第2話:冒険者のお仕事。

文字数 6,557文字

 神槍カレン・トワイニング。
 彼女が街を歩くとき、その手には常に、雷槍ヴァジュランダの存在があった。
 周囲から殺気を感じると放電を始め、刺された相手は落雷と同じ衝撃を受けると言い伝えられている。
 柄も穂先も漆黒で、見詰めていると吸い込まれそうな感覚に陥ってしまう。
 抜刀禁止令が敷かれているため、基本的に街にいる時は剣なら鞘に収めなければならないし、槍や斧であれば穂先や刃先を保護具などで隠さなければならない。
 しかし、ヴァジュランダの穂先は隠される事無く、ぎらりと鈍い光を放っていた。
 神槍カレンの名は冒険者としてあまりにも売れ過ぎていて、街中にいても決闘を申し込まれたり、中には強襲を仕掛けて来る輩もいる……との理由から穂先に保護具を着けることを拒否し続けていた。
 この件に関して、過去に行政区や辺境伯軍が幾度も取り締まろうとしたのだが、彼女を取り押さえる事も雷槍を取り上げる事も出来ずに、現在まで至っている。
 ただ彼女の場合、本質的には無法者では無い為、現在は辺境伯直々の抜刀禁止令免除証を有しており、その上で本来課せられるべき罰則金も月々ちゃんと納めていた。
 基本的に真面目で、曲がった事が大嫌いなのだ。
 兄である白銀の獅子は悪い人間では無いが法を遵守する性質では無かった為、それと比べると彼女はまるで正反対の性格だと言えるだろう。

 さて、そんな彼女が酔いどれ小路を抜け、コーリング大通りへと進んで行く。
 かなりの速足だが、人混みの中誰にも触れる事無くするすると移動していた。
 銀色の長い髪は朝日に照らされると、溜息が零れる程美しい。
 表情こそ乏しいが、美しい女性としても、この街では人気があった。
 その美しさと闘い振りから闘いの女神と称されるが、彼女に言わせると「冒険や殺し合いに男も女も神もないだろう?」となり、嘲笑混じりに一蹴されてしまう。
 神槍は一路、まじない小路の森の梟を目指していた。 
 最短の道で行けば、そう遠くは無いが、例の魔法があるため北門側からぐるりと回り込まなければならない。
 神槍は銀髪を揺らし、脇目もふらずに進んで行く。
 街人の中には彼女の存在に気が付き声を掛けようとする者もいたが、会話どころか挨拶を交わせる者すらいなかった。

 しかし、一旦まじない小路に入ると、神槍の姿を見て指差す者はいなくなる。
 ここは一介の街人が訪れる場所では無い。
 それもあってか、彼女は小路へと進入するなり歩く速度を極端に落とした。
 この小路で早歩きをしてはならない、という決まり事は無いのだが、道幅が狭いので慌てて急ぎ足でいる者は皆無なのだ。
 その上、このまじない小路には神槍ですら抗う事の出来ない存在がある為、彼女としてもそう言った存在を無駄に挑発はしたく無い、という思いも少なからずあるのだろう。
 時折、何処の誰かが、からかう様に殺気を投げかけて来て、それにヴァジュランダが反応しビリビリと放電する。
 大小の建物が乱立しているこの小路でそれをやられると、流石の神槍でも何処から殺気を投げかけているのか特定は出来ないため、苛立ちはするが危害を加える気は無さそうなので無視して先へと進むしかない。
 その為、フレイザーの店である森の梟へと訪れる時は大抵ご機嫌斜めなワケだ。
 本日も御多分に漏れず……。

 「――本当に、この小路の住人は碌な輩がいないな!いっそ大火にあって全部燃えて焼け野原になってしまえばいいのに」
 神槍は、森の梟へと入店するなり開口一番そう言い放った。
 そして、カウンター席でいるフレイザーの左隣りへと腰掛ける。
 まだ少し放電状態にあるヴァジュランダはカウンターに立てかけて置いた。
「また、どこぞの誰かからちょっかいを掛けられたのかい?」
 フレイザーは娘アンリエッタの入れたハーブティーを味わいつつそう言った。
 アンリエッタは、神槍の飲み物を用意するべく、すぐにカウンターの奥へと行ってしまった。
「ちょっかいなんて軽い感じではない。いやらしい、ねっとりとした性質の悪い殺気だ」
「そうか、まぁ、キミ個人の能力と雷槍と最高純度のミスリルプレートという存在は魔導を携わる者からしてみれば垂涎ものだからね、ちょっかいを出したくなる気持ちは分からなくない。呪うとしたら、キミは自分自身を呪うしか無いだろうね」
 エルフの言葉を聞き、カレンは短い溜息を零した。
「そんなこと……言われなくても、自分の存在はとうの昔から呪っている。と、それはさて置き、先ほど、レオンに会って来たよ」
 カレンは気持ちを入れ替えそう言った。

