第七話 敵地・中編
文字数 4,978文字
二人が客間に戻ると、高雄が先に帰って来ていた。
「いやあ気持ち良かった。絶品だったね」
「水風呂さえなければの話です…」
「ん?」
変なことを聞いた気がしたが、真織の表情を見て高雄は聞かなかったことにした。強引に話題を変える。
「そう言えば、この寺院の霊能力者と少し話ができたよ」
「本当ですか?」
「ああ。でも記憶に関してはレアケース過ぎて、対処できないかもしれないんじゃないかって。でも場合によっては、退行催眠? できる催眠術師を呼ぶことができるってよ?」
「催眠術……ですか?」
信じていないわけではないが、真織はそれには心地よく頷けなかった。
「何か、嫌な感じですよ? だってそうは思いません? まるで自分の頭の中を覗かれて、適当に手を突っ込まれているかのような感覚でしょう?」
「そんなの、なの?」
妲姫が不安そうに言うと、
「詳しくは知りませんが、霊的な力が関与しないんでは、どうも首を縦に振れませんね…。専門外に足を突っ込む勇気はありませんし、専門外の人に今更首を突っ込まれたくもない」
「俺もそう思ってね、断ったよ。ここまで来たら、やっぱり自分たちで解決しよう。他も誰かが出てきてあっさり解決、っていうのって面白くもなんともない」
二人の意見は一致した。
「じゃあ、またすぐ移動するの?」
「いいえ。少しは匿ってもらいましょう。疲れましたし、休むことも重要ですよ。ねえ、高雄?」
「そうだね。また蜂の巣だっけ? その一味が来るかもしれない。でも今なら多分大丈夫、ここにいることはバレてはいないはず」
そして、しばらくこの海神寺に留まると結論を出すと、三人は今日はもう眠ることにした。実際には、この海神寺は敵地であり、三人にとっては一番危険な場所である。しかし、増幸たちはここに滞在している間、手を出さないとした。故に奇跡的に、敵地が安息の地と化したのであった。
次の日のことである。海神寺の朝は思ったより早い。
「起きて…。ちょっと手伝って…」
瑠璃に叩き起こされると三人は、客人であるのに朝の掃除に参加させられた。
「何でだよ! 丁重にもてなすとかさあ? あるんじゃない?」
「タダで泊める気はないらしいですね。少し体を動かしたいと思っていたところです、雑巾がけ、競争しましょう」
「嫌だよ。面倒だ…」
「負けるのが怖い人に限って、そういうセリフを吐きますよね」
少し煽ると高雄はムキになって、
「何ぁ? 俺が負けるわけないだろ! 見てな!」
と言うのだった。その様子を見てて、妲姫は少し笑った。
離れたところから見ていたエメラルドは、
「めでたい連中だ。緊張感の欠片も感じられない……」
と軽蔑の視線を送っていた。
朝の掃除は簡単ですぐに終わる。そして朝の集会にも参加させられる。
「……であるから………は………で………」
今、みんなの前で喋っているのは増幸だ。霊能力者としての心得であったり、人としての当たり前であったりと内容は豊富。反面、説明口調で長いため、眠気を煽りやすい。しかし三人は何とか頑張って最後まで聞いた。
「最後に、壱高と奏楽は用事があって朝一番で出発した。二人いないので、その分仕事量も増えると思う。しかし、そんな時こそ、率先して事に当たって欲しい。諸君の努力は決して無駄にはならない。その一手間で助かる人たちもいるということを、心に刻んで欲しい」
そして、解散となった。するとすぐに増幸は、真織たちを捕まえて別室に案内した。
「私が、姫後増幸。ここの最高責任者ってところだ」
増幸は自ら、真織たちに名乗り出た。ここで自分を信頼させるのも、悪くはない一手と思ったからだ。
「知ってますよ。確か、心霊研究家として有名ですよね。名前は聞いたことはありますが、ここにいるとは…」
高雄はその存在を知っていた。彼によればその界隈では結構有名な人物であるらしい。
「君たちと会えたのも何かの縁だ、私の研究を見せるわけにはいかないが…」
「何でです?」
「もしかしたら、スパイかもしれない。こういうのは情報戦でもあるのだよ。どこかの誰かに横取りされるのは私も好ましいとは思わない」
「俺たちがそんな風に見えますか?」
「だって、君は嘘の報告を神代にしたんじゃなかったかな?」
それを聞いて、高雄はドキッとした。心当たりがあるのだ。
「そ、それは……」
妲姫と真織の存在だ。実在しない人物と、報告書に書いた。それが、バレているのだ。
「大したことじゃないさ。抜け駆けしようと企む者はいくらでもいる。そんな世の中だ。きっとそちらの二人、何か些細な事情があっただけだろう?」
「そうです。もっと実力をつけてから、私たちは存在を自慢したいんですよ。今の世の中、小さいことを積み重ねても笑われるだけでしょう? だったら一発、大きなことを成し遂げてそこで名前を出す! のほほんとしていた連中は、出し抜かれた! って焦るんですよ」
真織が代わりに答えた。しかしこれは嘘だ。そして増幸は、彼女の言葉が嘘であることをわかっている。
(妲姫は実在している。だが、こちらの女子は誰だ? そう言えばみつきの報告には、特に何もなかったはずだが…?)
