第1話:銀髪の少年と黒髪の少女。
文字数 5,405文字
冒険四日目、リズーリアの日。
朝、集合場所の樫の巨木に一番早く到着したのは、神槍とレオンだった。
二人はフレイザーたちとは別の宿で寝泊まりしており、夜明け前には起きて身支度を整えていた。
「レオン?それくらいは怪我の内に入らないから、治癒系の魔法には頼るなよ?」
と、最強の叔母の方針の為、少年の顔や身体は痣だらけだったが、悲壮感は無くむしろ表情は明るく目も光り輝いて見えた。
「治癒魔法って、身体の怪我を直す魔法ですよね?どうして頼ってはダメなんですか?」
少年は樫の巨木の下で、身体をぐぐっと伸ばしつつそう尋ねていた。
気持ちは元気だが、身体のあちらこちらに痛みが走るので、時折顔を歪ませている。
「治癒魔法ってのはな、要するに、被術者の回復力を促進してるだけだから。神聖魔法だろうが精霊魔法だろうがそれは変わらない。個人の回復力とプラーナは有限だからね、回復する方もされる方も回数に制限があるって事なんだよ。今回みたいな、毎日宿屋でゆっくり寝れる冒険だとそこまで気にする必要も無いが、本来なら十日や二十日程度の遠征はざらだから……。回復力やプラーナってのは一度枯渇してしまうと、中々厄介なんだよ。まぁ、その辺の詳細はフレイザーから教えて貰いな」
そう言うと、神槍は木剣を手に取り肩慣らしに素振りを始めた。
ぶん、ぶんと空気を切り裂く音が響き渡る。
漆黒の槍ヴァジュランダは村の武器屋に預け、本日からの冒険はこの木剣一本で臨む事にしたのだ。
念の為、フレイザーから簡易的な対幻獣処理は施してもらおうと考えてはいたが、それでも流石にこれでは幻獣を一撃で仕留める事は出来ない。
「まぁ、でも当たり所が良ければ、木剣でも死んでしまうのかな……。手加減って、今まで殆どした事無いから、案外難しいものだな――」
それから暫くしてキッカがやって来た。
そして、眠そうな声で話し出す。
「ふぁあああ、ああ、ねむ。……あのね、昨日さ、カルロが幻獣と契約結んだんだけど、その直後にぶっ倒れちゃってさ、まだ目を覚まさないんだよね。でね、フレイザーとバーナードが付きっ切りで看病してっからさ、本日の冒険中止だってー」
お気楽極楽がモットーのキッカにしてみれば、冒険中止は喜ぶべきことなのだが、冒険馬鹿一代の神槍にしてみれば肩透かしもいいところだった。
「はあ?なんで幻獣と契約したくらいで意識不明になるんだ?そんな強力なのと契約したのか?」
神槍の声は、刺々しく響く。
「いやぁ、ウンディーネなんだけどさぁ、なんか、魔力がヘボいとプラーナの同化が上手くいかなくてね、同化が終わるまで倦怠感に襲われたり意識失ったりしちゃうこと、結構あるらしーよ?まぁ、完全にフレイザーの受け売りだけどさぁ」
「ったく、ウンディーネ如きでダラしの無いヤツだな。よし、じゃ、今日はこれから、オーク狩りにでも行くか。どのみち、途中でレオン連れて抜け出すつもりだったからね。ちょっと、武器屋に預けたヴァジュランダ取って来るから、キッカ、レオン、ここで待っててくれ」
そう言うと、神槍は木剣をレオンへと投げて、歩きだした。
「ええ!?ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、ちょっと、もしかして、そのオーク狩りに、アタイも参加なワケ?」
キッカは折角の休息日を台無しにする神槍の馬鹿げた提案に眠気を吹き飛ばし声を上げていた。
「そんなの当たり前だろう?よし、せっかくだから私とキッカで何体狩れるか競い合おう。何なら、金貨百枚賭けてもいいぞ?」
