第六話 裏側

文字数 4,423文字

 時計の針を少し戻す。時刻は昼過ぎ。狂霊寺に再び足を運ぶものがいた。

「おーい、麗さん? いるんでしょう? ちょっと話、聞いてくれない?」

 巌だ。手見上げに花束まで持っている。しかしそんなものが役に立つわけもなく、

「飽きないわね…。あんた、どの面下げてここに来れるわけ?」
「今日はその要件じゃないんだよ。ここだけの話、すっごーい気になるヤツ。聞きたいと思わん?」

 また課題を課し、クリアしなければ、巌に狂霊寺を歩き回ることは許されない。だが巌は、話を聞くだけでいいと言うのだ。

「仕方ないわね、どんな話?」
「実はね…」

 巌は、昨日陣牙から聞いたことを話した。

「馬鹿なの? そんなおとぎ話がこの世にあるとでも?」
「出鱈目かどうかを、確かめてみたいと思うだろう? 昨日からワクワクが止まらないよ」

 興奮している巌を他所に、麗は冷静だった。

(隣接世界ですって? そんなの嘘に決まってるわ。巌、詐欺に遭ってるんじゃないの? 手遅れになる前に戻って来なさいよ…)

 ここで、説得するためにある物を巌は差し出した。

「この糸。変だと思わないかい? 僕は目を疑っちゃうね」

 陣牙が使っていた、あの糸だ。手に巻き付いた分を回収されなかったので、今日持って来たのだ。

「何よこれが何の証拠に…」

 触った瞬間、麗は思い知らされることになる。

「ちょっと、あなた! これどこで手に入れたの?」

――ほうら食いついた!

 こうなれば、麗の関心を引き込むのはお茶の子さいさい。

「昨日出会った人物…名前は何て言ったかなあ……ソイツが僕にくれたんだ」

 霊能力者である麗は、触れば物に込められた念を感じることができる。それが、異常だと自分に告げている。

「それと、妲姫って子? 麗さんは彼女と話した?」
「記憶喪失のあの子ね。少し…って言っても会話が成立するほど交流は深めてないわよ」
「隣接世界の輩が、追い求める存在なんだ、妲姫は! 普通の子、なのかね? 記憶喪失って言うのもかなり怪しくない?」
「…!」

 無言で頷く麗。話が怪しくなってきた。

「まさかあの子が、隣接世界から来たってワケ? でも、記憶がないことが関係しているとなると…」
「確かめる術は、妲姫本人に聞くしかない。そうだよね?」

 巌はさらに麗を揺さぶってみる。

「そうね…」

――落ちたね、麗さん…。僕一人じゃちょっと心配だよ。ここは協力してもらわないと。

 妲姫には、真織がついている。真織に負けたばかりの巌には、真織を説得できるかどうかあまり自信がなかった。もしかすると、再び戦わないといけないかもしれないのだ。そうなると、一度負けた自分は不利。故に麗を仲間に引き入れ、共に行動する作戦を考えた。

「行って確かめるしかないわ! これは私たちの義務よ、巌ぉ!」
「ああ、行こう。で、彼女たちはどこに向かったんだい?」
「聖霊神社よ。私が提案したんだから、間違いない!」

