツなどは飛び道具としてとても優秀である。これらを使い、高雄の心を動揺させる。禮導にとっては、勝つことよりも簡単なこと。
そういう状況を知らない高雄は、徐々に焦り始める。
(何もしてこないのか…? 今がチャンスじゃないのか? どうなっている?)
早めに勝負に出た方がいいのか。まだ待つべきか。心が揺れ始める。その心境を禮導は鋭く見抜いた。
(考え始めたな……。恐らく、混乱しているのだろう。視界を奪った今が好機。だが俺が攻めてこない。その理由がわからないからだ。まあ、その悩みはそろそろ解消してやるが!)
禮導が動いた。力強く床を踏み、一歩前に出る。
その足音を、高雄は拾った。
(そこか!)
彼は全てをそれに賭けた。音のする方向に、禮導がいる。確定したわけではないが、可能性は大きい。捨て身の一撃で、一泡吹かせたい。
「…むむ!」
禮導の予期した通り、高雄はまだ完全に勝負を諦めていなかった。この状況で動くのは、非常にリスクの大きい選択。それを高雄は迷わず選んだのだ。
「手ごたえ、あり…!」
見えないが、何かにぶつかったことは感じ取れた。高雄の表情が一瞬、ニヤリと動いた。
だが………。
「そうくるか、やはりな」
禮導の方が、一枚上手だ。
「くっ!」
禮導も何度も戦いに身をゆだね、実力を磨いてきた。目を覆われた者がとるパターンはそれほど多くはない。高雄の行為も禮導からすれば、見慣れた動き。
ただ、今のは結構鋭かった。禮導をしてかわせたのは、自分と高雄の間に小道具で壁を作っておいたからではない。最後の一手を警戒していたからだ。彼に警戒心を抱かせた高雄の勇気があったから。自分の方向に突っ込んでくるのは、簡単に見えて実は難しい。目が自由でない状況だと、足を真っ直ぐ動かすのも困難だ。それにターゲットの正確な位置もわからない。
だが、高雄はほんのわずかな足音から、禮導の位置を把握した。そして一歩踏み出した。
「その一歩、褒めよう。だがな、お前はまだまだ…。実力が足りないひよこ、鶏冠すら生えていない…。その程度では、俺には勝てん」
すれ違いざまに、禮導は技を決めた。高雄の体は乱暴に投げ飛ばされ、床に叩きつけられた。
「ぐはあっ!」
勝負あった。禮導の勝ちだ。
「高雄!」
妲姫が隅っこから走って高雄に駆け寄る。
「……恥ずかしいところを見せちゃったな……。俺、めっちゃカッコ悪い…」
「そんなことないよ! 結構頑張ってたもん!」
「よせよ。恥ずかしいだろ…」
負けたのに高雄は、ちょっと満足気だった。
「頑張りましたね! さあ、立ちましょう。立てますか?」
真織も来た。手を差し伸べ、掴んだのを確認するとグイっと引っ張り、高雄を立たせた。
「次は真織の番だ。必ず勝てよ!」
真織は、高雄の戦いの意味を理解していた。
(彼は私に、禮導がどんな手を使うのかを見せてくれました。あれはそういうバトル。後続の私に、勝負の全てを賭けようという大胆さ。それを実行する勇気。献身的な態度。無駄にはできません!)
高雄は、背中を少し強く打っただけで、怪我はしていない様子だった。その証拠に、あまり痛がっていない。妲姫は肩を貸そうとしたが、断る余裕もあった。
「手加減までしてんのかよ。こりゃすごい」
「そうなの?」
妲姫が聞く。
「じゃなきゃルール違反で俺が勝ってしまう。自分の決め事は自分が一番守る。そういう強い心を持ってる証拠だ。そうでもなきゃ、跡継ぎなんて名乗れないし、継げもしないんだろうな…」
「負けたのに、勝つの」
「もう! そうじゃなくて、だな!」
説明は難しそうだ。器が大きいことを言いたいのだが、妲姫はどうも勝ち負けに食いつくのだ。