基本的にホビットは無駄な仕事はしない主義のため、休息日に大森林に入ってオークを狩ろうなんて事はあり得ないのだ。
キッカの本音は「オークなんてどーでもいいから、今から昼頃まで寝て、それからだらだら酒飲んで歌って踊ろー!」だったが、神槍の圧に気圧され反論は出来なかった。
「ううううう、じゃぁ、うーん、あの、どーせヤルんだったら、どっちが先にオーク百体狩れるか勝負にしよう?だってさ、持久力とか体力勝負になったら、アタイには絶対に勝ち目無いもーん」
「なるほど、分かった。その勝負受けよう。では、出来るだけ公正な勝負にする為に、探知屋も雇おうか。本当はフレイザーにやらせるのが一番正確なんだけどな。まぁこの村にもそれなりの探知屋はいるだろう」
「じゃぁ、探知屋の金も負けた方が払うって事、だよねー?」
「そうだな。金貨百枚と探知屋の代金と、今晩の飲み食い代も賭けるか。いや、今晩だけじゃ無くて、今回の冒険の残りの飲み代も賭けよう」
「いいね!それじゃ、オマケに冒険が終わってからルロイで打ち上げするから、ルロイの貸し切り代も賭けよーよ?」
金貨百枚とオマケの数々。少なく見積もっても総計金貨二百枚は下らないだろう。
酒房ルロイの一日の粗利が金貨二十枚程度だとすれば、遊びで思いついた賭け事にしては金額が大きすぎる……とレオンは苦笑いを浮かべていた。
「――いいだろう。そこまで吹っ掛けてくると言う事は、キッカ?お前、私に勝つ自信があると言う事だな?」
「いひひひ、そだね、アタイは負ける賭けはしないタチだからねえ!」
「ふふふ、上等だよ。じゃぁ、私も本気出すから。負けて吠え面かくなよ?」
「アタイ勝ったら、神槍に賭けで勝ったって言いふらすからね?」
普段、神槍に対しては及び腰なキッカだったが、賭けとなると強気な発言が目立つ様になっていた。
「あの、盛り上がっているところゴメンなさい。お二人がオーク狩りに出てしまうのなら、ぼくは、カルロのお見舞いに行って来ても良いですか?」
レオンは、完全に二人の視界から外れてしまっている事に気が付きそう切り出した。
色々と何か教えてくれそうだったのになあ、と残念な表情を浮かべつつ。
「ああ、レオン、悪いな。今日はちょっとお前の相手してやれなそうだから、フレイザーたちと一緒にいてくれ。おい、キッカ?このまま武器屋にヴァジュランダ取りに行くから着いて来い」
そう言うと神槍は武器屋へと向けて颯爽と歩きだした。
「ねえねえ、レオン?あのね、どっちが勝っても今晩は宴を開くからさ、宿屋の人に言って、食べ物とか酒とか用意させといてくれるかなぁ?んじゃね、またあとで……」
そしてキッカも、レオンにそう告げると、軽快な歩調で神槍の後を追い掛ける。
二人とも、何処かに酒を飲みに行く様な雰囲気すらあった。
レオンは、二人がこの場でお互いに斬り合う様な喧嘩になるより、オーク狩りの方が、まだ健全なのかな?と思いつつ、フレイザーたちの宿へと足を向けた。
一方その頃。
「――幻獣と契約して、これ程長い間意識を失う事って、珍しい事では無いのですか?」
バーナードは今朝から数えて三度目となる、その質問をフレイザーに言っていた。
フレイザーは、未だ意識の戻らないカルロの様子を見詰めつつ、熟考する。
しかし、色々と本を読み学んだとはいえ、彼は幻獣召喚の専門家では無いため、バーナードを安心させる様な気の利いた返答は出来ないでいた。
このエルフの魔導師は、魔法や自分が学んだことに対して適当な発言をすることを極端に嫌っているのだ。
恐らくは、カルロと契約し取り込んだウンディーネのプラーナの同化が完了し、カルロ自身のプラーナが安定しなければ目を覚ます事は無いのだろう……とある程度の憶測は立てていたが、確証は出来ずにいた。
