第七話 敵地・後編

文字数 2,712文字

 客間に戻った真織は、反省していた。

「私ながら、カッとなってしまいました。上手く言い返せなかったのが悔しかったんですよ…」

 増幸の問いかけに自信満々で答えたつもりだが、深く聞かれた時に相手も自分も納得できる返答になっていたかは、自分でもわかっている。

「そんなことないよ、真織は立派に答えられてたじゃん!」
「そうだよ。俺なんかよりもずっとマシだ! あの増幸ってヤツが、良くわからない考えを広げてるだけさ。あんなヤツと言い争ったって時間の無駄だ!」
「………ありがとう」

 妲姫に続き、高雄も真織を慰める。真織はそれを素直に受け入れた。

「そうですね、引きずってばかりはいられません。先のことを考えるべきです!」

 そして、立ち直ると、

「ここでも妲姫の記憶を蘇らせる方法はなさそうですね。増幸、さんでしたっけ? 彼では記憶も不老不死! とかほざきそうですから」
「となると、他のところに行くか? でもどこに?」
「それは、この神社の人に聞いてみましょう。西日本のことは私たちよりも知っているはずです! もちろん、増幸以外に」

 だが、今は動けない。海神寺の者たちはそれぞれの作業をこなしている最中なのだ。暇なのは特に予定のない真織たちだけ。あの陣牙ですら、やるべきことがある。

「今は、現状でもまとめておきましょうか!」

 そう言って、テーブルの上に紙を広げた。わかっていることをそこに記載していく。

「まず、私たちがいます…」

 三人の名前を最初に書いた。

「次に、まず狂霊寺に一人、黒宮麗。それとそこに確か、榊巌って言いましたっけ? 狂霊寺の修行者ではないらしいですが、彼もいた」

 この二人は、あくまで参考程度と真織たちは認識している。まさか妲姫を追い、既に出発しているとは夢にも思わない。

「さらに、その周辺にいた、蜂の巣の男子。名前はわかりませんが…。聖霊神社を襲った女子も同じ蜂の巣でしょうね。そして聖霊神社にいる、跡継ぎの神代禮導」
「まてよ、禮導は違うのか。彼は神代の人間…? ん? じゃあ蜂の巣ってどこの誰らの集団なんだ?」
「……とは?」
「だって日本には、神代以外の霊能力者集団は存在しないよ? 二十五年前に月見の会が滅亡したから、その後は神代の天下のはずだ。蜂の巣なんて集まりがあるなら、神代のデータベースに公開されてないとおかしいじゃないか!」
「なるほど、です。では蜂の巣は、正体不明の秘密結社としておきましょう。聖霊神社での反応を見るに、跡継ぎ予定の禮導ですら、存在を知らないようですね……。謎が深まるばかりです」
「んで、ここ海神寺。姫後増幸が責任者兼研究家だ。彼に聞いてみようか?」
「やめましょう。きっと知っているわけがない。だって禮導ですら把握してないんですよ?」
「そうか……。他には、僕が風呂場で出会った鼈甲陣牙、ここに案内してくれた瑠璃、荷物持ちの正氏…ぐらいかな?」

 思いのほか、登場人物は少ない。だがその背後に、何者かの思惑がある。

「妲姫を追うのは、蜂の巣であって神代ではないんだね…」

 高雄が言った。

「そうなりますね。禮導の意見、増幸の態度…。これらを考慮しても、神代自体が敵である可能性はない、断言できます。となればやはり気になるのは蜂の巣…っ!」
「旅の課題が増えたな…」

 妲姫の記憶を蘇らせることはもちろん、蜂の巣の目的、またその正体も明らかにする必要がある。

「まだまだ長くなりそうな旅だな…」

 ここまで来ての、高雄の感想である。既に長旅をしてきたのに、まだ先が見えないのだ。

「いいよ。どこまでも付き合うさ! だって中途半端な状態で放っておくなんて、納得できないししまりが悪い!」
「高雄。私もそのつもりですよ。黒幕を絶対に暴く! その強い思いを絶対に忘れないでください!」

 二人の決意は強い。どんな困難に直面しても、屈することはないだろう。例えそれが、背後に蠢く黒幕であったとしても。


「夜ご飯、できた…」

 瑠璃に呼ばれ、真織たちは食堂に足を運んだ。テーブルに並んでいるのは精進料理かと思いきや、普通の夕食。見れば全員分だ。

「食事に関してはうるさくなさそうだね。まあ俺は好き嫌いないけど?」

 と言っても高雄、あからさまに漬物を避けて箸を動かしている。それを見逃さなかった妲姫は黙って、高雄の避けた漬物を取る。真織は自分の分は自分で食べた。

(この寺院でできることは限られています…。妲姫の記憶が取り戻せないのなら、新しいところに行くしかありません。ですが、様子見をできるは、蜂の巣に行方がバレていない今だけ。長居して情報収集に努めるのもアリ、ですね)

 蜂の巣の全貌を見てみない限りは、黒幕まではたどり着けない。真織は最善の一手を考えている。一方で高雄もまた、できそうなことを模索する。

「瑠璃、って言ったっけ? 確か君は?」
「そう…だけど?」
「もっとスピリチュアルな場所を知らないか? そこなら妲姫の記憶も蘇るかもしれない」

 尋ねられた瑠璃は、悩む素振りも見せずに、

「深緑温泉街…」

 と即答した。

「ああ、そっかー。もうここ広島だし、足を伸ばそうと思えば行けなくもない? う~む、どうだろうなぁ」
「高雄。そこ、どこです?」
「九州だよ。合ってるよね?」
「うん…」
「となると、次はいよいよ海を越えますか?」
「もし行くとなると、そうなるね」

 二人は財布のことを頭に思い描いていた。旅費、膨れ上がる。飛行機に乗るとなると、相当な出費だ。

「船で行くのはどうです? 空を飛ぶよりも時間はかかりますが、安くはなるんじゃないでしょうか?」

 真織はそう提案したが、高雄の表情は晴れない。

「もし蜂の巣も乗船してたら、逃げ場がない。仲間を呼ぶこともできるかもしれない…」

 その心配があった。だが、

「新幹線で行ける…」

 瑠璃はアドバイスをした。

「本当ですか?」
「深緑温泉街は、新幹線で鹿児島中央に行けばもう目と鼻の先…。博多で乗り換えればいい…」
「なら、そこにしましょう。もう少し様子を見たら、行きますよ、高雄、妲姫!」

 この時、瑠璃は一仕事をした。さりげなく三人の行き先を深緑温泉街に固定し、移動方法まで提案する。真織たちには瑠璃が、味方に見えているからこそなせる技。この会話は、食堂にいる全員が聞いている。

(いいぞ、瑠璃。良い働きだ)

 増幸は、顔色を変えずに心の中でニヤリと笑った。

(壱高と奏楽を先回りさせておいて、本当に良かった。そこにみつきも加われば、絶対に負けることはない! おまけに高雄たちは、ここが本来どういうところなのかも知らない! 妲姫一人を確保すれば、ありもしない蜂の巣の本拠地を探そうとするだろう。ここに戻って来ることはない)
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