増幸もまた、驚く。みつきが神代の本店で手に入れた情報には、真織について、記載がなかった。言い換えれば真織の方は存在自体がかなり怪しい。
(しかし、ここで無理矢理確かめようとするのは、確実に怪しまれる。三人にとって、私は味方と思わせておくべきだ)
そして瞬時に判断し、
「そうか。いつの日か、君たちの名前が轟くことを期待している」
無駄な詮索は避けた。そして、
「やはりこんなところで立ち話は、芸がない。よし、私の自室に案内しよう」
と言い、真織たちを率いて海神寺の奥に向かった。
増幸の自室は、ちょっとした接待ができるようになっている。二人掛けのソファーが二つ、机の前に設置してある。適当に座らせ、自分でお茶を用意する。
「さて、難しい話になるが……。君たちは生きることについて、どのような考えを持っているかな?」
「は?」
真織と高雄の二人は、目を丸めてへんな声で返事した。
「考えたことはないかい? 何故自分は生きているのか…。思えば生物は必ず死ぬ。それは一年後か、十年後か…もしかしたら、明日のことかもしれない。生まれた時点で死は決定的なのだ。なのに、どうしてこの世に生を受ける?」
この問いかけに、高雄は悩んだ。種の繁栄、と学校で習ったからには、そう答えるのが正解なのかもしれない。しかしだ、相手は心霊研究家。普通の科学が答えになるとは思えない。
だが、真織は違った。
「それは、死ぬために生きているわけではないからですよ!」
と、ハッキリと言った。
「ほほう、どういう意味だい?」
これに増幸、食いついてみる。
「確かにあなたが言うように、生きていれば死ぬでしょうね。でも、私たちには精神がある。温かい魂がある。死後も魂がこの世に残るというのなら、生きていることは無駄じゃないはずです。人は死ぬために生きているんじゃない、生きているからこそ、その先に死が待っているだけです!」
真織の力説は、どこかまとまりがなかった。しかし増幸は、
「なるほど。要するに、生きている間に何かをすべき、という意味だね?」
と、要点を見抜いていた。
「………何かすべき、というよりは、自分が生きた証は魂として残るんですから、死んだからって無駄になるというワケでは…。一分一秒、生命を感じながら生きるべきと…」
力が抜けると、真織は自分の言葉に迷った。
「とにかく! どうせ死ぬんだからっていう乱暴な考えは持つべきではないと思います…」
「ふむふむ、興味深い回答だ」
増幸は、真織の返答を一字一句、逃さずにメモした。若い人間の柔軟な考えは、とても参考になる。
次の質問に移った。
「では、死ぬことについてはどう考えている? 生命が終わる瞬間、それは恐怖だろうか? それとも救いなのだろうか?」
聖戦では、死んだ者は天国に行けるという。そのため自ら死を望んで戦う者もいた。そういう人間たちにとっては、死ぬことは希望かもしれない。だが真織は、この考えにも否定的だった。
「確かに死ぬのは怖いでしょうね。ですが、それは死にたくないと考えるからです。つまりその時点で魂に、立派な価値があるんです。きっと定規などで測れないでしょうけど…。価値のある生命だったからこそ、死は恐怖以外の何物でもないんですよ」
「では、死が怖くない人の魂は無価値なのかい? 死にたくないと考えない人間は、世界中にいるかもしれないのだよ?」
増幸が痛いところを突くと、
「そういうワケではありませんよ? でも、死を自分から望むのは間違っている、と私は考えますが…」
またも真織の意見は、空中分解してしまった。これでは論点がズレているので、答えになっていない。
「そうか。そういう考えもあるだろう」
だがそこには、増幸は触れなかった。完璧な理論など、最初から期待していない。論破しようと思えばできるが、それもしない。どのように考えているのかが、大事なのだ。
「俺は、生きてるなら最後まで生きるべきだと思うけど…」
やっと高雄は、あやふやだが答えを見い出せた。もちろん増幸はそれも聞き逃さず、