アンヌヴンへと早馬を出して、知り合いのゴエティアを呼び寄せようか?とも考えたが、先方の予定を掴んで無い以上、余り無様な行動をとるべきでもないか……と頭を悩ませていた。
実に重々しい雰囲気のまま刻々と時は流れてゆく。
フレイザーとバーナードが宿の部屋で頭を抱えてる間に、ジゼルは宿を抜け出し、村を一人で散策していた。
久しぶりに、誰からの監視も受けない自由を得て、彼女は表情こそ乏しいがかなりの上機嫌だった。
何処か広々としたところで、体内に宿す二十体もの幻獣を召喚して一緒に遊んであげたいと思っていたのだが、中々都合の良い場所は見付けれずにいた。
その中、前方から銀髪の可愛らしい少年が歩いて来る。
レオンの方もジゼルの存在に気が付いた様で、彼は小走りでやって来た。
「ジゼル、おはよう。一人で何処か行くの?」
「うん、散歩してるの。カルロが、意識不明で、今日の冒険が、中止になってしまったから」
「ああ、やっぱり、まだ目覚めて無いんだね。ぼく、今からカルロのお見舞いに行こうと思ってるんだけど……」
レオンがそう言うと、ジゼルは首を何度か横に振った。
「今行っても、駄目だよ。カルロが起きるのは、多分夕方くらい、だから。あの子、優しいから、幻獣との、プラーナの同化に、時間が掛かってるの。相性はいいみたいだし、魔力が低すぎるって、ワケでもないの。優しいから、遠慮して、ウンディーネに優しくしてあげたい、って思ってるから、中々同化が進まないだけ。美味しい大好きなお菓子をぺろりと食べちゃう、みたいに同化すれば、上手くいくのに、ね」
ジゼルがこんなに話てくれるのは初めてだと、その内容に関係無くレオンは嬉しいと感じていた。
「ねえ、ジゼル?」
「うん、どうしたの、レオン?」
「キミはぼくの事をゴエティアかもしれないって、言ってくれたでしょう?」
レオンは初日の夜の会話を思い出しつつそう言った。
「うん、言った。でも、正確には、私の中の、一番強い子が、レオンの事を、ゴエティアかもって、教えてくれたの」
「ジゼルの中の一番強い子って?幻獣?ジゼルは幻獣と喋れるの?」
レオンの問いにジゼルは首を縦に振った。
「喋れるよ。私の中の一番強い子は、闇の狼フェンリル。真っ黒で大きくて、すごく強い子だよ」
「凄い!闇の狼とか、ドコで捕まえたの?」
「捕まえたんじゃないよ。フェンリルから、私のところに、やって来たの。フェンリルは、強い敵とずっと喧嘩してて、疲れたから、私の身体の中で少し休ませてくれ、って」
彼女の言葉の意味を、レオンは余り理解出来ないでいた。
幻獣と話せるとか、幻獣の方からやって来るとか、全く理解が及ばない。
そしてまた、自分もそう言う存在なのかも知れない事が何よりも不思議だと思った。
「フェンリルの他にはどんな幻獣がいるの?」
「昨日契約した水の幻獣ウンディーネと、闇属性ならシェイドとカトブレパスとか。可愛い子だとカーバンクルとケットシー。みんな自分たちから私の中に入って来たの。だから、私は、魔法陣とか召喚術の勉強はした事無い」
「なんだかよく分からないけど、多分、凄い事なんだろうね。ぼくも、幻獣と契約してみたいけど……幻獣から会いに来てくれたことなんて一度も無いからなぁ」
レオンは、やはり自分がゴエティアだと言うのは間違いなのだろうと思っていた。
同い年くらいのジゼルと比べたら、幻獣召喚に関しては余りにも差が開き過ぎているから。
「じゃ、今から、森に入って、レオンの事を、好きになってくれる子、探しに行く?」
「今から?ぼくとジゼルだけで?」
レオンの問いかけに対して、ジゼルは首を横に振った。
