第四話 跡継・前編

文字数 2,699文字

 その神社は、観光スポットとして名高いわけではない。だからなのか人気は少なく、昼間だというのにお参りをする者は皆無。

「静かなところだ。お賽銭とか、財源になるんだろう? 大丈夫なのかここは」
「そうなのですか。なら私たちも願掛けでもしておきましょうか?」

 とは言っても、三人は小銭しか賽銭箱に投げなかった。

「で…ここで何をする?」

 高雄が言った。

「何って? 妲姫の記憶を蘇らせるんでしょう? 違います?」
「でもここ、そういうまじないをするような場所じゃないよ確か。神代の間では修行の場として有名なんだし」
「なら! その修行者に課題を出しましょう。妲姫の記憶を取り戻させるんです」
「全く閃くなぁ…」

 高雄は神社の内部に足を進めた。するとすぐに修行の間にたどり着いた。扉を開けると、そこには男が一人、座禅を組んで座っている。

「すいませ~ん? ここの人ですか?」

 しかし、その男は高雄の声に無反応。他にも何度か何かしら言ったが、聞く耳を持ってくれていない様子だ。

「ダメダコリャ。仕方ない。ちょっと待とう。今、絶賛修行中だ。多分火事になっても動かないんじゃないかな?」

 高雄は扉の近くに腰を下ろした。真織と妲姫は外に出て空気を吸った。

「妲姫。もしあなたの記憶が戻ったら、どうするんです?」
「どうって、何が何を?」
「いいですか? もしかしたら、何か重大なことを記憶しているかもしれないんです。危険な記憶かもしれません。それでも思い出したいですか?」
「………」

 妲姫は黙った。思えばこれは、深刻なことなのだ。嫌な思いが蘇るかもしれない。それで苦しむのは妲姫だけじゃない。思い出させた真織たちも、罪の意識を抱かずにはいられないだろう。
 取り戻した記憶が、必ずしも幸福を呼ぶとは限らないのだ。

「嫌なら、無理は言いませんよ。ここまで来ておいて、ですが、高雄もわかってくれるはずです。いや、わからせます」

 何故真織が今更こんなことを言いだしたのか。それは、妲姫を狙う者たちの存在が、朝のみつきの件で重要と感じたからだ。

(もし、嫌な記憶なんなら、何があったかは朝のあの男を捕まえて、尋問すればわかる話です。無理に思い出す必要はありませんよ。妲姫が憶えている必要性がないかもしれません。黒幕が誰なのか、何が目的かをハッキリさせた後でも、記憶の蘇生は遅くはない。今の妲姫に無理はさせられません…)

 しかし、真織の心配とは裏腹に、

「私は、思い出したい」

 と妲姫は言うのだ。

「……話、聞いてました?」
「聞いてた。でも、思い出すべきだと思う。せっかくここまで来たからとかじゃなくて、私の過去に何があったのか、知りたい。知って自分で、納得したい」
「でもそれは、あなたを追う者から聞き出せば…」
「それじゃダメ! 私が知りたいのは、そのことじゃない。誰が親で、今までどんな人生を歩んできて、どういう生き方を望んでいたのか。それは誰かに聞いてもわからないでしょう?」

 真織は、確かにそうだと相槌を打った。

(それは妲姫の言う通りですね…。自分の人生を一番よく知っているのは自分。誰かに聞いて理解できるものじゃない)

 そして、妲姫の覚悟も知った。記憶喪失なのに、肝は真織よりも座っているように感じた。

「あなたは、強い人です。わかりました。修行の間にいたあの人に頼んでみましょう」

 そんな会話をしていると、高雄が二人を呼びに来た。

「おうい! 話を聞いてくれるってよ!」


 修行の間に戻った三人。まずは名を名乗ることにした。

「俺は磐井高雄。宮城出身の新米だ」
「私は、四條真織です。よろしくお願いします。んで、こちらの子は原崎妲姫」
「うむ。俺は神代。神代(かみしろ)禮導(らいどう)だ」
「神代っ!」

 真織と高雄は驚きのあまり、声を上げた。神代。その苗字を持つ霊能力者の家計は、日本で一つしかない。それは、神代グループの長。神代の表も裏も支配する者の血縁。

「驚くことはなかろう。俺が神代の跡を継ぐことになることは、誰しもが知っていること」
「で、でも! まさか目の前にいるまさにその人が、神代の、跡継ぎ! こ、これに驚かない奴なんて、いない!」

 高雄は、有名人に出会ったかのような反応だ。無理もない。名前しか聞いたことのない人物と対面しているのだ。

(神代……。黒幕の候補。その人が今、私の前に!)

 真織は違った。警戒すべき局面に、唐突に突入したと思っている。妲姫を禮導に会わせたのはマズかったと感じた。しかし、

「だが高雄、そちらの小娘はそんなに驚いてはないぞ?」
「え? ああ、妲姫は記憶喪失なんだ。無理ないさ。神代のことなんて全く覚えてないよ」
「それは大事だな。気の毒としか言いようがない。脳神経外科にでも行ってこい。言っておくがここに薬や医者はおらんぞ?」

 禮導の言葉からは、妲姫を特別視しているような態度は感じない。
 そこで、

「禮導。妲姫のことを知らないのですか?」

 どストレートに聞いた。が、

「知らん。逆に何故知っていると思った?」

 と返事が返って来た。

(この神代の人物は、敵ではない?)

 だが、高雄に最初に命じたのは、神代の上位の誰かのはず。それは疑いようのない事実だ。

(もしかして、禮導ではない誰か? ソイツが黒幕ってことですか?)

 さっき禮導は神代の跡を継ぐことになると言った。それを真織は思い出した。すると、禮導はまだ、神代のヒエラルキーの上位に位置していない。故に妲姫確保の命令を下せる立場じゃない。
 そう考えれば、禮導は信頼できる。嫌な汗が引っ込んだのを真織は感じた。

「では、記憶の蘇生は不可能…ってことか?」
「蘇生か。お前たちの目的はそれか。ならば簡単だ」
「簡単!」

 高雄の声が、一瞬だけトーンが高くなった。ここに来て、目的が達成できる望みが膨らんだのだ。

「俺と戦え」

 だが、すぐにしぼんだ。

「は?」
「俺は修行の身だ。戦って勝てば、教えてやろう」
「何だそりゃ! 素直に教えてくれよ! 俺たちは困ってるんだぞ!」
「断ろう。己を磨く機会は逃さん。目の前に霊能力者が三人。内、一人は訳ありで戦闘不可能だとしても、二人は大きい。自分の身を削り、磨いてこそ修行! 高雄に、真織と言ったな? 力を俺に示せ。そうすれば教えよう」

 禮導は、自分と一線交えることを要求した。高雄と真織は小声で相談する。

「この人、悪い奴ではなさそうなのですが…」
「でも、へそは曲がってるよ。どうする真織?」
「簡単でしょう。あなたが戦って、ギャフンと言わせればいいんです」
「そうなるか……」

 ここで手をこまねいていても、何も始まらない。仕方なく高雄は真織の提案を承諾し、禮導と戦ってみることになった。
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