第3話:フレイザーの聞きたいこと。

文字数 5,658文字

「――二人きりで大森林の奥に入るなんて、何を考えてるんだ!無事だから良かったけれど、余りにも軽率過ぎる!」
 と、声を震わし怒りを露わにしたのはフレイザー……では無くバーナードだった。
 ジゼルは森での事は内緒にしておいた方がいいとレオンに言ったが、少年としてはスプライトと契約してしまった以上、ある程度の事実は伝えるべきだと主張していた。
 ただそれは、ジゼルがフェンリルを初めとした多くの強力な幻獣を宿している事は絶対に秘密にすると約束した上での反論だった。
「ごめんなさい、バーナード。ぼくがジゼルを誘って、森を散歩したんです。そしたら、迷ってしまって。それで、迷った先でスプライトと出会い、ぼくが契約を交わしました」
 少年の本心としては、嘘は微塵もつきたくはないのだが、ジゼルとの約束と彼女の気持ちを考えると、そう言うしか選択肢は無かった。
「いや、レオン。今回の件はキミだけの責任では無い。むしろ、キミの責任は皆無に等しいと言える。一番の重罪は私の監督不行き届きだし、ジゼルはキミと同年代でも軍属なのだから、もっと冷静な判断をする必要があった」
 バーナードは爆発してしまいそうな感情を押し殺して言った。そして、ぎゅっと唇を噛みしめる。

 真面目な男だ……とフレイザーはその様子を、目を細めて悠然とした態度で見詰めていた。
 このエルフの魔導師は、紐付け能力によりレオンとジゼルが凡そどの辺りにいるか見当はついていた。
 勿論、大森林の中を考えられない程の速度で移動してしまった事も。
 そのため、フレイザーとしては責任問題とか説教染みた話はどうでも良く、兎に角森で二人が経験した事を一刻も早く聞いてみたかった。しかし、現状この有様なわけだ。
 漸く目を覚ましたカルロは、ベッドの上で上半身を起こし、呆然とその有様を眺めていた。
 自分がウンディーネと契約した事は覚えているが、その後記憶が全く無く、目が覚めたら宿屋の一室でレオンとジゼルが怒られている局面を目の当たりにし、これはもしかしたらまだ夢の中なのかも?と思っていた。
 温厚で優しいバーナードがこれ程激高している姿も現実味が無い、とも。

「カルロ殿?気分はどうですか?吐き気がするとか、倦怠感はありますか?」
 フレイザーは極力穏やかな声でカルロに語り掛けていた。
「あ、あの、いや、少し、頭がぼーっとして、ますが、吐き気はありません。倦怠感は……あるのか無いのか、よくわかりません」
「そうですか。目が覚めたので、ウンディーネとのプラーナの同化が成功した、と私は考えているのですが、どうでしょう?その自覚はおありかな?」
 フレイザーの問いに対して、カルロは首を縦に振った。
「同化は、出来たと思います。あまり、覚えてませんが、夢の中で、ウンディーネと一緒にいて、すごく時間が掛かったけれど、ひとつになれた感覚はありました」
「なるほど。まぁ、何事も初めての時は色々と戸惑うものです。カルロ殿の場合、心身が衰弱してるのではなく、心身が戸惑っていると表現した方がいいかもしれませんね。では、バーナード殿?先ほど、話したように、辺境伯様へと文を出して頂けますか?」
 カルロの問診を終えたフレイザーは立ち上がりそう言った。
 バーナードはまだ先ほどの怒りを引き摺っている様子だったが、フレイザーの言葉を受け気を取り直す。

「分かりました。冒険日程の短縮願いですね。十日から六日で良いですか?」
 そして、カルロの看病中に話していた内容を思い出しつつ、問い返した。
「ええ、そうですね。今日が四日目なので、明後日の昼過ぎには帰還したい、と。理由の方は……バーナード殿にお任せ致します。先ほどお話した内容を、貴方なりに纏めて下されば結構ですので。今日中に送れば、明日の夕刻頃までには返答が頂けると思いますし……」
「了解致しました。では、私はこれからこの村にある軍施設に赴き文を出して来ますので、カルロ殿のこと宜しくお願い致します」
 そう言うと、バーナードは颯爽とその場から立ち去って行った。
 
 バーナードがいなくなるとフレイザーは、口先だけでごにょごにょと呟き、パチっと指を鳴らした。
 その瞬間、カルロはベッドへ倒れ込んでしまった。
 フレイザーは、それを全く慌てる事無く見守り、カルロの睡眠が安定するのを待っていた。
「もう少し待って下さい……あと少しだけ……はい、これで大丈夫です。では、レオン?ジゼル?そちらでハーブ茶でも飲みながら、詳細を伺いましょうか」
 エルフの魔導師は、何の躊躇いも無く、一日以上意識を失いやっと目覚めたカルロに対して、催眠の魔法を施したのだ。
 魔法には詳しくないレオンとジゼルだったが、流石にこの悪行には察し苦笑いを浮かべるしか無かった。
「ジゼル?フレイザーさんには、本当の事、全部話してもいいのかな?」
 彼に対して嘘をつき通す事は不可能だと分かっていたので、少年はそう尋ねていた。
「うん、大丈夫。フレイザーは、ちゃんと、約束したから」
 ジゼルは問い掛けに対し首を縦に頷きそう答えた。
 三人は、部屋にある丸テーブルで向き合って座り合い、情報を共有することにした。