「私とレオンと、幻獣二十体だよ。みんなで行けば怖くないから。ここの森で育ったウンディーネに案内して貰えば、迷子にもならないと思う」
ジゼルは黒髪を指先で弄りつつ、淡々と語っている。
昨日、キッカとフレイザーらと共に森を探索して漸く発見出来た幻獣だったが、彼女の言葉を聞いていると、何だかとても簡単な事みたいだ、とレオンは思う様になっていた。
「じゃぁ、ちょっと、森の中に入ってみる?」とレオン。
「うん、入る。昨日行った西側の方がいい。北側より西側の方が沢山いるから」
「沢山いるんだ?でも、昨日は結局、ウンディーネとしか会わなかったよね?」
「あの辺りより、もう少し奥の方に行けば沢山いる。でも、普通の人はそこまで入り込む事が出来ないの。強い幻獣の魔法が掛けられているから。フレイザーは気が付いてたみたいだけど。私は、魔法とかよく分からないけど、そう言う事は幻獣たちが教えてくれるから、分かるの」
二人は会話をしつつ、昨日探索した森の方へと足を向けた。
何処からどう見ても、仲良しの友達同士で散歩を楽しんでいる様にしか見えない。
この子供たちが二人でタルム村の西側へと幻獣狩りに向かうだなんて、誰も思いもしなかった。
レオンは、冒険用の服装に神槍から預かった木剣を持っているが、ジゼルに至っては全くの平服だった。黒無地のワンピースに鍔の広い黒い帽子に、サンダル。
今から広場で勇者と魔女ごっこをして遊びだしてしまいそうな雰囲気すらある。
「――ねえ、ジゼル?今更だけど、キミ、そんな軽装で大丈夫なの?軍の倉庫に行って軍装借りてきた方がいいんじゃないかな?」
レオンの提案にジゼルは首を横に振り「大丈夫、森に入ったら、フェンリル召喚して、背中に乗せてもらうから。レオンも一緒に乗って、一気に森の奥まで連れて行ってもらう」と、平然と淡々と言う。
それから、二人は誰の目に止まること無く、西側の森の中へと入って行った。
朝、集合場所の樫の巨木に一番早く到着したのは、神槍とレオンだった。
二人はフレイザーたちとは別の宿で寝泊まりしており、夜明け前には起きて身支度を整えていた。
「レオン?それくらいは怪我の内に入らないから、治癒系の魔法には頼るなよ?」
と、最強の叔母の方針の為、少年の顔や身体は痣だらけだったが、悲壮感は無くむしろ表情は明るく目も光り輝いて見えた。
「治癒魔法って、身体の怪我を直す魔法ですよね?どうして頼ってはダメなんですか?」
少年は樫の巨木の下で、身体をぐぐっと伸ばしつつそう尋ねていた。
気持ちは元気だが、身体のあちらこちらに痛みが走るので、時折顔を歪ませている。
「治癒魔法ってのはな、要するに、被術者の回復力を促進してるだけだから。神聖魔法だろうが精霊魔法だろうがそれは変わらない。個人の回復力とプラーナは有限だからね、回復する方もされる方も回数に制限があるって事なんだよ。今回みたいな、毎日宿屋でゆっくり寝れる冒険だとそこまで気にする必要も無いが、本来なら十日や二十日程度の遠征はざらだから……。回復力やプラーナってのは一度枯渇してしまうと、中々厄介なんだよ。まぁ、その辺の詳細はフレイザーから教えて貰いな」
そう言うと、神槍は木剣を手に取り肩慣らしに素振りを始めた。
ぶん、ぶんと空気を切り裂く音が響き渡る。
漆黒の槍ヴァジュランダは村の武器屋に預け、本日からの冒険はこの木剣一本で臨む事にしたのだ。
念の為、フレイザーから簡易的な対幻獣処理は施してもらおうと考えてはいたが、それでも流石にこれでは幻獣を一撃で仕留める事は出来ない。
「まぁ、でも当たり所が良ければ、木剣でも死んでしまうのかな……。手加減って、今まで殆どした事無いから、案外難しいものだな――」
