第二話 疑惑・後編

文字数 4,569文字

 この勝負、真織の方がえらく分が悪い。それは人数が減ったからではない。

(探すったって、どうやってしましょうかね…。具体的な位置も知りませんし、どんな地蔵かもわかりません)

 そう、真織は探す方法を知らない。だが一方の巌は、

――一見不可能に思えるが、そうではない。狂霊寺は呪いに精通する神社だ。きっと地蔵もそれに関わる思念がこもっている。犬が嗅覚で人を探し出すように、僕がその念を感じ取って行けば、絶対にたどり着ける!

 既に気を配っていた。この森に溢れる、負の感情。そのほとんどが藁人形から発せられるものだ。しかし、別の感情も感じる。呪いを鎮めようという思い、正の思念。間違いない、これだと巌は判断する。そして匂いの元を辿るように、足を進める。
 唯一の懸念は、霊能力者なら誰でも感じ取れること。つまりは真織も同じことができ、それに気が付くかどうか。だが、見た感じだとその様子はない。この思念に、完全に気づけてない。

「む!」

 巌の動きに迷いがないことは、真織も見ていて気が付いた。

(先を越されますか…。でも、仕方ありません。彼について行くしかなさそうですね…)

 卑怯かもしれない。だが真織は、巌が見つけ出すならそれを横取りすればいいと考えていた。

(ちょっと悪いことですよね…)

 一瞬ためらうのだが、もし立場が逆だったら、巌は自分が地蔵を運ぶのを黙って指をくわえて見ているだろうか?

(違いますよね、絶対に手を出すはずです。それが、この世界の人間の思考回路!)

 いつでも札を出せるように、ポケットに手を突っ込む。そして静かに巌の後ろをついて行く。

――おや?

 その行為に気付かないほど、巌も馬鹿ではない。後ろをつける真織の気配は大きい。生者の温もり故に隠せるはずがないのだ。

――探そうという気配は感じない。そうなると真織が取れる行動は一つしかないな。これは、直接対決になるか?

 巌も、真織と同じことを考えていた。自分が地蔵を先に見つけたら、真織は黙って運ぶのを見ているか? 違う。ハゲタカの如く襲い掛かるはずだ。

――ならば! かかってこいよ!

 襲わせる。シンプルな解答だ。思い知らせればいい。自分には敵わないことを。そうすれば自ずと理解するはずだ。巌も真織とタイプは違うが、札使い。既に袖の中に忍ばせてある。


 数分もしない内に、巌は地蔵の気配を感じ取った。

「あるぞ、ここだ…」

 それは、単純に茂みの中に鎮座していた。どう見ても落っことしたようには見えない。その馬鹿馬鹿しさに少し呆れる。
 幸いにも、片手で持ち上げられる大きさと重さ。巌はそれを手に取り、後ろを振り返って真織に見せた。

「真織! 探し物はこれだ!」
「!」

 これに真織は驚いた。

(黙って持って行けばいいのにわざわざ見せるとは…。これは……)

 様々な憶測が頭の中で渦巻く。

「持って行きなよ。僕は次の機会にすればいいから」

 巌は言った。そして地蔵を差し出す。だが、これは明らかに罠。巌は、真織が手に取るのを待っているのだ。そうすれば自分の手は空き、札が使える。狙うは不意打ち。生じる一瞬の隙に、勝負をかける。

「…地面に置いて下さい。そうしたら取ります」

 この見え透いたトラップに引っ掛かる真織ではない。相手は下手に出ているが、それが、下手くそ過ぎる。

(問題は、このまま持って行かれたら私の負け。でもコイツゥ、その気はなさそうですが…)

 嫌な空気になる。その雰囲気を破壊したのは、巌だった。

「くれてやるよ!」

 何と巌は、地蔵を真織に向かって投げつけた。

「うわ!」

 真織は、それを反射的にキャッチする、いいや、しなければならない。自分に当たれば、怪我では済まないかもしれないからだ。

――チャンス到来! 受け止めるには、手でキャッチしないといけないからな!

