仮説(1)

文字数 1,382文字

 加藤部長は自分の仮説を説明する……。

「僕は、これを寄生虫症ではないかと考えている。そして、蛆虫の様な病原体だと聞いて、腸に寄生する、糞線虫の仲間であると予想したんだ」
 加藤部長がそう口にすると、耀子先輩がもう1つのビニール袋を床に放り投げた。その中には赤茶色のミミズの様な形をしたものが入っている。
「悪魔鳥の腹の中にいた代物よ。戻る少し前まで生きていたのだけど、外気温では長く生きられない様ね……。結局死んでしまったわ。元はもう少し白くて、滑らかな身体をしていたんだけどね……」
「これ、回虫じゃない!」
 中田先輩の裏返った声とは裏腹に、加藤部長は静かに答える。
「ああ、成長のスタイルは大きく異なっているが、こいつは回虫の仲間だね……」

 回虫……、
 現代の日本では、ほとんどみられなくなった寄生虫だが、戦後すぐは珍しくない蠕虫感染症の原因生物であった。彼らは宿主の腸に寄生し、毒素の分泌や宿主の器官に穴を開けたりすることもあり、時に脳に移動し、てんかん様の症状も引き起こすこともある。
 通常の回虫の成長の仕方も中々変わっていて、腸内で生みつけられた卵は、一旦糞便と共に排泄され、卵成熟後、生野菜などに付着して口から再び体内に戻り、胃酸によって卵殻が溶かされ孵化する。この後、小腸から、血管内へと移動し、肝臓、肺を経て、気管支を通って再度腸に戻って成虫となるのだ(この体内移動する性質から回虫と呼ぶ)。

 加藤部長は、彼の想定する、この寄生虫の成長過程を僕たちに説明してくれる。
「この寄生虫の寄生の仕方は、糞線虫に極似したものと僕は考えている。
 具体的に言うと、悪魔鳥の爪や嘴に付着した卵が人体の血中に入ることで孵化するのだ。その後、肺から腸内に移動して一月ばかり成長するのだろう。そして、最後に鳥憑きだが……、身体を移動、恐らく大脳皮質を破壊し人体を乗っ取るんだ。そして、宿主に自殺させて、悪魔鳥に自分ごと喰わせるのではないかと考えている。
 悪魔鳥の体内に入って暫く後、こいつらは成虫化し、口から出てきて悪魔鳥の爪や嘴に卵を産み付ける。そこで今度は悪魔鳥の脳を刺激し、人間への攻撃衝動を高め、悪魔鳥自身が殺されようとも、人間に自身の卵を媒介する様に悪魔鳥に仕向けるのだと思う」

「そんな……、馬鹿な……」
 僕としても、理屈ではあり得ると思っているのだが、簡単にそれを信じることなど、出来はしない。
「確か……、カマキリを操るハリガネムシも線虫の仲間だった様な……」
 中田先輩の言葉は、何か恐ろしい呪文の様に僕の心の中で響いた。

「恐らく、この爪の間に入っているゴミを観察すると、この鳥憑き寄生虫の回虫卵が見つかるに違いない」
 加藤部長はそう言うと、ペットボトルで作ったスライドガラスに、悪魔鳥の爪の垢を、白金耳の替わりのペットボトルの切り屑で上手く乗せ、手製ペットボトル顕微鏡でそれの観察を始めた。
 すると、一分も経たないうちに、加藤部長は、目的のものを発見したのである。

 しかし、この部屋の中で、ただ一人腕を組んで難しい顔をしたままの者がいた。それは、今回珍しく、加藤部長の指図に従順に従っていた耀子先輩、その人であった。
「加藤君、確かにこれは、加藤君の説を消極的には裏付けている。でも、何の証明にもなっていないわよ。ただ、加藤君の仮定に矛盾が無いと言っているだけ……」
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登場人物紹介

要耀子


某医療系大学看護学部四回生。ミステリー愛好会に所属する謎多き女性。

橿原幸四郎


某医療系大学医学部二回生。ミステリー愛好会所属。

加藤亨


某医療系大学医学部四回生。ミステリー愛好会部長。

中田美枝


某医療系大学薬学部四回生。ミステリー愛好会副部長。

是枝啓介


某医療系大学医学部四回生。ミステリー愛好会の会員。

柳美海


某医療系大学医学部三回生。ミステリー愛好会の会員。

大友善次郎


民宿大友主人。加藤部長の知り合い。

一朗太


島の漁師、茂吉の息子。因襲に囚われない考え方の出来る賢い少年。耀子たちと共に、鳥憑きの謎を追う。

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