第3話:ドールズ大森林探索。

文字数 5,830文字

 真夜中のドールズ大森林の中。
「――あれ?結局、フレイザーは敵討ちを果たした後に、何がしたいんだっかな?」
 神槍は、ふと昼間の会話を思い出して呟いた。
 辺りは秋虫の輪唱が耳障りに思える程響いている。梟や夜行性の獣の鳴き声も時折聞こえてくる。
 少年レオンは、手解きを受けたばかりのスキル【夜眼】を使い、カレンの後を着いて歩いていた。
 夜の大森林へと進入する前に、叔母はまず甥っ子に対して「目玉の中にプラーナを送り込んでみな。そしたら夜暗くても、昼間と同じ様に見える様になるから」と言った。
「あの、カレンさん、いきなり目玉にプラーナを送り込めと言われてもよく分かりません。と、その前にぼくはプラーナの存在自体、よく理解して無いですけど」
 レオンからそう言われ、カレンは漸く甥っ子の置かれている状況を知ったのだ。
 鬼女アンナに育てられたのだから、冒険者として最低限の事は仕込まれているだろうと思っていたが、そうでは無いと言う事に。

「よし……そうか、ではまずプラーナから教えようか。プラーナってのは、生き物が有する魔力だ。それに対して自然界にある魔力をエーテルという。フレイザーの様な魔導師はな、自己のプラーナと自然界のエーテルを混合してマナを産み出しそれを魔法として行使している。それに対して、私やキッカの様な物理戦闘職の者は、自らのプラーナを増幅させたり調整してスキルを行使するのだ。ここまでは理解出来るか?取り敢えずは、プラーナとエーテルとマナの意味と関係性が分からないと話になんないからね……」
「はい。言葉の意味は分かります。でも、プラーナの感覚が分からないんです。勿論エーテルとマナの事も……」
「なるほど。では、お前の中に眠っているプラーナを起こすとしよう。そう言われてみたら、私も最初は兄から起こして貰ったんだったよ。レオン?立ったまま目を閉じて、出来るだけ頭の中を空っぽにしな」
 カレンはそう言うと、レオンと向き合い少年の手を取りぎゅっと強く握り締めた。
 力強い手だった。そして、温もりも強い。
 少年は言われるがままに目を閉じた。頭の中は空っぽに……しようとしたが、それは中々難しいと思っていた。

「よしよし、じゃぁ、深呼吸を繰り返して?ゆっくり、深く、長く……」
 カレンは抑揚の無い声でそう言った。穏やかな語り口だった。
 少年は深く長い深呼吸を二度三度と繰り返す。
 彼女はそれに合わせる様に呼吸を始め、そして少年の身体へと高圧のプラーナを一気に流し込んだ。
 本来、子供にプラーナのことを教えるのなら、時間を掛けて微弱のプラーナを知覚させる。それこそ幾日もかけて、じっくりとその身体に教え込むのだが、要するに今神槍が少年にしている行為はかなり荒々しい教え方だった。
 急激にプラーナを流し込まれたレオンは、はっと息を飲み込み、瞬間的に眩暈におそわれ膝から崩れそうになったが、なんとか踏みとどまっていた。
「くくく、中々痺れるだろう?身体の芯の方が熱くなって、最初は頭の中がぼーっとする感じ。でも、直ぐに身体の中に力の流れを感じる、はず。私の時はそうだった」
「ああ、はい……確かに、感じます。身体も、凄く熱い。何だか、力が溢れて来るような感覚。抑え込まないと爆発してしまいそうな……」
「あははは、そうそう!そんな感じ。本当ならね、ゆっくりと知覚させればもっと穏やかに起きて、そこまで戸惑う事も無いらしいんだけど、これはさ?頭から油を被って火を点けるみたいなやり方だからね。て言うか、レオンの潜在プラーナが強烈過ぎるんだよ。確かにフレイザーが絶賛する筈だわ」

 フレイザーは紐付けの能力を使い個人の潜在プラーナを測る事が出来るが、カレンの様な戦闘職の人間は、こうして直接触れプラーナを通わせることで漸く相手の秘めたる魔力を感じる事が出来る。
「カ、カレンさん?どうすればいいですか?どんどんプラーナが溢れて来て、身体が爆発してしまいそうなんですけど……」
 レオンはそう言って、カレンの手を強く握り締めていた。
 実際、自らのプラーナが暴走しても身体が爆発する様な事にはならないのだが、レオンの様に潜在魔力が膨大な子供が、今回の様な荒々しい行為を受けると、身体が爆発してしまう……と言う様な錯覚に陥ってしまうのだ。
「ははは、大丈夫だよ、慌てなくていい。落ち着けレオン。呼吸をゆっくりと繰り返して、少しずつでいいから、プラーナを抑え込むんだ。今、お前が感じているプラーナは、お前の身体から生み出されているのだから、必ず制御出来る。そのプラーナは他の誰かのモノでは無くて、お前自身のモノなんだ。言うなれば手足と同じなんだよ。手や足を動かす時に、足よ動けとか手よ剣を持てとかと一々考えないだろう?プラーナもそれと同じだよ。特別な何かと思わないで、自分の手足や血肉のひとつだと思えば……」
 そう言うと神槍は、「いや、そうは言っても中々簡単に出来る事では無いのだが……」と、心中呟き笑みを零した。
 レオンは、ゆっくりと呼吸を繰り返していた。
 カレンからの説明を受け、彼なりに得心していたのだ。