「おお、そうかね。どうだった甥っ子は?」
「どうもこうも、兄に似すぎてて、絶句してしまったよ。夢でも見てるのか?と思うくらいだった」
「そうか、そうか。それで、どうしたんだい?抱き締めてやったりしたのか?」
「いやいや、流石にそこまでは。でも、無性に触れたくなってしまって、頭は撫でたかな。慈しみたい気分と言うか、上手く表現は出来ないけれど、まさか、私にこういう感情が芽生えるとは、思っても無かったよ」
 そう言って、俄かに笑みを浮かべる神槍の横顔を、フレイザーは目を細めて見ていた。
 今では圧倒的な武力を誇る彼女の事を、このエルフは子供の頃から知っているのだ。感慨深い想いがあるのだろう。

「――で、レオンの事を冒険者として、キミが育てるのかい?」
 フレイザーは、目を細めたまま、そう言う。
「いや、私は育てる気は無い。アンナがイライザに委ねたのだから、私がしゃしゃり出るところでも無いと思うし。それに私は、冒険者としては失格だから。レオンは兄の様な、誰からも慕われる冒険者になるべきだ……と思うし」
「しかし、その誰からも慕われるブレイズは、仲間を守る為に死んだんだぞ?白銀の様な冒険者へと育てれば、何れレオンは父親と同じ道を歩む羽目となるだろう」
 美しいエルフは、私がそうはさせないけどな……。と強く想いつつ、言っていた。
 そしてまた、その想いは神槍も同じで。
「そうはさせない。そうならない様にするのが、私や、あの日あの時、兄から命を救われた者たちの務めだから。いや、実は、今日、あの子に会いに行ったのは、冒険者になんて絶対になるなよ?と告げに行くつもりだった。兄の息子が街に来ていると聞いた時に、まず思ったのがそれだったから……」普段は歯切れよく手短に話を済ませてしまう彼女だが、今日はどこか迷いを感じさせる様な話し方で、珍しく言葉を濁すような発言だった。
 そのまま黙りこくってしまいそうな気配があったが、神槍は気を取り直し言葉を続けた。
「――けれど、あの子の目を見た時に、それは無理な願いだと悟ったよ。あの子は、兄と同じだ。私やお前の様な存在が近寄らなくても、何れ自分の意思で冒険者の道を歩みだし、必然と多くの仲間に囲まれて、そしてその優しさ故に、事ある毎に自らの命を仲間を守る為に賭して闘いに臨む日々を送る事になるだろう。そうなると分かっているのに、止める事が出来ないのだからな。我ながら情けない」
 そしてこれもまた珍しく、いつになく多弁だった。そして、感情的でもあった。
 フレイザーはそんな彼女の様子を、少し驚きつつも嬉しく思い見詰めていた。

「ふふふ、まぁ、そうだな。あの時、白銀から命を救われた者は、少なからず我々と同じ想いを抱くだろう。それに、今度こそ、私はトワイニングの血族にしっかりと魔法を叩き込むつもりだから。冒険へと出る以上、死ぬ確率は零に出来ないが、魔法が使えればその確率を限りなく零に近づける事は可能だからな」
「私は魔法を覚える気が無かったし、兄は自分に都合の良い小手先の魔法だけしか覚えなかったからな」
「そうだ、本当にお前たちは兄妹揃って才能と指導者に恵まれていたと言うのに、棒に振ったわけだ。それに比べればレオンはまだ従順そうだし、潜在魔力はお前たちを遥に上回っている。本来なら魔導士として育て上げたい程の逸材……けれど、まぁ単純な戦闘力もずば抜けているだろうから、それを抑え込んで魔法の勉強だけさせるのは、まず無理な話なんだろうな」
 フレイザーがそう言葉を切った所で、アンリエッタが奥から戻って来た。
 手には、白い水差と細かい彫刻があしらわれた木製のコップがある。
 それを神槍の前に差し出すと、コップに水を注ぎ始めた。
 普通の水にしか見えないが、水差の中に浄化石が入れてあり、大森林の奥にあるエルフの泉の水と同じくらい清らかなものだった。
 カレンがこの店に来た時は必ずこれを口にする。

