脱出(3)

文字数 909文字

「どうするんだ? 要!」
 加藤部長が耀子先輩に尋ねる。
「この飛び込み石を舟にする心算……。でも、少し時間が必要だわ。加藤君。悪いけど、数分間ひとりで頑張ってくれる?」

「要さん! なに馬鹿なこと言っているのよ! そんなこと出来る訳ないじゃない!」
 中田先輩が、若干ヒステリーぎみに耀子先輩のシャツの袖を掴む。耀子先輩はそんなこと気にしないとばかりに、その場でシャツを脱いで上半身裸になった。
「要さん? 何しているの?」
「中田さん、これでも出来る訳ないと思う? 私、人間じゃないのよ!」
 耀子先輩は、中田先輩に背中を見せる。耀子先輩の背には、黒く長い翼が伸びていた。
 その羽根は天使の羽根ではなく、翼竜を思わせる醜悪なる悪魔の翼。それを見た中田先輩は、息を飲んで、ただただ次に続ける言葉を失っている。

 一方、加藤部長は、それすらも別段驚いてはいない様だった。
「分かった! やってみよう!!
 橿原、時間を稼ぐ! 手伝ってくれ!!」
「いいえ、幸四郎には、別にやって欲しいことがあるの……」
「そうか。橿原、頼んだぞ!」
 僕は2人に言われるまま、耀子先輩の方へと近付いた。
 その間に、悪魔鳥の群れはもう直ぐそこまで来ている。加藤部長は、耀子先輩と入れ替わり、飛び込み石の付け根の辺りで柳葉刀を後ろ手に半身で身構えた。

 僕はそれを見て、ふと善次郎さんのことを思い出した……。彼は大丈夫だろうか?

 いや……、こんな状態では、善次郎さんが生きていたとしても、もう合流することなど出来はしない。最早、彼が海に逃れたことを祈るばかりだ……。
 
 さて、耀子先輩が何をして欲しいのか、僕は彼女にお伺いを立てた。こんな切羽詰まった状況で、自分でも随分だとは思うが、正直、少し幸せな気分になって来る。

「それで、耀子先輩……。僕は何をすればいいんですか?」
「幸四郎……。この旅行の間は、私たち、恋人同士よね?」
「そうですけど……」
 別に、僕はずっと恋人同士でも構わないし、僕的には、最初から耀子先輩と男女として付き合っている気分でいた。それを今更、何だと云うのだ?

「だったら、いいわよね……。お仕置きじゃないけど……」
「なんですか?」
「キスして……」
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登場人物紹介

要耀子


某医療系大学看護学部四回生。ミステリー愛好会に所属する謎多き女性。

橿原幸四郎


某医療系大学医学部二回生。ミステリー愛好会所属。

加藤亨


某医療系大学医学部四回生。ミステリー愛好会部長。

中田美枝


某医療系大学薬学部四回生。ミステリー愛好会副部長。

是枝啓介


某医療系大学医学部四回生。ミステリー愛好会の会員。

柳美海


某医療系大学医学部三回生。ミステリー愛好会の会員。

大友善次郎


民宿大友主人。加藤部長の知り合い。

一朗太


島の漁師、茂吉の息子。因襲に囚われない考え方の出来る賢い少年。耀子たちと共に、鳥憑きの謎を追う。

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