第十三話 決戦・後編

文字数 3,827文字

 増幸は、暴挙に出た。そこにみつきがいるとわかってて、厄霊に攻撃させたのだ。
「ここまで来たら、もう手段を選んでいる余裕はない。妲姫さえ殺せれば、それでいいのだ。今を逃せば、もう次がないかもしれない。ここはどんな犠牲を払っても、確実さを取る!」
 そもそも、みつきとかわした約束が嘘だった。攻撃を待つ気など増幸には微塵もなく、それが攻撃の大チャンスとしか思っていない。
「酷い、こんなことをするなんて…」
 流れ弾でも十分死人が出るのだ。それなのに、厄霊の攻撃を撃ち込むとは…。真織は怒りを覚えた。
 ここで真織は、選択を迫られた。一つは身を隠し、隙を見て厄霊を倒すプラン。こちらの方が、身の危険は最小限で済む。だが、攻撃の機会をうかがっている間に、増幸が何をしでかすかわからない。自分は良くても周りが危険。
 そしてもう一つ。それは今ここで、勝負に挑むというもの。それなら、変なことをさせないで済む。だが、あまりにも無謀すぎる。
「待て、真織…」
 みつきが言った。
「何で俺を助けた? 見捨てれば良かっただろう?」
「そういう思考が良くないんですよ。生きることを考えたら、あなたを見殺しにはできませんでした。ただそれだけです。協力してもらおうとか、思ってはいませんよ?」
 何故みつきを助けたのか。それは真織自身にも良くわかっていなかった。ただ、体が勝手に動いたことだけは確かなことである。
「大丈夫か、真織!」
 厄霊の動きを見て、高雄が駆け付けた。
「ええ、間一髪かわしました。高雄、丁度いいところに! 妲姫と彼を見ていてください」
「ええ、コイツを? でもコイツは敵じゃ?」
「増幸は今、みつきがいるのにも関係なく攻撃を仕掛けてきました。ということは、もうみつきのことを信じても頼ってもいない……。自分だけで妲姫の命を奪うっていう魂胆ですよ。だから増幸自身も多分、近くにいます」
「そうなのか」
 渋々、高雄はみつきに肩を貸した。
「これでお前も、変なことはできないぜ? 観念するんだな、みつき!」
「………」
 みつきは何も喋らない。ショックなのだ。増幸が自分を捨てるとは、思ってもいなかった。もしあの閃光に自分が飲み込まれたら、魂すら残らない。そのことを増幸が忘れるわけがない。
(俺が、信じられないだと…? ふざけるな、どれだけ増幸の元で働いたと思ってるんだ。恩を仇で返す気か!)
 ただ、静かな怒りが心を包む。
「真織、気をつけろ。英美が言っていたが、増幸があの霊と長年関わっていたのなら、精神が汚染されててもおかしくないって。増幸は最初は普通だったかもしれないけど、今はただの狂人だ」
「でしょうね。私とみつきの勝負に割って入ろうとするんです、正気のはずがありませんよ」
「でも、行くのか…?」
「はい。私がここで止めないと、この世界も崩壊してしまいます。それは絶対に止めないといけませんから。こうなったら、意地ですよ。意地でもこの世界と共に生きる!」
 妲姫とみつきを高雄に託し、真織は厄霊に向かった。

