第十一話 合流・前編

文字数 3,495文字

「誰だ、俺の後をつける輩は?」
 禮導が急に振り返る。しかし後ろには、誰もいない。だが確かに、視線を感じたのだ。
「俺も少々神経質になっていたか…」
 これは気のせいだ、と言いたげに禮導は向き直る。その首の動きを見て、安心する者が一人、電柱の後ろに隠れていた。
(危ないところでしたわ! 唐突に振り向くんですもの…。こちらの心臓が止まってしまうわよ!)
 仙花である。先ほど、やっと禮導の居場所を掴んだ彼女は、増幸の指示で尾行していた。
(あちらのお方。ヤバすぎますわ…。こちらが戦って勝てるお相手ではありません…。もし尾行がバレたら…)
 命が危ないかも、と続くのだが、心の中でそう言う前に何かが仙花の足に触れた。
(…ん? 縄?)
 驚いたことにそれは、ひとりでに仙花の足に絡みつくのだ。
「きゃあ!」
 恐怖のあまり、声を出してしまった。すると、
「やはりな、いたか」
 すぐ後ろから、禮導の声が聞こえる。
「え、嘘…?」
 縄は複雑に両足に結びつき、仙花は立っていられず地面の上に転げ落ちた。
「さて、お前は見たことがない顔だな? 何故俺の後ろをつける? 答えてもらおうか?」
「いやだ、と言ったら?」
 震える手を押さえ、強がってみせる。すると禮導はカッターナイフを取り出し、
「ここに赤い噴水を作るのは、わけないぞ?」
 と言う。そして仙花は直感する。
(間違いありませんわ…! コイツ! 壱高を襲ったヤツ!)
 同時に、増幸からの命令を思い出す。敵わないと判断したら、情報を流していいと言われた。
(待って! こんなお方と一戦交えたら、本当に死んでしまいますわ…)
 戦う前から既に降りていた。仙花は身の保身に走る。これは何も彼女を責めるべきことではない。禮導の危険性を考えたら、当たり前の行為なのだ。
「お待ちになって! あなたの質問に何でも答えますわ。ですので、命だけは!」
「わかった。では聞こう。まず…お前は何者だ?」
「それは、蜂の巣、と言えばよろしいかしら?」
「そうだな。それ以上はいらん。では次に。誰の命令を受けている? 誰がお前に指示を出している? 親玉は誰だ?」
 ここで、答える。
「ひ、姫後増幸…わかります?」
「知っている。一度だけだが、顔も見たことある。だがなお前、そんな嘘を吐いてこの状況を逃れられるとでも思っているのか?」
「う、嘘って?」
 増幸の名前は、霊能力者ネットワークにある。禮導も増幸が心霊研究家であり、神代に大いに貢献している人物であることはわかっている。だから、黒幕が彼であることを信じられないのだ。
「彼奴が黒幕、なわけがない。神代を裏切ればどうなるか、知っているはずだ。謀反を企むはずがない」
 そして一歩、動けない仙花に近づく。
「嘘ではありませんわ! 本当ですのよ! 信じて!」
「どの口が言うか。貴様ら蜂の巣は信じるに値せん。ましてや、増幸が、だと? 俺を舐めているのか? 騙すならもっと知名度の低い者にするんだったな」
「ち、ち、ち、違いますわ! この目が嘘を言っているように見えますの? そんなわけないでしょう?」
「どうかな…? ここは騙し通し、後で撃つ! 可能性はある。何せ俺は、お前の仲間を痛めつけたんだからな? 敵を討つことを考えていても何もおかしくはない」
 禮導は、ここで仙花を徹底的に叩きのめすつもりである。だが自分の力では話にならないことを知っている仙花は、必死に言葉を探しては禮導にぶつけてみる。
「しつこいぞ、お前…」
「わかってもらうまで、引き下がる気はありませんわよ」
「実力でわからせればいいだろう? かかって来い」
 挑発するが、仙花は動かない。
 結局、気負けした禮導が折れた。
「これ以上話していても、しょうがないな。お前の言うこと、聞いてやろう。増幸が黒幕だと、増幸が妲姫を追いかけていると言いたいわけだ?」
 海神寺に行って、話を聞けばすぐにわかるだろう。しかし禮導はすぐに行動に移さない。
「と、とにかく…。こちらからはそれしか言えませんわ…」
 と言って、仙花は縄をほどくと振り向くこともせずに逃げて行った。
「もし増幸が、本当に企んでいるとしたら、だ。相当な霊を所持しているに違いない。そういう研究に長けている者だからな。こちらもそれ相応の霊能力者を連れて行かねばならん」
 神代の跡継ぎとして、確かめなければいけない。決めつけだけで無視することはできないのだ。
 禮導は、飛行機に乗る手筈を整えた。一度北海道に飛ぶ。そこで名のある霊能力者を仲間に加えて、それから海神寺に行くのだ。

