第三話 衝突・中編

文字数 5,073文字

 そして、明朝に三人は狂霊寺を出た。まずは東京を目指すのだ。麗に別れを告げて、朝の陽気に照らされた森の中をゆっくり進む。

「長い一日になりそうだな…」

 高雄が呟いた。

「朝から何ですか? そんな陰気な気分じゃ心が重いじゃないですか? ここは、魂を奮い立たせて一発……張り切っていきましょう」
「そうは言うけどね、東京から京都に行くんだよ? 何時間かかると思ってる? それに京都に着いたら、今度は聖霊神社まで歩かないといけない。これが予め嘆かずにいられるか!」

 彼の言い分ももっともだ。昨日は富山から東京を得て群馬に移動。今日はさらに西の都を目指す。疲労が完全に回復できているとは言えない状況だ。現に足取りは既に重くなっている。

「ならば、電車の中で寝てればいいでしょう?」
「真織も妲姫も、先に寝落ちするから俺が荷物見張ってないといけないんだ!」

 二人の言い争いは、小さな口喧嘩だった。相手をけなすが、そこまで悪気があるわけじゃない。ただ、足を無言で動かすよりも口も一緒に動かした方が元気が出ている気分になれる。故の会話。
 その三人の姿を、遠目にうかがう人物が一人いた。みつきである。彼は昨日の内に神代塾本店での任務を済ませ、さらにそこから移動したのだ。

「…あれが妲姫だったな。横にいるのは、高雄だな?」

 何故、この場所を突き止めることができたのか? それは簡単で、みつきの仲間の内の一人である陣牙がSOSを出したからだ。一番近くにいたみつきがまず狂霊寺に向かい、昨日のうちに陣牙は回収した。
 彼が誰に負けたかは、不明である。しかし、男の霊能力者であることはわかっている。

「狂霊寺には現在、若い男の霊能力者はいない。すると、陣牙の相手はアイツに絞られる」

 実際には、巌が戦ったのだが、みつきはそれを知らない。そのことはどうでもよくなった。妲姫がいることを確認したからだ。

「おや?」

 さっきまで、三人は横に広がって歩いていた。が、今気が付くと一人、いない。二人だけが歩いている。

「…誰だ、いなくなったのは?」

 男は高雄、女は一人が妲姫。そこまではわかっている。だが、もう一人が確かにさっきまでいた。ソイツがいない。みつきには、誰がいなくなったのかがわからない。

(顔も名前も知らない霊能力者が狂霊寺に来ていたのか? ソイツと妲姫、高雄との関係は一体何だ?)

 考え事をしていると、近くの木の枝が不自然に揺れた。みつきはそれを、見逃さなかった。

「っく!」

 消えた一人は、上から降ってきた。

「最近はストーカーが増えてるんですかね? この世界には治安の治の字もあったもんじゃないですね…。防犯意識高めでいきます…か!」

 真織だ。札を掲げで地面に着地すると、そう言った。

(尾行がバレていたか! だが何も問題じゃない。ここでコイツ………名無しのゴンベイを潰す、それだけのこと!)

 今度はみつきが叫ぶ番だ。彼は木の棒を取り出すと、それを真織に突き出した。

「見えるか、これが! お前が最後に見ることになるかもしれないんだ、よく見ておけ!」
「ただの、アイスの棒をですか? それが何の役に立つと?」

 真織はそう言った。その言葉に挑発の意味はない。ただ彼女は、信じられなかっただけだ。

(この局面で、何でもなさそうなものを平然と出して、しかも自信満々…。何かはあるようでしょうが、何があるのかさっぱり…)

 わからないこと以上の恐怖は存在しない。現に真織は、無意識の内に足を後ろに下げている。目はみつきに釘付けで、相手の出方をうかがっている。

「見てろ…。ここで潰してやる!」

 木の棒の先端が少し湿ると、水滴が生じると同時に凍った。氷は瞬く間もなく成長し、フォークのように先端が伸びる。

「こ、これは?」

 そしてみつきは、それを真織に向けて撃ち出した。

「氷柱針!」

 真織の反応速度は、素晴らしいものだった。地を蹴って横に飛び、氷柱針が迫る前に攻撃を避けられるところに逃げることができた。だが、この氷柱針はかなりの曲者だった。真っ直ぐ鋭く飛んでいるように見えて、曲芸飛行のような急旋回をした。

「うわっ!」

 氷柱針が一本、腕に突き刺さった。痛みよりも冷たさを感じる。流れ出した血はすぐに凍ってしまい、少し動かすと肌からバリバリと剥がれた。

(氷使い! コイツは、霊気で氷を操れるんだ!)