それから暫くしてキッカがやって来た。
そして、眠そうな声で話し出す。
「ふぁあああ、ああ、ねむ。……あのね、昨日さ、カルロが幻獣と契約結んだんだけど、その直後にぶっ倒れちゃってさ、まだ目を覚まさないんだよね。でね、フレイザーとバーナードが付きっ切りで看病してっからさ、本日の冒険中止だってー」
お気楽極楽がモットーのキッカにしてみれば、冒険中止は喜ぶべきことなのだが、冒険馬鹿一代の神槍にしてみれば肩透かしもいいところだった。
「はあ?なんで幻獣と契約したくらいで意識不明になるんだ?そんな強力なのと契約したのか?」
神槍の声は、刺々しく響く。
「いやぁ、ウンディーネなんだけどさぁ、なんか、魔力がヘボいとプラーナの同化が上手くいかなくてね、同化が終わるまで倦怠感に襲われたり意識失ったりしちゃうこと、結構あるらしーよ?まぁ、完全にフレイザーの受け売りだけどさぁ」
「ったく、ウンディーネ如きでダラしの無いヤツだな。よし、じゃ、今日はこれから、オーク狩りにでも行くか。どのみち、途中でレオン連れて抜け出すつもりだったからね。ちょっと、武器屋に預けたヴァジュランダ取って来るから、キッカ、レオン、ここで待っててくれ」
そう言うと、神槍は木剣をレオンへと投げて、歩きだした。
「ええ!?ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、ちょっと、もしかして、そのオーク狩りに、アタイも参加なワケ?」
キッカは折角の休息日を台無しにする神槍の馬鹿げた提案に眠気を吹き飛ばし声を上げていた。
「そんなの当たり前だろう?よし、せっかくだから私とキッカで何体狩れるか競い合おう。何なら、金貨百枚賭けてもいいぞ?」
基本的にホビットは無駄な仕事はしない主義のため、休息日に大森林に入ってオークを狩ろうなんて事はあり得ないのだ。
キッカの本音は「オークなんてどーでもいいから、今から昼頃まで寝て、それからだらだら酒飲んで歌って踊ろー!」だったが、神槍の圧に気圧され反論は出来なかった。
「ううううう、じゃぁ、うーん、あの、どーせヤルんだったら、どっちが先にオーク百体狩れるか勝負にしよう?だってさ、持久力とか体力勝負になったら、アタイには絶対に勝ち目無いもーん」
「なるほど、分かった。その勝負受けよう。では、出来るだけ公正な勝負にする為に、探知屋も雇おうか。本当はフレイザーにやらせるのが一番正確なんだけどな。まぁこの村にもそれなりの探知屋はいるだろう」
「じゃぁ、探知屋の金も負けた方が払うって事、だよねー?」
「そうだな。金貨百枚と探知屋の代金と、今晩の飲み食い代も賭けるか。いや、今晩だけじゃ無くて、今回の冒険の残りの飲み代も賭けよう」
「いいね!それじゃ、オマケに冒険が終わってからルロイで打ち上げするから、ルロイの貸し切り代も賭けよーよ?」
金貨百枚とオマケの数々。少なく見積もっても総計金貨二百枚は下らないだろう。
酒房ルロイの一日の粗利が金貨二十枚程度だとすれば、遊びで思いついた賭け事にしては金額が大きすぎる……とレオンは苦笑いを浮かべていた。
「――いいだろう。そこまで吹っ掛けてくると言う事は、キッカ?お前、私に勝つ自信があると言う事だな?」
「いひひひ、そだね、アタイは負ける賭けはしないタチだからねえ!」
「ふふふ、上等だよ。じゃぁ、私も本気出すから。負けて吠え面かくなよ?」
「アタイ勝ったら、神槍に賭けで勝ったって言いふらすからね?」
普段、神槍に対しては及び腰なキッカだったが、賭けとなると強気な発言が目立つ様になっていた。
「あの、盛り上がっているところゴメンなさい。お二人がオーク狩りに出てしまうのなら、ぼくは、カルロのお見舞いに行って来ても良いですか?」
