生還(5)

文字数 1,090文字

 僕は目を醒ました……。
 僕たちの釣り船の中だ。耀子先輩や中田先輩はまだ寝ている。船は……、善次郎さんが操船している。隣には加藤部長もいる。だが、恐らく彼の中には、もう薬師華佗はいないに違いない。

「おい、何時まで寝てるんだ? もう嵐も去って、島に着くぞ!」
 善次郎さんが、僕たちにそう言って起きるよう促した。それで耀子先輩や中田先輩が目を醒まして起き出してくる。
 確かに、船窓からは夕陽が差していて、嵐があったことなど、水平線近くの黒い雲の塊がある以外、どこにも感じられない。

 加藤部長は、なぜ旅行しているのか、酷く不思議がっている様だった。
 それ以上に大騒ぎしていたのが中田先輩で、耀子先輩のシャツを脱がそうとして、「背中の翼はどうしたの?」だとか、「要さんって、本当に悪魔(デーモン)だったのよ」と言って、「何寝ぼけているんだ?」と善次郎さんに呆れられていた。

 で、僕にも……。
「橿原君、君も見たわよね?
 要さんが悪魔(デーモン)で、ガーゴイルみたいな羽を生やしているのを……」
「夢でも見たんじゃないですか? いくら要先輩が冷血だからって、あれでも人間だと思いますよ、多分……」
 中田先輩が僕に尋ねてきたので、僕はそう答えておいた。耀子先輩はそれを聞いて「フン」と言って、向うを向いてしまう。

 宿に帰ってから、夕食の後のリビングでも中田先輩はこの話をし続けた。しかし、善次郎さんだけでなく、加藤部長も「そんなこと知らない」と言う。
 勿論、悪魔と名指しされた耀子先輩は、不機嫌そうに何も言いはしない。
 是枝先輩などは、こうまで言っている。
「要と橿原がずっと、ラブラブだったって? あり得んな! そいつは夢以外の何物でもない! 妖怪が出ようが、悪魔が出ようが驚きはせんが、この2人がディープキスする様な間柄だなんて、どんな心霊現象よりも信じがたいことだ。そうだろう? 橿原?」
「あったりまえじゃないですか! なんで、こんな奴と……。わ、痛てててて……」
 そういう僕の足を、耀子先輩は態と踏んづけて部屋へと戻って行く。
 演技とは云え、少しは加減して欲しいですね……。本気でこれは痛かったですよ……。

「私、これ以上耐えられない! 橿原君と恋人同士なんて、やってられないわ! もう、帰る!!」
 彼女はそう言ったとかで、僕たちと顔を合わせない様にして、翌日の昼の便で一足先に東京へと帰って行った。
 僕は後でそれを聞いて、酷く残念に思ったが、清々したって顔をして、何とか表情には出さない様にしている。

 兎に角、今は一人、バカンスを楽んで、英気を養っておこう! 帰ったら、たっぷりとお仕置きが待っているのだから……。
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登場人物紹介

要耀子


某医療系大学看護学部四回生。ミステリー愛好会に所属する謎多き女性。

橿原幸四郎


某医療系大学医学部二回生。ミステリー愛好会所属。

加藤亨


某医療系大学医学部四回生。ミステリー愛好会部長。

中田美枝


某医療系大学薬学部四回生。ミステリー愛好会副部長。

是枝啓介


某医療系大学医学部四回生。ミステリー愛好会の会員。

柳美海


某医療系大学医学部三回生。ミステリー愛好会の会員。

大友善次郎


民宿大友主人。加藤部長の知り合い。

一朗太


島の漁師、茂吉の息子。因襲に囚われない考え方の出来る賢い少年。耀子たちと共に、鳥憑きの謎を追う。

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