第3話:虐殺と歓談。

文字数 5,940文字

 ドールズ大森林は大きく二つの地域に分れている。
 エルフと様々な幻獣が共存している西部と、狂暴なオーク族が多く生息している東部。
 西部と東部は草笛街道で区切られており、森の村タルムは西部側に沿って形成していた。
 いま、神槍カレン・トワイニングは、馬車を降りて一路大森林東部を目指している。
 戦闘職スキル【瞬歩】の連続使用により、彼女は疾風の如き速度で移動していた。
 これは大草原で生活をしているホビットが良く使う方法で、普通の人間がするには身体に負担が掛かり過ぎるのだが、神槍は意図も容易く熟してしまう。

 彼女は夕暮れ前に、大森林東部へと足を踏み入れていた。
 辺りは密生した樹木で囲まれていて、薄暗く見通しが立たない状況だった。
 漆黒の槍ヴァジュランダは、既に微弱の放電を放っている。
「確か、オークは人間の女の匂いに惹き寄せられるんだったかな?くくく、街では女扱いを受けないのに、大森林の豚どもからは女として見られてるなんて、笑えないねっ!」
 そう言葉を切った刹那、神槍は左足を踏み込み、枝葉の間に鋭い突きを放った。
 丸まると肥えた豚頭の心臓を一突き。
 雷槍とも呼ばれるヴァジュランダの特性上、攻撃を直接受けた者は落雷と同等の威力の雷撃を受ける事になる。
 その為、神槍の攻撃は一撃必殺で、刺された相手は断末魔の叫びをあげる事無く絶命を強いられるのだ。
 どさりと、骸となったオークが地面へと崩れ落ちた。

 樹木の生い茂る森林戦闘で長物を手にするのは余りにも無謀な行為だが、神槍はその苦を楽しむかの様に、槍の直突きのみで次々とオークを撃破してゆく。
 最初は人間の女が森に迷い込んだと思い、数頭のオークが集まって来ただけであったが、その対象が尋常では無い脅威だと察し、いつしかオークの一部族対神槍と言う大規模戦闘へと発展していった。
 陽は落ち、森の中は完全に闇に支配されている。
 視力の弱いオークは匂いで獲物の位置を特定しているため、闇夜でも昼間と変わらず行動できるのだが、人間はそうはいかない。
 が、神槍はスキル【夜眼】を使用し闇夜に関わらず全てを見通していた。
 彼女は戦闘に必要とされるスキルのほぼ全てを体得しているのだ。しかもその全てにおいて達人と称えられる程に極めてしまっている。
 精霊魔法も神聖魔法も一切使え無い(素養はあるが覚える気が無い)が、彼女が現在に至るまで殆どの冒険を単独で乗り越えて来れたのは、戦闘職スキルを徹底して鍛え上げたから、と言っても過言は無い。

 数多あるスキルの中でも特に【瞬歩】に関しては、本家のホビットよりも秀でており、彼女は戦闘時全ての行動に際して【瞬歩】を発動させることが出来るのだ。
「まるで、稲妻の様だ……」と、これは偶然神槍の戦闘に出くわしたとある冒険者の言葉。
 雷槍ヴァジュランダを手に、目にも止まらぬ速度で敵を一撃で仕留めるのだから、強ち大袈裟な表現では無いと言う事になる。
 【瞬歩】【夜眼】【洞察】【戦慄】【強靭】【剛力】……フレイザーとの旅で募った苛々を鎮めるべく、戦闘職スキルを連続発動させてゆく。

 仲間を三十体程殺されて、オークたちは漸く自分たちの敵が恐ろしい存在なのだと言う事に気が付き出した。
「くくく、まだまだ逃げ腰になるのは早い。私はこれでもお前ら大好物だぞ?人間の女を犯しながら殺して喰うのが好きなんだろう?」
 神槍はどろりとした返り血を顔に垂らし、笑みを浮かべる。
 単なる戦闘狂なのだ。彼女は、敵対者の命を絶つ瞬間瞬間に、至上の悦びを噛みしめ味わう。
 それが人間であれ他種族であれ亜人であれ、アンヌヴンの塔に巣食う魔物であれ関係無く。
 すでにオークたちの戦意は既に完全に折れてしまっていた。
 中には勇猛果敢で命知らずな部族もあると言うが、この時神槍と交戦した部族は好戦的では無かったと言う事だろう。