 相手に隙がないなら、作る。巌はそれをやってのけた。そして袖の下から札を出すと、真織目がけて叩き付ける。この間、一秒にも満たない。

「どうだ!」

 巌の札は、一般的に知れ渡っている除霊の札だ。それは霊だけではなく、負の感情も失わせることが可能。闘争心も、消えて無くなる。

「甘い、ですね…!」

 だが真織、これを真正面から受けてもビクともしない。

「地蔵で、ガードしただと…?」

 巌の札は、地蔵に貼りついている。真織が、巌の札が目前に迫る瞬間に、突き出したのだ。

――そんな馬鹿な? 考えて動く余裕がどこにある?

 否、真織は一々考えてなどいない。

(それをすると思っていましたよ…。でも今のは運が良かった…! 反射的に上がった手が、地蔵を持っていなければ、防げなかった!)

 強運だ。ここに来て天の神が、真織に微笑んだのだ。
 立場が逆転した。巌は真織の持つ地蔵を奪還することを狙う。一方の真織は、これを死守する。

 真織は、地蔵に貼られた札に指を伸ばした。が、一瞬触れただけで引っ込めた。

(まだ生きている、この札! 地蔵には影響を与えていない)

 そして、さらに気が付く。

(もしや、持っているだけで悪影響が私に流れてくるのでは? 巌は保険をかけていた? だとしたら、私は地蔵を持たされている?)

 疑問が疑問を生む、クエスチョンマークのスパイラル。
 疑念は、技術あるワシをニワトリに変える。真織自身、気が付かないだけで、大きな隙が生じていたのだ。

――ここだ…!

 巌の行動には、迷いがなかった。二枚目の札を、今度こそ相手の額に押し付けた。

「手ごたえあり、だぜ!」

 勝利を確信する巌。だが、足が動かない。

――何だ?

 急に、足が崩れて地面に体が落ちる。

――まさか…!

 真織だった。確かに巌は、札を顔に叩き付けた。これで相手の感情は消え、戦えなくなるはずだった。

「ふう、嫌な汗をかきましたよ。でも、一瞬だけ! その一瞬に、私の札をあなたに触れさせることができた!」

 真織の札。それが巌の足に貼りついている。それが電気を流し、筋肉を緩めたのだ。

「出来るはずがない! 僕の方が速かったんだぞ?」
「一理ありますね。そこは確かにあなたの勝ちです。でもね」

 真織は、服の背中を巻くってみせた。そこには札が二枚、地肌に貼ってある。

「この二枚の札がある限り、私の感情は消えません。それはまるで、回り続ける発電機械のように!」

 真織の操る札に蓄えられる電力。その源。それは真織の背中にあった。

「ほう。大胆だな、この状況で! 弱点をさらけ出すとは!」

 まだ諦めない巌。札を剥がすと、筋肉が言うことを聞く。すぐに立ち上がる。

――ならば、あの背中の札を破壊するまで! そうすれば次は、立っていられなくなる!

 それは、真織も覚悟している。

(私の背中は、弱点。でもあえて教えれば、相手はいかにそこを狙うか、に作戦を切り替える。でも私は、巌に電撃を一撃加えるだけでいい。背中を守る必要はない。見せなければ攻撃されない!)

 真織は、地蔵を足元に置いた。持っていても邪魔だし、これを置けば相手の狙いの的を意図的に増やせる。そうすれば、行動に迷いが生じる。

 ジッと、動かずに睨み合う二人。森の中を風が駆け抜け、二人の髪を揺らす。だが視線は、釘で撃たれたかのように動かない。
 不意に、野生動物の声がした。それが合図となって二人は動いた。

「どりゃあああああ!」

 巌は、札をまき散らしながら一歩下がる。

――抜けられるか! この札の雨霰の中を! 一発でも触れば、お前の中の心は意気消沈! 僕に対して闘争心が、勝てるという思いが湧かなくなって終わりだ!

