第十話 懐柔・中編

文字数 5,124文字

 その日の内に、巌たちは移動することになった。
「本当なんだろうね? 海神寺にいるってのは?」
「嘘じゃない…」
 というのも、瑠璃が妲姫の居場所を知っていると言ったからだ。彼女に連れられ、新幹線に乗って海神寺を目指す。
「まあ、あと少しで全てわかるんだし。足伸ばすぐらいはいいだろう、麗さん?」
「仕方ないわね。これも真実のため」
 麗は、瑠璃の持ち物をチェックしていた。危ない物を隠し持っていそうだからではなく、瑠璃が隣接世界の住人ではないことを改めて実感したいから。
(あの時の小太刀も、この前巌が持って来た糸と同じ感触だったわ。この世のものではなさそうなのに、ちゃんと実在している。気持ち悪い雰囲気。この子はやっぱり、隣接世界からの使者…。まず疑いようがない)
 ついでに瑠璃の手にも触れる。すると異様な雰囲気が感じ取れる。生気はあるが、この世ならざる温もり。この矛盾を説明するには、やはり隣接世界の存在を認めるしかないのだ。
「でも、妲姫は一体何をしにこっちの世界に来たんだい?」
「それは、瑠璃にもわかんない…。本人に聞いてみるしかないじゃん」
「とは言うけどね、僕が会った時既に記憶がなくなってたよ? どうやって確かめるのさ?」
「霊能力者ならそれぐらい、解決できないの…?」
「なるほどね。だから私たちを連れて行くのね」
 麗は理解した。恐らく瑠璃の霊能力は弱く、記憶の蘇生は不可能なのだろう。だから自分たちを招く。
「それと、他に隠し事はないだろうね?」
 先ほどの勝負に勝利した際、二人は瑠璃から何かしら聞き出した。しかし、大部分は陣牙から聞いたこととほぼ同じ。麗は驚きながら耳を傾けていたものの、巌にとっては新鮮味がなかった。
「蜂の巣の黒幕とか、妲姫の元いた世界とか…。いっぱいあるじゃないか!」
 一番大きな情報は、蜂の巣の存在だ。隣接世界の霊能力者集団。そんな怪しい輩が、何かを企んでいる。瑠璃もその構成員の一人らしいが、陣牙の時同様、彼女はこちらにやって来た理由は話せないと口を閉じた。
――何か、僕の知らないところで大きな出来事が起きている気がする…! これは見過ごせない!
 巌は、感じていた。野性的勘か、彼にことから目を背けるなと告げているのだ。
「でも問題が一つあるわね…」
 麗の懸念は、妲姫の周りの人物についてだ、真織と高雄。その二人がいる限り、妲姫に対して勝手なことはできないだろう。説得するしかないが、耳を貸さない可能性もある。
「そこはどうしようか? 僕が勝負を挑んで、勝ったら…とか?」
「やめた方がいい…。二人は強い。それは瑠璃でもわかったこと…。寝込みを襲った方が、効率がいい…」
「そんな卑怯なことはできない! 真織は僕に、公平さを持ち出したんだ。なのに僕が、卑劣なことなんて…。仇で返すようなことは…!」
 意見を否定された瑠璃は、少し顔をしかめた。
「じゃあどうするの…?」
「それは……」
 この時、嫌に瑠璃はしつこい。理由は簡単で、二人に他のことを考えさせたくないから。この短い移動の最中に、余計な閃きがあってはならないことを瑠璃はよく知っている。知っていてあえて、二人を連れて行くのだ。
 これは、そういう作戦。増幸が指示を出したこと。瑠璃は、聞かれたことに対してシラを切り続けることができた。さらに言ってしまえば、負けた時点で逃走できた。でもしなかったのは、そういう作戦になっているからだ。
「二人をここに連れて来るのだ」
 増幸がそう言った。
「理由は二つ。まず一に、壱高と奏楽を襲った人物でないことを確かめたい。まあ、時間と場所を考えれば違うと思うが…一応、確認したい。誰が、隣接世界や妲姫のことを嗅ぎまわっているのかを。そしてもう一つ。その二人を味方に加えよう。そのためにも連れて来るのだ。瑠璃、君は戦って、ワザと負けろ。その方が情報を流すのと連れて来るのが自然に行える」
 その作戦に従って、瑠璃は手順通りワザと負けた。あえて深追いせず、良いタイミングと判断したために降参した。その後は、面白いほど思い通り。話せば二人は食いつき、そして道を示せばそっちに向かう。
 言わば、妲姫包囲網。蜂の巣だけでなく、本家世界の住人も引き入れ、より強固なものにしようという作戦。禮導に対しては失敗したものの、巌と麗については上手くいった。
 少し心配なのは、二人の実力だ。だが、みつきの補助だけなら、今の二人にも十分できる。そのみつきも、真織の弱点を既に把握している。きっと味方につけた二人の役割は、酷く単純なものになるだろう。だがそれでいい。元々、蜂の巣よりも信頼度は落ちる。ならばいっそのこと、雑用でもいいのだ。
「まあ、海神寺に着いてから考えよう。それでも遅くはないさ。真織たちだって、僕らは警戒しないよ。より怪しい蜂の巣なんていう集団がいるもんね!」

