第一話 始動・後編

文字数 1,577文字

 町に向かったと同時に、真織はタクシーを呼んだ。妲姫を乗せると、一応高雄も連れて病院に向かう。

「本当に記憶喪失なら、治療が必要ですからね…」

 診断結果は、すぐに教えられた。
 医学的な異常はなし。だが、記憶喪失に間違いがないとのことだ。医者の言葉が正しければ、日常生活の中で思い出す可能性もあるとのこと。

(そうは言われましてもね…)

 真織は、困った。妲姫の生活なんぞ、一ミリも知らない。

「あの~? 診察代は誰が払ってくれるんだい?」

 高雄が言うと、

「それはあなたでしょう? どこの世界に女性に財布開けさせる男子がいますか? いいえ、いないでしょう!」
「は、はあ…」

 妲姫は一日だけ、入院した。

「ところで、です。あなたの名前をまだ、聞いてませんでしたね。私は真織。四條真織です」
「俺は、磐井高雄だ」

 名前を聞くと、そのプロフィールを霊能力者ネットワークで探す。あ行にその名前があった。

「…………怪しい人物ではないようですね。でも、命令については存じ上げないと?」
「そうだ。神代の思惑なんて深くは知らないよ。俺みたいな末端の霊能力者じゃ、知る権利もない」
「そんなに、ですか?」
「何だ、知らないのか? 霊能力者のくせに?」

 不審に思う高雄。だが真織は、

「私はルーキーなんですよ、この道では。まだ踏み込んだばかりですので」

 と言った。

「それでこの後はどうするんですか?」

 真織が聞く。まだ命令が生きているなら、妲姫の確保を諦めないだろう。真織には、守る義務はないが、だからといって黙っているのは芸のない話。

「…正直、連れて行くのが正しいのかどうか」

 高雄は悩んでいる様子だった。聞く話によれば、何か実績を残すために命令を聞いたが、内容が、とある少女を連れてくること、と怪しいのだ。最後まで従うべきかどうかで揺れている。
 不本意であることを真織は見抜いた。

「なら、断ってしまえばいいじゃないですか。そしたら、あなたは次にすべきことを探せばいいだけ。それで誰が困りますか?」

 その言葉が、高雄の背中を押した。

「そうだな。わかった、命令はもうどうでもいい。ならさ、妲姫の記憶を蘇らせることが何か、できないかな?」
「いい考えですね。私も霊的な力であれば記憶の復元が可能だと思っていたのですよ。でもきっと、二人分では足りないでしょう」

 真織は自分の推理を話した。妲姫があの場所にいて、さらに霊能力者グループの神代が彼女を求めているとなれば、必然的に妲姫も霊能力者。となるとその記憶を失わせたのは、霊的な何かであることは明白。それを取り除かない限りは、記憶は蘇らない。

「なら、いい場所を知っている。狂霊寺だ」
「どこですそれ?」
「知らない? 群馬県にあるんだ。いろんな霊的文献が保管してある寺院なんだ。記憶を蘇らせる呪術もあるかもしれない」

 それに賭けてみるのも悪くない。そう判断した真織は、高雄の考えに乗ることにした。

「ただし! 条件があります」
「何?」
「神代には、虚偽の報告をして下さい。でないと他の人も同じ命令に従ってしまうでしょう? 余計な荷物が来ては困ります」
「一理あるな…」

 高雄はタブレット端末を取り出すと、その場で報告書を作った。

「命令に関して……該当の人物は存在しない。これでいい?」

 逃げられた、と言うときっと、人員を増やしてくる。だからあえてこの世にいないことにする。実在しない人物。そうすれば探しようがないだろう。

「ついでに、霊能力者ネットワークを修正する必要あり…と!」

 書き終えた報告書をすぐに送信する。

「満点です!」

 真織は高雄の行動を褒めた。

「では明日、妲姫が退院する時にここに集合しましょう。もちろん入院費はあなたもちですよ?」
「それは覚悟してる。でも旅費は割り勘にしてくれよ?」
「…そこまで贅沢は言えませんね」

 この場はこれで、解散となった。
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