第4話:深夜の有象無象。

文字数 4,543文字

 ――深夜。
 朝の早い商人と、真っ当にに働いている役人や軍人の姿はもうない。
 カウンター席には一番右にアンリエッタがいて、その左隣りに彼女を迎えに来たフレイザー。それから席をひとつ空けてレオンがいて、その左隣りにローラが座っていた。
 アンリエッタは父お手製のリキュールを飲み、半ば微睡の中にいる。
 レオンとローラは食事を取っていた。まだ店を閉める時間では無いが、客足がぱたりと止み一段落と言ったところ。

「――ていうかさ、レオンの今日の働きぶりを見ちゃうと、冒険者になんかさせたく無くなっちゃうわね。動きは機敏だし、要領も器量も悪くない。何よりも客受けがいいさね。このままウチで働かせたいよ。面白いから、明日からはローラの服着せて店に出そうか?あはははは」
 イライザはいつに無く上機嫌だった。
 レオンの働きのお陰で、普段なら後回しにしてる片付けや翌日の仕込みに概ね目途が付いているからだろう。
 少年レオンの客受けが良いのは、勿論白銀の獅子の息子だから……という点が大きいが、その見た目が美しい少女の様なのも一つの要因だった。
「レオンに少女の格好をさせるのは面白いかもしれないね。帝都の貴族たちの間では少年に少女の格好をさせて連れて歩くのが流行っているらしいから。だけれど、この子はやはり冒険者向きなのだと思うよ。これ程の繁盛店で初日からイライザが認めるくらいの働きぶりだったのだろう?それは、要するに彼の適応力が素晴らしく高いという事だ。冒険者にとって武力も魔力も経験も大切だが、適応力も欠かせない要素のひとつだからね」
 フレイザーはリキュールを飲み、流し目でレオンの事を見詰めていた。
 酔いが回る程、少年と白銀の獅子の幻影が重なり、頭の中がぐるぐると掻き混ぜられている様な感覚に陥ってしまう。が、それを彼は心地良く感じていた。

「まぁ、才能があったり適応力があるのは分かるけど、この子、冒険とか初めてなんだから、あんまり無茶させないでよ?」
 そう言って、イライザは煙管を咥え紫煙を細く吐き出した。
「ああ、その件に関してだけど、多分問題は無いだろう。なんせ、連れて行く辺境伯軍の幻獣召喚師も冒険未経験者らしいから。そうなると、十日でドールズ大森林の最奥まで赴くのは限りなく不可能だ。私は、拠点を森の村タムルに置いて、そこからエルフの村までの道程で幻獣狩りを行うのが、今回は最善だと思っている。まあ、あの神槍がその妥協案を受け入れてくれるか、それが一番の問題だよ。私としては、大恩ある辺境伯様の大切な幻獣召喚師を、出来れば無傷で送り返したいと思っているのだけれど、神槍は気難しいからねえ……少しは空気を読んでくれるといいのだけれど」
 いつもはこのエルフの魔導師と喧嘩ばかりしてるイライザだったが、今晩の彼の言い分はごもっともとしか言いようが無い。
 神槍がもう少し社交的で仲間意識を持ってくれれば……という語り合いは、彼らがベリアルに在籍していた頃から、数限りなく繰り返されてきたのだ。

「ってそれにしても、辺境伯もそんなぺえぺえの召喚師に良くカレン姐さんを護衛に付けたわね。姐さんに頼んだらそれは完璧に仕事は熟してくれるでしょうけど、依頼料が馬鹿高いじゃない?」
「まぁ、それは、それだけ、辺境伯様が大切にしている召喚師という事なのだろう。それに九の月は豊穣祭があったり辺境伯様主催の塔内調査もあるから、護衛に回せる人手が無いのだと思う。だがしかし、だとしても素人召喚師の護衛に神槍と私とキッカまで付けるのは少し異常、か。いやいや、もしかしたら辺境伯様もレオンの様な若き逸材を探し当てたのかもしれないしな……」
 と、フレイザーとイライザは、ローラと楽しそうに食事をしているレオンへと、その視線を向けていた。
 それぞれの想いを胸に秘め――。


