第4話:エルフの魔導師の講釈。

文字数 5,408文字

「――ジゼル?貴女はレオンも、ゴエティアだと言うのですか?」
 黒髪の少女ジゼルの言葉を受け、フレイザーはそう切り返した。
 ジゼルは、口の中に蒸し鶏を入れもぐもぐと頬張りつつ、こくりと頷いた。
 フレイザーは横目でちらりとレオンの事を見つめる。
 改めてこの銀髪の少年の特異性に感嘆してしまったのだ。いや、驚嘆していたと言った方が正しいだろうか。
「い、いや、しかし、それは何か明確に断言出来る証拠はあるのかな?」
 エルフの魔導師はそう言ってから、動揺を抑えるべくコップにあったリキュールを一気に飲み干した。
 事の重大さに気が付いて無いバーナードは、フレイザーのコップにリキュールを注いだ。
「明確な証拠は、無いの。何となく、そう感じる、だけ」
 フレイザーはエルフの特性として、他者の魔力量や属性を観る事が出来るが、どの様な魔法を体得してるかとか、どの様な幻獣と契約を交わしているかまでは分からないのだ。
 よって、レオンやジゼルがゴエティアであるか無いかという事も、見分は出来ない。

「なるほど。感覚的にそう思うと言う事か。では、明日からの幻獣狩りで、レオンのゴエティアとしての素養も試してみましょうか。ああ、でも、今回は辺境伯様からのご依頼ですので、勿論、ジゼルとカルロ殿の幻獣契約を優先します。しかしながら、属性の兼ね合いがありますからね、幻獣を生け捕りにしたとしても、個人でその全てと契約を結べる訳ではありませんから。その辺の理解は……まぁ一々言うまでも無くカルロ殿が把握してらっしゃるとは思いますが」
 フレイザーがそう言うと、カルロは恥ずかしそうに笑みを浮かべていた。そして、エルフの魔導師は改めてカルロとジゼル、レオンの属性を観る事にした。
 カルロの主属性は水で、そう強くは無いが光と闇属性を共有している。
 ジゼルの主属性は闇で、四属性は総じて高い。
 レオンの主属性は光で、主属性と同じくらい火属性が強力だった。
 三人三様なので、幻獣の取り合いになる事は無いだろう、と言うのがフレイザーの見立て。
 それにしてもジゼルの属性が余りにも魔導師向きな事に、フレイザーは喜びを隠す事が出来なかった。
 そして、今後何かしら、魔導の教育や指導を兼ねて出逢う事が出来るかもしれないと、彼らしい良からぬ想いを募らせていた。

「――あのう、フレイザー様?」半ば悦に浸り気味のエルフに対してカルロが声を掛けた。
「ああ、はいはい、カルロ殿、どうしましたか?」
 カルロは恥ずかしそうに、しかし目をキラキラと輝かせつつ、言う。「はい、あの、フレイザー様は、幻獣と契約されてないのでしょうか?」
 その問い掛けを受け、講釈好きなエルフの魔導師の表情も明るく輝きだしていた。
「おお、それは実に良い質問ですね。では答えから申しますと、私は幻獣と契約は結んでおりません。基本的に、エルフは幻獣召喚をしないのですよ。いや、これは出来ないと言った方が正しいかもしれません。召喚師は殆どが人間です。稀にハーフエルフやノームの召喚師も存在してますが。そもそも召喚契約用の魔法陣は人間が作り出したモノですしね。エルフの魔力は強力過ぎて、幻獣をプラーナ化出来たとしても、それを上手く取り込む事が出来ない訳です。召喚に必要なのは、プラーナ化した幻獣と術者個人のプラーナの同化であって消化では無いのです」
 話途中で、フレイザーは聴衆の反応を見ていた。バーナードやレオンは取り残され気味、キッカはまた長い話が始まったかと呆れ顔、ジゼルは黙々と食事を続けていた。カルロだけが前のめりに講釈に聞き入ってくれている状態。
 だれも聞いて無いよりもマシだ、と思いつつ彼は咳払いをひとつして語り続ける。
「――人間はエルフ程強力な魔力は有してませんが、プラーナの扱いには長けていますので、上手く同化させることが出来ます。しかしながら残念な事にエルフにはそれが出来ません。まあ私は、一応召喚術に関しての勉強はしましたし、過去には何体か幻獣を取り込んでもみましたが、結果としては全て我がプラーナとして消化してしまいました。この広い世界を隅々まで探せば一人か二人くらいはエルフの召喚師がいるかも知れませんが、私の知る限りでは歴史上只の一人も存在はしておりません。プラーナ化しても尚強力な個性を放つ様な幻獣があれば、エルフの強い魔力とも上手く協調出来る可能性はありますが、まあ要するに、その手の話を聞いた事も文献で読んだことも無いのが現状です」

