仮説(3)

文字数 1,183文字

 中田先輩は突然、変なことを言い出した。
「マクリって、どこかで聞いたことがあるのよね。何だったかしら?」

 中田先輩は、妙な事に(こだわ)っている。土地の人がそこで使っている海藻の呼び名に、何でそんなに(こだわ)るのだろう?
 何か別の、似た発音の物。例えば……、競馬の追い込みの事だとか、プリンスメロンの原種のことを思い出したのではないか?
 何となく聞いた単語と、偶然に音が似ている何てことは、良くあることだ。

 突然、加藤部長が大声をあげる。
「分かったぞ! マクリ、海人草(かいにんそう)の別名だ。一朗太君、君は治療薬にマクリを使うって言っていただろう? 海人草だったのか、治療薬は!」
「そうさ! マクリを海から採って煮出すんだ!! で、なんだよ、その

ってのは?」
 一朗太君は、訳が分からないらしく、不思議がって首を捻っている。僕だって直ぐには何だか分からなかった。その一朗太君に、加藤部長が海人草の説明を始める。
「海人草ってのはマクリの別名で、僕たち医者の卵や薬剤師の卵なら、聞いて直ぐに思い出さなければならない名前なんだ。マクリは漢方薬にもなっているんだからね。
 イミノ酸の一つであるカイニン酸は、海人草から名付けられたんだよ。」
「そうよ、海人草よ! そういや薬学の試験問題にあったわ、カイニン酸。ニンヒドリン反応で紫になるか、黄色になるかって」
 中田先輩も思い出した様で、彼女は先月の試験の話を持ち出した。
 しかし、加藤部長の説明は、一朗太君には全然伝わっていない様子だった。
「何言ってるのか、おいらにゃさっぱりだ!」
「古くからある薬草なのよ、海人草って」
 一朗太君は、その声の主、後ろにいた耀子先輩の方に振り返る。
「虫下しのね」

 僕もそれで思い出した。
 海人草(マクリ)は紅藻類の一種で古くから伝わる虫下しの薬草だ。現在でも、菊の仲間であるセメンシナや、ミブヨモギから採れるサントニンと合わせて、回虫駆除の特効薬として漢方で用いられることがある。
 もし、この薬湯が有効であるとするならば、加藤部長の回虫説は間接的に一つの強力な証拠を得たことになる。
 そうは言っても、実際のところ、この小笠原には過去、他にも回虫以外の寄生虫による風土病があった。それは八丈小島の「バク」と云うもので、フィラリアの一種、マレー糸状虫によるリンパ系フィラリア症であったと云う。
 マクリが鳥憑きの治療に使われていたからと云って、これら、別の寄生虫が原因である可能性も0ではない。だから、この程度で原因を特定したとは言い難いのだ。

 尚、この「バク」と云う病気の原因特定と病気の根絶は、近代日本においても長い調査研究と不断の努力があって初めて可能となった事例であり、それを見ても、僕らミステリー愛好会のメンバーが、この短期間にここまでこの鳥憑きの真相に迫ったとことは、決して平凡な成果ではないと言えるだろう。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

要耀子


某医療系大学看護学部四回生。ミステリー愛好会に所属する謎多き女性。

橿原幸四郎


某医療系大学医学部二回生。ミステリー愛好会所属。

加藤亨


某医療系大学医学部四回生。ミステリー愛好会部長。

中田美枝


某医療系大学薬学部四回生。ミステリー愛好会副部長。

是枝啓介


某医療系大学医学部四回生。ミステリー愛好会の会員。

柳美海


某医療系大学医学部三回生。ミステリー愛好会の会員。

大友善次郎


民宿大友主人。加藤部長の知り合い。

一朗太


島の漁師、茂吉の息子。因襲に囚われない考え方の出来る賢い少年。耀子たちと共に、鳥憑きの謎を追う。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み