レオンは、完全に二人の視界から外れてしまっている事に気が付きそう切り出した。
色々と何か教えてくれそうだったのになあ、と残念な表情を浮かべつつ。
「ああ、レオン、悪いな。今日はちょっとお前の相手してやれなそうだから、フレイザーたちと一緒にいてくれ。おい、キッカ?このまま武器屋にヴァジュランダ取りに行くから着いて来い」
そう言うと神槍は武器屋へと向けて颯爽と歩きだした。
「ねえねえ、レオン?あのね、どっちが勝っても今晩は宴を開くからさ、宿屋の人に言って、食べ物とか酒とか用意させといてくれるかなぁ?んじゃね、またあとで……」
そしてキッカも、レオンにそう告げると、軽快な歩調で神槍の後を追い掛ける。
二人とも、何処かに酒を飲みに行く様な雰囲気すらあった。
レオンは、二人がこの場でお互いに斬り合う様な喧嘩になるより、オーク狩りの方が、まだ健全なのかな?と思いつつ、フレイザーたちの宿へと足を向けた。
一方その頃。
「――幻獣と契約して、これ程長い間意識を失う事って、珍しい事では無いのですか?」
バーナードは今朝から数えて三度目となる、その質問をフレイザーに言っていた。
フレイザーは、未だ意識の戻らないカルロの様子を見詰めつつ、熟考する。
しかし、色々と本を読み学んだとはいえ、彼は幻獣召喚の専門家では無いため、バーナードを安心させる様な気の利いた返答は出来ないでいた。
このエルフの魔導師は、魔法や自分が学んだことに対して適当な発言をすることを極端に嫌っているのだ。
恐らくは、カルロと契約し取り込んだウンディーネのプラーナの同化が完了し、カルロ自身のプラーナが安定しなければ目を覚ます事は無いのだろう……とある程度の憶測は立てていたが、確証は出来ずにいた。
アンヌヴンへと早馬を出して、知り合いのゴエティアを呼び寄せようか?とも考えたが、先方の予定を掴んで無い以上、余り無様な行動をとるべきでもないか……と頭を悩ませていた。
実に重々しい雰囲気のまま刻々と時は流れてゆく。
フレイザーとバーナードが宿の部屋で頭を抱えてる間に、ジゼルは宿を抜け出し、村を一人で散策していた。
久しぶりに、誰からの監視も受けない自由を得て、彼女は表情こそ乏しいがかなりの上機嫌だった。
何処か広々としたところで、体内に宿す二十体もの幻獣を召喚して一緒に遊んであげたいと思っていたのだが、中々都合の良い場所は見付けれずにいた。
その中、前方から銀髪の可愛らしい少年が歩いて来る。
レオンの方もジゼルの存在に気が付いた様で、彼は小走りでやって来た。
「ジゼル、おはよう。一人で何処か行くの?」
「うん、散歩してるの。カルロが、意識不明で、今日の冒険が、中止になってしまったから」
「ああ、やっぱり、まだ目覚めて無いんだね。ぼく、今からカルロのお見舞いに行こうと思ってるんだけど……」
レオンがそう言うと、ジゼルは首を何度か横に振った。
「今行っても、駄目だよ。カルロが起きるのは、多分夕方くらい、だから。あの子、優しいから、幻獣との、プラーナの同化に、時間が掛かってるの。相性はいいみたいだし、魔力が低すぎるって、ワケでもないの。優しいから、遠慮して、ウンディーネに優しくしてあげたい、って思ってるから、中々同化が進まないだけ。美味しい大好きなお菓子をぺろりと食べちゃう、みたいに同化すれば、上手くいくのに、ね」
ジゼルがこんなに話てくれるのは初めてだと、その内容に関係無くレオンは嬉しいと感じていた。
「ねえ、ジゼル?」
「うん、どうしたの、レオン?」
「キミはぼくの事をゴエティアかもしれないって、言ってくれたでしょう?」