 二人は、まず出発の準備をした。そして夕方ごろ、狂霊寺を出た。
 真実を確かめるための旅。だが二人はこの時、待ち受ける運命を知る由もない。


 今度は時計の針を進める。真織たちが出発した後、新たな客人が聖霊神社に現れた。

「やっぱり、もう久美さんはいませんよね…」

 その少女は、交通事情に手間取って久美と合流できず、真織たちがいなくなった後になってからやっと聖霊神社に着いた。

「誰だお前は!」

 神社の者たちは、嫌に喧嘩腰だ。そうなるのも仕方がない。数時間前に、久美が襲撃してきたのだ。今は警戒心が大きくなっている、神経質な状態。

「待て」

 そこで、禮導が待ったをかけた。

「お前、俺の予想が正しければおそらく……。蜂の巣の者だな?」
「アタリです。私は虎丸(とらまる)宮子(みやこ)って言います」

 宮子からは、殺気を感じない。落ち着いた口調は、戦う意思がないことを感じさせる。禮導もそれがわかったからか、

「何をしに来た? 言っておくがお前たちの目的である妲姫はもういないぞ?」
「でしょうね。私、間に合わなかったから…」
「だからこそ、何が目的だ? 復讐か? それならお門違いだ。俺はさっきの女に手を出してはいない。真織と高雄が対処したが…三人がどこに行ったのかも教えんぞ?」
「いいですよ、別に」

 逆にペースがつかめない。禮導は困惑した。宮子の目的が何なのか、何がしたいのかが、言葉を交わしても見えてこないのだ。

「少し、お話しできませんか? お土産にお茶も持ってきました。ゆっくり飲みましょう」

 そう言うと、聖霊神社の客間に宮子は案内された。

「毒はなさそうだな」

 そのお茶を宮子が先に飲んだので、禮導も安心して湯呑に注ぐ。

「で、要件を聞かせろ。そもそも、蜂の巣とは一体何だ? いつ発足した?」
「それは、ええと、よく知らないです…」

 嘘は言っていない目つき。

(知らされてないのか。それとも歴史が浅すぎて言うのが恥ずかしいか? まあいい、この女子から、聞けるだけ聞き出す…)

「時に禮導さん、別の世界の存在を信じますか?」
「あ?」

 唐突に宮子が切り出したので、禮導は反射的に変な声を出した。

「私がこの世界の人じゃないって言ったら、信じますかっていう意味です」
「わからん、話が見えん。死人だとでも言いたいのか?」

 宮子は禮導の湯呑に視線を落とした。

「飲んでみればわかりますよ。私が言いたいことが」

 ここは馬鹿正直に、言われた通りお茶を口に運んでみる。一口、口に含んでよく味わい、そして飲み込む。

「むっ!」

 喉を通る瞬間、禮導は感じ取った。

「これは………一体…?」

 説明するのが難しい。今確かに口に運んだのに、その存在がこの世のものとは思えない。異国な雰囲気と言えばそうなのかもしれないが、世界中どこを探しても、同じものが存在しているとは思えない。何よりも、霊的な何かが体に入り込む感覚を覚えたのに、霊に取り憑かれた感触はない。それが異様だ。

「おわかりいただけました? それともおかわりします?」
「いや。お前の話を聞こう。その後、俺が質問をする」
「わかりました」

 かしこまると宮子は言う。

「私は、この世界に隣り合う隣接世界からやって来ました。そこは平和でみんな温厚で、優しさ溢れる楽園のようです。ある時、こちらの世界に招かれたんです」
「誰が招いたんだ?」

 ソイツが黒幕。禮導からすれば、一番知りたいところだ。しかし、

「それは、ごめんなさい。ルールで言えないんです。みんなと約束したことですし、私が勝手に破るわけにもいきません…」
「みんな、と言ったな? ということは隣接世界とやらからやって来たのはお前一人ではないと? さっきの女以外にも仲間がいるな?」
「ああ、久美さんですか? 彼女はちょっと性格きついですよね。禮導さんの言う通りです、蜂の巣は霊能力者の集団ではありますが、こちらの世界にルーツを持ちません。そして隣接世界というのは…」

 宮子は、隣接世界について述べた。その内容はほとんど、陣牙が巌にしたのと同じだ。唯一違う点があるとするなら、新米の宮子は本家世界で死んでしまった場合のことを知らないので、魂が残らないことは教えられなかった。