「馬鹿なヤツだ。たった一人でこの厄霊に立ち向かうつもりか?」
 増幸は厄霊の足元にいた。真織の姿を見ると、笑った。
「死にに来たようなものだ…」
「いいえ!」
 真織が反論する。
「私は、生きます。その厄霊を絶対に止めてみせます。それに増幸、久しぶりですね…」
「久しぶり? まあ、確かに数日前に会ったが…?」
「そうではありませんよ。私は本当に幼い頃、元々の世界にいた頃、あなたを見たことがあります。あの時もこの、厄霊でしたね。口から紫の光を放つと、大勢が一瞬で死にました」
 だが、増幸は覚えていない。
「そんなこともあったな。多くの隣接世界を潰したから、何番目のどれだったかは自信がないが」
「では、ここでケリをつけましょう」
 厄霊は大きい。対する真織が、小動物に見えるくらいだ。だがそれでいい。小さい分、小回りが利く。
(幽霊に神経なんてないですからね、ここは純粋な火力で押し切りましょう!)
 厄霊が足を上げた。真織を踏みつぶそうとしているのだ。だが、足元で機敏に動く真織を正確には捉えられない。空振りに終わった。
 振り落ろされた足に、真織が雷の刃で切りかかる。手応えは大きい。が、厄霊は何も感じていないのか、少しも叫び声を上げない。
(私の攻撃では、蚊に刺された程度の衝撃しかないようですね…。となると…)
 厄霊の胴体を貫く。もしくは、頭を潰す。そのどちらかだ。
(増幸を今、仕留めるわけにはいきませんね。そうすると厄霊が暴走する可能性がある。もしそうなったら、今よりも厄介です…)
 増幸本人を叩くこと、もしくは説得は、あり得ない。
 真織は、厄霊の頭を見上げた。二十メートル以上はある。この高さをどうやって埋めるか。まずは普通に、電撃を撃ち込んでみた。
「パキャアアア!」
 今度は効果があったらしい。今、厄霊が下を向いた時、目が合った。そして口元に光が集中する。
(来る!)
 厄霊の反撃。生者を一撃で葬る光が、真織に向かって放たれた。真織はドーム状に放電し、自分の安全地帯を作る。それだけで精一杯だ。
(な、何とか、防げてはいるようです…)
 そして思いつく、厄霊を倒す一手。厄霊は攻撃を受ければ、頭を下げる。今はまだ真織の上空だが、もっと下げる可能性もある。狙うはその時。
 真織は自分で作ったドームを捨て、横に飛んだ。当然、厄霊の放つ光は真織を追いかける。その時、厄霊の頭はさらに下がる。
(これを繰り返せば…。でも、こっちが持ちそうにありませんね…)
 そう思ったのなら、戦法をすぐに見直すべきだ。だが真織にはそんな余裕はない。これで行くと決めたのなら、貫き通すしかないのだ。
 不意に、厄霊が両前足を上げた。
「は?」
 そして一気に、地面に落とす。
「うわっ」
 凄まじい衝撃が、地面を通じて真織を襲う。今の一撃で、真織の体が宙に浮いた。身動きの取れない真織に、厄霊の口が迫る。噛み砕く気だ。
「そっちから来てくれますか…!」
 真織は、自分の後ろに向かって放電した。この一撃は、誰にも当たらない。だが、そのわずかな反動で、体が横に動く。
「ガブッ!」
 厄霊の歯をかわした。同時にむき出しの牙にしがみつく。
「よ、よし…!」
 しかし、あまり良くはない。牙で噛み砕かれることこそ回避したが、真織の現在位置は、厄霊の口元。すぐに厄霊は頭を持ち上げてしまい、ここから落ちれば命はない。それに、厄霊がまた紫の光を放ったら、ここでは避けようがない。位置が悪すぎる。
 もちろん真織もそれらのデメリットは承知である。自分が死ぬリスクもあるが、逆に攻撃するチャンスもあるのだ。
「くらえ!」
 しがみついている歯に、放電した。
「イギイイ!」
 これにはたまらず、厄霊も口を開けた。
(ここで…!)
 真織は厄霊の口の中に侵入した。そして札を前に出して、できる限りの電気を体の周りに放ちながら、喉の奥に突っ込んだ。
「な、何だ?」
 真っ先に異変に気がついたのは、厄霊の足元にいる増幸だった。厄霊の口が光っているが、紫ではない。黄色い稲妻が、口から洩れている。それが、喉の中に消えた。すると、厄霊の長い首の中を、胴体に向かって光が移動する。
「うぐおおおおおおおおおおおおお!」
 真織、決死の攻撃。もう止まることはできない。いや、止まらない。このまま喉を突っ切り、胴体まで到達する。そこで、自分の中に残る全ての力を解き放つのだ。
「どうした、厄霊よ?」
 増幸には、厄霊が苦しんでいるように見えた。そして次の瞬間、厄霊の体が、眩い光を放ちながら爆ぜた。
「馬鹿な? 厄霊が、あんな小娘に負けるだと…? あり得ない、あり得なんだ、そんなことはああああああ!」
 その爆発に、増幸も巻き込まれる。

(終わりましたね…)
 厄霊の全てが、無に帰った。爆発の中心にいた真織は、力も使い果たしている。ただでは済まされないだろう。
 しかし、
「真織!」
 なんと、妲姫に抱えられていた。爆発の最中、妲姫は高雄の制止を振り切り、真織の元に駆け付けたのだ。
「私、生きているんですか?」
「うん、何とか間に合ったよ」
 自分の命を確認できた。そこで真織は、気を失った。後はみんなが待つ海神寺付近に、高雄と妲姫が連れて行ってくれた。

「…ううぐ」
 一方で、増幸もまた生き延びていた。
「まさかこんなことが起きるとは…。だが、まだチャンスがある!」
 真織を抱えて歩く妲姫と高雄の姿を捉えた。後ろから襲い掛かって命を取るつもりだ。しかも今なら、一番厄介な真織の妨害がない。
 静かに歩き出した。が、突然誰かに蹴られて横に飛ぶ。
「うぐは! だ、誰だ?」
「誰だ? じゃねえよ、増幸さんよぅ? 見殺しにしたな、俺を? こっちの世界で死ねば、魂が残らない。それを承知で!」
 みつきだ。手には日本刀のように伸びた氷。
「ま、、待て、みつき!」
「誰が待つと思う? 俺は勝負が先だと、厄霊を動かすのはその後だと、言ったんだぜ? それをお前は待たなかった。なのに俺に、待つ義務があると思うか?」
「や、やめるんだああああ!」
「うるせえ。地獄で叫んでな…」
 そして氷の剣を振り下ろす。増幸の首は、数メートルは飛んだ。
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