レオンは初日の夜の会話を思い出しつつそう言った。
「うん、言った。でも、正確には、私の中の、一番強い子が、レオンの事を、ゴエティアかもって、教えてくれたの」
「ジゼルの中の一番強い子って?幻獣?ジゼルは幻獣と喋れるの?」
レオンの問いにジゼルは首を縦に振った。
「喋れるよ。私の中の一番強い子は、闇の狼フェンリル。真っ黒で大きくて、すごく強い子だよ」
「凄い!闇の狼とか、ドコで捕まえたの?」
「捕まえたんじゃないよ。フェンリルから、私のところに、やって来たの。フェンリルは、強い敵とずっと喧嘩してて、疲れたから、私の身体の中で少し休ませてくれ、って」
彼女の言葉の意味を、レオンは余り理解出来ないでいた。
幻獣と話せるとか、幻獣の方からやって来るとか、全く理解が及ばない。
そしてまた、自分もそう言う存在なのかも知れない事が何よりも不思議だと思った。
「フェンリルの他にはどんな幻獣がいるの?」
「昨日契約した水の幻獣ウンディーネと、闇属性ならシェイドとカトブレパスとか。可愛い子だとカーバンクルとケットシー。みんな自分たちから私の中に入って来たの。だから、私は、魔法陣とか召喚術の勉強はした事無い」
「なんだかよく分からないけど、多分、凄い事なんだろうね。ぼくも、幻獣と契約してみたいけど……幻獣から会いに来てくれたことなんて一度も無いからなぁ」
レオンは、やはり自分がゴエティアだと言うのは間違いなのだろうと思っていた。
同い年くらいのジゼルと比べたら、幻獣召喚に関しては余りにも差が開き過ぎているから。
「じゃ、今から、森に入って、レオンの事を、好きになってくれる子、探しに行く?」
「今から?ぼくとジゼルだけで?」
レオンの問いかけに対して、ジゼルは首を横に振った。
「私とレオンと、幻獣二十体だよ。みんなで行けば怖くないから。ここの森で育ったウンディーネに案内して貰えば、迷子にもならないと思う」
ジゼルは黒髪を指先で弄りつつ、淡々と語っている。
昨日、キッカとフレイザーらと共に森を探索して漸く発見出来た幻獣だったが、彼女の言葉を聞いていると、何だかとても簡単な事みたいだ、とレオンは思う様になっていた。
「じゃぁ、ちょっと、森の中に入ってみる?」とレオン。
「うん、入る。昨日行った西側の方がいい。北側より西側の方が沢山いるから」
「沢山いるんだ?でも、昨日は結局、ウンディーネとしか会わなかったよね?」
「あの辺りより、もう少し奥の方に行けば沢山いる。でも、普通の人はそこまで入り込む事が出来ないの。強い幻獣の魔法が掛けられているから。フレイザーは気が付いてたみたいだけど。私は、魔法とかよく分からないけど、そう言う事は幻獣たちが教えてくれるから、分かるの」
二人は会話をしつつ、昨日探索した森の方へと足を向けた。
何処からどう見ても、仲良しの友達同士で散歩を楽しんでいる様にしか見えない。
この子供たちが二人でタルム村の西側へと幻獣狩りに向かうだなんて、誰も思いもしなかった。
レオンは、冒険用の服装に神槍から預かった木剣を持っているが、ジゼルに至っては全くの平服だった。黒無地のワンピースに鍔の広い黒い帽子に、サンダル。
今から広場で勇者と魔女ごっこをして遊びだしてしまいそうな雰囲気すらある。
「――ねえ、ジゼル?今更だけど、キミ、そんな軽装で大丈夫なの?軍の倉庫に行って軍装借りてきた方がいいんじゃないかな?」
レオンの提案にジゼルは首を横に振り「大丈夫、森に入ったら、フェンリル召喚して、背中に乗せてもらうから。レオンも一緒に乗って、一気に森の奥まで連れて行ってもらう」と、平然と淡々と言う。
それから、二人は誰の目に止まること無く、西側の森の中へと入って行った。