 これも運命か、ちょうど禮導が北海道に向かっていたころ、真織たちもまた北の大地に降り立っていた。理由は簡単で、深緑温泉街では妲姫の記憶を蘇らせることは不可能と判断したためである。
(本当は…)
 妲姫の記憶は、既に蘇生している。今まで出会った人の名前、今までの生活、何を望んで生きていたかすら、手に取るようにわかる。
 だが、言いだすことができない。言えば真織と高雄は、白黒をつけるために絶対に海神寺に戻ってしまう。妲姫には、その先が読めた。二人は、増幸には敵わないだろう。逆に、打ちのめされてしまう。だから、より離れた場所へ。そのため、高雄が口にした火焔岳という場所に行くことになったのだ。
「えーとね、火焔岳ってのはね。江戸末期に噴火して、その後…」
 高雄がうんちくを唱える。真織は興味を示して聞いていた。妲姫はというと、興味のあるフリをした。いつも以上に高雄の話に、何でとか、どうして、と言った。
「今日は随分としつこいな…。まあ、時の将軍様が…」
 解説は続く。真織は少し飽きてしまい、目をそらした。
「…で、多くの人が亡くなり、ここは霊的にヤバそうな場所になったんだ。開拓民もここは、近道だとしても避けて通ったそうだよ。聞く話によると、半分焼けている人影が追いかけて来るんだって!」
「へえ、そうなんだ。でも今から二百年以上前の話でしょう? 当時を知る人はもういないのに、随分と詳しいんだ」
「言葉は見えないけど、力があるから。だからみんな、言い伝えを次世代に残すのさ」
 その、高雄が推す心霊スポットに三人は足を踏み込もうとしている。
「でも、雰囲気はあまり…」
 しかし、そんなに怪しい気配は感じられない。何せ火焔岳のふもとは、再び栄えているのだ。これでは活気のある町にしか見えない。事情を知っていても、気にも留めないかもしれない。
「ここの、もうちょっと火口側…。煙に霊的な力があると言われている。そこまで行こう。なに、そんなに大変じゃないよ。ちゃんと登山道とかあるらしいからね」
 観光案内所で手に取った地図を見ながら、三人は山道に進む。
「高雄。ところでここに知り合いはいますか?」
「ん? いや、北海道にはいないけど…?」
 それ以上、高雄は何も言わなかった。察したのだ。真織が、誰かが後をつけていることに気がついていると。
 ギリギリ真織に聞こえるボリュームで呟く。
「ここまで来るとは、驚くと言うより引くな…。でも、蜂の巣も焦っているのかもな」
「と言うと?」
「だって、考えてみなよ? 俺たちは色々と旅してきたけど、蜂の巣の本拠地にはまだ足を踏み入れてない。もしかすると、近づいているのかも…。だとしたら、北海道は広い。虱潰しに探すだけだぜ、何日かかるかわかんねえけど!」
 高雄がそう言った時、妲姫が不自然に安心した表情になったのを、真織は見逃さなかった。が、口にもしなかった。高雄は気づいている様子がなく、今は尾行者に注意を払いたいのだ。余計な話題はいらない。
「どうします? 私がいつも通りにストーカーを駆逐します、か…!」
「でも待って…。周りに蜂の巣の仲間はいない?」
「どうやら一人の様子です」
「なら行け…!」
 真織は、ワザと財布を落とした。まずはそれに気づいていないフリをし、数秒経ったら後ろを向いて戻る。
 だが、
「これは…?」
 おかしなことに気がついた。尾行者が取る行動は、そう多くない。バレたと思ったら逆上して襲い掛かって来るか、それとも一目散に逃げるか。普通はそのどちらかだろう。しかし、この追跡者は違う。
(動いていない…? まさか、バレていないと本気で思い込んでいるんですか? だとしたら、間抜けにもほどがあります! けれど、そんな愚か者が蜂の巣にいるとは思えません…。これは、何かの作戦!)
 その読みは、当たっている。
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