「ならば、死ぬなら最初から死ぬべきと?」
「い、いいや! 何もそんなマイナスなこと考えてもしょうがないですよ? 人生は一度きりなんだから…」
高雄の方も、突っ込まれると返答に困った。その様子を見かねて増幸は、
「まあ、ここで結論を出すべきではないな。十人十色と言うだろう、一人一人の答えは間違ってはいない。それは疑いようがない事実だ」
と言った。ちなみに妲姫は、話の複雑さについていけず、黙っていた。
そして最後に、
「そこで、だ。もし人が、死を克服したら?」
ここからが、増幸が本当に話したいこと。
「それは、不死身になったらって意味ですか?」
「そう。正確には、不老不死。老いることはマイナスだからな。いくら死なないと言っても、体の劣化があっては…つまり老いては意味がない」
「馬鹿げてますよ」
真織は、増幸の話の途中だがそう言った。彼女の態度はどこか、気に食わない話を聞いているかのようだった。
「不老不死? 有り得ません。それは生物じゃないでしょう」
「まあ聞いてくれないか? 不老不死は誰もが欲しがることだ。君が言った通り、死は誰もが恐れる。私ですら怖い。それを克服できたのなら! 人類はあらゆる恐怖を乗り越えられる!」
「何が言いたいんです?」
「私はね…この世界のどこかに、不老不死の秘密が必ず隠されていると思っている。現に歴史を振り返ってみれば、日本では竹取物語に、不老不死の薬が出てくる。海の向こうは? 秦の始皇帝もまた、不老不死の薬を求めた。さらに遠くに行ってみよう。ヨーロッパの錬金術でもやはり、不老不死は登場する。それをこの手で、掴んでみたいと思わないか?」
高雄は、
「今の科学でも実現不可能だけど、できる…んですかね?」
少し興味を抱いていた。が、
「考えるだけ、時間の無駄ですよ」
真織はバッサリと、話を切ってしまい、勝手に増幸の部屋を出て行った。
「真織!」
妲姫が追いかける。
「ああ、おいちょっと! すみません、失礼しました…」
高雄も置いて行かれまいと、妲姫に続いてしまった。
「やはり、不老不死は彼らには早すぎたか…。どうしても理解を示さない者が出てきてしまうのだな、これは、この課題の宿命だ」
三人、特に真織が大きな拒絶反応を見せたが、増幸は別に驚いていない。まるでよくあることが目の前でまた起きただけ、という感じの顔だった。
「結局、あれは何者だったんだ? 名は真織、というらしいが…」
増幸は、真織について、あまりよく知ることができなかった。蜂の巣の者も、全くと言っていいほど情報を集められていない。おそらくこの先、真織が海神寺にいても、多くのことは聞き出せないだろう。こうなると、判断が難しいが、現状で決めなければいけない。無害か、壁かを。排除すべきか、放っておくか。
「……大したことはない。野良の霊能力者だろう」
増幸はそう決めた。真織が自分の前に立ちはだかる、大きな壁にはなり得ないと。ただ一つ、自分の考えを理解できない愚か者としか思っていない。
「いやあ気持ち良かった。絶品だったね」
「水風呂さえなければの話です…」
「ん?」
変なことを聞いた気がしたが、真織の表情を見て高雄は聞かなかったことにした。強引に話題を変える。
「そう言えば、この寺院の霊能力者と少し話ができたよ」
「本当ですか?」
「ああ。でも記憶に関してはレアケース過ぎて、対処できないかもしれないんじゃないかって。でも場合によっては、退行催眠? できる催眠術師を呼ぶことができるってよ?」
「催眠術……ですか?」
信じていないわけではないが、真織はそれには心地よく頷けなかった。
「何か、嫌な感じですよ? だってそうは思いません? まるで自分の頭の中を覗かれて、適当に手を突っ込まれているかのような感覚でしょう?」
「そんなの、なの?」
妲姫が不安そうに言うと、
「詳しくは知りませんが、霊的な力が関与しないんでは、どうも首を縦に振れませんね…。専門外に足を突っ込む勇気はありませんし、専門外の人に今更首を突っ込まれたくもない」
