嵐の海(2)

文字数 1,194文字

 耀子先輩は不思議な能力を持った、霊能力者の様な女性だ。

 僕の叔母は紀伊半島にある

神社で、長年神事に関する巫女をやっていたのだが、この叔母に言わせると、耀子先輩は物の怪が一斉に緊張するほどの、恐ろしい化け物だとのことである。
 でも、僕にとっては、気性のさっぱりとした、明るい(少し抜けているけど)普通の魅力ある女性にしか見えなかった。

 この耀子先輩の特技に、危険を感じると云うものがある。その力で、僕に降りかかる危険を幾度も予言してくれているし、その危機の度に、彼女は僕を護ってくれていた。
 だが今回、この旅行について、彼女は「脅威はない」と言っている。それなのに、耀子先輩が旅行に付き合っていると云うのは、実はかなり不思議な事だった。
 何故ならば……。
 彼女は危険を感じない場面など、全く興味が無い筈なのだ。彼女が僕と行動するのは、我田引水かも知れないが、僕たちを護ってくれる為なのだから……。

 僕は彼女に、そのことを問おうとしたのだが、彼女は海を見たまま、相手になどしないと云う風に、片手で「あっちいけ」との仕草をして僕を追い払う。
 流石に僕も、少なからずムッとした。
 だが、それはどうも、是枝先輩がこっちに来たと云うのが原因の様であった……。

「ふん、要さんの甲板じゃないだろ! 分かりましたよ! あんたがいる甲板より、船室の中の方がよっぽど空気が良いぜ!!」
 僕はその捨て台詞を言ってから、船室へと戻るためデッキを船尾の方に移動する。で、その途中で擦れ違った是枝先輩に、僕は肩をポンと叩かれた。
「よ、また振られたな」
「誰があんな奴なんかに!」
 と僕は口で言って、心の中で「べた惚れだけどね……」と付け加えた。

 甲板では、是枝先輩と耀子先輩が何か話している。別段、僕は盗み聞きをする心算はなかったのだが、少々興味があったので、船室に入る前に、陰に隠れて聞き耳を立てた。
「要、どうした風の吹き回しだ? こんなものに参加したりして」
「別に……。会費払ってんだから参加してもいいでしょ? 退屈だったのよ」
「退屈ねぇ? 橿原と中田の参加するイベントにお前が参加するなんて、嵐でも起きなきゃいいけどな」
「あら、嵐なら起きるんじゃない? なんとなくそんな気がするのよ」
「馬鹿言ってんじゃねえよ。天気予報でもそんなこと言ってないぜ」
「どうかしらね……」
「それにしても、お前……、本当に橿原と相性悪いな」
「あら、橿原君とだけじゃないわよ、私が相性悪いのは……」
「ほう?」
「例えば、是枝啓介……。こいつとも、最高に相性が悪いわね」
「お前、最高だ! どうだ、いっそのこと俺の嫁にでもならねえか?」
「遠慮しておくわ。それくらいなら、私、橿原君の妾にでも納まるから」
「橿原の愛人か! ハハハハハハ」
 是枝先輩はそう言って笑いながらこっちにやって来る。僕は彼に見つからない様、急いで船室へと入って行った。
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登場人物紹介

要耀子


某医療系大学看護学部四回生。ミステリー愛好会に所属する謎多き女性。

橿原幸四郎


某医療系大学医学部二回生。ミステリー愛好会所属。

加藤亨


某医療系大学医学部四回生。ミステリー愛好会部長。

中田美枝


某医療系大学薬学部四回生。ミステリー愛好会副部長。

是枝啓介


某医療系大学医学部四回生。ミステリー愛好会の会員。

柳美海


某医療系大学医学部三回生。ミステリー愛好会の会員。

大友善次郎


民宿大友主人。加藤部長の知り合い。

一朗太


島の漁師、茂吉の息子。因襲に囚われない考え方の出来る賢い少年。耀子たちと共に、鳥憑きの謎を追う。

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