「ねえねえ、カレンちゃん、レオンちゃんに会って来たー?可愛かったー?」
 アンリエッタは開口一番そう言った。この街で神槍の事をちゃん付けで呼称するのは彼女くらいだ。
「ああ、まぁそうだな。まだ十三歳くらいだろうし、男というよりか少年って感じ。いやむしろ女子の様にも見えるかな。まぁでも、そう言うところが兄に似てるワケだけど。あの感じだと、これから成長するにつれ、女に事欠くことは無いだろうね。本人にその気は無くても、周りから見てると女癖が悪い男にしか見えなかったからさ、兄も」
「えー、白銀の獅子って女癖悪かったのー?」
 アンリエッタは少し残念そうな表情を浮かべていた。格好良い男は好きだが、浮気者は嫌いといったところなのだろう。
「いや、だから本人はそう思って無いんだよ。本気で一人一人の女愛してるワケだからね。女たちもそれを承知で兄と付き合ってたんだろうけどさ。それを見て周りの大人たちは、そうは思ってくれないって話だよ。まぁ、この街の英雄だったから、普通に歩いてるだけで女の方から声を掛けてくるのが日常だからね、そう言う感覚が普通の人とずれてしまうのも仕方ないとは思うけれど」
「ねえ、カレンちゃん?」
「ん?なんだい、アンリエッタ?」
「今日、なんだか、ゴキゲンさんだね。沢山喋ってくれるし。レオンちゃんと会えて嬉しかったんだねー」
 アンリエッタからそう言われて、神槍は思わず水を口から吹いてしまった。
 そして取り敢えず「そんなことは無い!」と否定しようとしたが、フレイザーもいる手前、それも大人げ無いかと思い、言葉を飲み込んだ。

「――さて、神槍?そろそろ、仕事の話を始めようか。アンリエッタ?すまないが、キッカを起こして来ておくれ」と、少し困り顔の神槍にフレイザーはさらりと救いの手を差し伸べた。
 父の言葉を聞き、娘は「はぁい」と気の抜けた声をあげ、奥へと行ってしまった。
「コホンっ、そうだった、仕事の話だったな。キッカも来てくれているのか?」
「ああ、今、奥で寝ているよ。で、今回はどう言った、内容なんだ?」
 フレイザーがそう尋ねたところで、奥からキッカが猫の様に俊敏な動きで出て来て、カウンターを軽やかに飛び越え、神槍の左手の席へと着いた。
「おはよう、キッカ。今から仕事の話だけど、大丈夫かい?」と、神槍の右手側に腰掛けているフレイザーは言う。
「あ、うんうん、大丈夫!ガツンと寝たから気分スッキリ!さささ、神槍さまぁ、お仕事の話、しちゃってくださいなぁ」と、キッカは猫撫で声をあげる。
 ホビットの性質上、圧倒的に力を持つ相手や憧憬を抱く者に対しては身を寄せて懐きたくなってしまうのだが、神槍がそれを好まない事は身を持って経験しているため、じっと堪えていた。

「――では、今回の冒険先だが、ドールズ大森林の最奥を目指す事になる。依頼主は勿論、アンヌヴン辺境伯だ」
 カレンはそう告げると、一口水を飲んだ。
「やはりドールズ大森林だったか。依頼主が辺境伯で目的地が最奥となると、幻獣絡みだろな……」と、フレイザーはある程度予測していた事を言った。
「まぁ、そう言う事だ。なので、辺境伯の配下の幻獣召喚師も何名か同行する事になる。私一人で幻獣を狩るのなら問題無いが、召喚師連中の身を護るのにお前たちの力を借りたい。フレイザーは森のエルフたちとの交渉役も務めて貰う事にもなるが」
 カレンはまた一口水を飲む。
 戻ってきたアンリエッタは、コップに水を注いで、静かに神槍と父の交渉を聞いている。
 キッカも、懐きたくなる衝動を必死に抑えて、聞き耳をたてていた。
「もしかして、経験の浅い召喚師ばかりなのか?それも何名もとなると、少し骨が折れるな。森のエルフとの交渉は特に問題は無いが……」
「いや、実際、どの程度の召喚師が同行するのかは当日になってみなければ分からんよ。ただ九の月の第三か四週に辺境伯主導の塔調査が始まるから、その準備で護衛の人手が割けんらしい」と、神槍は言う。
 フレイザーは、口許に右手を添えつつ話を聞いていた。

