第十二話 真実・中編

文字数 3,662文字

 エメラルドの挑発は、禮導の耳には入っていない。今以上の怒りはいらないからだ。そして、禮導の方からも攻撃する。ポケットに入っていたビー玉に魂を与えると、それはエメラルドの方に飛んで行く。
「おっと!」
 エメラルドはそれを避けない。だが被弾もしない。洗脳した人を盾にしたのだ。
「そんなことができるんだね、君は? これは面白くなって来た…! 行け、僕が与えし魂たちよ! アイツの息の根を止めるのだ!」
 あくまでもエメラルドの役割は、連中に指示を出すことだ。自分の手は汚さない。それがどれほど汚いのか、禮導には良くわかる。
「貴様、地獄に叩き落してやる…」
 再び、禮導はポケットの中身を宙にばら撒いた。もちろん魂を与えており、それらは地面には落ちない。宙に留まって、まるで意思を持ったかのように動く。
「効かないよ? そう何度も同じ手が通じると思う?」
 エメラルドは、他人を盾にする気満々だ。実際に、彼に向かって来たビー玉やペットボトルのフタなどの飛び道具は、全て洗脳した人に遮られる。
「どうだい? 人を傷つける感想は? 意外に心が痛む? それとも楽しい?」
「少しは自分の身を大事にした方がいいぞ…?」
 さっきから禮導は、エメラルドの発言をことごとく無視してきた。だがこれに限っては、返事が来た。
「答えになってないね?」
 彼からすれば、洗脳した人でいくらでも自分の身は守れる。その状況での、禮導のあの返事。実にくだらないと思っただろう。
 しかし、油断が固定概念を覆す。何かが上からエメラルドの顔目掛けて落ちて来た。そして頬がスパッと切れた。
「何?」
 血が流れ出る。痛みも感じる。
「馬鹿な? 僕がダメージを受けただと? おい、下僕ども、ちゃんと守れ!」
「関係ないな、その者たちは」
 今度はハサミだ。頭に突き刺さらなかったが、髪の毛を切り落とした。
「まさか!」
 エメラルドは上を見上げた。自分の頭上に、飛び道具が浮いている。
「上か!」
 人の壁は、禮導とエメラルドの直線状の攻撃は遮断できる。しかし、人がいない上からの攻撃には無力。
「チッ、つまらないことを!」
 だが効果があったのは事実だ。エメラルドの意識は頭上に向いた。
(今か!)
 その瞬間、禮導が動く。全力で人込みをかき分け、エメラルドの元に向かう。
(直接この手で叩かねば、無意味! 逃がしはせん、絶対にだ!)
 それに飛び道具には、ハンカチも混ざっている。それがエメラルドの視界を奪う。
「くっそー! 何だよこれは! こんな小細工が僕に通じるか!」
 エメラルドは強引にハンカチを引き剥がした。すると間髪入れずに、水が目に入り込む。これは、ペットボトルのフタに水を入れておいて、タイミングよくひっくり返したのだ。
「うぎゃっ! 見えない!」
 悪戦苦闘中のエメラルドには、禮導の接近がわからなかった。目を擦って水滴を拭きとると、
「あれ、いないぞ? どこに消えた?」
 さっきまで立っていたところに、禮導がいない。
「速く探し出せ! 何をもたついているんだ!」
 そんな知能が残っていないことぐらい、エメラルド本人が良くわかっている。見失ったのを自分のせいにしたくないからそう怒鳴っているのだ。
「こっちだ…!」
 真後ろから、声が聞こえた。
「…!」
 既に回り込まれていた。
「そんな馬鹿な! って言いたいけど、僕が焦っていない理由を教えてあげようか?」
「余裕か…」
 首筋に、汗一粒も流れていない。だから禮導にも、エメラルドが冷静さを保っていることがわかった。
「君さ、壱高とやりあっただろう? 彼がどんなものを持っていたか、覚えているかな?」
(拳銃だったが…?)
