鳥憑き(3)

文字数 1,190文字

 耀子先輩と僕の方に、島の村長らしい老人がゆっくりと杖をついて近づいてきた。石の飛び込み台は、舟の様に中央が凹んでいたので、まだ雨に湿っており、老人が歩くには安全とは言い難い。しかし、村人の誰もが、それは彼の仕事だと認識している様であった。

 彼は僕たちを諭すように、ゆっくりとそれを語りだす。
「鳥を狩った者、鳥に選ばれて襲われた者、その者は鳥に憑かれてしまうのじゃ。茂吉は鳥に憑かれてしまったのじゃ。
 鳥に憑かれたものは自ら死を選び、奴らの餌となってしまう運命なのじゃ。儂らも止められんかった。誰にも止められん。仕方のないことなのじゃ」
「鳥、憑き?」
「そうじゃ、あの悪魔鳥には不思議な力を持っていて、意に背く人間を、その力で祟り、生贄としてしまうのじゃ」
 僕は言葉を飲み込んだ。鳥葬などと云うものが、現代日本にまだあるのか? それも、鳥が人間を支配し、生贄を選ぶなどと云うことが、この世の中でまだ信じられていると言うのだろうか?
「あんたら、海から来たのかな?」
「はい、そうですけど……」
「そうか、森の中にいては、誰ぞが悪魔鳥に襲われるやも知れん。とりあえず誰かの、そうじゃな……」
「この子の家に泊まること出来ませんか?」
 耀子先輩は少年を慰める心算だろうか、彼の家に泊まろうと提案する。しかし、村長か長老らしい老人は、少し難色を示した。
「そこは、あの茂吉の家じゃが……」
「駄目でしょうか?」
「あんたらが嫌で無ければ構わんじゃろう。では、一朗太の家に泊まるが良い。詳しい話は明日にでもしよう」

 それから僕たちは、特に何も話すことなく少年の後に追いて行った。少年は悲しさを見せるでもなく、何かを決意した様な表情を示し、無言で先を進んで行く。そして彼は家に着くと、黙って僕らを中へと案内した。

 そこは海の物置小屋を少し大きくしたような簡素なつくりの家だった。各自に部屋などはなく、当然ながら全員の蒲団などもない。二組ある蒲団は少年と彼の父の物だろう。少年は自分の蒲団を勧めたが、僕たちは全員それを遠慮した。
 確かに蒲団でぐっすりと横になる気分ではない。僕たちは床にペタリと座って、寝るのであれば、そのまま寝てしまおうと考えていた。少年も僕たちに合わせたのか、蒲団に入らず床に座っている。
 そんな彼に、加藤部長が声をかけた。
「お父さん、助けられなくてごめんな」
「いいんだ。あれは、おっ父が撒いた種でもあるんだから……」
「君のお父さんが?」
「ああ、おっ父は鳥憑きなど馬鹿にしてた。『そんなもの迷信だ。儂は大丈夫だ』って。だから、あの悪魔鳥に襲われても、誰にも話さなかったし、治療部屋にも籠らない。そして薬湯も飲まなかった……。そしたら……、おいらも大丈夫だと思ってたんだけど。今日になって……」
「君は、あれを祟りだと思うかい?」
「祟りなんかじゃない! おいらは、あいつ等を、絶対許さない!」
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登場人物紹介

要耀子


某医療系大学看護学部四回生。ミステリー愛好会に所属する謎多き女性。

橿原幸四郎


某医療系大学医学部二回生。ミステリー愛好会所属。

加藤亨


某医療系大学医学部四回生。ミステリー愛好会部長。

中田美枝


某医療系大学薬学部四回生。ミステリー愛好会副部長。

是枝啓介


某医療系大学医学部四回生。ミステリー愛好会の会員。

柳美海


某医療系大学医学部三回生。ミステリー愛好会の会員。

大友善次郎


民宿大友主人。加藤部長の知り合い。

一朗太


島の漁師、茂吉の息子。因襲に囚われない考え方の出来る賢い少年。耀子たちと共に、鳥憑きの謎を追う。

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