 最早虐殺と言っても過言ではない。
 武器を捨て背を向け逃げ惑うオークたちを、【瞬歩】で間合いを詰めて一刺しで殺してゆく。
 そして【夜眼】にて、森の中の拓けた場所へとオークを追い込み、思う存分に槍を振り回して豚頭を撥ねてていった。
 中には戦うことも逃げることも諦め豚語で命乞いをするオークまで現れたが「ああん?豚のくせに命乞いなんてしてんじゃねえ!」と、心臓を突かれた後に首まで撥ね飛ばされてしまう始末。
 そして、夜が更ける前にはオークの一部族をほぼほぼ全滅にまで追い込んでしまっていた。
 逃げ惑うオークを追跡して棲み処まで辿り着いたのだが、泣き喚く子供と雌は生かしてやる事にした。
 これは単なる哀れみや慈悲の心からの行為では無く、彼女にとって戦闘力を有さない亜人は殺す価値も無いと言うだけの事だった。

 オークの住処の近くに流れていた小川で喉を潤し一息つく。
「ああ、少し身体が温まってきたな。夜明けまではまだ随分と時間があるから、もう一部族くらい狩ってみるか……」神槍はそう言うと、立ち上がり颯爽と森の奥へと歩き出した。
 漆黒の槍ヴァジュランダの導くままに――。


 ドールズ大森林東部で神槍がオーク狩りに精を出している頃、フレイザーたち一行は細やかな夕食会を開いていた。
 宿は取っていたが、フレイザーの知り合いが営むハーブ茶屋で食事もとる事になったのだ。
 長方形のテーブルの片側にフレイザー、レオン、キッカの順に座りその対面にジゼル、バーナード、カルロの順で座っていた。
 テーブルの上には、森で採取されたキノコ類とドールズ大森林を流れるカリン川で獲れたカリン鱒の煮物と鶏の腹に数種類のハーブを詰め込んで蒸した料理が並べられている。
 フレイザーは「では、いただきましょうか」と声を掛け、店の主人お手製のリキュールを口にしていた。
 この茶屋はフレイザーのお気に入りのひとつで、いつ来ても問題無い様に常日頃から浄化石で空気を清めてもらっているため、彼は来店と同時に濃紫のローブを脱ぎ去っていた。
「バーナード殿も、折角なのでこのリキュールを味わいましょう。少し癖はありますが、慣れれば病みつきになりますよ」そして、人間には強いと言われる酒を平然と勧めていた。
 勿論、この若いお目付け役を酔わせて潰してしまえば、ジゼルとの仲を深めれるかもしれないと言う下心はあった。
 カレンが戻って来ないであろう、今晩はこの旅で最初で最後の機会となるかもしれないしな、とも思いつつ。
「おお、そうですね、では、折角ですので、いただきます」
 それを合図に、それぞれが料理へと手を伸ばし始める。

