島に待つもの(5)

文字数 1,362文字

 耀子先輩は構えを取ったまま、じりじりと後退りをする。それを狙うかの様に、赤い目の持主も、ジャングルから僕たちの方へと少しずつ近づいてくる。
 そして、耀子先輩が僕の前まで下がった時、赤い目の持主が、どの様な姿をした生き物か、僕の目にもはっきりと見てとれた。
 それは七面鳥を二回り位大きくした、真ん丸の身体をした羽の退化した鳥であった。その顔からは、五十センチばかりの嘴が太く飛び出していて、先端がカギ爪の様に少し下に曲がっている。良く見るとその嘴の付け根に目が付いており(実は顔に羽毛が無かったのだと後で分かった)、先端の曲がった辺りから嘴の色は少し濃くなっているようだった。また、足の爪は鋭そうで、駝鳥や火食い鳥を思わせるものがある。恐らくこれで獲物をがっしりと捕らえるのであろう。
 この恐ろしい鳥が十数羽、耀子先輩を狙って近づいてくる。

「ドードー?!」
「何ですか、それ?」
「絶滅した筈の鳥よ。正確にはモーリシャスドードー。でも、似てるけど違うわ。こいつらは、もっと俊敏そうだし、肉食みたい。それも、かなり獰猛そうね……。でも、近縁種だとしても、大発見には違いないわ」
「大発見ですか? でも、なんで、こいつら鳥の癖に夜、出歩いているんです? 鳥目じゃないのですか?」
「フクロウは夜行性よ、ヨタカもね」
 耀子先輩は口元に不敵な笑みを浮かべ、少し説明を始めた。段々、いつもの耀子先輩に戻ってきている。
 そうは言っても、集団で人間を襲おうという1メートルを超える巨鳥である。簡単な敵では無いに違いない。それを耀子先輩は徒手空拳のまま、一人で闘おうと云うのだ。僕は耀子先輩の前に出て彼女の替わりに闘おうと考えた。勿論、無駄だということは分かっている。でも、少しでも彼女が助かれば……。しかし、耀子先輩はそれを手で制した。

「幸四郎、私、少し分かった……。
 私の知り合いに、『愛されている限り、私は負けることなど無い!』ってのが口癖の、変な奴がいるんだけど、そんなの、セックス好き変態女の、ふざけた戯言だとばかり思っていた……。でも、今なら少し分かる。それが本当はどう云う意味なのか……。
 闘う前は、誰でも、とても怖いのよ。
 もしかしたら負けるんじゃないか……。失敗するんじゃないか……って。彼女も実はそう思っていたのね。
 でも、誰か応援してくれる人が一人でもいれば、その人の為に負けたくないって気持ちになれるの。そして、それによって、どんな恐怖にだって立ち向かうことが出来るのよ。暗い森でも、見えない敵でも。
 それが人間の勇気。それが人間の強さなんだろうって私は思う。私は今日、一歩人間に近づいた気がする。そして、私、前よりも、より一層願っているわ……。いつか、私も、本当の人間になりたいって……」

 僕も心から思う。耀子先輩は一番だ。
 強さは一番じゃないかも知れないけど、僕にとっては一番の女性だ。
「大学に行って、幸四郎に逢えて、本当に良かった……。だから、今は後ろに下がって、応援していて。私の為に……」
 耀子先輩はそう言うと、微笑みながら敵に向かって臨戦態勢を整える。

 次の瞬間には、耀子先輩と十数羽の怪鳥の死闘が始まるものだと僕は思っていた……。
 しかし……、
 少年の投げつけた袋状の物によって、その闘いは妨げられたのである。
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登場人物紹介

要耀子


某医療系大学看護学部四回生。ミステリー愛好会に所属する謎多き女性。

橿原幸四郎


某医療系大学医学部二回生。ミステリー愛好会所属。

加藤亨


某医療系大学医学部四回生。ミステリー愛好会部長。

中田美枝


某医療系大学薬学部四回生。ミステリー愛好会副部長。

是枝啓介


某医療系大学医学部四回生。ミステリー愛好会の会員。

柳美海


某医療系大学医学部三回生。ミステリー愛好会の会員。

大友善次郎


民宿大友主人。加藤部長の知り合い。

一朗太


島の漁師、茂吉の息子。因襲に囚われない考え方の出来る賢い少年。耀子たちと共に、鳥憑きの謎を追う。

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