 真織は直感した。自分が札を用いて電気を操れるように、相手は木の棒を使って氷を支配する。

(でも種がわかれば、簡単なものですよ!)

 まずは、突き刺さった氷柱針を抜く。これが刺さったままだと、ドンドン体が冷やされてしまうからだ。恐らくそれも相手の力の一部。ここから先、みつきが放つ氷は極力避けなければいけない。

「今度は私の番です。さあ!」

 札を構える。そして一瞬、眩い光が閃く。電撃だ。
 しかしみつきは、これを難なくかわした。

「避けた…? そんな馬鹿な!」
「妙に自信があるようだが、間抜けとしか言いようがない。真っ直ぐにしか飛ばないものなんて、怖くもなんともないんだよ。明後日の方向を向いている銃口に怯える奴がどの世界にいるって?」

 みつきは、真織の札の角度から、おおよその稲妻の軌道を読み取ったのだ。だから瞬間的な攻撃を、避けることができた。

「なるほど、です。ではこれなら!」

 ならば、軌道を予測しづらい放電。そこら中に電流を放つのだ。

「おいおい…。危ないことを平気でするな…。クレイジーな思考だ」

 確かにこの一手はみつきにとって、脅威であった。

(俺の氷が相手の体を凍らせるのと同じく、アイツの電気もくらったら痺れる以外にも何かありそうだ…。ここは一旦逃げに回る)

 鋭い洞察力で、真織の電気の性質を読み取った。

(逃げ続けるのは余裕だ。アイツは攻撃し続けなければいけない。電気の源が尽きるまで、な。でも俺は体を最小限の動きで動かし、紙一重でかわす。どちらがエネルギーの消費が激しいのか、考えるまでもない。俺の勝利は確定したようなもんだ。コイツが疲れ果てたら、氷を撃ち込む。それでゲームエンド……!)

 戦いの方程式が、みつきの頭の中で出来上がり、解まで一瞬で導く。
 その答えを知らない真織は、電気を浪費し続けた。地面には焦げ跡ができ、近くの木にも電流が直撃して煙が立ち込めている。
 それは正しく、真織の額には汗が流れ始めているが、みつきは正常な呼吸を保っている。

(そろそろだな。次に動きが鈍くなった瞬間…! それが、お前の最期!)

 思惑通り、真織の動きが一瞬だけ、止まったように見えた。そしてその刹那、みつきは氷の刃を棒の先端に作り出して真織目掛けて突進する。

(勝った!)

 確信するみつき。だが、

「いいえ、勝ってはませんよ!」
「何ぃっ!」

 なんとその刃は、真織の札に受け止められたのだ。しかも札から棒に、棒からみつきの手に電気が流れる。痺れると同時に筋肉が言うことを聞かなくなり、みつきの指から棒が落ち、氷の刃は地面に当たって砕けた。

(馬鹿な! もう防げるだけのエネルギーは残っていないはず! なのにどうして、俺の攻撃をさばける? 逆に自分から一撃を加えるだと? ありえない!)

 今度はみつきが距離を取る番だった。動揺を押し殺しながら後ろに下がる。そして混乱する頭を整理する。

「どうやら、少しはできるみたいだな? ならもう舐めはしない!」

 強がってみせたが、表情を取り繕っているのはバレバレだ。挑発の意はない。自分の口で言うことで、無理矢理奮い立たせているのだ。

「みたいですね。ですが! この状況、不利なのはどちらでしょう?」

 真織も言った。今の一撃で少し心に余裕ができた真織は、これを起点として自分を上に上にと押し上げる。言わば雄叫びのような発言である。
 みつきは自分の手に目線を落とした。

(痺れてはいない。だが、まだ指が曲げられない。何か、特殊な電気だな? メカニズムはわからないが、筋肉が鈍くなっている。この状況で長期戦は避けた方がいい。いいや、それよりも何で、この女の電気が途切れないのかが不思議だ)

 ここで、勝つことよりもその謎を解き明かすことが最優先であるとみつきは悟る。その謎さえわかれば、後は総崩れ。先ほどの式に少し数値を加えるような作業だ。

(もう少し、叩いてみるか。遠距離攻撃で様子を見てみよう)