 レオンは同じ年の頃であるカルロとジゼルの事を交互に見詰めて様子を見ていた。
 ジゼルは全くの無表情で他人には余り興味を抱いて無い様な感じだった。
 一方、カルロの方は、こちらの様子や話す内容を伺っている様な感じだった。貴族特有の高圧的な雰囲気は無い。むしろ少し人見知り気味と言った感じさえある。
 もう少し食事が進んだら声を掛けてみようと思いつつ、レオンも蒸し鶏へと手を伸ばした。
 フレイザーとバーナードがリキュールをまったりと嗜む傍ら、キッカはエールをガバガバと飲んでいた。
 その立ち振る舞いこそ大人っぽさを醸し出してはいるが、見た目は完全に人間の幼女の様なので、エールを大量に摂取する光景は聊か異様に見えてしまう。
「――あの、キッカさんて、幾つなんですか?まだ二十代ですよね?」と少年は、人間で言うと十歳くらいしか見えないホビットに対して言う。
「え?アタイ、今年で三十五だよん。こう見えてもう結構オバちゃんなんだよねぇ」
 その呆気らかんとした返答に、少年は思わず口にしていた水を吹き出してしまった。
「げほ、ごほ。え?三十五歳!?ぼくより二十以上も上だったなんて、信じられないです。ホビットって死ぬまで子供の様な姿をしているって、本当なんですか?」
「あ、うん、そだねぇ。顔だけなら、アタイの家族って孫からおばあちゃんまで見分け付かないから。でもホビットはね、年齢に合わせて髪色が変わってくの。それで大体の歳は見当が付いちゃうんだよ。生れてから二十歳くらいまでは黒毛で、それから今のアタイみたいに派手な色に変色してさ、四十過ぎた頃から真っ白になっちゃうの。後はね、年齢を重ねるごとに、こうして左腕にさ、タトゥーを彫るんだよねぇ」
 そう言うと、キッカは左腕の袖を捲り上げ、黒と橙色で彫られた文様をその場にいる面々に見せた。
 刀と鳥をモチーフにした様な実に細かい図柄のタトゥーが所狭しと彫られている。

「わぁ、凄い、格好いいですね。でも、どうして左腕だけなんですか?」
「ああ、んーとね、大昔のホビットの英雄がね、大きな戦争があってずーっと勝ち続けてたんだけど、最期の最期はさ、超凄い魔法の一撃喰らって周りの兵隊諸共バラバラに拭き取んじゃったの、ドッカーーンって。でもね、その英雄さ、身体中にタトゥーを入れててね、左腕だけ見つける事が出来たんだって。んでんで、いつの頃からか、ホビットはさぁあ、髪の毛が黒から変色し始めたら左腕にその英雄をあやかってタトゥーを入れるようになったらしーよ。アタイのこの図柄はね、一応ウチの家紋みたいな感じー。色は自分の好きなのにしていいんだけど、大体が自分の髪の色を入れるんだよねぇ」
 キッカは独特な言い回しでそう言うと、するすると袖を直しタトゥーを隠してしまった。
 ひとつの芸術として見応えがあるのだが、常に見せびらかすと言った代物では無いと言う事なのだろう。
 それを見て、レオンはこれ以上タトゥーの話はしない方がいいのかもしれないと思った。
 橙毛のホビットが、そう言う雰囲気をあからさまに醸し出した訳では無かったが、この少年は時折こうして、他人の小さな表情の変化に気が付いてしまうのだ。

 レオンはその時ふと、後でフレイザーに尋ねようとしていた言葉を思い出した。
「あの、フレイザーさん?」
「なんだい、レオン?キミもリキュールを飲む?」
「あ、いや、そうじゃ無くて、さっき、ジゼルの事をたしか、ゴエティア?って言ってたじゃ無いですか?それってどう言う意味なのかなぁって」
 それを聞いてフレイザーはくすりと笑みを浮かべた。そう言えば説明して無かったっけと思い、この少年の興味心に好感も抱きつつ。
 そして、少年の問い掛けにエルフの魔導師が答えようとした時、カルロが口を開いた。

「ゴエティアは……簡単に言ってしまうと、召喚術の天才、ということ。天から授かりし特別な才能だよ。普通の召喚師はね、生け捕った幻獣を魔法陣の中でエーテル化して、それを少しずつプラーナへと変換しつつ体内へと取り込むと言う過程を経なければならないのだけれど、ジゼルの様にゴエティアと呼ばれる人は、魔法陣もエーテル化も必要無くて、生け捕った幻獣に触れるだけで体内に取り込めることが出来るんだよ。冒険者が多く集まるアンヌヴンでもゴエティアは十年に一人現れるかどうかと言われているんだよ。現役の冒険者でも一人しかいないから、辺境伯様がジゼルの事を大切に扱われるお気持ちは、分かるでしょう?」
 カルロは少し早口だったが聞き取りやすい声でそう言って水を飲んだ。
 フレイザーはその様子を薄く笑みを浮かべて見ていた。
 このエルフに少年を愛する趣味は無いが、勤勉な人間は嫌いでは無いのだ。

