島に待つもの(2)

文字数 1,163文字

「おい、君!」
 善次郎さんが、そう声を掛けたのだが、男は僕たちに興味が無いのか、この声を無視してジャングルの中へと消えて行ってしまう。

「待ってくれ! 済まないが、君、電話か何かを貸してくれないか……?」
 加藤部長と善次郎さんは、彼を追ってジャングルへと入って行った。彼に頼んで救援依頼の連絡をさせて貰おうと云うのだ。
 勿論、僕も直ぐ、二人を追いかけるべきだったのだろう……。
 だが、僕の方は、その場で動けなくなってしまう……。その間に、中田先輩にまで先を越されてしまった……。

 僕が躊躇した理由……。
 雷光による一瞬の観察であったことや、強い風雨、あるいは、それによる椰子の葉が大きく靡いていたことによって作られた、単なる目の錯覚であることは間違いないのだが……。彼の瞼の中から、何やらイイダコやホタルイカの触手の様な物が、にゅるにゅると蠢いているのが見えたのだ。
 それを見た瞬間、僕は背筋が寒くなり、足が竦んで止まってしまったのである。

 それでも、僕は気を取り直して皆を追いかけようとする。しかし、次にそれを邪魔したのは、他ならぬ耀子先輩の声であった。
「行かないで! 幸四郎! 行かないで! 一人にしないで!」
 耀子先輩は、強い風雨にされされた砂浜に両膝を着く形で、自分の肩を抱いて、何か懇願する様な目付きで僕を見つめている。

「橿原君、要さん! (はぐ)れると危険よ!!」
 中田先輩がジャングルの入り口に立ち止まり、僕たちを心配して声を掛けてくる。それには「すぐ行きます。副部長は、先に部長たちを追って行ってください」と僕は取り敢えず答えた。
 そして、身体を屈め、耀子先輩を抱きしめる様にして、僕は彼女の耳元で囁く。
「何か危険があるのですか? ジャングル? それとも、逆に、この砂浜に……?」

 僕は、これは耀子先輩の作戦だと思っていた。僕の知る耀子先輩は、恐れを知らない無敵の超人だった。
 彼女は、どの様な危険にも、常に不敵に笑って立ち向かい、そして、その戦い全てに勝利する……。僕自身は彼女のそうした闘いを直接見た訳では無いのだが、皆がそう話している……。

 だから、彼女がこう答えたのは、僕にとって少なからずショックではあった。

「分からない。本当に怖いの。怖くて足が竦んでしまったの。歩けないのよ」

 正直、僕は困惑した。冗談なのか? 僕を揶揄っているのか? それとも、本当に本気なのか?
「耀子先輩、ここには、幽霊も、傘お化けも、一つ目小僧もいませんよ……。耀子先輩、変ですよ。どうしたんですか?」
 僕は、態と子供に諭すような、冗談めいた口調で彼女に尋ねた。どうしても、僕には彼女が本気で怖がっているとは信じられなかったのだ。

「そう云うんじゃないの。暗い森の中に入るのが怖い。前に進むのが怖いの。次に行動を起こすことが怖いのよ!」
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登場人物紹介

要耀子


某医療系大学看護学部四回生。ミステリー愛好会に所属する謎多き女性。

橿原幸四郎


某医療系大学医学部二回生。ミステリー愛好会所属。

加藤亨


某医療系大学医学部四回生。ミステリー愛好会部長。

中田美枝


某医療系大学薬学部四回生。ミステリー愛好会副部長。

是枝啓介


某医療系大学医学部四回生。ミステリー愛好会の会員。

柳美海


某医療系大学医学部三回生。ミステリー愛好会の会員。

大友善次郎


民宿大友主人。加藤部長の知り合い。

一朗太


島の漁師、茂吉の息子。因襲に囚われない考え方の出来る賢い少年。耀子たちと共に、鳥憑きの謎を追う。

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