「それを、僕が受け取っていたら? 護身用に、身に着けていたらどう? 近づくのは危険じゃない?」
「ここまで来て、はったりか…。打つ手がないなら、そう言えばいい」
「そうかな?」
 エメラルドはポケットに手を伸ばした。そして振り向きざまにポケットから取り出した。
「ここにあ………!」
 しかし、驚いているのはエメラルドの方。何と銃口を掴まれ、砲身を上に向けられた。禮導は口でブラフと言いながら、そうではないことを見抜いていたのだ。
「あり得ない…! どんな反射神経持ってるんだ、君は!」
 強引に銃口を禮導の方に向けようとする。しかし、
「無駄だ。もうその銃に魂を与えた。お前が引き金を引いても、弾は発射されない。仮に撃てたとして、着弾するのはお前の方…。俺にそんなものを見せてしまったのは、最大の悪手だったな…?」
「ふざけるな! 負けているのは君の方だ! 周りを見ろ!」
 禮導の周囲には、洗脳された人が大勢いる。
「囲まれてるんだよ、君は! 脱出なんてできないぐらいにね! 銃を撃たない? いいや、撃つ必要がないのさ。こいつ等に命令して、君を襲わせる。もう逃げられないだろ!」
「ああ、逃げることはせん」
 あっさりした返事が返って来た。
「ここで潰す。それだけだ」
 すると、銃が突然、火を噴いた。勝手に引き金が引かれ、弾丸を撃ち出したのだ。エメラルドは撃とうとしていない。まるで暴発したようだ。
「弾はものすごい速さで飛んでいるだろう。だが落ちる前なら、軌道はある程度調節できる。もう長引かせる必要もない。これで終わりだ。真上からの一撃は、お前は避けることができない」
 鋭い弧を描き、弾がエメラルドの頭を目指して飛ぶ。
「ハハハ! 君に人が殺せるかな? 無理に決まってる! その一線は流石に越えられないだろう! 神代の後継者が足を踏み外していいわけがない!」
「誰も殺すとは言っていない。勘違いしているみたいだな? そんなことしなくても、お前を負かすのには困らん…」
「だったらなおさら、どうかしてる! おいお前ら! 速くコイツをやっつけろ!」
 ここでエメラルドは考える。仮に殺す意思がなかったとしても、弾丸の直撃を受ければタダでは済まされない。しかし、自分に向かって飛んでいるのはもう覆せない。
(ならば、タイミングを見計らって、禮導と位置を入れ替えるしかない…。ここでコイツを殺せば…。いや、気絶でもいい、そうすれば魂を与えて、支配下に…!)
 禮導の目を見た。まだその一発は来ないのか、視線はエメラルドに釘付けだ。
(あの目が少しでも上を向いた瞬間だ! 禮導は狙いを正確にするために、絶対に着弾前に弾丸の様子を窺う! その一瞬がチャンス…!)
 エメラルドの合図一つで、偽の魂を植え付けられた人たちは一斉に禮導に突撃する。
(少しでも気を逸らさせる。それでいい、増々弾丸が気になって上を向くはずだ!)
 その読みは正解だ。いくら魂が与えられているとは言え、精密な動きはコントロールできないのだ。だから最後は、禮導の視線の中で行われないといけない。
「済まぬ」
 その一言を発すると、禮導は迫りくる人たちを一撃で蹴散らした。
「許せ」
 とも言った。
(ヘヘ、チャンス到来! 今ならよく狙えるよ…)
 チャキッと、銃を構えた。禮導は今、人の排除に夢中だ。今なら絶対に避けられないし、発砲にも気がつかないはず。
(残念だけど、銃に魂を与えてもさ…。僕は一枚だけ、除霊の札を持っているんだよね…! こういうこともあるだろうから、この寺院から持ち出していたのさ!)
 その札を銃に触れさせ、禮導の与えた魂を祓う。これで銃のコントロールを取り戻した。
「ん?」
 だが、中々引き金を引けない。
(そう言えば、さっきの弾丸はどうしたんだ? 禮導は僕に背中を向けているけど、それでも当てられると思っているのか? ここで禮導を撃ち殺しても、その弾丸が生きていたら…)
 自分に直撃する。
(そうはさせない!)
 急な心配事に急かされて、エメラルドは発砲した。
「死にな、禮導!」
 だが、その弾は禮導には届かなかった。
 なんと、上から落ちて来た弾が、発射された弾丸を弾いたのだ。
「何い!」
「やはり。背中を向ければ、撃つと思っていた」
「だ、だが! お前の弾丸はもう終わりだ! 今地面に落ちて勢いが死んだ! でも僕にはまだ弾が残っている! お前ら、禮導を押さえろ!」
 流石の禮導とはいえ、一度にさばけないほど多くの人間の相手は不可能。腕を掴まれ、動きを封じられた。
「これで終わりだ。今度こそ! 天に召されな!」
「……言い忘れていたが、同じ物質同士なら、魂は乗り移ることが可能だ」
「え?」
 この発言に、一瞬エメラルドの思考回路が止まる。
 次の瞬間、海神寺の瓦に弾が一発当たった。すると弾かれた瓦が、屋根から落ちる。
「ぐげええっ!」
 その瓦は、エメラルドの頭に命中した。
「やれやれ、面倒な下衆だったな。だが気を失っても、魂は依然として健在か。ここからも面倒だ…」
 エメラルドを制した禮導は、人の波に飲まれながら真織の援護に向かう。
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