第3話:ドン・ウィスラーと子分。

文字数 5,271文字

 ドン・ウィスラーが意識を取り戻したのは、赤髪にシメられてから丸一日経過したころだった。
 ゆっくりと目を開けると、見慣れぬ天井があった。
 自分が簡素な寝床に寝かされている事に気が付く。
「お、おい、ロイ?親分の意識が戻ったぞ!」
 子分の声だった。それを聞き、ドンの胸中には安堵が宿る。
 あの凶悪な赤髪の男に、全員ヤラてしまったかも知れない……と、目覚めてすぐに思っていたのだ。
 ドンは半身を起こし、辺りを見渡した。
 宿屋……では無さそうだ。生活感溢れる室内で、様々な道具を陳列してある棚もある。商店の奥の作業部屋か倉庫の様にも見えた。
 それから、自分の身体の様子を探る。
「おい、コーン?俺は、どの位意識を失っていたんだ?」
 ドンは、先ほど声を上げていたコーン・リーガーに問い掛けた。
「は、はい。丁度、丸一日です」
「丸一日?俺は、あの赤髪の男に相当ヤラれてただろう?その割には、怪我が酷く無い様に思うが?」
「あの、赤髪の男にヤラれた後に、ドワーフみたいな女が魔法で手当てしてくれたんです。それから、俺たちが親分を担いで街の中を歩いている時に、この家の旦那に声を掛けられて、取り敢えず部屋を貸してもらいました。旦那とその妹さんも、色々と手当してくれて……」
 コーンの言葉を受け、ドンは禿げあがった頭を右手の平で押え記憶を手繰っていた。

「その、ドワーフみたいな女って、赤髪の男のツレだろう?」
「はい、親分。俺たちも何がなんだかよく分からなかったんですけど、兎に角、そのドワーフみたいな女が魔法で手当てしてくれて、それでこの家の旦那は、部屋を貸してくれた挙句、俺とロイのメシまで食わせてくれて……ううっうっうっ」
 ドンの意識が回復して緊張の糸が切れたのか、コーンはぼろぼろと大粒の涙を零し嗚咽しだした。
 コーンの弟ロイもやって来て、わんわんと声を上げて泣き出してしまった。
「おい、コーン?ロイ?男がそんな女みてえな泣き方すんじゃねえ!それより、他の奴らはどうした?シンとコーストは何処だ?」
 子分は六名いたのだ。中でもシンとコーストは腕っぷしも強く、ドンも一目を置く存在だった。
「シン兄とコースト兄は、その、親分がヤラれたのを見て、逃げ出したまま戻って来ませんでした。いや、戻って来たくても、俺たちがこの家でお世話になってる事を知らないから……その内戻って来るかもしれませんが。あとピックとモークは、親分を一緒に運んでくれたんですけど、今朝起きたら姿がありませんでした。兎に角今は、俺とロイしか残ってません」
 ドンの一喝で涙を止めたコーンは、悔しそうな表情で、言葉を零していた。
 ロイは、声は何とか抑える事が出来たが、涙を止める事は出来無いでいる。
「そうか……なるほど。まぁ、逃げられても文句は言えねえわなぁ。この街に来て最初の喧嘩で、あれだけ派手に負けた男なんて見限られて当然だしよ。しかし、一体何者なんだ、あの赤髪の男は?喧嘩慣れしてるとか、それだけで片付けられる強さじゃ無かったぞ……」
 目を閉じると赤髪の男の残像が浮かび上がる。
 凶悪な顔つきで、その攻撃は骨が砕かれたかと思う程に強烈だった。
 今、思い返しただけでも冷や汗が吹き出してしまう。


「――おやおや、親分、お目覚めかい?」
 男の声が響く。穏やかで、柔らかい印象を受ける声だった。
 ドンは手の平で顔の汗を拭きとり、声の主へと視線を向けた。
 ひょろりと背の高い男だった。女の様に長い黒髪を、腰元辺りで一つに結んでいる。
「……親分。この旦那が、この部屋を貸してくれた御仁です」
 コーンは、ドンの耳元でそう囁いた。優男を好まない親分が、命の恩人とも呼べる人物に噛み付かない様に……と子分歴の長いコーンなりの配慮だった。
「ああ、すまない、世話になってしまって。この借りは必ず返す」
 ドンはそう言うと、軽く頭を下げた。
 実にぎこちない態度だったが、彼なりに誠意は見せたつもりでいた。
「いやいや、気になさらずに。コーンとロイから、大体の話は伺いましたよ。帝都からこの街に来たばかりで、いきなり大変な目に合いましたねえ。でも、まぁ、喧嘩する相手が悪かった。いや、相手というか、場所が悪かったのかな……」
 長髪の男はそう言うと、木製の椅子を引き摺り出しドンの傍に腰掛けた。
「赤髪の男は……この街では有名なのか?」
「有名だねぇ。赤髪のヴィルって、ね。喧嘩をさせたら五本の指に入ると思う、この街ではさ」
「恐らく、冒険者なのだろう?軍人と言った雰囲気では無かった……」
「そうそう、冒険者だよ。今はバルバトスってユニオンのマスターをやってる。その昔はね、今では伝説とされるユニオンに参加してたんだよ。ああ言う輩はさぁ、街中の喧嘩でも、平気でスキルとか魔法を使ってくるからねぇ。特に酔いどれ小路とかまじない小路にはさ、そう言う輩が跳梁跋扈しているから、気を付けた方がいい」
 その雰囲気は気に入らなかったが、話しやすい男だと、ドンは感じていた。
 コーンとロイは、真面目な顔で二人の会話に耳を傾けている。