「俺もそう思ってね、断ったよ。ここまで来たら、やっぱり自分たちで解決しよう。他も誰かが出てきてあっさり解決、っていうのって面白くもなんともない」
二人の意見は一致した。
「じゃあ、またすぐ移動するの?」
「いいえ。少しは匿ってもらいましょう。疲れましたし、休むことも重要ですよ。ねえ、高雄?」
「そうだね。また蜂の巣だっけ? その一味が来るかもしれない。でも今なら多分大丈夫、ここにいることはバレてはいないはず」
そして、しばらくこの海神寺に留まると結論を出すと、三人は今日はもう眠ることにした。実際には、この海神寺は敵地であり、三人にとっては一番危険な場所である。しかし、増幸たちはここに滞在している間、手を出さないとした。故に奇跡的に、敵地が安息の地と化したのであった。
次の日のことである。海神寺の朝は思ったより早い。
「起きて…。ちょっと手伝って…」
瑠璃に叩き起こされると三人は、客人であるのに朝の掃除に参加させられた。
「何でだよ! 丁重にもてなすとかさあ? あるんじゃない?」
「タダで泊める気はないらしいですね。少し体を動かしたいと思っていたところです、雑巾がけ、競争しましょう」
「嫌だよ。面倒だ…」
「負けるのが怖い人に限って、そういうセリフを吐きますよね」
少し煽ると高雄はムキになって、
「何ぁ? 俺が負けるわけないだろ! 見てな!」
と言うのだった。その様子を見てて、妲姫は少し笑った。
離れたところから見ていたエメラルドは、
「めでたい連中だ。緊張感の欠片も感じられない……」
と軽蔑の視線を送っていた。
朝の掃除は簡単ですぐに終わる。そして朝の集会にも参加させられる。
「……であるから………は………で………」
今、みんなの前で喋っているのは増幸だ。霊能力者としての心得であったり、人としての当たり前であったりと内容は豊富。反面、説明口調で長いため、眠気を煽りやすい。しかし三人は何とか頑張って最後まで聞いた。
「最後に、壱高と奏楽は用事があって朝一番で出発した。二人いないので、その分仕事量も増えると思う。しかし、そんな時こそ、率先して事に当たって欲しい。諸君の努力は決して無駄にはならない。その一手間で助かる人たちもいるということを、心に刻んで欲しい」
そして、解散となった。するとすぐに増幸は、真織たちを捕まえて別室に案内した。
「私が、姫後増幸。ここの最高責任者ってところだ」
増幸は自ら、真織たちに名乗り出た。ここで自分を信頼させるのも、悪くはない一手と思ったからだ。
「知ってますよ。確か、心霊研究家として有名ですよね。名前は聞いたことはありますが、ここにいるとは…」
高雄はその存在を知っていた。彼によればその界隈では結構有名な人物であるらしい。
「君たちと会えたのも何かの縁だ、私の研究を見せるわけにはいかないが…」
「何でです?」
「もしかしたら、スパイかもしれない。こういうのは情報戦でもあるのだよ。どこかの誰かに横取りされるのは私も好ましいとは思わない」
「俺たちがそんな風に見えますか?」
「だって、君は嘘の報告を神代にしたんじゃなかったかな?」
それを聞いて、高雄はドキッとした。心当たりがあるのだ。
「そ、それは……」
妲姫と真織の存在だ。実在しない人物と、報告書に書いた。それが、バレているのだ。
「大したことじゃないさ。抜け駆けしようと企む者はいくらでもいる。そんな世の中だ。きっとそちらの二人、何か些細な事情があっただけだろう?」
「そうです。もっと実力をつけてから、私たちは存在を自慢したいんですよ。今の世の中、小さいことを積み重ねても笑われるだけでしょう? だったら一発、大きなことを成し遂げてそこで名前を出す! のほほんとしていた連中は、出し抜かれた! って焦るんですよ」
真織が代わりに答えた。しかしこれは嘘だ。そして増幸は、彼女の言葉が嘘であることをわかっている。
(妲姫は実在している。だが、こちらの女子は誰だ? そう言えばみつきの報告には、特に何もなかったはずだが…?)
