第五話 逃走・前編
文字数 2,857文字
「こんな歓迎って、ないじゃない? 私が来たって言うのにさぁ…」
そうため息を吐きながら悪態を吐くのは、久美。みつきの命を受け、用事を済ませて京都を訪れ聖霊神社まで来たが、そこで禮導と修行をする霊能力者に、敵意の眼差しを送りつけられているのだ。
「帰れ! お前のような輩が来るところではない!」
「回れ右をしろ、言語が通じるならできるだろう?」
彼らは真織や高雄から事情を聞いていたわけではない。だが、霊能力者としての勘が、久美を境内に入れてはいけないと囁いているのだ。
「じゃあ、仕方ないわ…。これでもくらえ! そしてくたばれ!」
久美が手を握る。そして開く。すると、物凄い勢いの風が吹き、目の前の霊能力者たちを吹き飛ばした。
「全く、言わんこっちゃない。雑魚が群れても暑苦しいだけ。そんなことも知らないの?」
慌てて禮導が外に出た。物陰に隠れながら久美の顔を見ると、
「知らない顔だな。あの女がここに用でもあると?」
「まさか…!」
高雄は嫌な予感がした。
「朝、妲姫を追っていた奴の仲間? もしかしたらそうかもしれない!」
そしてその勘は、当たっている。
「でしょうね。じゃないとこんなところにまで一々来ませんよ。全く暇な連中です」
「おい、どういう意味だ?」
二人は、妲姫が何者かに追われていることを禮導に説明した。
「初耳だ。だが、原因は記憶だろう? だとすると、妲姫の記憶には、神代を敵に回してまで手にしたいぐらいの価値があるということか。これは一筋縄ではいかんな」
敵は、妲姫を確保するまで攻撃を続けるだろう。ここにいることがバレてしまっている以上、早急に聖霊神社から去らねばいけない。もしかすると、明日は禮導が呼んだ催眠術師よりも先に、敵の追っ手が到着するかもしれないのだ。
「ここは俺が…」
禮導が出ようとした。だが、真織が手を出して遮った。
「禮導。あなたは最後の砦として機能すべきです! あなたが負けたら、誰がこの寺院を守ると言うんですか! ここは私と高雄が出ます」
「大丈夫…なのか?」
「俺にはあまり自信はないけど…。真織はどう?」
「そうですね…」
朝、遭遇した相手=みつきは、何故か姿を消した。もしみつきが向かわせた人物が久美なら…。
「朝の氷使いよりも強い可能性が、ありますね。自分では勝てないから、より上の実力者に戦ってもらう。普通にあり得ることです」
「そ、それじゃあ…」
最悪の事態を用意に想像する高雄。だが真織の意見は違う。
「ですが! 私たちにも勝機はあります。もう一つの可能性。それは、氷使いよりも格下の人物ということです」
みつきと遭遇したのは、群馬県。そこから京都府まで移動となると、普通に遠い。故に、京都府周辺に待機している仲間を動かすのも常識。
「今はその可能性に賭けましょうよ。悪い選択ではありませんよ?」
「そうだな…。止まっていては、明日は来ない! 行くか、真織!」
「ええ、もちろん!」
二人は飛び出した。
「来たわね…!」
久美の目の前に、高雄と真織が躍り出る。
(彼の方は知っているわ。陣牙を退ける実力者。警戒しないとすぐやられちゃいそう…って思ったけど、私からすればただの雑魚だわ。でも、そっちの彼女は誰? 私の持っているデータには、情報が一つもないわ…。でもみつきが見たって言う女は、アイツね……)
ここで高雄が叫ぶ。
「何しに来たんだ!」
「用があるのは妲姫だけなの。悪いけど、あなたたちは黙ってて?」
「そう言われて、『はい』と答える人がいますか? いいえ、いないでしょう!」
間違いない。朝のみつきの仲間だ。真織も高雄も確信する。
「どうやら、やるしかないようですよ? 二対一。これでも勝てると言いますか?」
「そこには、『はい』って答えようかしら?」
久美が手を広げた。
(く、来る…!)
瞬間、真織と高雄の頭に先ほどの光景が蘇る。神代の霊能力者が、抵抗空しく吹き飛ばされた。その大風が、また吹こうとしているのだ。
そして、指を折る。その指が開かれたら、風が吹く。
(ここは一旦、距離を取って…って高雄?)
真織は後ろに下がり、屈んだ。だが高雄は立ったままだ。
ついに、手を広げた。高雄は風が吹く瞬間、札を前に突き出した。
「うおおおおおお、おおおおおお!」
まるで大嵐の中で立っているかのようだった。霊気の込められた札が風を切り裂くが、予想以上に強い。足が後ろに、勝手に動く。今にも体が宙に浮きそうだ。
「だけどな……。いつまでも下がってはいられない!」
しかし、高雄は足を一歩、前に出した。さらにもう一歩、一歩と久美との距離を詰める。
(あ、あと、少し……)
あと少しで、札が久美に届くのだ。届かせれば、相手の霊力を下げられ、風は治まるだろう。
高雄には、久美のことが良く見えない。風のせいでまともに目を開けることができないのだ。故に見逃してしまっていた。久美の表情を、だ。
(笑っています…? この状況で?)
