第十一話 合流・後編

文字数 4,120文字

 この時、既に海神寺では最終的な作戦が決まっていた。
「ひさお、君は火焔岳に向かえ。もしかしたら、妲姫たちはそこに来るかもしれない。そうしたら、知らせろ。そして、海神寺に向かわせるのだ。手段は問わない」
 この命令を受けたひさおは、昨日船で北海道に渡った。そして待っていると、予想通り三人がここに来た。

(こうなっちまえば、もうこっちのもんだよな)
 そう。ひさおに残された使命はあと一つ。三人を海神寺に向かわせること。しかしそこが難しいのだ。
(おれがいきなり『ボスは海神寺だ』なんて言ったら、絶対に信用しねえんだようなあ…。でも、そうしないと戻りそうにもねえんだ。無駄に戦って傷負ったり疲れたりしたくないしよ…。さあて、どうすっか?)
 あれこれ考えながら観察していると、急に一人が振り向いて道を戻り出した。
(おっと、呑気に考えてる暇もねえのか? これは困った…。こっちはまだ策が練れてねえしよ…。やるしかねえか!)
 覚悟を決めて、行くと構えたその時、耳に着けている通信機が鳴った。
「僕だ、正氏だよ! 禮導を見つけた! そっちはどう!」
「おれの方はちょっとマズい…。火焔岳は登山道、半分ぐらいの所にいるが、尾行に気づかれたみてえでね…」
 すると正氏から、
「君も登山道にいるのかい! 奇遇だね! 僕もさ! 今、登り始めたところだ!」
 と、予想外の返事だ。
「何ィ?」
 正氏が火焔岳に向かっていること自体は、事前に聞いていた。しかし同じ登山道に差し掛かっているのは想定外だ。
「…待て正氏。神代の跡継ぎとやらはどこにいる? 目の前か?」
「そうだよ! 今のところはバレずに尾行できている!」
 丁度いいことに、禮導も付近にいるのだ。
(これは、面白れぇ…)
 瞬時に閃く。自分たちが苦労しない策を。
「正氏、ちょっと耳貸せ。おれは今からここでドンパチやる。お前は跡継ぎの後ろからバレないように近づくんだ。おれは後ろに下がりながら戦う。そうすると、跡継ぎとも遭遇することになるだろう。挟み撃ちになるな。だが、それでいいんだよ。面倒な二組を一緒にするんだ。跡継ぎには、仙花が昨日話してあるんだろう? 合流すれば、必ず海神寺に向かうはずだ。いいか、重要なのはタイミングだ。お前の尾行がバレてないのなら、観察に徹することができる。ここ北海道から広島に急ぐとなれば飛行機しかない。空港で、どの便に乗るかを見て、増幸様に知らせるんだ…。なあに、お前の尾行はバレない。おれが追っていることさえ知れれば、連中はそれで満足だろうに。他の尾行の可能性なんて疑いもしねえし、探そうとも思わねえだろうよ」
 蜂の巣が目指すのは、増幸の野望の達成。そのためには、自分の身は顧みない。ここでの勝負で負けたとしても、最終的にチームプレーで勝利する。ひさおは、海神寺に真織たちがいつ頃着くのかを前もって知ることができれば、寺院の方でいくらでも手が打てると確信しているのだ。
「わかったか? じゃあ、切るぞ」
 ひさおは通信機の電源をオフにすると、少しずつ距離を縮めて来る真織の方を見た。
(さあ、来な…。こっちだこっち…。ゆっくりでいい。一歩ずつ降りて来い…)
 迫りくる真織。対するひさおは、少しも動かない。ひさおは、ここで真織を倒せるとは思っていない。もし真織が声を上げれば、高雄もやってくるだろう。二対一では、まともに戦えもしない。
(いいや、バトルも少ししかいらねえな。あの女は降りて来る。少し降りれば、神代の跡継ぎがいる。出くわしたらおれはフェードアウトだ)
 だがここで、真織の足が止まる。意外な動きを見せるひさおに警戒しているのだ。
(仕方ねえ…。跡継ぎが登って来るまでここで足止めだ…)
 そう時間はかからないだろう。ひさおは思いっきり、駆け出した。