「そうか、肝に銘じておく。それで、お主の名は?俺は、ドン・ウィスラーという。生まれも育ちも帝都の南区だが、訳あってこの街に流れついた次第だ」
「へえ、南区かい?私の名はジェラード・ナヴァロ。生まれも育ちも帝都の北区だよ。私もね、色々と訳アリで、五年ほど前にこの街へと流れ着いた次第さ」
 ジェラードは嬉しそうにそう言った。
 帝都の南区は貧困層が多く、北区は富裕層が多い。その為、昔から南と北の住民は仲が悪く、同じ帝都民でも顔を合わせば汚い言葉で罵り合う様な関係性だった。
「くくく、北区生まれかよ。通りでイケ好かねえ顔だと思ったぜ。まぁ、こんな辺境の街まで来て北も南もねえけどな」
「ああ、本当に。帝都に住んでいた頃は、南の住民の事を意味も無く煙たがっていたからね」
「で、ジェラード?お前は、一体この街で何をしてるんだ?冒険者の様には見えないが、何か商いでもしてるのか?」
 同じ帝都で生まれ育った男に対して、ドンは興味心を掻き立てられていた。
「私はね、どちらでもあるんだよ。冒険者であり、商人であり、あと職人でもあるかな……」
「なんだ、そりゃ?そう言う職業があるのかい、この街には?」
「まぁ要するにね、冒険に出て素材を集めて、集めた素材で冒険とか生活に役立つ道具を作って、それを売って生計を立てている、というワケだ。まぁ、一人でやっているワケでは無いから。道具作りと店番は妹が手伝ってくれるからね」
 ジェラードは分かりやすく説明していた……が、ドンや子分の二人は、いまいちその商いを思い浮かべる事が出来なかった様子だった。

「なんだそれ?なんか面倒臭い事やってんだな。そんなんで儲かるのかよ?」
「ふふふふ、まぁ、それなりにね。私なりに効率よく働いているつもりだから」
「それに、冒険者には全く見えねえな。そんな細腕じゃ、剣も碌に振れねえだろ?」
「ええ、それはごもっとも。私は剣なんて振らないよ。支援系の精霊魔法を幾つかと神聖魔法が少し使えるくらいだから」
「ほう、この街の冒険者ってのは、魔法が少し使えるだけで仕事がそれなりにあるってことか?」
 ドンの言葉を聞き、ジェラードは僅かに笑みを零した。
「おやおや、親分は冒険者稼業に興味があるのかい?」
「まぁ、それは、無くは無い。いや、正直な話、この街の腕っぷしの強い奴らを何人かシメて舎弟にしちまえば、それなりに食っていけるだろうってな、それぐらいのノリでこの街に来ちまったから。浅はか過ぎて笑えんだろ?で、まぁ、最初の喧嘩で無様に負けて、帝都から連れてきた子分たちには半分以上逃げられて……。けどよ、それでも尚俺の事を慕ってくれる奴らがいるから、ここで人生を投げ出すワケにはいかねえんだわ。話を聞いたところ、どうやらお前は、帝都からやって来てこの街でそれなりに上手くやってんだろう?その知恵をよ、俺たちにも教えてくんねえか?って感じだ」
 人相も頭も悪そうだが、どうやら根っからの悪人では無いらしい、とジェラードはドンの事を見ていた。
 コーンとロイに関しては、一日接してどう見てもチンピラには向かない性格と人相だと分かっていたので、特に気懸かりな点は無かった。