増幸もまた、驚く。みつきが神代の本店で手に入れた情報には、真織について、記載がなかった。言い換えれば真織の方は存在自体がかなり怪しい。
(しかし、ここで無理矢理確かめようとするのは、確実に怪しまれる。三人にとって、私は味方と思わせておくべきだ)
そして瞬時に判断し、
「そうか。いつの日か、君たちの名前が轟くことを期待している」
無駄な詮索は避けた。そして、
「やはりこんなところで立ち話は、芸がない。よし、私の自室に案内しよう」
と言い、真織たちを率いて海神寺の奥に向かった。
増幸の自室は、ちょっとした接待ができるようになっている。二人掛けのソファーが二つ、机の前に設置してある。適当に座らせ、自分でお茶を用意する。
「さて、難しい話になるが……。君たちは生きることについて、どのような考えを持っているかな?」
「は?」
真織と高雄の二人は、目を丸めてへんな声で返事した。
「考えたことはないかい? 何故自分は生きているのか…。思えば生物は必ず死ぬ。それは一年後か、十年後か…もしかしたら、明日のことかもしれない。生まれた時点で死は決定的なのだ。なのに、どうしてこの世に生を受ける?」
この問いかけに、高雄は悩んだ。種の繁栄、と学校で習ったからには、そう答えるのが正解なのかもしれない。しかしだ、相手は心霊研究家。普通の科学が答えになるとは思えない。
だが、真織は違った。
「それは、死ぬために生きているわけではないからですよ!」
と、ハッキリと言った。
「ほほう、どういう意味だい?」
これに増幸、食いついてみる。
「確かにあなたが言うように、生きていれば死ぬでしょうね。でも、私たちには精神がある。温かい魂がある。死後も魂がこの世に残るというのなら、生きていることは無駄じゃないはずです。人は死ぬために生きているんじゃない、生きているからこそ、その先に死が待っているだけです!」
真織の力説は、どこかまとまりがなかった。しかし増幸は、
「なるほど。要するに、生きている間に何かをすべき、という意味だね?」
と、要点を見抜いていた。
「………何かすべき、というよりは、自分が生きた証は魂として残るんですから、死んだからって無駄になるというワケでは…。一分一秒、生命を感じながら生きるべきと…」
力が抜けると、真織は自分の言葉に迷った。
「とにかく! どうせ死ぬんだからっていう乱暴な考えは持つべきではないと思います…」
「ふむふむ、興味深い回答だ」
増幸は、真織の返答を一字一句、逃さずにメモした。若い人間の柔軟な考えは、とても参考になる。
次の質問に移った。
「では、死ぬことについてはどう考えている? 生命が終わる瞬間、それは恐怖だろうか? それとも救いなのだろうか?」
聖戦では、死んだ者は天国に行けるという。そのため自ら死を望んで戦う者もいた。そういう人間たちにとっては、死ぬことは希望かもしれない。だが真織は、この考えにも否定的だった。
「確かに死ぬのは怖いでしょうね。ですが、それは死にたくないと考えるからです。つまりその時点で魂に、立派な価値があるんです。きっと定規などで測れないでしょうけど…。価値のある生命だったからこそ、死は恐怖以外の何物でもないんですよ」
「では、死が怖くない人の魂は無価値なのかい? 死にたくないと考えない人間は、世界中にいるかもしれないのだよ?」
増幸が痛いところを突くと、
「そういうワケではありませんよ? でも、死を自分から望むのは間違っている、と私は考えますが…」