「えーっと、あの、まず初めにジゼルが、闇の狼フェンリルを召喚してくれて……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、レオン?闇の狼フェンリルと言ったのかい?」
 レオンは記憶を辿りつつ、取り敢えず今日の出来事をあらましはなしてしまおうとしたが、いきなり強烈な横槍を入れられてしまう。
「はい、ジゼルがそう言ってました。黒紫色の毛をした巨大な狼の姿だったので、闇の狼で間違いないと思いますけど……それがどうかしましたか?」
 事の重大さを全く把握してないレオンはけろりとした表情だった。
 ジゼルはいつも通り悠然と構えていて、常日頃冷静沈着なフレイザーだけが血相を変えていた。
「あ、いやすまない。話の腰を折ってしまって。それがもし本物の闇の狼フェンリルだとしたら、凄い事だから。闇属性の上位幻獣よりも更に上の存在だよ。幻獣王に近しいと言った方がいいかもしれない、それ程の幻獣という訳だ。さて、レオン、続きを話てくれ……」
「で、フェンリルが背中に乗っていいって言うから、背中に乗って大森林の中を走り抜けて、光のエーテルが溢れる泉まで連れて行ってもらって、そこでユニコーンと出逢って、少しお話したら、ぼくとは契約は結べないけど、代わりにそこに沢山いたスプライトを連れていいって言われて。そしたら、沢山いたスプライトがひとつの個体になって、大きくなって、それで契約を結びました。ユニコーンには、そこまでフェンリルに連れて来てもらった事がバレてて次は自力で来いって怒られちゃいましたけど、ね。で、またそこからタルム村の近くまでフェンリルに送ってもらった、って言うのが今日の出来事です……」 
 フレイザーは額を手で押さえつつ、レオンの話に耳を傾けていた。

 ここが酒場で話し相手が酔っ払った冒険者なら、戯言で聞く耳すら持たなかったが、その相手がレオンとなると信用するしかない。
 この少年が自分に対してその手の嘘をつく筈も無いし、エルフはそもそも嘘を見抜くのが得意な種族なのだ。
 恐らく、レオンが話してくれている事は全て真実。そう思うしかない状況だった。
「レオン?ジゼル?今の話だけ聞いても私はキミたちに聞き教わるべき事が少なく見積もっても十以上ある。が、細かい事は追々聞く事にして、今日は余り時間も無い事だし、特に気になる事を三点程伺うよ」
 フレイザーは爆発してしまいそうな知識欲と探求心を抑え込みつつ、深く息を吸い込みそれを細く長く吐き出した。
 酒房ルロイに置いてあるお手製のリキュールで今すぐにでも酔いたい気分だったが、今はハーブ茶で我慢して、ひとつ目の質問をする。

「まずひとつ。レオンも幻獣と会話が出来る、という事でいいのかな?」
 フレイザーはレオンに向けて問い掛けたが、それに対してはジゼルが答えた。
「レオンが話せるのは、多分、人間の言葉を理解している幻獣だけ。今日契約したスプライトと会話出来る様になるのは、もう少し、時間がかかる」
「それは、要するにジゼルもそう言う感じだった、ということでいいのかな?」
 その問い掛けに対してジゼルはコクリと頷いた。
「なるほど。では、ふたつ目の質問。ユニコーンとレオンが契約を結べなかった理由は?分かる限りでいいから、憶測でも構わないし」
「えーっと、それはユニコーンが契約出来ない理由を言ってました。ぼくの属性が光と火で、ユニコーンの属性が光と水だからと、ユニコーンが幻獣王からその場を守護しろと命令されてるからそこから動く事が出来ないからと、あとは、清廉な少女としか契約を結びたくないって……」
 それを聞きフレイザーは目を輝かせていた。そんな素晴らしい嗜好を有する幻獣がいるのか!と。