 真織は、一歩前に進んだ。左腕を振って、まき散らされた巌の札をかき分ける。

(行くしかない、です! 相手がどんな行動をしてきても、相手に勝つ……たったそれだけ、超シンプル! それだけの強い思いがあれば! 勝てる!)

 二人の信念のぶつかり合い。

「んぐっ!」

 真織の体が傾いた。腕に貼りついた札が、霊気を吸い上げているのだ。いくら感情が背中の札から補充されるとはいえ、一度に多くの札が貼りつき感情を持って行かれては、供給が間に合わない。

「勝った!」

 巌は自分の勝利を確信した。

「いいえ…。これで邪魔は消えましたよね。私の攻撃が通じる番です!」

 もう一方の腕が、まだ残っている。札を構え、巌目がけで電気を放出する。

「さあ! この攻撃、通すな危険! でも止められますか? いいえ、できないでしょう!」

 解き放たれた稲妻は、巌の体を容易く貫いた。

「ぐはぁぅ?」

 いや、そう見えただけだ。だが効果は絶大。運動神経はもちろん、感覚神経にもダメージのある一撃だ。巌は立っていることができず、倒れた。

「終わりましたね。ふう、強い相手でした………」

 勝負あった。真織は巌の体を引きずって、もう一方の手で地蔵を持ち、狂霊寺に戻る。


「おい巌ぉ! 何ィ負けてるのよ? あんたのために昨日の夜、地蔵様運んだってのに!」

 麗は、伸びている巌に対し怒鳴った。

「トホホ……。面目ない、僕はもう帰るよ…」

 実はこんな試練、課題の類に意味はない。狂霊寺には古のルールがある。去る者は追わないが、来る者は一度拒まねばならないのだ。この規則、実は麗は撤廃したいと思っており、だから課題もくだらない茶番にした。麗が用意した地蔵は、巌を受け入れるための一品。本気で拒否するつもりはない証拠。が、巌は達成できなかったので、麗は再び彼を招き入れることができなくなった。

「でもこれで、私たちは入ってもいいんですよね!」

 達成した真織を断るわけにもいかない。

「……仕方ないわ。今から文献の無制限の閲覧を許す。でも、破ったり持ち出したりはなし!」

 本殿に入る真織。離れにいた高雄、妲姫ともそこで合流する。

「参ったな。妲姫は記憶ないから、古文なんて読めないだろうし…」
「ああ、それなら私も無理、ですよ」
「えぅ?」

 真織の苦手教科は国語。特に古典は壊滅的な成績。

「はあ、苦労が増えるな…」

 高雄は苦笑いしながら、書庫に向かう。真織と妲姫は役に立たないと言い張ったので、本殿で待機する。

「妲姫、記憶の方はどうです?」
「…さあ? ここ、どこだっけ?」
「そうですか……」

 何か手がかりがあればいいと思う。

(なかったら、それはそれで考えましょう。高雄に聞けばこういうスポット、他にも見つかるはずです。ですが…)

 問題は、妲姫が、何が原因で記憶を封印したかである。

(事故とかでしたら、それを思い出さるのは苦…。私と高雄の行いは悪魔でしかない。でも、そんなんじゃない気がするんですよね)

 自分が思っている以上に重大な、何か。その影を真織は感じる。
 ふと、真織は妲姫の頬に手をやった。妲姫は何も抵抗せず、真織の指がその温もりを感じ取る。

(人に対する抵抗心はなさそうですね。となると、事件性はやはり低い。病院でも医学では原因は不明だったんだし、恐怖によるショックは薄そうです。となると…)

 自ずと答えは見えてくる。霊的な力で封印したのだ。

(何か、見てはいけないことや聞いてはいけないこと…知ってはならないことを知ってしまったから、追っ手を避けるために記憶を…? もしそうなら、高雄に妲姫の確保を命令した誰か! が黒幕…)

 真織の疑惑は、深まるばかりだ。やはり最優先すべきなのは、妲姫の記憶を蘇らせること。そうしなければ、真実にはたどり着けない。
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