 だが、遅すぎた。三人が到着した時、既に夕方。真織たちはこの日の朝に奏楽の強襲を受け、そして立ち去った後。
「もういないじゃないか!」
「朝は、いたのに…」
 瑠璃はとぼけたが、嘘は吐いていない。誰も現在進行形で、真織たちが海神寺にいるとは言っていない。
「じゃあどこに向かったのよ?」
「さあ?」
 もう一度、とぼけた。深緑温泉街を勧めた張本人は瑠璃だが、真織たちもそこに向かうとは言わずに出て行った。普通ならそこに向かったと思うだろう。しかし、蜂の巣に場所を特定されたくないと思っている真織たちが、行き先を変更する可能性だって否定できない。
「まあ、焦らないで…。とりあえず、こっちへ…」
 そして、二人の腕を掴んで増幸の部屋に案内をする。

「初めまして。私は姫後増幸だ」
「ああ、名前は知っているよ。確か心霊研究家だろう? その道にあんた以上に詳しい人はいないって聞くぜ?」
 蜂の巣、黒幕。その本人が巌と麗に直接、話をする。
――霊能力者ネットワークに名前があるんだ。信頼できる。でも、隣接世界のことは知っているかな? 聞いてみるか…。
 巌は勇気を出して、切り出した。
「あのう? この世界の隣に存在する世界ってご存知?」
「ああ」
 なんと、増幸は頷いた。
「私はね…。その世界の存在を認知できた。が、少し怪しいと思っていてね。故に神代には報告していない。嘯いていると馬鹿にされる可能性もある。だからもう少し時間をかけてゆっくりと調査し、時が来たら公開するつもりだ…」
「僕らを案内してくれた瑠璃は、蜂の巣の一員って聞いたけど?」
「それだ」
 増幸は指を鳴らした。
「蜂の巣…。とても不思議な集団だ。目的は一切が不明…。何を望み、こちらの世界に来るのかすら、私にはわからない」
「魂のことは? こっちで死ぬと魂が残らないって聞いたわ」
「おお、そこまで知っているのか! すごいな。その通りだ。メカニズムは不明だが、魂と世界の繋がりが途切れるからと私は考えているのだ。そして、瑠璃のように不本意にこの世界に招かれてしまい、厄介ごとに巻き込まれた人物を私は、保護しているのだ」
「保護?」
 聞きなれない単語に、二人は首を傾げる。
「考えてみたまえ。瑠璃がもしここで死んだら、魂は消える。かわいそうだと思わないか? できることなら、元の世界に戻してやりたいのだよ」
「待って!」
 巌が遮った。
「僕が狂霊寺付近で出会ったヤツは、元の世界に戻ったんじゃ…?」
「陣牙のことか?」
 と増幸が言うと、上手いタイミングで扉が開いた。
「よう、久しぶりだな、旦那!」
 陣牙はまだ、こちらの世界にいた。
「ここに戻って来れたが、元の世界には戻れなかったのだよ。世界と世界の移動には、何かが必要。そのカギを握る人物……それが妲姫!」
 ここら辺から、増幸の声が大きくなる。
「妲姫を捕まえ、蜂の巣を元の世界に帰す…。それが私の目的だ! 巌君、麗君、是非私に協力してくれたまえ! 妲姫は何か、目的があってこちらの世界にやって来たと私は睨んでいる。それは、世界の支配だとか、破壊だとか、危険極まりないものかもしれない。事前に止めるのだ!」
 増幸の熱弁は、止まらない。巌も麗も、霊能力者ネットワークに名前があり、神代に研究家として貢献している増幸が実は、黒幕であることなど、気づかない。いや、思いもしない。
「君たちは、隣接世界について知りたいのだろう? 私たちもある意味同じだ。もっとも私の目的は真実を暴くことよりも、瑠璃や陣牙の帰還だが…。お互い、立場が同じじゃないか!」
「同じ…?」
「そう。目的は違うかもしれない。だが! 妲姫を追い求めるという点では、君たちと私は同じだ。となると、協力した方が圧倒的に効率がいいのだ。どうだ? 私と手を組もうじゃないか?」
 巌と麗は、相談しようとした。しかし増幸が続けて話すから、その暇がなかった。
「妲姫を保護し、真実を共に暴こう! そして蜂の巣の帰還を! 君たちだけでは、きっと難しい。もちろん私だけではできない。だが、君たちと私が力を合わせればそれは、大物を倒すアリの如く…」
 ここまで言われると、引けない。いいや二人には、協力の申し出をわざわざ断る理由がない。
「わかったわ。では、具体的にはどうすれば?」
 麗が言うと、
「そうだな。恐らく真織と高雄…妲姫がこの世界に来て味方につけた人物だ、相当な実力者のはず。二人はある意味、洗脳状態にある。とても会話で納得させるなんてことは叶わない。そこで、だ…。この寺院の実力者も加えよう」
 増幸の提案。それは、海神寺が用意した実力者、つまりみつきと巌・麗が戦って、強い方が陽動を買って出るというもの。負けた方は妲姫の確保に努める役回りだ。
「移動で疲れただろう? ゆっくりと休むのだ」
 客間に案内された二人は、休息に務めた。

