仮説(2)

文字数 1,133文字

 加藤部長は、一息溜息をついた。

 その時である。床が大きく揺れ、幾つかの家具が倒れそうになる。僕は咄嗟にそれを手で押さえた。
 揺れは段々小さくなり、それはやがて収まった。

 震度4程度だろうか。考えてみれば温泉があり、悪魔鳥の死骸を棄てる火口があると云う火山島である。地震の1つや2つあっても、おかしいことはない。

 揺れが収まり、僕たちがやっと落ち着いてきた頃、加藤部長は徐に口を開いた。
「要の言う通りだ。僕はあの悪魔鳥が、回虫に寄生されていることを証明したに過ぎない。そいつらが鳥憑きの原因であるとは、残念ながら今も証明出来ていない。
 グラム染色もしていないプレパラートを、100倍程度の手製顕微鏡でしか見ていないんだ。あの中に真の原因菌がないとは言い切れないし、ウィルスだったら普通の顕微鏡でも難しい。(そもそも)、それらを判断するにはサンプルが少な過ぎる」
「じゃあ、どうするの? それに、鳥憑き病の原因を突き止めるには、人間の方の経過や病状も確認する必要があるんじゃない?」
「ああ、結局人間の病気だからね……」
 突然、中田先輩が金切り声を上げた。
「ま、まさか……、2人は善次郎さんに鳥憑きになって貰い、病気の進行を確認し、最後に遺体の解剖までしようと考えているんじゃないでしょうね?!」
 加藤部長も、耀子先輩も暫く無言のまま目を閉じていた。僕も流石に、まさか、とは思うのだが、確かに、そうでもしないと判断のしようがない。

 一分ほど過ぎて、加藤部長が口を開いた。
「残念だが、矢張り、それは出来ない。仮に、倫理的な問題が無かったとしても、それは実際問題として不可能だ……」
 僕も中田先輩も、ほっと胸を撫で下ろす。
「彼を解剖するにしても、滅菌した設備の整った施設でやらない事には意味が無いし、他の微生物が混入しない様に病巣を摘出できたとしても、それを検査する機材がない。
 それに、最終判断する為には、1人や2人では、矢張りサンプル数が不足している。僕たちの知識、装備ではここまでだ。
 それにもう、時間もない……」
「ギブアップって、ところかしら? もう善次郎さんには、薬湯を飲んで貰った方がいいんじゃない? 彼、本当に鳥憑きになっちゃうわよ」
 耀子先輩の言葉に、加藤部長も笑みを浮かべながら肯定する。
「ああ……。結局、彼は助かって、島から脱出するんだけどね……。
 それでも、マクリとか云う薬湯を、早めに飲んで貰った方が良いのだろうな……」
 確かにそうだ。これ以上僕らが何かするより、この事を報告し、国か都の方でしっかり調査し、この風土病を根絶すべく、何らかの対策を打って貰った方がいい。

 丁度、この時、中田先輩は加藤先輩の言葉を聞いて、何かに気付いたらしく、頻りに首を(かし)げていた。
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登場人物紹介

要耀子


某医療系大学看護学部四回生。ミステリー愛好会に所属する謎多き女性。

橿原幸四郎


某医療系大学医学部二回生。ミステリー愛好会所属。

加藤亨


某医療系大学医学部四回生。ミステリー愛好会部長。

中田美枝


某医療系大学薬学部四回生。ミステリー愛好会副部長。

是枝啓介


某医療系大学医学部四回生。ミステリー愛好会の会員。

柳美海


某医療系大学医学部三回生。ミステリー愛好会の会員。

大友善次郎


民宿大友主人。加藤部長の知り合い。

一朗太


島の漁師、茂吉の息子。因襲に囚われない考え方の出来る賢い少年。耀子たちと共に、鳥憑きの謎を追う。

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