 ――時が過ぎる。
 少年が自らのプラーナの制御に試みている間、神槍はじっと黙って少年の手を握り締めていた。
 そして、暫くしてから、少年は口を開いた。
「カレンさん、多分、もう大丈夫だと思います」
「もう大丈夫?爆発しそうな感じではなくなった?」
 カレンがそう尋ねると、少年は目を開けて微笑みを浮かべていた。
「はい、上手く制御出来てるかどうかは分からないですけど、身体の芯の方で塊になっていたプラーナを、解き崩して全身に拡散させました」
「おいおい、もうそんな事が出来てしまうのかい?私でもその感覚を掴むまでに、プラーナを知覚してから十日程は要したのにね。でも、それが出来てしまうなら【夜眼】の体得はすぐだよ。私が最初に言ったこと覚えているかい?」
「えーっと、確か、目玉の中にプラーナを送り込む。でしたっけ?と、その前にカレンさん?」
「ん?どうした?目玉にプラーナ送り込んだら爆発しちゃいそうかい?」
「あ、いや、そうじゃ無くて……この目の前に漂ってるキラキラした綺麗なのがエーテルですか?ああ、凄い。エーテルも動き流れているんですね。こんなものが空中に漂っていたなんて、全然知らなかったです。世界が、今までとは全く違って見えます」

 少年は嬉々とした表情で、瞳を輝かせていた。その様子を見て、神槍はごくりと息を飲んだ。
 少年の言うキラキラはまさしくエーテルなのだが、彼女はそれを感じる事は出来ても、見る事は出来ない。
 それは本来なら、魔導師が修行を積んで体得する【精霊眼】というスキルだった。
「ははは。【夜眼】を通りこして先に【精霊眼】を覚えるとか、何て馬鹿げたヤツだ。冒険者としては全然笑え無いけど、自分の甥っ子がこうだと逆に笑えちまうよ。強ち、フレイザーが言っていた事も出鱈目では無いという事か……。よし、レオン?取り敢えず【夜眼】を出来る様になろうか?アンタならすぐに出来る様になるから」
「あ、はい、分かりました。えーっと、目玉にプラーナを――」
 こうして二人は深夜のドールズ大森林へと踏み込んでゆく。
 カレンとしては夜にしか現れない幻獣との遭遇を期待していたのだが、やはりタルム村近郊では小物しか現れなかった。
 何度か生け捕りにした幻獣を、レオンと契約を結ばせようと試みたのだが、どうにも上手くいかない。

「うーん、やはり、相性みたいなのがあるのかもな。と、その前に、お前がゴエティアだと確定した訳では無かったな。ジゼルの勘違いという可能性もあり得るワケだし。大体、私はジゼルがゴエティアである事すらあまり信用してないしね」
 そう言うと、カレンは手に掴んでいた小さな幻獣をぽいっと投げ捨てた。
 彼女にしてみたら幻獣召喚なんて学んだ事も無かったため、いまいちどうすれば良いのか分かって無かった。
 レオンも、才能や興味はあっても召喚術の知識は皆無なのでどうする事も出来なった。
「すまない、レオン。私が少し浅はかすぎた。お前がゴエティアなら、簡単に幻獣と契約が結べるのだろうと思っていたのだ。名案だと思ったんだけどな……」カレンは苦笑いを浮かべそう言った。
「ぼくがまだゴエティアかどうかなんて分からないですからね、今晩幻獣と契約出来なくても全然平気ですよ。それより、プラーナとか【夜眼】の体得の方がぼくとしては嬉しいことですし」
「やはり、この手の事はフレイザーに任せておいた方が良いのだろう。さて、では今晩はこれで引き返して、明日の昼は戦闘職スキルを色々教えてやろう。一日自由を与えられているからな。それで、明後日からは大人しくフレイザーの指揮下へと入る事にするか」
 カレンはそう言うと、タルム村へと向かい歩きだした。
 彼女の突進力と切り替えの早さは時として周りの者から反感を買うが、レオンは戸惑う事無くその後に着いていた。
 二人は、タルム村に辿り着くと、深夜でも受け入れてくれる宿屋を探し出し、明日の為にとすぐに就寝してしまった。