 ジェラードは、ふわりと柔らかな笑みを浮かべる。
「そうですか。では、食事を取りながら、話をしましょうか?いや、実は、コーンとロイを夕食に誘いに来た所で、親分が目覚めていて、今に至るワケです。丸一日寝っぱなしで、お腹が減っているでしょう?」
「ああ、そうだな。腹が減り過ぎて、気が狂いそうだ」
「ふふふふ、では、部屋を移りましょうか?妹が、腕に縒りを掛けて夕食を作ってくれていますから……」
 ジェラードの妹イーファは実に気立ての良い、可愛らしい女だった。
 彼女は目覚めたドンを見ると、手を叩て喜び明るい笑顔を振りまいていた。
 そしてテーブルには、美味しそうな料理が所狭しと並べられてあった。
「さぁさぁ、取り敢えず、腹を満たしておくれ。酒もあるから好きなだけ飲んでくれていいよ。イーファ?親分たちにエールを注いであげてくれるかな?」
 ジェラードがそう言うと、イーファは「はぁーい」と一声上げ、蒸した鶏肉を摘まみつつ席を立ち、皆にエールを振る舞っていた。

「――ふふふふ、いつもは二人で食事をしているから、こんなに賑やかなのは久しぶりだね。コーンとロイは、親分が起きるまで、まるで葬式に参列してるみたいにどんよりとした表情だったから」
 ドンの食欲がある程度満たされたころに、ジェラードはそう言った。
 帝都でも、富裕層でしか食べる事が出来ない様な料理の数々に、ドンはジェラードに対してより一層の興味心を抱いていた。
「で、ジェラード、さっきの話の続きだが」
「ああ、はい、そうですね。要するに、親分たちが、今後この街で生きてゆくには、どうするのが一番だろう?って話……でいいですか?」
 ジェラードは柔和な笑みを浮かべそう言った。
「ああ、その話がしたい。俺は、どうすればいい?」
「そうですね。これはひとつの提案として聞いて下さい。実は、コーンとロイから色々と事情を聴き、貴方が眠っている間に私なりに思案していたのです。まず、最初に親分たちにはこの街の冒険者登録をしてもらいます。おの街で住むにあたり冒険者でいた方が税金が軽減されたり一般市民より条件が良い点がありますから、少々審査が厳しいのですが、私が後見人となりますので、まず問題はないでしょう。それから、親分にはユニオンを設立して貰います。設立金は私が支払いますので、これも問題ありません。ユニオン設立後、親分は如何にユニオンを大きく強くするかだけを考え行動して下さい。資金繰りや税金など面倒な事は全て私が引き受けますから。そして、これは最初に告げておきます――」
 そこで言葉を止め、ジェラードはドンの目を見詰めた。
 真剣な眼差しで強い意志を感じる。ドンはごくりと息を飲んだ。

「――私の夢は、我がナヴァロ商会をこの街一番商会へと育て上げ、ゆくゆくは帝都で商いをする事です。ナヴァロ商会がこの街で一番になる頃には、親分のユニオンもこの街一番になっている筈です。貴方がたが、何故都落ちして来たかは知りませんし、聞く気もありませんし、知る必要も無いと考えております。要するに、強力なユニオンや巨大な商会は、どの街や国でも引く手数多ですから、この計画が上手く行けば、私たちは大手を振って帝都へと返り咲く事が出来ます。どうですか、親分、ドン・ウィスラー?悪くない提案でしょう?上手く行けば、貴方は南区生まれで北区に居を構える事だって可能なワケですよ?そんな人物は、帝都史上初だと思います。確実に、歴史に名を刻めます。貴方も私も……ふふふふふ」
 この提案に、ドンは少し悩んでから、ゆっくりと首を縦に振った。
 正直、このジェラード・ナヴァロの全てを信用した訳では無かったが、少なくともこの男の提案には、現状よりも僅かでも光があると思えていたのだ。
「分かった。ジェラードよ。兎に角、我らは、冒険者になれば良いのだな?」
「ええ、そうですね。では、早速、明日、冒険者ギルドで登録を済ませてしまいましょう。まぁ、暫くはお遣い程度の下らない依頼ばかり受ける事になるかもしれませんが、少しずつでも強く強大になってくれれば、私は何も文句は言いませんから。では、取り敢えず、私の提案を、飲む、という事で宜しいですか?」
 ジェラードの問いかけに、ドンはまた首を力強く縦に振った。
 そして、奇しくも商売と希望の神であるコーリングの日の終わりに、その場にいた五人全員で杯を重ねる。
 それぞれに、思い思いの夢を抱えつつ。

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登場人物紹介

名前:レオン・トワイニング

種族:人間

性別:男

年齢:13歳

備考:山岳の村ドーンで生まれ育った銀髪の少年。

名前:チャック・ラムゼイ

種族:人間

性別:男

年齢:26歳

備考:辺境伯軍都市警備大隊に所属する熟女に弱い兵士。

名前:イライザ・シーモア(女)

種族:人間

性別:女

年齢:38歳

備考:レオンの母アンナの妹。酒房ルロイの女将。

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