第十二話 真実・終編

文字数 2,079文字

 妲姫が動いたのは、その後だった。
「二人とも、ちょっと止まって」
 強引に二人の足を止めると、妲姫は真実を語り出した。
「私は……隣接世界の住人じゃない」
「何を今更? そんな嘘が通じるとでも?」
「嘘じゃない! 私はこの世界で生まれて生きているの!」
 巌は、妲姫の目を見た。嘘を言っているような瞳の光り方ではない。だが、その言葉を信じることもできない。
「じゃなければ? 何で増幸さんは君に用事が?」
「増幸の目的は知らない。けど、その方法は知ってる…」
 それは、自分を殺すこと。そうすることで増幸は、何かは不明だが、目的を達成するのだ。しかも、神代には決して言えない黒い目的。
「………?」
「何言ってるの、あなた?」
 二人はまだ、信じられないという表情だ。それもそのはず、霊能力者ネットワークに名前が載っている増幸と、素性が良くわからない妲姫。どちらが信用に値するか、誰かに言われなくてもわかるのだ。ましてや妲姫は、記憶の状態のはず。誰が話に耳を傾けるだろうか?
 だが、ここで巌は提案をした。
「麗さん、もし妲姫の言うことが正しいと判断できるなら、どうします?」
「どうするも何も、その場合は増幸さんの味方はできない。それだけよ。でも、方法がないわ」
「あるとしたら…?」
 巌は、手を挙げた。
「そうか!」
 麗には、その意味がわかった。
 もし妲姫が隣接世界の住人だとしたら、触ると違和感があるはずだ。陣牙や瑠璃の時と同じ、目の前に確かに生きているのに、この世ならざる感触。
「妲姫、ちょっと手を貸して…」
 二人は、妲姫の手を握った。
「あれ?」
 感じない、何も。違和感がない。
「お、おかしいわ! だってあなた、隣接世界からやって来たはずでしょう? 何で何も感じないの?」
「それこそ、私が嘘を吐いてない証拠。あなたたちは増幸に騙されている。このまま私を増幸のところに連れて行けば、関与したあなたたちの身が危ない!」
 その言葉を聞くと、二人は嫌な汗を流した。
――もし妲姫の言っていることが正しいなら…。
 知ってしまった自分のことを、増幸はどうするだろうか? 答えは簡単だ。
――迷うことなく口封じ…! しかも確実な方法、死…!
 増幸が妲姫の命を奪うなら、同時に自分たちも殺すつもりだ。巌はそれを直感した。同時に、麗にもその考えが伝わった。
「連れて行けないわ…。身の安全を考えるなら、増幸のところに行くよりも…」
「そうだよね…。増幸の話が正しいのかどうか…僕たちは判断を誤ったのかもしれない」
 巌は言った。増幸の方が信用できなくなったと。麗もそれに頷いた。
 二人は、折れたのだ。そして真に味方すべき人が誰なのかを理解した。
「疑ってごめん。でも僕たちは増幸の話を信じるしかなかったんだ」
「そんなことで謝らないで。私は気にしてない。寧ろ感謝してる、私の言葉を信じてくれて!」
「でも、これからどうするの?」
「なら、真織たちの元に戻って!」
「わかった。でもさ、君…何で増幸のことを知っているんだ? 記憶はどうなったの?」
「取り戻した。私の失った記憶、その全て…。だからもう終わらせたい、こんな不毛な戦いを。真織たちならできるはず」
 ここで初めて、妲姫は記憶が蘇ったことを言った。だが元々関りが薄い巌と麗は、あまり驚かない。
「それは、真織たちも知っている?」
「いいえ。まだ…言い出せなくて…」
「そうか。でも何も問題じゃないよ。真織たちと合流して、増幸の罪を暴こう。隣接世界のことは増幸だけが知っている…だけど、どうでもいいよそんなこと! だって妲姫は、こっちの世界の住人なんだ! それは動かしようがない真実だ。僕らは妲姫が隣接世界の人かどうかを確かめるために旅をしていたんだ。それが今、わかった! 僕は真実を、確かめた!」
 二人は、歩く向きを変えた。海神寺の第一本殿に戻るのだ。

「あれ…。二人は?」
 一方みつきは、第二本殿に到着していた。だが、肝心の妲姫がいない。
「おかしいな、連絡は確かに受けた。だから俺も引き上げて来たんだぜ? なのにどうしていないんだ?」
「まだ時間がかかっているだけだろう? 妲姫も生き物だ、最後まで抵抗する。たったそれだけのこと…」
 増幸とみつきの会話に、エメラルドからの通信が割って入った。
「どうした、エメラルド?」
「申し訳ございません、増幸様…。作戦は失敗です…」
「何ぃ?」
「今、目が覚めたのですぐに隠れましたが、海神寺に妲姫がいます。巌と麗もです。どうやら、裏切られた様子です…。何故かは知りませんし私のせいでもありませんが、それは確実です…。私は今、隠れているのが精一杯で、大きく動けません…」
「ふざけるな! エメラルド、自分の責任ではないだと? 何故そんなことが言える? 真織と禮導の足止めはどうなった? みつきから聞いたぞ、負けただと? もう帰ってこなくていい!」
 通信機を、増幸は壁目掛けてぶん投げた。
「もはや、アレを使うしかないようだな…」
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