身代わり(1)

文字数 1,239文字

 翌朝、幾つもの出来事と疲労の為、僕は直ぐには起き上がる事が出来なかった。だが、それは僕に限ったことではない。耀子先輩は僕の腕の中で寝ているし、加藤部長と中田先輩も伏したまま座って寝ていた……。

「大変だよ! おじさんが捕まった」
 この声は……? そう少年、一朗太君と言った。彼がそう叫びながら、小屋に入ってきて僕たち全員を叩き起こしに来たのだ。
 その声に、加藤部長がガバと起き上がる。中田先輩も顔を上げた。僕は耀子先輩を腕に抱えているので動きはしない。しかし、耀子先輩は起き上がりはしなくても、もう既に起きていた。彼女の目は鋭く、昨日とは見違えるほどに輝き、大きく見開いている。

 加藤部長や中田先輩に続き、耀子先輩と僕は家の外に出て状況を確かめた。そこには喧々囂々(けんけんごうごう)とする島民と、彼らに囲まれる擦り傷だらけの善次郎さんの姿があった。そして彼の右手には巨大な悪魔鳥が一羽、足を掴まれて引き摺られている。
「善次郎さん!」
 加藤部長は彼の名を叫び、彼に近づこうとした。しかし、彼は島民たちに阻まれ、善次郎さんに中々近づくことが出来ない。それでも、島民の1人に背中から羽交い締めにされながらも、加藤部長は善次郎さんと話せる距離にまで近寄った。
「馬鹿な! 要なら、無傷で悪魔鳥を捕獲できたものを……」

 長老が目配せすると、部長を羽交い締めにしていた島民は彼を放した。どうやら、話だけは許可された様である。
 善次郎さんは、島民の指示に従って従順に歩いていたが、立ち止まって加藤部長の言葉に答える。
「それでは駄目だよ、亨君。誰かが鳥憑きになって、実際の症状と経過を確認する必要がある。それなら、医学に疎い私が患者になるのが一番じゃないかな?
 何れにしても、捕獲した人間は、島民によって治療部屋に拉致されるらしい。要さんは切り札なんだ。ここで捨てる札じゃあない」
「善次郎さん……」

 言葉を失って立ち尽くす加藤部長の肩を、耀子先輩がポンと叩いた。そして彼女は、長老に向かって、彼と彼の捕獲品についての交渉を始める。
「失礼します。彼は我々の仲間なのですが、どうも島の作法に反してしまった様ですね。どうでしょう、彼も作法を知らなかったことですので、ここは特別に、お許しを頂けませんでしょうか……?
 あと、その大きな鳥につきましても、こちらにお引渡し頂けると有難いのですが……」
 だが、長老は、頑なに耀子先輩の要求を受け入れようとはしなかった。

「そうはいかん。あの男は鳥憑きにならぬよう、治療部屋に隔離せねばならぬ。それとこの鳥であるが、温泉で釜茹でにした上で火山の火口に投げ入れ、焼却せねばならぬ。それがこの島の掟じゃ」
「そこを何とか……」
「昔、旅人が同じ様に悪魔鳥に襲われてな、旅人のことなので、それを許し、島から帰してやったのじゃ、そうしたら、その者は自分の村に戻って家族や近くの者を殺した上で、自分も屋根から飛び降りて自殺したと云う。治療せんかったばかりに、その者は鳥憑きになってしまったのじゃ」
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登場人物紹介

要耀子


某医療系大学看護学部四回生。ミステリー愛好会に所属する謎多き女性。

橿原幸四郎


某医療系大学医学部二回生。ミステリー愛好会所属。

加藤亨


某医療系大学医学部四回生。ミステリー愛好会部長。

中田美枝


某医療系大学薬学部四回生。ミステリー愛好会副部長。

是枝啓介


某医療系大学医学部四回生。ミステリー愛好会の会員。

柳美海


某医療系大学医学部三回生。ミステリー愛好会の会員。

大友善次郎


民宿大友主人。加藤部長の知り合い。

一朗太


島の漁師、茂吉の息子。因襲に囚われない考え方の出来る賢い少年。耀子たちと共に、鳥憑きの謎を追う。

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