真織には、見ることができた。
「ま、マズい! 高雄!」
叫んだが、遅かった。もう一方の手を一瞬で握り、開くと、久美の体は強風で飛ばされ、天高く登った。そして風の中を移動し、聖霊神社の屋根に着地した。
「そう来ますか、ふう」
真織は一瞬だけ安堵した。高雄が一撃で葬られるかもしれない状況だったが、相手は逃げることを選択したのだ。
でも、悪い事態に変わりはない。もしも久美が妲姫を見つけたら、一瞬で腕を掴み、風の中を逃げるだろう。そうなってしまうと、手の出しようがない。口にくわえるしかないのだ。
「流石は、蜂の巣の一員を退けた男ね。その辺の雑魚とは勇気も覚悟も、実力も違うわ」
「蜂の巣? 何を言っている?」
真織には、その意味がわからなかった。もちろん高雄にも。だが禮導は、
(まさか、この日本にまだ、霊能力者の集団が存在しているのか? 月見の会が最後だと思っていたが、そうではない? 蜂の巣という団体が、この日本のどこかに根付いている…?)
神代にとってそれは、屈辱以外の何物でもない。日本の霊能力者業界は、手中に収まっていなければいけない。
(逃がせんな、増々…)
聞きたいことが、山ほどある。それは禮導だけではない。高雄も真織も同じだ。
「何者だ、お前は!」
高雄の質問に久美は、
「蜂の巣の一員、とだけ答えておくわ」
と返した。
「答えになっていませんよ、そんなの! 何がわかると言うんですか?」
「何にもわかんないでしょうね。でもいいの。雑魚に真実を知る権利はない。違う?」
「違いませんね。何故ならあなたは、その雑魚に負けるからです!」
「へえ、無駄に自信あり気ね? あなた、私に敵うとでも? みつきが見逃さなかったら今頃、あの世で閻魔に裁かれているでしょうに!」
「みつき? 誰ですかそれは? 知りもしない人の名前を挙げても見逃しませんよ? 言い訳にすらなっていません」
「だーかーらー! 雑魚に知る権利はないの! 今、その減らず口を塞いでやるわ!」
久美は屋根から素早く降りると、二人とまた向かい合った。
そうため息を吐きながら悪態を吐くのは、久美。みつきの命を受け、用事を済ませて京都を訪れ聖霊神社まで来たが、そこで禮導と修行をする霊能力者に、敵意の眼差しを送りつけられているのだ。
「帰れ! お前のような輩が来るところではない!」
「回れ右をしろ、言語が通じるならできるだろう?」
彼らは真織や高雄から事情を聞いていたわけではない。だが、霊能力者としての勘が、久美を境内に入れてはいけないと囁いているのだ。
「じゃあ、仕方ないわ…。これでもくらえ! そしてくたばれ!」
久美が手を握る。そして開く。すると、物凄い勢いの風が吹き、目の前の霊能力者たちを吹き飛ばした。
「全く、言わんこっちゃない。雑魚が群れても暑苦しいだけ。そんなことも知らないの?」
慌てて禮導が外に出た。物陰に隠れながら久美の顔を見ると、
「知らない顔だな。あの女がここに用でもあると?」
「まさか…!」
高雄は嫌な予感がした。
「朝、妲姫を追っていた奴の仲間? もしかしたらそうかもしれない!」
そしてその勘は、当たっている。
「でしょうね。じゃないとこんなところにまで一々来ませんよ。全く暇な連中です」
「おい、どういう意味だ?」
二人は、妲姫が何者かに追われていることを禮導に説明した。
「初耳だ。だが、原因は記憶だろう? だとすると、妲姫の記憶には、神代を敵に回してまで手にしたいぐらいの価値があるということか。これは一筋縄ではいかんな」
敵は、妲姫を確保するまで攻撃を続けるだろう。ここにいることがバレてしまっている以上、早急に聖霊神社から去らねばいけない。もしかすると、明日は禮導が呼んだ催眠術師よりも先に、敵の追っ手が到着するかもしれないのだ。
「ここは俺が…」
禮導が出ようとした。だが、真織が手を出して遮った。
「禮導。あなたは最後の砦として機能すべきです! あなたが負けたら、誰がこの寺院を守ると言うんですか! ここは私と高雄が出ます」
「大丈夫…なのか?」
「俺にはあまり自信はないけど…。真織はどう?」
「そうですね…」
朝、遭遇した相手=みつきは、何故か姿を消した。もしみつきが向かわせた人物が久美なら…。
「朝の氷使いよりも強い可能性が、ありますね。自分では勝てないから、より上の実力者に戦ってもらう。普通にあり得ることです」
「そ、それじゃあ…」
最悪の事態を用意に想像する高雄。だが真織の意見は違う。