 一方、赤髪とローゼマリーのテーブルには、アイサ・ヴェルベットがいた。
 赤髪は、このドヴェルグの娘を酒に酔わせて、今夜中に何とかしてやろう思惑を渦巻かせていたのだが、残念ながらローゼマリーは父親に似てかなりの酒豪で、相当エールを飲んでいるのに全く酔った素振りすら見せない。
 それどころか、赤髪本人がかなり酩酊に近い状態にあったのだ。
 彼も人間にしては酒が強い方なのだが、ドワーフやエルフはそれが種族特性だと言わんばかりに、酒豪揃いだった。
「――ちょっと、ヴィル?アンタ、酔いすぎじゃない?ここの二階に住んでるんでしょう?眠いなら、もう寝ればいいじゃない」ローゼマリーは呆れ顔でそう言った。
 赤髪の冒険譚や街の話は面白いが、些か今日は堪能し過ぎた為、そろそろ帰ろうか?とも思っていたのだ。
「うるせぇ、オレはまだまだイケんだよ、夜はこれからだろーが!黙ってろ!ってゆーか、アイサ!この馬鹿女!オマエ、なんでここにいんだ?ああん?今日から塔に入るって言ってただろうが?」
 赤髪は回らない呂律を気合と根性で回してそう言い放った。

 アイサは、カウンターで楽しそうに食事をしているレオンとローラの事を、瞳を潤ませて見詰めていた。
 この女は、病的な少年少女愛好家なのだ。魔導師としての能力はフレイザーに遠く及ばないが、性癖だけは超越している、とこれは彼女の唯一の自慢だった。
「ちょっと、マスター黙っててよ。私、いま、レオンくんとローラちゃんを記憶に焼き付けてる最中なんだからぁ」
「ちっ、このイカレ女、ローラだけじゃ無くて、レオンのことも狙ってんのかよ。とんでもねえな!おい、ローゼ?コイツ、アイサってんだけどよ、これでも魔導師でな、バルバトスの一員なんだわ。要するに、お前とレオンの先輩ってことだな。ただのイカレ女だけどな!」
 今晩、もう何度となく「まだバルバトスに加入すると決めた訳じゃない」と告げたのだが、全く聞き入れられない。
 溜息が零れる。こんな呂律の回らない酔っ払いと、イカレ女と何故同じテーブルで長時間酒を飲まなければならないのだろう?と今更ながらに思えてくる。

「……ちょっと、マスター?今、なんて言ったの?」
 赤髪の言葉が切れてから暫くして、アイサはそう呟く様に言った。
「ああん?オマエの頭がイカレてるって言ったんだよ!」
「いや、そーじゃ無くて、この子とレオンくんがバルバトスに入るって言ったよね?ねえ!?」
「ああ、おう、そう、言った。レオンとローゼを入れて、エイプリルから金引っ張って、フレイザーもアンリエッタもキッカもオレの知り合い全部バルバトスに入れて、オレは、白銀とルロイの仇を討つ。今朝、レオンに会って、それからローゼとも会って、それで決めた。半年前、オレが死ななかったのは、コイツらと出逢う為だったんだって、マジで、そう感じたから。一回は諦めちまってたんだけどな、でも、やっぱ、オレがやらねえと、カッコつかねえからよう」
 そう言うと、赤髪はコップにあったエールを一気に飲み干した。
 ローゼマリーは、漸くこの男の本音が垣間見えたので少し嬉しく感じていたが、アイサの方はそうでも無い様で。