 
 明けてて冒険三日目、アーカムの日。
 フレイザーたち一行は、日の出と共に大森林へと入っていた。
 タルム村の西側は、昨日の北側よりエーテルが幾分濃いため、幻獣と遭遇する可能性大きい。
 水場も多くあり、大小多くの獣が集まる地域でもあるため、冒険の難易度としては北側より高いとされている。
「――先頭はキッカ、最後尾はバーナード殿。私とカルロ殿、ジゼルは中央で」
 フレイザーの指示通りの隊列で一行は大森林の獣道を進んで行った。
 二日目に全く収穫が無かったため、今日こそはと言う想いをフレイザーとカルロとバーナードは共有していた。
 キッカはどんな冒険でもなる様になればいいか主義で、ジゼルは相変わらず無表情で何を想っているのか掴めない。
「ふむ、やはり西側の方がエーテルが濃いな。これなら、少し奥に入ればおのずと幻獣とも遭遇するだろう。キッカ?何処かの馬鹿槍の様に一撃で仕留めないでおくれよ?」
 フレイザーがそう声を掛けると、キッカは右手を上げて答えた。
「フレイザー様?この地域だと、低級幻獣のウンディーネやブラウニー、スプライト辺りが生息してますよね?」
 カルロとフレイザーは暇さえあれば知識の共有と交換を行っていた。

「ええ、そうですね。水場が多いので、水属性の幻獣であれば中級幻獣とも遭遇出来るかもしれません」
「水属性の中級幻獣ですと、イピリアやケルピーあたりでしょうか?」
 少年カルロは普段は物静かだが、こと召喚がらみの話となると気分が高揚してしまう。
「カルロ殿の主属性は水なので、イピリアやケルピーとは相性が良いので出逢えることを願いましょう。勿論、中級幻獣用の魔法陣は頭にありますよね?」
「は、はい!水属性に関しては上級幻獣用の魔法陣まで描く事が出来ます!」
「それは素晴らしい。光と闇属性も大丈夫ですか?」
「光と闇は紋様が複雑なのと、私の魔力ではまだ初級までしか描けません」
「なるほど。いや、貴方の年齢でそこまで出来れば何も問題はありません。むしろ上出来だと言えるでしょう。では、水属性の幻獣と、光と闇の初級まではカルロ殿が契約し、それ以外の属性はジゼルが契約を試みる、とした方が良さそうですね」
 エルフの魔導師は声に微量のプラーナを乗せ、小さな声でも任意の者の脳に直接行き届くスキル【魔囀】を使っていたため、隊列を組んでの探索でも皆に的確な指示を出す事が出来る。

 そしてその時、キッカがぴたりと足を止めた。
 左手の人差し指を口許に当て、右手は双刀の一本を掴んでいた。
「おや?どうやら出ましたね。流石ホビットです。こう言う仕事をさせたら、右に出る者はいませんね。では、まず、逃げ出されない様に、周囲に結界を張ります。カルロ殿もジゼルもここからは良く覚えておいて下さい」
 フレイザーはそう言うと、その場にしゃがみ込み右手の平を地面へと当てた。
 そして、自らのプラーナと大地のエーテルを混合しマナへと昇華させ、自らを起点とした半径百歩程度に土属性の結界を張り巡らす。
「さて、これで良し。では、説明いたします。咄嗟に幻獣と遭遇してしまった時は、即座に攻撃に転じて生け捕るのですが、今回の様に発見した幻獣がこちらに気が付いて無い時は逃げ出されない様に、その幻獣の反属性の結界を張り巡らします。その為幻獣召喚師は召喚術だけでなく、幻獣捕縛用の魔法やスキルを幾つか体得しなければなりません。特に、結界は必須だと言えるでしょうね。まぁ、これ程広域の結界は無理ですけどせめてこの三分の一程度は必要です。中には結界石を使用して捕縛する召喚師もいますが、結界石は高価ですからあまりお勧めはしません」
 フレイザーはかなりの早口でそう言った。
 カルロはその一言一句も忘れたくはないと思っており、慌てふためいている。
「あ、あのフレイザー様!?」
「はい、なんでしょう?カルロ殿」
「今回は何故土属性の結界を張られたのでしょうか?まだ、この場所からでは幻獣は目視出来ません。何か魔法を用いて、幻獣の属性を探り当てられたとか?」
 勿論、フレイザーは【精霊眼】が使えるため、エーテルの流れを見てその近辺に生息しているであろう幻獣の属性は探り当てれるのだが……。

「いえ、魔法ではありません。これは冒険者なら誰でも知っている事です。幻獣なり化け物なりを発見した際、口許に人差し指を当てたら発見した対象が水属性であることを表します。親指なら火属性、中指が土属性、薬指が風属性、小指が光属性、それから闇属性は拳を握り、手を開いた時は様々な属性が入り乱れている時を指します。先ほど、キッカは人差し指を口許に当てていたでしょう?私はそれを見て即座に土属性の結界を張り巡らせた……という訳です。さて、では、捕縛に参りましょうか」
 言葉を切ると、フレイザーは幻獣の方へと向かい歩き出した。
 既にキッカは幻獣を捕縛するべく、先行していた。
 バーナードたちは、少し気後れ気味にフレイザーの後を追い掛けた。

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登場人物紹介

名前:レオン・トワイニング

種族:人間

性別:男

年齢:13歳

備考:山岳の村ドーンで生まれ育った銀髪の少年。

名前:チャック・ラムゼイ

種族:人間

性別:男

年齢:26歳

備考:辺境伯軍都市警備大隊に所属する熟女に弱い兵士。

名前:イライザ・シーモア(女)

種族:人間

性別:女

年齢:38歳

備考:レオンの母アンナの妹。酒房ルロイの女将。

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