「そう、確かに冒険者には一人ゴエティアがいるが、辺境伯軍にはいなかった。だからこそジゼルの存在は、辺境伯様にとっては重要だと言えるだろうね。では、カルロ殿?貴方はどうして幻獣召喚師の道を選ばれたのだろうか?現在、士官学校に在学中だと伺いましたが?」とフレイザー。
「私は……、私の様な気性では将官は務まりません。兵隊になるにしても剣の腕に自信がある訳ではありませんし。かと言って、魔導学校へ入学できる程の魔力も無かった。けれど、幻獣召喚師は、高度の魔法陣さえ描く事ができれば高位の幻獣と契約を結ぶ事が出来ます。勿論、最終的には個人の魔力の高さがモノを言う世界だとは理解してますが、それでも、他の何かになるよりかは幻獣召喚師として生きた方が、私は誰かの役に立てると、そう思ったから、召喚師を志しました」
 カルロは顔を紅潮させつつ、秘めたる思いの丈を語った。
 その様子をバーナードは目を見開き見詰めていた。出会って以来、物静かで自己主張の少ない少年だと半ば決めつけていてしまっていたので。
「なるほど」フレイザーは言う。「私は、カルロ殿の選択は極めて正しいと思います。貴方は実に己の能力と価値を理解していらっしゃる。では、ご自分の得意属性は把握されているかな?」
「は、はい、一応。私は、水属性に秀でており、その反属性である土属性には極めて弱い。風と火属性に関しては人並みですが、唯一の救いは……光と闇属性を共に有している事だと思います」
 少年カルロの事を、フレイザーは慈しみの目で見ていた。
 そもそも人間の男子になど微塵も興味を抱いて無いのだが、能力の無さを勤勉と研究心で補おうとする存在を彼は放って置けない性質なのだ。

「そうです、ご名答。正直な話、召喚師の格や能力としては、ゴエティアであるジゼルには遠く及びません。しかし、貴方は貴方で魔力は人並みでも、光と闇属性を共有すると言う極めて稀な存在なのです。ちなみに、かつて大召喚師が使役した幻獣王の属性はご存じかな?」
「光と……闇属性と、伝承にはあります」
「はい、そうですね。要するに、貴方にも、大召喚師になる資格はあると言う事です。むしろ、ゴエティアであっても光属性を有して無いジゼルよりも、貴方の方が大召喚たる資格を有してるのかもしれない。と、まぁ、そうなるには、想像を絶する努力が必要となりますが、ね」
 大魔導師たるフレイザー・イシャーウッドにそう告げられ、カルロはその目に涙を浮かべていた。
 それを見てバーナードも、目を潤ませてしまっている。

 その中、黒髪の少女ジゼルは、レオンの事をじいっと見詰めていた。
 銀髪の少年は、随分と前からその視線に気が付いてはいたが、余りにも真っ直ぐな視線だったので、どうにも反応しきれずにいた。
 しかし、今まで一言も口を開かなかったジゼルが、ぽつりと呟く。
「――多分、レオンも、私と、同じ、だと、思う。全く同じではないけど、似てる存在」
 そのたどたどしい言葉に、皆驚き、暫く閉口してしまっていた。

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登場人物紹介

名前:レオン・トワイニング

種族:人間

性別:男

年齢:13歳

備考:山岳の村ドーンで生まれ育った銀髪の少年。

名前:チャック・ラムゼイ

種族:人間

性別:男

年齢:26歳

備考:辺境伯軍都市警備大隊に所属する熟女に弱い兵士。

名前:イライザ・シーモア(女)

種族:人間

性別:女

年齢:38歳

備考:レオンの母アンナの妹。酒房ルロイの女将。

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