「うん?」
 突然動き出した尾行者に驚く真織。だが、その衝撃は一瞬でクールダウンさせる。札を取り出し、相手に向ける。
「そこで止まりなさい!」
「誰が!」
 ひさおは止まらない。
「そうですか。一応警告はしましたからね?」
 問答無用。即、放電する。だがこの稲妻は、ひさおがしゃがんで避ける。
「危ねえ女だ…。おれの代わりに木が電撃を受けたが、焦げてやがる。くらったら、一発、ゲームオーバーってところか?」
「そうでしょうね。私は手加減しない主義なのです」
 ふっ、とひさおは笑う。
(一応、食いついた、餌に! ここで延々と引き伸ばす…!)
 だが、こちらから何も仕掛けないのも不自然。故にひさおは、釘を取り出した。そしてその釘を近くの木の幹に向かって投げる。もう一本取り出すと、今度は違う木に投げた。
「どこを狙っているんです? 私はこっちですよ?」
「言ってな…」
 実はひさおのこの行動、まるで意味がない。しいて言うならば、真織に警戒心を抱かせることぐらいだろうか。だがそれでいいと、ひさおは知っている。彼の目的は勝つことではない。もちろんワザと負けることでもない。ただひたすら、禮導が来るまで粘る、ただそれだけのこと。無駄な動きは多い方がいい。
(もしや…結界? いいえ、見えない壁を形成しているのかもしれませんね…。侮れない)
 そして、効果がある。真織はこれ以上、前に進もうとしない。一歩一歩が慎重になり、動きがゆっくりになっている。
「そうら!」
 さらに釘を三本、木に投げ打ち付ける。これにも意味はない。
(また…! テリトリーを広げているのでしょうか? もしかして、一撃必殺の大技でも?)
 逆に、真織は後ろに下がった。そして距離を取ってから、放電する。
「あらよっと」
 これもひさおは鮮やかにかわす。
「…何も、ないみたいですね」
 稲妻は、何にも干渉されずに木々の間を抜けた。
(疑っていた自分が恥ずかしいです…。もうこうなったら、一気に畳みかけましょう!)
 今度は一歩、大きく前に出る。
(大丈夫、何も感じません)
 そうわかると、さらに一歩踏み出す。そして札を構えようとしたが、
「しまった!」
 ひさおの放った釘が、札を貫いた。
「意識がおれに向いてなかったぜ? だからくらうんだよ!」
「うむぅ…!」
 ひさおの言う通りだ。さっき、真織の意識は踏み出すことに向いていた。ひさおのことを考えていなかったのだ。
「ならば、目線を釘打ちしましょう。もう、見失いません!」
「来るか!」
 ひさおが下がる。すると真織は追いかける。
「逃がしません。絶対に!」
 雷の刃を作ると、これで切りかかる。
「させるかよ!」
 釘を投げ、抵抗しようとしたが、後ろから誰かに腕を掴まれた。
「なんだ……?」
 振り返ると、そこに禮導がいた。
「馬鹿な! まさかおれを挟み撃ちしていたのか!」
 ワザと、驚いてみせる。
「まさか…。あなたと再会することになるとは、思いもしませんでしたよ…。禮導!」
「俺もだ。上の方が騒がしいから急いで登ってみれば、これか…。真織、此奴は蜂の巣か?」
 首を縦に振ると、
「もう既に黒幕の情報は掴んでいる。だがな、ここで逃がすわけにもいかん」
 そこで禮導は、ひさおの腹に膝を入れた。
「うぐっ!」
 予想外の威力に、一瞬でひさおの意識が飛ぶ。
「真織、妲姫と高雄はどこだ? 丁度いい、お前たちも来るがいい」
「どこです?」
「海神寺だ。確かめるべきことがそこにある」
 聞いた途端に、真織の全身に衝撃が走る。
「そこは、私も行きましたが…。別に蜂の巣がどうのとは……」
 しかし、禮導の顔は真剣なのだ。嘘を言っているようにも、騙されている様子もない。だから冷や汗が出る。一時でも、敵地にいたと想像すると。
 真織は高雄と妲姫を呼び戻すと、すぐに禮導の話を聞いた。

「そんな馬鹿なことがあるか!」
「だがな…。蜂の巣が白状したのだ。俺は神代の跡継ぎとして、可能性を見過ごすわけにはいかん。行って確かめなければいかんのだ」
 ついでに、禮導はある女子を連れて来た。
鏑木(かぶらぎ)英美(ひでみ)です。よろしく…」
 彼女が、禮導が戦力に加えようとした霊能力者である。
「なるほど、これはすごいですね。相当の実力が、近くにいるだけでわかります…」
「まあ、英美は祓い専門だがな。もしも増幸が黒幕なら、霊的な何かを隠し持っているに違いない。それに対処する専門家だ。もちろん、霊能力者ネットワークにも名がある。故に信用していい」
 真織が確かめると、彼女の名前は存在していた。
「では、行くぞ!」
「その前に!」
 高雄が切り出した。
「ここまで来たんだ。妲姫の記憶の蘇生、試してもいいかな? 頂上まではしんどくないし、やってみる価値はあると思うんだ」
 これには禮導も了承し、五人で火焔岳の頂きを目指した。漂う煙が妲姫の体を包む。
「これで、蘇ればいいんだけど…」
 高雄の思いとは裏腹に、妲姫は首を横に振る。
「…ごめんなさい。ここでも駄目みたい…」
 何故駄目なのか、それは妲姫が一番良くわかっている。既に記憶は戻っている。だから無意味なのだ。
(もう、言いだしてもいいのかな…?)
 禮導の言う通りに動けば、海神寺に着く。それは危険だが、こちらには禮導という、心強い味方が増えた。英美の実績も申し分ない。真織と高雄だけよりもはるかに安全だ。
(でも…)
 と思い直す。自分の記憶がどうであれ、海神寺に向かうだろう。もし今ここで記憶が蘇っていることを言えば、禮導が神代のツテを使って、安全な場所を提供するかもしれない。自分はそれでいいかもしれないが、他の四人はどうだ? 増幸の方が強かったら、命はない。
(やっぱり、まだ言えない…)
 自分が海神寺について行くためには、増幸のせいで記憶がなくなっている状態であることにしなければいけない。増幸を止めれば、記憶が蘇るかもしれないと、思わせなければいけない。
 そして、いざという時…四人の身に危険が生じたのなら、増幸と交渉するのだ。自分の命を差し出す代わりに、真織たちに手を出すな、と。
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