「あーあーあー、いや、そーゆーんじゃなくて。仇とか死ぬとか生きるとかどーでもいいの。バルバトスにレオンくんが入るか入らないかってこと。それが一番重要。そこをはっきりとして欲しいの、私的に!」
「ああん?ったく、レオンはバルバトスに入るよ。まぁ、アイツの場合、冒険者登録で色々揉めそうだけどな」
「そっか。じゃぁ、私、バルバトス抜けるの止めることにする」
 アイサはそう言って、漸く赤髪と視線を交わした。
「はぁ?ちょっと待て。オマエ、バルバトス抜けるなんて、今まで一度も聞いた事ねえけど?」
「それはまあ、一度も言った事無いからね。私みたいなのを正式に雇ってくれるのはバルバトスくらいだからさ。でもね、私も今日、レオンくんと会って思ってしまったんだよ。ああ、私、この子とずっと一緒にいたい!って。だからね、バルバトス辞めて、この店で雇ってもらおうって思ってたの。ローラちゃんもいるから、あの子たちが大人になるまでの数年間は、私にとって天国だから、ね。けど、レオンくんがバルバトスに入るのなら話は別。私はこれから、レオンくんの為に生きるの。そして、あの子が大人になる前に子種を貰って、それで、沢山可愛い子供を産んで……うふふふ。うふふふふふ……」
 アイサの闇は深い――。

 そして、赤髪は完全なる酩酊へと入り、ローゼマリーはここが引き際と言わんばかりに、たんっと席を立った。
「あらら、ドヴェルグちゃん、帰っちゃうの?」
 アイサは再び、レオンとローラへと視線を投げかけつつそう言った。
「ええ、そうするかな。赤髪も落ちちゃったし。明日は朝から街で買い物したいし。冒険用の装備とか、家財道具とかも色々」
「ああ、じゃぁ、私、付き合ってあげるよ。本当はさ、雇われで冒険に出る予定だったんだけど、ぶっちぎっちゃったから、ヒマなんだよねぇ」
 ローゼマリー的に、アイサは好ましい人物では無かったが、バルバトスの一員で同じ女性という事もあり、悪い誘いでは無いかも、と思ってしまっていた。
「えーっと、じゃぁ、お願いしようかな。何処かで待ち合わせする?」
「そうだね。貴女は、どの辺りに住んでいるのー?」
「私は、南門の方だけど……」
「え!?あ、南門ってことは、私んちと近所だね。じゃぁ、一緒に帰ろっかぁ?」
 アイサは、依然レオンたちの方を見たまま、そう言った。

「んーーー、でも、あなたはまだここにいるんでしょう?私はもう帰るからさあ」
「ん?あ、大丈夫だよ。もう十分に頭の中に焼き付けたから。今日はもう満足、満足」
「ねえ、あなたって、要するに男でも女でも子供が好きってことなの?」
「うん、そうなの。可愛くないとダメだけどねぇ。レオンくんとかローラちゃんとか、このまま家に連れて帰りたいくらい大好きだよ!仕事で疲れたその身体を全身ぺろぺろと舐めてあげたーい。ひひひひひ」
「そ、それって、性的な目で見て好き、ってことだよね?」
 ローゼマリーは表情を引き攣らせつつ受け応えていた。
 それに引き換えアイサは、半ば夢見心地な表情を浮かべている。
「当然でしょう?それ以外にどんな好きがあるのよ?ドヴェルグちゃ――ああ、いや、ローゼマリーだっけ?ローゼでいいよね?で、ローゼは、どういうのが好きなの?もしかしてレオンくんとか、結構イケる口だったりするのかな?」
「いや、レオンくんは、可愛いとは思うけど、私、多分、ドワーフの男が好きなのかなぁって思う。自分よりも大きくて、筋肉ムキムキで、強いけど寡黙な人がいいかなぁ」
「ああ、じゃぁ、友達になれそう!私、同じ嗜好の女とは仲良くしない事にしてるの。取り合いになっちゃうからね。ローゼとは仲良くなれそう。うふふふ、よーし、じゃぁ、帰ろうかぁ!」
「ああ、うーん、まあ、そう、だね、帰ろう、か」
 夜は更けゆく。
 様々な想いと、思惑と、企みを抱きつつ……。



第5章
酒場ルロイの夜。(レオン編)
END


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登場人物紹介

名前:レオン・トワイニング

種族:人間

性別:男

年齢:13歳

備考:山岳の村ドーンで生まれ育った銀髪の少年。

名前:チャック・ラムゼイ

種族:人間

性別:男

年齢:26歳

備考:辺境伯軍都市警備大隊に所属する熟女に弱い兵士。

名前:イライザ・シーモア(女)

種族:人間

性別:女

年齢:38歳

備考:レオンの母アンナの妹。酒房ルロイの女将。

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