第二話 疑惑・中編

文字数 3,387文字

 東京駅に向かう新幹線の中で三人は昼ご飯を食べていた。三人掛けの席で一番箸が進んでいるのが高雄。米粒一つ残さない食いっぷりだ。一方、窓側に座っている妲姫の箸と口は、同じタイミングで弁当の封を切ったとは思えないぐらい遅い。真ん中に座っている真織は、二人の様子を黙って見ていた。

(やはり、記憶がないと食欲も失せる…のか? 少なくともこの記憶喪失が演技ではないことは確かですが。まあ、一番気になるのは…)

 高雄の方を少し向いた。

(何故、妲姫を捕まえる必要があったのか…? その理由を知りたい。何か大きな思惑が動き出そうとしているのかもしれない…!)

 結局、それ以上はわからず東京駅に到着する。まるで大海原のような人ごみの中を、三人の魚が目的の路線を目指して泳ぐ。

「こっちだよね、道は間違ってないはず…」

 自信がなさそうな高雄。横を見ると、妲姫が頷いた。真織は何故か側にいない。

「多分」
「それ、君が言うのか? 全然安心できないぞ? 真織はどこに行った?」
「あっちではぐれた」
「それを先に言ってくれよ! ここで迷子になったら、見つけ出す頃には骨になってるかもしれないじゃないか!」

 オーバーな発言をする高雄。それも当たり前で、大都会に足を運んだことは指で数えられるほどしかないからだ。そして諦めるのも早い。何故なら真織はスマートフォンを始めとした連絡手段を持っていないから。

「…俺たちだけでも狂霊寺に向かおう」

 高雄は妲姫の腕を掴んで引っ張った。
 ところで真織は、別に行きたい場所があったわけではない。ただ、我慢の限界だっただけだ。

「ふう、間に合いましたね。こうなるんなら新幹線の中で済ませればよかった。あんなに並ぶなんて…って、アレ?」

 ここで待っててくれと、妲姫に伝えた。にも関わらず、そこには誰もいない。

「もしかして、置いて行かれましたか……?」

 まさか、と思うが、すぐにあり得る話と自分の中で納得する。記憶の危うい妲姫に言った自分が馬鹿だったのだ。
 そしてすぐに、次の行動に移る。

(私がいなくても、狂霊寺に向かうはず。なら前もって話してあった路線に向かえば、そこで合流できるはずですね)

 幸運なことに、その考えは高雄に近かった。少しも慌てず、真織は駅の中を歩き出した。
 その時、真織は感じた。本能が、何かを告げている。その場にそぐわない何者かが、近くにいる。

「……?」

 真織は周りを見た。すれ違う人はもちろん知らない顔だ。悪い霊の類もいない。だが、勝手に立つ鳥肌に、違和感を禁じ得ない。

(何かが、います…)

 そして、その違和感の正体に気が付いた。
 相手は、きっと真織の存在に気付いていないのだろう。素通りした。だが真織には、わかった。

(今の人は………この世界の人じゃない)

 何故そんなことが言えるのか? それは真織でも詳しい説明はできないだろう。ただ、わかるのだ。

(違う世界の人間。何食わぬ顔で、歩いているけれど………間違いない)

 実はこの時、海神寺を出発したみつきが真織とすれ違っていた。みつきは真織に関する情報を何も掴んでいない。故に見逃しても何ら不思議ではないのだ。一方の真織も、相手の素性は詳しく知らない。
 一触即発の危機を、かわした。真織は警戒を続けるが、みつきがこちらに足を戻すことはなかった。だがそれで安心できるわけではない。

(違う世界の人間がいる。ってことはやはり、何か陰謀が動いている…?)

 疑惑が深まる。真織は、この世界に渦巻く陰謀の気配を感じ取った。何食わぬ顔で日常に身を隠す巨悪と対面した時、真織は何をするのだろうか?


「おいおい、どこに消えたかと思ったぞ?」
「私は待ってくれと言ったつもりだったんですが…」
「言ったっけ? 君がそんなこと?」

 無事に合流できたのは、電車の出発直前だ。これから群馬県に行き、狂霊寺に向かう。時間はそれほどかからなかった。そして森に続く道を歩く。

「うひゃ~この林、闇が深いな」
「そうなんですか?」

 高雄の視線の先には、木が一本生えている。その幹には、打ちつけられた大量の藁人形。さらに、幹を削って罵詈雑言が掘られている部分もある。具体的な名前も書いてある。これを見て、寒気を感じない人がいるだろうか?