 さらに後ろに下がると、みつきはまた氷柱針を撃ち出した。まるでミサイルのように真織を追尾するそれは、真織にも距離を取らせた。

(ここで彼から離れるのは、得策ではありませんね。私の電気は多分向こうまでは届かない。こちらから近づいて戦うしかありませんが、さっきの氷の刃…。あの切れ味が気になりますね…)

 真織は、氷柱針が刺さった傷口を見た。痛みは感じる。血も流れている。だが冷たさはもう感じていない。

(いえいえ、それよりも気になるのは、彼が何者なのか、です。妲姫の件は高雄が嘘の報告をしてくれたから……。いや、その嘘がバレた? だから再調査を? そこまでして、一体何が知りたいんです?)

 わからない。真織は自分でその疑問に答えた。
 ならば、みつきを捕まえて聞いてみるだけのこと。大丈夫と自分に言い聞かせる。現に高雄を捕まえることはできた。

(今、目の前にいる相手が高雄以上のやり手だったとしても、私の力を持ってすれば、十分に勝機はあります! 電気を足に流せば、逃げられなくなる。その隙に高雄を呼んで、二人で対処する)

 真織は札を構えた。狙うはみつきの下半身。動きを封じるのだ。それには、近づいてその一撃を加える必要がある。

(できます…!)

 もう一度、自分に言った。リスクは大きいが、勝利には代えられない。
 そして、走り出した。至近距離なら電撃を避ける術はないだろうという考えだ。幸いにもこの時、みつきは狙うべき点をまだ把握していない。故にすれ違いざまの攻防なら、真織が有利なのだ。

(札で触れば、それだけで私の勝利! 対して彼の方は、私を仕留めにかからないといけません)

 札を構える。その札からは電流が漏れている。これだけの電気を流し込めることができたのなら、立っているどころか足に力すら入れられない。

「来るか!」

 みつきも叫ぶ。恐らく自分に言い聞かせたのだろう、迷いを吹っ切って氷の刃を突き出して駆け出す。

「うおおおお!」

 真織が飛んだ。鋭く斜め下、前方向に。みつきの足元に狙いを決めている。

(やはり! そうすると思っていた!)

 しかし、みつきもまた、勝利への道を歩き出している。

(体が言うことを聞かなくなる電流…。それを使えるなら、まずは逃げられないようにするだろう。目標はおそらく、足。胴体に放電しても、足を動かせるなら意味がない。逃げることができるからな…)

 みつきは上に飛んだ。

「ぶっ凍るほど、クールに! くらえ!」

 上から襲い掛かる氷の刃。

(しまった! 読まれていましたか!)

 気づくのが遅かった。避けることはできない。その一撃が、真織の背中の左側を切り裂いた。

「うぐ!」

 態勢を崩した真織は転んだ。対してみつきは綺麗に地面に降りた。

「むっ!」

 ここで、みつきはとある発見をする。

(背中…。今切ってやったのに、そんなにダメージがない。手ごたえはあったのに、だ。はは、なるほど。こういう仕掛けだったのか!)

 服の切り口から、札が一枚見えている。それだけでみつきは察した。

(予め、体のどこかに札を仕込んでおく。その札には、膨大な霊気を込めてあるわけだ。通りでいくら電気を使っても尽きることがないわけだ。自分の力を削っているわけじゃないんだから! そして俺が思うに、札は他にもある!)

 その考察は当たっている。

「この勝負、預けよう。だが肝に刻んでおけ。次はない」

 意外にもみつき、ここで真織を仕留めようとはしなかった。その気になればできるのに、である。

(ここで勝利しても、あまり意味がない。陣牙を倒した男…高雄も相当の実力の持ち主だ。今真織をやったら、激高して暴れ出し、手に負えなくなるかもしれない。それに妲姫を連れて来いと俺が言われてるわけでもない。それは蜂の巣に任せよう。手柄を横取りしては、かわいそうだからな)

 思えば、ここで尾行する必要はなかった。ただ行き先の見当をつけ、蜂の巣の者に教え、先回りさせる。みつきがすべきことはそれだけなのだ。

(それに……今、この女の弱点がわかった! 次会った時はそこを突く! そうすれば俺の勝利は揺るがない!)

 みつきは、真織が立ち上がる前に、森林の中に姿を消した。
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