鳥憑き(2)

文字数 1,086文字

 この島の道は、ジャングルと云うほど酷い道ではない。それでも垂れ下がる木の蔓、足元に掛かる草の根。それらに気を付けて進まないと、泥濘(ぬか)るんだ泥道に顔から突っ込むことになる。
 僕と耀子先輩はそれらに気を付けながら、小走りに島の人たちの後を追いかけた。
 そんな道程が、10分程度続いただろうか。突然、ジャングルの道は終りを告げる。
 森が切れて、雲に覆われた夜の空が、僕たちの前面に広がったのだ。

 雨はもう既に止んでいた……。
 僕たちは、知らないうちに坂を登っていたのか、波の砕ける音は遥か下方から聞こえて来る。
 崖の先端には、幅2メートル程の巨石が、海に向かって10メートル程突き出していた。恐らく、それが少年の言う『飛び込み石』なのだろう。
 その『飛び込み石』の上には、三人の人影が見える。加藤部長と善次郎さん、そして副部長の中田先輩だ。
「加藤君……。さっきの男の人が見えないけど……、どこに行ったの?」
 足を止めてしまった島民に替わり、耀子先輩が前に出て、加藤部長に少年の父親と思われる男の行方を尋ねる。だが、島民は、なぜか険しい表情のままで、何も言葉を発することがなかった。

 一番、海から遠く、ジャングルに近い位置にいた中田先輩が、僕たちに気付き、こちらへと顔を向けた。
「そ、それが……、あ、あの人……」
「ねぇ、中田さん、はっきり言ってよ! どこに行ったの?!」
「あ、あの人は……」
 返答を言い淀んでいた中田先輩に替わり、善次郎さんが耀子先輩の質問に答える。
「あの人は、ここから自分で飛び降りちまったよ。下の岩場まで30メートルはある。恐らく彼は即死だったろう……」
 僕と耀子先輩は少年を見た。少年はその事実を受け止めて、悲しみに耐えている様であった。目には涙を溜め、下唇を黙って噛みしめている。

 耀子先輩は、飛び込み石の先まで走って行き、そこに俯せて、寝ころぶ様に下を覗き込んだ。僕も遅ればせながら、彼女と同じ様に崖下を眺める。
 するとそこには、一人の男が俯せになって岩場に寝ている姿と、それに群がる例の悪魔鳥の姿があった。
 そして……、
 僕が今見ているものを、加藤部長は言葉で表現する。
「奴ら、今飛び降りた

の死骸を啄んでいるんだ!」
 あの鳥は、少年の父親のものと思われる、飛び散った眼球や内臓を、その(おぞ)ましい嘴で突いていたのである。

 耀子先輩は身体を起こすと、飛び込み石から崖下に降りて行こうとする。しかし、それを制止したのは少年の声であった。
「駄目だ! 降りる途中で、お姉ちゃんまで奴らに狙われる!」
「でも、人間が、人の死が、こんなに侮辱されて良い訳がない!」
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登場人物紹介

要耀子


某医療系大学看護学部四回生。ミステリー愛好会に所属する謎多き女性。

橿原幸四郎


某医療系大学医学部二回生。ミステリー愛好会所属。

加藤亨


某医療系大学医学部四回生。ミステリー愛好会部長。

中田美枝


某医療系大学薬学部四回生。ミステリー愛好会副部長。

是枝啓介


某医療系大学医学部四回生。ミステリー愛好会の会員。

柳美海


某医療系大学医学部三回生。ミステリー愛好会の会員。

大友善次郎


民宿大友主人。加藤部長の知り合い。

一朗太


島の漁師、茂吉の息子。因襲に囚われない考え方の出来る賢い少年。耀子たちと共に、鳥憑きの謎を追う。

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