「おまじないか、何か?」

 そんなのん気なことが言える妲姫。無知ほど怖いものはないと、高雄は再認識させられる。

「死のおまじないよ」

 後ろから、声が聞こえた。三人は反射的に振り返る。女子が一人、立っていた。

「誰です?」

 真織が言うと、高雄が答えた。

「確か、狂霊寺の人ですよね? 苗字は黒宮(くろみや)で、名前は…」
(うるわ)よ」

 その女子は名乗ると、同時に、

「ここに何か用事でも? 言っておくけど、あなた達のような人が来る場所じゃないわ。帰りなさい」

 と、開幕から悪い態度であった。

「そういうわけにはいきません。霊的な力でこの子の記憶を蘇らせたいのです。あなたも、記憶喪失はかわいそうだと思いませんか?」
「ふーん」

 無関心と、聞けばわかる返事。慌てて高雄が、

「狂霊寺には、心霊文献が数多く眠っているって聞いたんだ。その呪術の中に、記憶に関するのがないかな? 教えてくれるとありがたいんだけど…」
「そう。でも残念ね、見せられないわ」

 三人は、文句を言った。同時に放たれる悪口を一々拾ってくれるほど、麗は優しくない。

「ぴゃーぴょーうるさい! 部外者の閲覧は禁止なの。わかる?」

 その一言で、三人を黙らせる。そして麗は一人、寺院に足を進める。

「どうするよ? そんな制限あるなんて知らなかったぞ?」
「ついて行きましょう。いざとなれば強引に。わかってくれないなら、わからせるまでです」

 真織が言った。そして三人も道を進んで狂霊寺に行く。

「ついて来たの? 勘弁してよ、ただでさえ面倒な人物に粘着されてるのに…」
「面倒とは?」

 その疑問に、麗は指を差して答えた。

「アイツ…。昨日から拒否ってるのにさ、全然引き下がんないの。どうしても調べないといけないことがあるんだって」
「なら、見せてあげればいいじゃないですか?」
「それができない決まりなのよ。だって彼も部外者だから」

 その男子は、名を(さかき)(いわお)という。真織たちよりも先にこの寺院に着いたはいいが、書庫に入れさせてもらえていない人物。

「おや、麗さん。僕は駄目でその人たちならいい、なんて言わないだろうね?」
「当然。あなた達には帰宅してもらうわよ」

 麗の考えは、イコール狂霊寺の方針とみていいだろう。意地でも余所者を弾くつもりなのだ。
 だがここで、はいそうですか、とは言えない。それは真織たちも巌もだ。当然、引き下がらない。
 そして、狂霊寺側が折れた。

「……じゃあ、今からあることをしてもらおうかしら? 試練みたいなものね。クリアした方だけ、入れてあげる」
「試練…?」

 選別のための、課題。勝者だけが選ばれるのである。

「昨日の夜にさ、この森のどこかに、お地蔵様を落としてしまったのよ。それを先に見つけた方に、文献の閲覧の閲覧を許可するわ」

 シンプルな課題だが、巌は、

「そんなピンポイントなミスするヤツおる?」

 とつっこんだ。まるで、自分たちを試すことが前提な落とし物だ。不自然極まりない。

「…と、とにかく! 早い者勝ちよ? さあ行った行った!」

 この膨大な森から、地蔵を一体見つける。その難易度がどれほど高いかは、言うまでもない。だが巌はニヤリと口を動かした。

――もらったぜ。そういう探し物は、得意。絶対に勝てる! 真織とかいう人たちには悪いけど、まあしょうがない。勝てば官軍って言うしな!

 彼が早速探しに行こうとした時、真織に待ったと声をかけられた。

「不公平、ですよね」
「と言うと?」
「こちらは、私に加えて高雄に妲姫がいます。でもあなたは一人。三対一だ、私たちの方が必然的に勝ちやすくなる、そう思いませんか?」

 真織はある提案をした。それは自分たちの優位性を切り落とすことだった。

「高雄と妲姫には、ここで待機してもらうことにします。探しに行くのは私一人だけ。その方がずっと、フェアでしょう?」
「なるほどな…。あんたがそれでいいんなら。麗さん、昨日俺が泊まった離れに上げてやんなよ」

 巌は真織の話を受け入れた。そして麗も、高雄と妲姫を寺院の離れに案内する。

「じゃあ、勝負開始!」

 麗がそう叫ぶと、二人は森の中に進んだ。
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