「………なるほど。お前が言うこと、全て嘘と切り捨てることも可能ではある。が、あえてそうはしない。俺に嘘を吐く理由がない」

 禮導は、宮子の話を信じた。彼からすれば、霊能力者の集団が神代以外にも存在していることが重要であり、本当にあるかどうかは自分の目で見て確かめればいい話なのだ。それに嘘を混ぜるなら、その集団について濁すはず。それをしなかったということは、逆に信用できる。

「………以上ですが、何か質問はありますか?」
「いや、ない」
「では、私の方から一ついいですか?」
「構わん」

 すると、

「妲姫さん、知ってますよね? さっきまでここにいたのでしょう?」

 禮導は無言で頷いた。

「彼女は、この世界の人でしょうか?」
「何が言いたい?」
「いえ! 深い意味はないです。でも気になりませんか? 隣接世界から呼ばれた霊能力者たちが求める存在。これ、何か意味があると思うんですよ」
「こう言いたいのか?」

 妲姫は本家世界の人ではない、と。

「そうです。でもどうやって確かめましょう? もうここにはいませんし、記憶もないんでしょう?」
「なるほどなぁ…。お前がここに来た理由がわかったぞ。俺に探させようと言うのだな?」

 おそらく、宮子は非戦闘員なのだろう。雰囲気からして戦える人材ではない。だから、禮導を奮い立たせて、味方につける。神代の跡継ぎである彼がこちら側につけば、百人力。

「ここにいても暇だと思っていた。その話に流されてみるのもいいかもな」


 話を終えた宮子は、帰っていった。禮導は神社を出る準備をした。途中、神社の者に話しかけられる。

「禮導様、本当に行くつもりですか?」
「言っておくが、妲姫を探しに行くのではない。それは俺には興味のない話だ。だがな、宮子は重要な言葉を残した」
「と言うと?」
「まず彼奴は、招かれたと言った。呼ばれたとも。ということはつまり、こちらの世界に、蜂の巣を入れた人物がいるということだ。そして…神代に隣接世界についての報告はない。ある意味、情報を隠匿した裏切り者。何か目的のあっての上での、悪意ある行為…」
「と、言うことは…?」
「その命知らずを見つけ出し、始末する。神代に歯向かった罪は、死以外では償えんことを教えてやるのだ」

 禮導の眼中に、妲姫の姿はない。記憶のない妲姫を追跡するよりも、蜂の巣の構成員を捕まえて、白状させた方が手っ取り早い。

「真織たちの言葉が正しいなら、狂霊寺にも出没したらしいな、蜂の巣は。この聖霊神社にも二人も来た。これは俺の予想だが、次の奴は霊的な力が大きな場所に出没するだろう。絶対に吐かせる。どこの誰が反乱を企てているのかを!」

 禮導もまた、自分の旅を始めようとしていた。真織と高雄は妲姫の記憶の蘇生のため、巌と麗は真実を確かめるため。二つのグループは、求めるものが違うようで、実はゴールは同じだ。妲姫の記憶が蘇れば、真実を確かめられる。
 けれど、禮導は決定的に違う。彼はこの騒動の黒幕にしか興味がない。

「海神寺に行かれるのですか?」
「そこには行かん。行けば真織たちと遭遇する。今度こそ決着をつける機会かもしれんが、そこには優秀な霊能力者がいる。穏便に済ませたいと思うだろう、戦わせてはくれんさ。それに今、おそらく蜂の巣は真織たちを見失っている。俺が海神寺に行けば、尾行が来るかもしれん。さっきの宮子が本当に家に、まあこちらの世界にあればだが、帰ったとも言い切れん」

 海神寺に行けば、蜂の巣の者が割って入って来るだろう。真織との勝負はお預けになる。それに、真織たちに余計な負担を与えるのも、どこか嫌な気分だ。

「ではどちらに向かわれるのですか?」
「九州の深緑温泉街だ。西日本で霊的な場所は、こことそこしかない。先に行って、疲れでも癒しながら蜂の巣を待つ」
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