「す、素晴らしい。ユニコーンはフェンリルと同じく、上位幻獣よりも上の存在だ。要するに、契約するには光と水の属性を有した清廉たる少女の上に、幻獣王からの承諾も得ねばならんと言う事か。まぁ、現状では限りなく不可能に近いな。いや、属性の見合った清廉な少女だけでも難しいのに、その上で幻獣王と交渉もせねばならんとなると、事実上は不可能と言えるか。幻獣王が何処にいて、どうすれば会えるかも分からんからな。こほんっ、では、みっつ目の質問。神槍とキッカは、何をしてる?」
 二人がどの辺りにいるか所在は掴めているが、フレイザーは敢えてそう尋ねていた。
 実際、フレイザーとしてはまだまだ根掘り葉掘りと追及したいことがあるのだが、それはまた追々と考えていたのだ。今得られた情報だけでも、彼は数多の想像と妄想で時を過ごすことが出来てしまうから。
「あの、えーっと、神槍とキッカは……多分、あの、百体のオークをどちらが先に狩れるかの勝負をしてると、思います。金貨百枚とか色々と賭けて……」
 レオンは、苦笑いを浮かべそう言う。正直、少年はジゼルや幻獣たちとの素晴らしい経験を経ていたので、あの二人の動向はすっかり忘れてしまっていた。
 フレイザーは、頭を抱えつつ、重い溜息を吐く。
「ふううう、あの愚か者たちの事は放って置いて、バーナードが戻って来たら食事にしようか」
 そう言うと、フレイザーは指をパチっと鳴らし、カルロに掛けていた魔法を解いた。
 暫くすると、カルロは再び目を覚まし、その後すぐ、バーナードもアンヌヴンへと嘆願書を出し終え帰って来た。


 
 丁度その頃、大森林のオーク生息域では、神槍とキッカの勝負が終盤へと差し掛かっていた。
 開始時から、ホビットとしての能力を全開で行使したキッカが五十体くらいまで大きく先行していたが、体力と持久力では圧倒的に上回る神槍が徐々にその差を詰めていった。
 そして九十体目は、お互いほぼ同時にオークの首を撥ね飛ばしていた。
 しかし、勝負の流れはキッカに分があった。
 神槍の余りにも高圧な闘気がオークを寄せ付けず、キッカの方へと逃げ込む様な情勢となっていたのだ。
 雇われの探知屋はそれを察し「へへへ、これは勝負あったねえ……」と呟いていた。
 キッカも、そうなる事を目論見つつ先行逃げ切りに打って出ていたので、はあはあと呼吸を乱しつつも笑みを零した。
 九十一、九十二、九十三と続けざまに仕留めてゆき、残りの七体もその視界の中にあった。
 一気に勝負を決めてしまおうと残り全ての力を【瞬歩】に使おうとした、しかし、その刹那――。
 
 神槍は最大出力での【戦慄】を放った。周囲にいる生物を恐慌状態へと陥らせ、身動きを取れなくさせるスキルだ。
 その威力は余りにも強烈で、オークは疎かキッカの動きすらも縛り付けた。
 キッカは言い知れぬ恐怖と緊張に襲われその場に崩れ落ちてしまった。
 オークの中には神槍の【戦慄】だけで絶命してしまう者もいた程だった。
 全てを見ていた探知屋は思わず「うわ、えげつねえ」と呟いたが、下手に口出しすると痛い目を見そうなので、ここは知らぬ振りを決め込む事にした。
 誰よりも負けず嫌いで大人げない神槍は、無人の野を悠々と歩き、意識を失っているオークに止めを刺しつつキッカへと歩み寄った。
「くくく、どうした、キッカ、疲れたのか?私はもう百体仕留めたぞ?」
 神槍はそう言って、【戦慄】を解く。
 解放されたキッカは直ぐに跳ね起きた。
「ず、ずるい!あそこであんな強烈な【戦慄】使うなんて!絶対にアタイの勝ちだったのに!」
「残念だな。確かにお前に分はあったと思うが、勝負は私の勝ちだ。【戦慄】は禁止では無かったし、最後のその為にプラーナを温存していた私の作戦勝ちだろう?スキルを多用せずにお前の速度に喰らい付くのは結構大変だったからな。いや、しかし、久しぶりに楽しめた。私の【戦慄】に耐え切ればお前の勝ちだったのだから、勝負は時の運とは良く言ったものだよ」
 それに対しキッカは「アンタの全力の【戦慄】を耐えきれるヤツが、この世に存在すんのかよう?」と言いたかったが、ぐっと堪えて言葉を飲み込む。
 いかさまだろうが詐欺紛いだろうが、勝負事を決着がついてからあれやこれやと蒸し返すのはホビットの信条に反するのだ。

「――ううう、金貨百枚はアンヌヴンに戻ってから払うよ!ああ、くそう!よし、早く帰って、酒飲もう!腹も減ったし!」
「ふふふ、そうだな、今晩は美味い酒が飲めそうだ……」
 それから二人は、二百以上ものオークの亡骸が転がる大森林から抜け、探知屋を伴い一路タルム村へと向かった。
 この日から暫くの間この地域で、オークから旅人や行商隊が襲われる被害が激減したという事実は、言うまでも無いだろう。
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登場人物紹介

名前:レオン・トワイニング

種族:人間

性別:男

年齢:13歳

備考:山岳の村ドーンで生まれ育った銀髪の少年。

名前:チャック・ラムゼイ

種族:人間

性別:男

年齢:26歳

備考:辺境伯軍都市警備大隊に所属する熟女に弱い兵士。

名前:イライザ・シーモア(女)

種族:人間

性別:女

年齢:38歳

備考:レオンの母アンナの妹。酒房ルロイの女将。

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