「いいんですか、あんな者どもを信用なさって?」
 エメラルドは、会話を聞いていた。
「あの二人なんかに頼るより、私や他の者が出れば…」
「いいや、エメラルド。君らでは駄目だ。巌と麗は、既に妲姫と出会っている。そして妲姫は知っている、二人が危険な存在ではないことを。そのアドバンテージを利用しない手はないのだ」
「なるほど…」
「ですが」
 今度は陣牙が聞く。
「作戦が途中でバレませんかね? もしもバレたら、ヤバい…ですよ?」
「大丈夫だ」
 彼の心配を、増幸はぶった切った。
「あの二人は、若い。私が黒であることを少しも考えていない。つまり、疑うことを知らないのだ。そういう輩は、一度騙せればもう勝ったも同然…。利用するだけ利用する。いい駒が手に入ったよ、信じることしかできない駒が」
 一方、瑠璃は他のことを心配していた。
「みつきが負ける可能性は、ある…?」
「それも微塵もない。みつきが負けることなど、ありはしない。故にあの二人には、妲姫の保護に徹してもらう。そして身柄を確保できたら、適当に黙らせればいいのだ。だから私は二人にみつきをぶつけようとしている。そして二人は知るだろう、みつきには敵わないと。何も言わなくても向こうから、黙ってくれるさ…」
 そんなことよりも、増幸にはある疑念があった。
「問題だが、瑠璃が確認した通り、神代の跡継ぎは聖霊神社にいないらしい。となると、壱高と奏楽を襲った人物は、跡継ぎだろうな。きっと宮子の話を聞いて、独自に動き出したのだろう、蜂の巣の背後の存在を暴くため…。そっちの方が厄介だ。エメラルド、所在は?」
「はい。今、仙花に探らせておりますが、もうしばらく時間がかかるかと」
 黄帯仙花。彼女もまた、蜂の巣の一員だ。
「うむ。神代の跡継ぎはもう味方にはできないだろう。エメラルド、仙花に許可を与えろ。もし敵わないと判断したら、私が、蜂の巣の黒幕である情報を流してもよい、とな」
「いいのですか?」
「味方にできないなら、始末するしかない。話を聞けば海神寺に真っ直ぐやって来るに違いないだろう? みつきに片付けさせる。それにだ、無駄にもったえぶっては、壱高のようになるだけだ。アイツは容赦を知らない。蜂の巣の者をできるだけ傷つけないようにするためには、口を塞がせては駄目だ」
 さらに作戦の制度を高める。
「正氏、お前は火焔岳に向かえ。ひさおはいるか?」
 (すずめ)ひさお。彼も本家世界の住人ではない。
「ひさおも火焔岳に向かわせろ。そして狂霊寺には……」
 様々なところに、蜂の巣を派遣する。その情報網に真織たちが引っかかるのを待つのだ。
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