またも真織の意見は、空中分解してしまった。これでは論点がズレているので、答えになっていない。
「そうか。そういう考えもあるだろう」
だがそこには、増幸は触れなかった。完璧な理論など、最初から期待していない。論破しようと思えばできるが、それもしない。どのように考えているのかが、大事なのだ。
「俺は、生きてるなら最後まで生きるべきだと思うけど…」
やっと高雄は、あやふやだが答えを見い出せた。もちろん増幸はそれも聞き逃さず、
「ならば、死ぬなら最初から死ぬべきと?」
「い、いいや! 何もそんなマイナスなこと考えてもしょうがないですよ? 人生は一度きりなんだから…」
高雄の方も、突っ込まれると返答に困った。その様子を見かねて増幸は、
「まあ、ここで結論を出すべきではないな。十人十色と言うだろう、一人一人の答えは間違ってはいない。それは疑いようがない事実だ」
と言った。ちなみに妲姫は、話の複雑さについていけず、黙っていた。
そして最後に、
「そこで、だ。もし人が、死を克服したら?」
ここからが、増幸が本当に話したいこと。
「それは、不死身になったらって意味ですか?」
「そう。正確には、不老不死。老いることはマイナスだからな。いくら死なないと言っても、体の劣化があっては…つまり老いては意味がない」
「馬鹿げてますよ」
真織は、増幸の話の途中だがそう言った。彼女の態度はどこか、気に食わない話を聞いているかのようだった。
「不老不死? 有り得ません。それは生物じゃないでしょう」
「まあ聞いてくれないか? 不老不死は誰もが欲しがることだ。君が言った通り、死は誰もが恐れる。私ですら怖い。それを克服できたのなら! 人類はあらゆる恐怖を乗り越えられる!」
「何が言いたいんです?」
「私はね…この世界のどこかに、不老不死の秘密が必ず隠されていると思っている。現に歴史を振り返ってみれば、日本では竹取物語に、不老不死の薬が出てくる。海の向こうは? 秦の始皇帝もまた、不老不死の薬を求めた。さらに遠くに行ってみよう。ヨーロッパの錬金術でもやはり、不老不死は登場する。それをこの手で、掴んでみたいと思わないか?」
高雄は、
「今の科学でも実現不可能だけど、できる…んですかね?」
少し興味を抱いていた。が、
「考えるだけ、時間の無駄ですよ」
真織はバッサリと、話を切ってしまい、勝手に増幸の部屋を出て行った。
「真織!」
妲姫が追いかける。
「ああ、おいちょっと! すみません、失礼しました…」
高雄も置いて行かれまいと、妲姫に続いてしまった。
「やはり、不老不死は彼らには早すぎたか…。どうしても理解を示さない者が出てきてしまうのだな、これは、この課題の宿命だ」
三人、特に真織が大きな拒絶反応を見せたが、増幸は別に驚いていない。まるでよくあることが目の前でまた起きただけ、という感じの顔だった。
「結局、あれは何者だったんだ? 名は真織、というらしいが…」
増幸は、真織について、あまりよく知ることができなかった。蜂の巣の者も、全くと言っていいほど情報を集められていない。おそらくこの先、真織が海神寺にいても、多くのことは聞き出せないだろう。こうなると、判断が難しいが、現状で決めなければいけない。無害か、壁かを。排除すべきか、放っておくか。
「……大したことはない。野良の霊能力者だろう」
増幸はそう決めた。真織が自分の前に立ちはだかる、大きな壁にはなり得ないと。ただ一つ、自分の考えを理解できない愚か者としか思っていない。