嵐の海(4)
文字数 1,088文字
次の日、僕たちは朝からホエールウォッチングに出る予定であったのだが、突然、船酔いの残る是枝先輩が行かないと言い出した。そこで、この日は、宿主大友善次郎さんが船長となり、彼の指導でトローリングだけを行う事になったのである。
トローリングに挑戦するのは、加藤部長と僕の二人。中田先輩と僕の恋人役の耀子先輩は見学と云うことで一緒に乗船している。一方、柳さんは釣りには興味がないとのことで、善次郎さんの奥さんの案内で、是枝先輩と山歩きに参加することになった。
僕と耀子先輩は、恋人同士を演じることになっていたので、嫌々ながらも一緒にいると見せて、船の端に二人並んで海を見ていた。
「耀子先輩……。どうして、恋人役をOKしたんですか?」
「不満? 幸四郎は」
「そんなことないです。このままずっと恋人でいいですよ」
「それは困るわね。でも、恐らく、この島にいる間は幸四郎が必要なの」
「それは嬉しいですけど……。僕に何が出来るんですか?」
「分からない。でも、きっと必要になる。だから、側にいて欲しいの……」
この時の僕の気持ち、分かるだろうか?
もう正直、天にも昇る気持ち……。これ以上表現の仕様がない。こんなこと言われて、誰が彼女から離れられると言うのだろう?
彼女がもし吸血鬼で、僕に死んで欲しいと云ったとしても、僕は「うん」と言って命を差し出すんじゃないか? その位、僕は感激に震えていた……。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、彼女は晴天の中、なぜか存在している不思議な黒い雲を指差した。
「見て、あの黒い雲の塊」
「あ、嵐でも来るんでしょうか……? それとも、何か悪いものでもやって来るのでしょうか……?」
「分からない。何が何だか分からない。怖い、本当に怖い。これが怖いって云う感覚なのね。初めて知った……。恐ろしい……」
耀子先輩は両手を前に交差し、自分の肩を抱いて震えていた。
恐らく、寒いのではない。風は多少強くなってきていたが、今はまだそれ程冷たくない。彼女は恐怖に震えていたのだ。
正直、こんな耀子先輩を見るのは初めてだった。僕はそんな彼女の肩を抱き、恋人を労わる様に船室へと誘った。
耀子先輩が、これほどまでに恐怖する相手、僕にはそんなもの、想像すら付かない。でも、僕は恐怖を全く感じていなかった。
相手を見下している訳では無い。
先輩が恐怖する様な相手がいたら、恐らく僕なんか、何の役にも立たず、一瞬で倒されてしまうのだろう。それでも、僕は怖気る気持ちが起こらなかった。
僕は今、耀子先輩に頼られている。それだけで、どんな魔王にだって挑んでいける。そんな気持ちだったのだ。
トローリングに挑戦するのは、加藤部長と僕の二人。中田先輩と僕の恋人役の耀子先輩は見学と云うことで一緒に乗船している。一方、柳さんは釣りには興味がないとのことで、善次郎さんの奥さんの案内で、是枝先輩と山歩きに参加することになった。
僕と耀子先輩は、恋人同士を演じることになっていたので、嫌々ながらも一緒にいると見せて、船の端に二人並んで海を見ていた。
「耀子先輩……。どうして、恋人役をOKしたんですか?」
「不満? 幸四郎は」
「そんなことないです。このままずっと恋人でいいですよ」
「それは困るわね。でも、恐らく、この島にいる間は幸四郎が必要なの」
「それは嬉しいですけど……。僕に何が出来るんですか?」
「分からない。でも、きっと必要になる。だから、側にいて欲しいの……」
この時の僕の気持ち、分かるだろうか?
もう正直、天にも昇る気持ち……。これ以上表現の仕様がない。こんなこと言われて、誰が彼女から離れられると言うのだろう?
彼女がもし吸血鬼で、僕に死んで欲しいと云ったとしても、僕は「うん」と言って命を差し出すんじゃないか? その位、僕は感激に震えていた……。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、彼女は晴天の中、なぜか存在している不思議な黒い雲を指差した。
「見て、あの黒い雲の塊」
「あ、嵐でも来るんでしょうか……? それとも、何か悪いものでもやって来るのでしょうか……?」
「分からない。何が何だか分からない。怖い、本当に怖い。これが怖いって云う感覚なのね。初めて知った……。恐ろしい……」
耀子先輩は両手を前に交差し、自分の肩を抱いて震えていた。
恐らく、寒いのではない。風は多少強くなってきていたが、今はまだそれ程冷たくない。彼女は恐怖に震えていたのだ。
正直、こんな耀子先輩を見るのは初めてだった。僕はそんな彼女の肩を抱き、恋人を労わる様に船室へと誘った。
耀子先輩が、これほどまでに恐怖する相手、僕にはそんなもの、想像すら付かない。でも、僕は恐怖を全く感じていなかった。
相手を見下している訳では無い。
先輩が恐怖する様な相手がいたら、恐らく僕なんか、何の役にも立たず、一瞬で倒されてしまうのだろう。それでも、僕は怖気る気持ちが起こらなかった。
僕は今、耀子先輩に頼られている。それだけで、どんな魔王にだって挑んでいける。そんな気持ちだったのだ。