島に待つもの(4)
文字数 1,574文字
耀子先輩は、僕に彼女自身のことを話し続けた。彼女がこれほど自分のことを話すのは初めてのことだと思う……。
「前にも話したけど、今回の旅行に私は全く脅威を感じていないの……」
確かに、連絡船の上で、先輩はそんなことを話していた様な気がする……。
「脅威を感じないってことについて、私は私なりに、そうなる場合を考えたわ。
まず、本当に全く脅威がない場合。そうでなければ、私が脅威を感じる能力を失った場合……。そして、脅威を感じる能力を失った場合には、私が自然に能力を失った場合と、誰かによって危険を察知する能力が阻害されている場合。この2つの可能性がある……。つまり、全部で3つ場合に分けることが出来ると思うの。
で、あの黒い雲、私はあれにも脅威を感じなかったわ。でも、あれはこんな酷い状況を生み出した。そして、この暗黒のジャングル。これにも私は脅威を感じていない。考えてみて、闇夜のジャングル、それも雷雨の最中、危険が無い訳ないと思わない?
これでひとつ分かったの……。危険が存在しない訳ではなくて、
自然に能力を失ったのなら、それは偶然の産物だし、危険があるとは限らない。
でも仮に……、自然に能力を失ったのじゃなくて、
それは、普通、罠があることを、私に気付かせないにする為でしょう? つまり、絶対に未知の罠がそこにあると云うことよね。
そう思うと、この先に何が待ち受けているか? どんな敵がいるか? どんな罠があるのか? 考えれば考えるだけ、私は怖くなっていったわ……」
確かに、そのリスクはあるな……。
「今まで私は、一度として先の見えないことに飛び込んだことが無い。だから、普通の人間が平気で出来ることでも、臆病者の私にはすごく怖いの……。
一歩足を出すと、その足を掴まれるんじゃないか……。少しでも手を前に出すと、手首を切り落とされるんじゃないかって……。
加藤君を追いかけて、善次郎さん、中田さんですら、何があるか分からない暗黒のジャングルに飛び込んで行ったわ。幸四郎も彼らを追いかけようとしていた……。
私だけ……。
臆病な私だけが、飛び込むことが出来なかった。足が竦んで動かなかった。一緒に行くべきだと分っているのに……。一人になるのが怖かった。だから、幸四郎まで引き留めた。自分だけが残ればいいのに……。ごめんね、幸四郎。ごめんね……」
耀子先輩は今にも泣き出しそうだった。
でも、僕はそんな耀子先輩がとても愛おしい。彼女のことを冷血漢だとか、化け物だとか言う人もいるけど、決してそうじゃない。
耀子先輩は、薄氷で出来た彫刻の様に、壊れやすく繊細な魂を持った一人の普通の女の子だったのだ。それは、どんなに無敵の力を持っていようと変わりはしない。いや、寧ろ無敵の力を持っていたばかりに、甘えることも許されず、弱音を吐くことも許されなかった、悲運の女性だったのだろう。
僕は何も言わずに、隣に座っている彼女の肩を、そっと自分に引き寄せた。
その時である。後ろのジャングルから何やら怪しい鳴き声と気配がした。耀子さんは気を取り直したのか、頭を僕の肩から起こし、キッと振り返って、ジャングルの暗闇を睨みつける。
「幸四郎、ありがとう。気持ちが楽になったわ。少し海岸線の方に戻らない?」
そう言うと、耀子先輩は、立ち上がろうとした僕を、海に向かって突き飛ばす様に押し出した。僕はよろけ、転びそうになるのを何とか踏み堪える。
僕が驚いて耀子先輩の方を見ると、彼女は僕に背を向け立ち上がり、ジャングルの方に拳を構えていた。
そして……、その先のジャングルの暗闇の中には、何対もの赤く光る眼が、彼女を狙う様に鋭く輝いていたのである……。
「前にも話したけど、今回の旅行に私は全く脅威を感じていないの……」
確かに、連絡船の上で、先輩はそんなことを話していた様な気がする……。
「脅威を感じないってことについて、私は私なりに、そうなる場合を考えたわ。
まず、本当に全く脅威がない場合。そうでなければ、私が脅威を感じる能力を失った場合……。そして、脅威を感じる能力を失った場合には、私が自然に能力を失った場合と、誰かによって危険を察知する能力が阻害されている場合。この2つの可能性がある……。つまり、全部で3つ場合に分けることが出来ると思うの。
で、あの黒い雲、私はあれにも脅威を感じなかったわ。でも、あれはこんな酷い状況を生み出した。そして、この暗黒のジャングル。これにも私は脅威を感じていない。考えてみて、闇夜のジャングル、それも雷雨の最中、危険が無い訳ないと思わない?
これでひとつ分かったの……。危険が存在しない訳ではなくて、
私が
脅威を感じることが出来なくなったのだと……。自然に能力を失ったのなら、それは偶然の産物だし、危険があるとは限らない。
でも仮に……、自然に能力を失ったのじゃなくて、
ある人
が、私の『危険察知』を阻害しているのだとしたらどうだろう……?それは、普通、罠があることを、私に気付かせないにする為でしょう? つまり、絶対に未知の罠がそこにあると云うことよね。
そう思うと、この先に何が待ち受けているか? どんな敵がいるか? どんな罠があるのか? 考えれば考えるだけ、私は怖くなっていったわ……」
確かに、そのリスクはあるな……。
「今まで私は、一度として先の見えないことに飛び込んだことが無い。だから、普通の人間が平気で出来ることでも、臆病者の私にはすごく怖いの……。
一歩足を出すと、その足を掴まれるんじゃないか……。少しでも手を前に出すと、手首を切り落とされるんじゃないかって……。
加藤君を追いかけて、善次郎さん、中田さんですら、何があるか分からない暗黒のジャングルに飛び込んで行ったわ。幸四郎も彼らを追いかけようとしていた……。
私だけ……。
臆病な私だけが、飛び込むことが出来なかった。足が竦んで動かなかった。一緒に行くべきだと分っているのに……。一人になるのが怖かった。だから、幸四郎まで引き留めた。自分だけが残ればいいのに……。ごめんね、幸四郎。ごめんね……」
耀子先輩は今にも泣き出しそうだった。
でも、僕はそんな耀子先輩がとても愛おしい。彼女のことを冷血漢だとか、化け物だとか言う人もいるけど、決してそうじゃない。
耀子先輩は、薄氷で出来た彫刻の様に、壊れやすく繊細な魂を持った一人の普通の女の子だったのだ。それは、どんなに無敵の力を持っていようと変わりはしない。いや、寧ろ無敵の力を持っていたばかりに、甘えることも許されず、弱音を吐くことも許されなかった、悲運の女性だったのだろう。
僕は何も言わずに、隣に座っている彼女の肩を、そっと自分に引き寄せた。
その時である。後ろのジャングルから何やら怪しい鳴き声と気配がした。耀子さんは気を取り直したのか、頭を僕の肩から起こし、キッと振り返って、ジャングルの暗闇を睨みつける。
「幸四郎、ありがとう。気持ちが楽になったわ。少し海岸線の方に戻らない?」
そう言うと、耀子先輩は、立ち上がろうとした僕を、海に向かって突き飛ばす様に押し出した。僕はよろけ、転びそうになるのを何とか踏み堪える。
僕が驚いて耀子先輩の方を見ると、彼女は僕に背を向け立ち上がり、ジャングルの方に拳を構えていた。
そして……、その先のジャングルの暗闇の中には、何対もの赤く光る眼が、彼女を狙う様に鋭く輝いていたのである……。