「ですが! 私たちにも勝機はあります。もう一つの可能性。それは、氷使いよりも格下の人物ということです」
みつきと遭遇したのは、群馬県。そこから京都府まで移動となると、普通に遠い。故に、京都府周辺に待機している仲間を動かすのも常識。
「今はその可能性に賭けましょうよ。悪い選択ではありませんよ?」
「そうだな…。止まっていては、明日は来ない! 行くか、真織!」
「ええ、もちろん!」
二人は飛び出した。
「来たわね…!」
久美の目の前に、高雄と真織が躍り出る。
(彼の方は知っているわ。陣牙を退ける実力者。警戒しないとすぐやられちゃいそう…って思ったけど、私からすればただの雑魚だわ。でも、そっちの彼女は誰? 私の持っているデータには、情報が一つもないわ…。でもみつきが見たって言う女は、アイツね……)
ここで高雄が叫ぶ。
「何しに来たんだ!」
「用があるのは妲姫だけなの。悪いけど、あなたたちは黙ってて?」
「そう言われて、『はい』と答える人がいますか? いいえ、いないでしょう!」
間違いない。朝のみつきの仲間だ。真織も高雄も確信する。
「どうやら、やるしかないようですよ? 二対一。これでも勝てると言いますか?」
「そこには、『はい』って答えようかしら?」
久美が手を広げた。
(く、来る…!)
瞬間、真織と高雄の頭に先ほどの光景が蘇る。神代の霊能力者が、抵抗空しく吹き飛ばされた。その大風が、また吹こうとしているのだ。
そして、指を折る。その指が開かれたら、風が吹く。
(ここは一旦、距離を取って…って高雄?)
真織は後ろに下がり、屈んだ。だが高雄は立ったままだ。
ついに、手を広げた。高雄は風が吹く瞬間、札を前に突き出した。
「うおおおおおお、おおおおおお!」
まるで大嵐の中で立っているかのようだった。霊気の込められた札が風を切り裂くが、予想以上に強い。足が後ろに、勝手に動く。今にも体が宙に浮きそうだ。
「だけどな……。いつまでも下がってはいられない!」
しかし、高雄は足を一歩、前に出した。さらにもう一歩、一歩と久美との距離を詰める。
(あ、あと、少し……)
あと少しで、札が久美に届くのだ。届かせれば、相手の霊力を下げられ、風は治まるだろう。
高雄には、久美のことが良く見えない。風のせいでまともに目を開けることができないのだ。故に見逃してしまっていた。久美の表情を、だ。
(笑っています…? この状況で?)
真織には、見ることができた。
「ま、マズい! 高雄!」
叫んだが、遅かった。もう一方の手を一瞬で握り、開くと、久美の体は強風で飛ばされ、天高く登った。そして風の中を移動し、聖霊神社の屋根に着地した。
「そう来ますか、ふう」
真織は一瞬だけ安堵した。高雄が一撃で葬られるかもしれない状況だったが、相手は逃げることを選択したのだ。
でも、悪い事態に変わりはない。もしも久美が妲姫を見つけたら、一瞬で腕を掴み、風の中を逃げるだろう。そうなってしまうと、手の出しようがない。口にくわえるしかないのだ。
「流石は、蜂の巣の一員を退けた男ね。その辺の雑魚とは勇気も覚悟も、実力も違うわ」
「蜂の巣? 何を言っている?」
真織には、その意味がわからなかった。もちろん高雄にも。だが禮導は、
(まさか、この日本にまだ、霊能力者の集団が存在しているのか? 月見の会が最後だと思っていたが、そうではない? 蜂の巣という団体が、この日本のどこかに根付いている…?)
神代にとってそれは、屈辱以外の何物でもない。日本の霊能力者業界は、手中に収まっていなければいけない。
(逃がせんな、増々…)
聞きたいことが、山ほどある。それは禮導だけではない。高雄も真織も同じだ。
「何者だ、お前は!」
高雄の質問に久美は、
「蜂の巣の一員、とだけ答えておくわ」
と返した。
「答えになっていませんよ、そんなの! 何がわかると言うんですか?」
「何にもわかんないでしょうね。でもいいの。雑魚に真実を知る権利はない。違う?」
「違いませんね。何故ならあなたは、その雑魚に負けるからです!」
「へえ、無駄に自信あり気ね? あなた、私に敵うとでも? みつきが見逃さなかったら今頃、あの世で閻魔に裁かれているでしょうに!」
「みつき? 誰ですかそれは? 知りもしない人の名前を挙げても見逃しませんよ? 言い訳にすらなっていません」
「だーかーらー! 雑魚に知る権利はないの! 今、その減らず口を塞いでやるわ!」
久美は屋根から素早く降りると、二人とまた向かい合った。