「で、何か特定の幻獣が狙いなのだろうか?あと、それと、期間は?」
「九の月の一日から十日までだ。ドールズ大森林の最奥で幻獣を狩るなら二十日間は欲しいところだが、それを十日でやれと言うのだから、特定の幻獣を狙う事は出来ない。ともかく、次の塔調査に向けて少しでも戦力が欲しいと言う事だろう。行き帰りの移動を合計で四日以内に抑えれば、六日間は森に籠れる事が出来るから、選り好みは出来んが、それなりに成果はあげる事が出来ると思ってはいる」
 神槍は一旦そこで話を切った。
 フレイザーやキッカであれば、これだけ話せば今回の件に関して理解するだろう、と彼女なりの判断で。
「いやはや、しかし、何とも強行軍だな。もう少し詳細を把握して置きたいが、辺境伯様の取り巻きに嫌われている私では、取りつく島は無い。取り敢えず、成果はどうあれ、報酬はそれなりに貰う事になるぞ?最低でも一人一日金貨二十枚だ。十日で二百。私とキッカを雇うなら金貨四百だな。当然半分は前払いで頂く。あとは成果次第で色を付けてくれればいい。まぁ、その辺に関して辺境伯は太っ腹だから心配は無用だろうが」
 そう言うと、フレイザーは冷めてしまったハーブティーを一気に飲み干した。
 それを見てアンリエッタは、もう一杯飲む?と目で合図をしたが父は手でそれを制した。

「私だって好きで辺境伯の取り巻きと関わってるワケでは無いからな!?お前が、もう少しまともな性質であれば、ヤツらもお前と交渉したいのだろうし。しかし、まあ、それを今言ったところでどうなる話でも無いが。よし、では、その条件で交渉してくるとしよう。今から辺境伯邸に行ってくる。報酬は、いつも通り商人ギルドの口座に預けておけばいいのだろう?」
 神槍は浄化水を飲み干して、席を立った。
 ヴァジュランダを手に、玄関まで歩き出す。
「ああ、いつも通りで宜しく頼むよ。ああ、そうだ、辺境伯邸に行くなら手土産にコレを。新しい浄化石だ。以前、お贈りしたらクラリス様が大層気に入ってくれてね。キミならクラリス様にもお目通りが叶うだろう?」
 フレイザーは陳列棚の籠の中から、白く輝く浄化石を三つ掴み小袋へと入れた。
 この小袋は浄化ローブと同じ生地で作られているので、かなりの高級品だった。
 浄化石三つと合わせると金貨五十枚程の価値はあるだろう。
 神槍はそれを、目を細めて受け取っていた。
 
 クラリスとはアンヌヴン辺境伯トリスタン・アーチボルトの一人娘である。
 齢十四にしてアンヌヴンに咲く薔薇と称される程の美貌で、皇太子の妃候補にも選出されていた。
 要するに、美しい少女をこよなく愛してしまうこのエルフは、クラリス・アーチボルトに熱を上げてしまっているのだ。
「本当に、お前は、若く美しい少女に現を抜かす悪癖さえなければ、最高の魔導士で友となり得るのだがな」
 そう言うと、神槍は溜息を零しつつ店を後にした。
 神槍のいなくなった店内でフレイザーは「何を言うか、それがあるからこそ私は最高の魔導士でいられるのだ。生き甲斐を持たぬ者に成長は望めないからな。まぁ最高の友である自信は無いが……」と自嘲ぎみに零して、カウンターの座っていた席へと戻った。




 
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登場人物紹介

名前:レオン・トワイニング

種族:人間

性別:男

年齢:13歳

備考:山岳の村ドーンで生まれ育った銀髪の少年。

名前:チャック・ラムゼイ

種族:人間

性別:男

年齢:26歳

備考:辺境伯軍都市警備大隊に所属する熟女に弱い兵士。

名前:イライザ・シーモア(女)

種族:人間

性別:女

年齢:38歳

備考:レオンの母アンナの妹。酒房ルロイの女将。

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