 ひとつ尋ねたら何倍にも返答してくれるフレイザーに対してカルロは明らかに尊敬の眼差しを向けていた。
 今まで独学で召喚術の事を学んできた彼にしてみれば、フレイザーの様な存在との出会いは嬉しくてならないのだ。
「フレイザー様?それでは、何故エルフの多くは、幻獣が多く棲む地域で生活を営んでいるのですか?」
「ああ、それも良い質問です。幻獣が多く棲む地域は、高濃度のエーテルが豊富で、水と空気が清らかだからですね。エルフは長寿を誇りますが、免疫力は低く清らかな水と空気が無いと直ぐに身も心も病んでしまいます。私がこうして人間の街や社会で平然と生きてられるのは、身の回りの空気と接種する水を常に浄化してるからなのです。なのでカルロ殿への回答と致しましては、幻獣が多く棲む地域には、エルフが健全かつ穏やかな生活を営む環境が整っている為、となりましょうか」
 このやり取りを楽しんでいたのは本人同士だけでは無く、バーナードとレオンもまた興味深く聞いていた。理解の程はさて置き。
 ジゼルは、我関せずと無表情のまま食事を続けていたが、キッカは食事を終え暇を持て余していた。
 ホビットは酒となると、夜通し歌って踊り明かすのが普通なのだから、今の状況は退屈以外の何物でもない。

「――ねえねえ、ちょっと、レオン?アタイさぁ、ちょっと、抜けるから、後は宜しくねえ?」
 そして、このまま酔ったエルフの講釈なんて聞いてられないと言わんばかりに、レオンに耳打ちをして食事の場から抜け出してしまった。
 あっと言う間の出来事だ。
 その気になったホビットの逃げ足の早さは、他の種族の目で追えるものでは無い。
 レオン以外の者にしてみれば、気が付くといつの間にか消え去っていたと言う感覚だっただろう。
 フレイザーは毎度の事なので意に介す事も無い様子だった。
 そのまま、カルロやレオンからの一問一答を夜更けまで繰り広げた。
 ジゼルに対して下心はあったのだが、他人に己の知識を供与する事も至上の悦びとするフレイザーにとって、カルロとレオンは彼の心を満たすには十分の存在だったと言う事なのだろう。


「――さて、そろそろお開きと致しますか」
 夜更け。季節柄、秋虫の鳴き声がりんりんと響いていた。
 フレイザー以外の者たちは、眠気眼を擦り始めている。
「そうですね、いや、今晩はとても為になるお話を、ありがとうございました」
 バーナードはそう言って、頬を軽く叩き眠気を飛ばしていた。
 彼は彼なりにカルロとジゼルの護衛としての務めを全うしようと意識は高い。
「いやいや、こうしてこの子たちの知識欲を少しは満たす事が出来て、私も嬉しく思っております」
「あの!フ、フレイザー様、アンヌヴンの街に戻っても、魔導学や召喚術についてご教授願えますでしょうか?」
 カルロは、彼にしては珍しく積極的に乞うていた。
 フレイザーとの出逢いを、カルロは無駄にしたくは無かったし、今後も師として仰ぎたいという思いもあったのだ。
「勿論ですよ。私はまじない小路に店を出してますので、お時間があれば尋ねてください。ああ、でも最初は、そうですねジゼルと一緒にレオンに連れて来て貰うと良いでしょう。私の店は探し当てるのが少々面倒なのでね。さてと、では宿に向かいましょうか……」
 こうして、冒険の初日はしめやかに終わりを迎えた。
 今回の宿は森の村タルムで一番高級だった。
 簡素な木賃宿であれば、老若男女問わずに雑魚寝のところが多いのだが、辺境伯絡みの仕事で安い宿が用意される筈も無い。
 部屋は完全に冒険者側と辺境伯軍側で別れており、宿内は、魔封じの札がそこかしこに貼られてあったので、流石のフレイザーも大人しく眠りにつくしか無かった。
 レオンも、ベッドに潜り込むなり直ぐに深い眠りへと落ちてしまう。
 秋虫の鳴き声を聴きつつ、深い、深い、眠りへ……。

 
 少年レオンは、夜半にふと目を覚ました。
 部屋には月明りが射しこんでいて、仄かに明るい。
 喉に渇きを覚えて、起き上がりテーブルの水差しへと手を伸ばしコップへと水を注いだ。
 その時、キッカが音も無くまるで夜風の如く部屋へと入って来た。
 レオンは流石に驚き声を上げそうになってしまったが、フレイザーが気持ち良さそうに寝息を立てていたので、何とか声を飲み込んだ。
「ただいまー、レオン。どうしたの、こんな夜遅くに、寝れないのー?あ、折角だから、アタイにもお水頂戴?」
 キッカは、低い声でそう言った。
 レオンがコップに水を注ぐと、ごくりごくりと喉を鳴らして飲んでいた。
「おかえりなさい、キッカさん。今まで何処かでお酒飲んでたんですか?」
「あ、うん、安い場末の酒場みたいなところで、ホビットの旅人見つけて歌って踊ってた、あはははは。ああ言うね、フレイザーの知り合いの店みたいな所はさ、メシは美味いけど、美味しい酒は飲めないんだよねぇ」
「ああ、お酒は美味しく無かったんですか?蒸し鶏と鱒とキノコの煮込みは凄く美味しかったですけどねぇ」
 そう言って、レオンはキッカのコップにまた水を注いだ。
「あははは、えーっとね、気分的な美味さだからね?まぁ、レオンには、まだそーゆーのはちょっと早いかなぁ」と、少女の容姿をした大人のホビットは言う。
「ぼくが、大人になったら、キッカさんの言う美味しいお酒の飲み方教えて下さいね?」
「うんうん、教える教える!レオンはその内多分超有名人になっちゃうから、あんまり遊んでくれなくなるとは思うけどねえ」
「ぼくが、有名人に、ですか?」
「あははは、うん、多分、その内。ふわああああ。ああ、流石に眠くなっちゃったなぁ。レオン、そろそろ寝よう?」
「そうですね、寝ましょう。明日も早いことですし……」
 レオンがそう言うと、キッカは立ち上がり、その場でするすると服を脱ぎ出してしまった。
 少年は思わず、彼女に対して背を向けた。

「あ、ごめん、ついつい、いつもの癖で。アタイ、夏の間はさ、寝る時裸になっちゃうんだよねえ。で、レオンはどこで寝るのー?」
「ぼ、ぼくは、右側のベッドで寝てます」
「ふうん、そっかぁ、じゃぁ、アタイも右側で寝ようっと」
「え?じゃぁ、ぼくは左側で寝ますよ」
「そしたら、アタイも左側で寝るー」
「あ、あのう、もしかして、今晩、ぼくと一緒に寝るつもりですか?」
「うん、寝るつもりだよ?ホビットって一人で寝るの苦手なの知らなかった?子供のころからさ、家族でみんな寄り集まって寝るから、誰かにしがみついたり抱き合って無いと不安で寝れないワケ」
「ああ、うーん、そんなの初めて聞きましたけど……じゃぁ、せめて、何か服を着てくれませんか?」
「えーやだー。ってゆーか、裸で寝た方が気持ちいいから、むしろレオンも服脱いで欲しいくらいなのに」
 ローラといい、キッカといい女性として恥ずかしくないのだろうか?と田舎育ちのレオンは思いつつも、こんな夜更けにいつまでも押し問答を繰り広げても仕方ないと、諦め心地でベッドへと入った。
 流石に、服を脱いでしまう事は無かったけれど。
 その後に続いて、全裸のキッカがベッドへと飛び込み、少年の身体にぴたりと擦り寄ってくる。

「ねえねえ、レオン?ちょっとさぁ、寝るまで、抱き締めてて欲しいんだけどー」
「ええ?そんなの、裸の女の人を抱き締めるなんて、出来ませんよ……」
「アタイ、抱き締めてくんないと、寝れないの。だから、お願い……抱き締めて」
 明らかにキッカの様子が普段とは違う。
 レオンはフレイザーに助けを求めようとしたが、彼はとても穏やかで健やかな寝息を立てているので、こんな事で起こすのは可哀そうだと思った。
 それで、仕方なく、キッカの方へと寝返りを内、目をぎゅっと閉じたまま、小さなホビットの身体を抱き締めたのだ。
 温かく、そして肌触りが心地良かった。
 相手は三十五歳の女性だけれど、こうして目を閉じていると、小さな子供を抱き締めている様な気分になってしまう。
「ありがとう、レオン」
「いえ、べつに、これくらいなら……」
「今日は、もう、すごく眠いから寝ちゃうけど……今度、こう言う機会があったら、ちゃんと気持ちいい事、しようね?おやすみなさい、未来の英雄くん」
 そう言うと、キッカはもぞもぞと動き、レオンに軽く口付けをして、すぐにすうすうと寝息を立てだした。
 少年の眠気は微塵も残らず消し飛んでしまっていた。
 明日の為に寝なければならないのは分かっているのだが、少年の眠れぬ夜は、続く。

 

第6章
はじめての冒険。(レオン編)
END

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登場人物紹介

名前:レオン・トワイニング

種族:人間

性別:男

年齢:13歳

備考:山岳の村ドーンで生まれ育った銀髪の少年。

名前:チャック・ラムゼイ

種族:人間

性別:男

年齢:26歳

備考:辺境伯軍都市警備大隊に所属する熟女に弱い兵士。

名前:イライザ・シーモア(女)

種族:人間

性別:女

年齢:38歳

備考:レオンの母アンナの妹。酒房ルロイの女将。

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