第4話:赤髪の仲間。

文字数 4,448文字

 コーリング大通り。
 アンヌヴンの塔の街を南北に縦断する目抜き通りで、商人の往行が多いことから商売の女神コーリングの名が冠されている。
 赤髪はローゼマリーを伴い、北門から大通りへと入っていた。
 夕暮れ時、心地良い風が吹いている。

「――もう日が暮れようとしてるのに、この通りは人が沢山。まるで祭りでもやってる様な賑わいよね」とローゼマリーは呟いた。
 赤髪に語り掛ける風では無く、思わず心情を吐露してしまった様子。
 それを赤髪が聞き逃すはずも無く「これでも夕暮れ時は少ない方だぜ?」と声高らかに言った。「コーリング大通りは朝が一番人通りが多いんだ。真夜中でもこれの半分くらいは歩いてやがるからな。まあ、大半は酔っ払いと塔から帰還した冒険者たちだけどよ」

 ローゼマリーは街ゆく人々の邪魔にならぬよう、赤髪の真後ろを歩いていた。
 人間にしては背が高く、大きな背中だった。ドワーフの父には敵わないが、その大きさには惹かれるものがあると……少なからずそういう意識はあった。
 しかし、この男の人間性にはほとほと愛想を尽かしていたのだ。出逢ってまだ間もないし、関わり合いも殆ど無いが、他人をここまで疎ましいと感じるのはこれが初めての経験だった。
 そんな男に、自分は何故着いて歩いているのか不思議でならない。一緒にいてはならないと、自身の本能が訴えている感覚はあるが、しかしこの男に着いてゆけば自分が求めるものに近づけるのも確かだと思っていた。

 暫く、ふたり歩いていると、急に赤髪は足を止めた。ローゼマリーは急には止まれず、思わず赤髪の背中に手を着けてしまう。
「ちょっと、急に止まらないでよ……」彼女がそう言うと、赤髪は顔を横に向けて笑みを零した。
「ああ、すまねえ。ちょっとツレがいるからよ、挨拶だけしときてえんだわ」
 そういうと、赤髪はローゼマリーの手を掴み、往来する人々を押し退け大通りの端まで渡り切ってしまった。
 当然、人々からは不満の声が上がるが、それを意に介する男では無いだろうと、彼女は溜息を零していた。

 赤髪が目指した先には、屈強なノームの男と、美麗なハーフエルフの女がいた。
 ハーフエルフの方は今すぐ冒険に出れそうな装具を身に着けていたが、ノームの方は平服と言った装い。露店で茶を飲んでいた。
「いよう!プラト、フェリシー!調子どうだ?」
 また赤髪の大きな声が響き渡る。周りの雑踏を掻き消す様な印象的な強い声だ。
 声を掛けられた二人は、若干飽きれた様な表情を浮かべていた。
 先に口を開いたのは、ハーフエルフのフェリシーだった。
「なにが調子どうだ、よ。私もプラトも色んなユニオンから引く手数多で休む間も無く塔に入ってるんだから。遊び歩いてるんなら早くバルバトス解散してしまいなさいよ。そしたら、正式にちゃんとしたユニオンに入って計画的に冒険日程決めれる様になるんだから……」といきなりの恨み節。
 ノームのプラトは、言いたいことは全部言われたと言わんばかりに大きく頷き、茶を嗜んでいた。

「悪いなあ、苦労ばっかり掛けちまってよう!でも、安心してくれ、バルバトス解散すんのヤメたからよう!これからも一緒に冒険頑張ろうぜ!」
 赤髪の発言のあと、三人の間には沈黙が流れた。
 そして次はプラトが口を開く。
「おい、赤髪?お前、気は確かか?つい先日、バルバトスは解散するって、仲間集めて宣言したところだぞ?それともまたハーブ酔いで頭がおかしくなったのか?」
 下腹に響くノームの声。背は高く無いが、分厚い身体に丸太の様な腕が印象的だった。
「いや、頭は昔からおかしいままだから大丈夫だ。お前らが冒険出てる間に色々状況が変わったんだよ。んで、そのナリ見ると、今からまた塔ん中入るんだろう?」と赤髪。
「そうよ。今からイシュタルと塔の中に入るの。短期間だけど、あそこは報酬いいし金払いもいいからね。何より、エイプリルからさ、バルバトス解散したら是非イシュタルにって、プラト共々お声が掛かってるから」
 フェリシーは棘のある口調だった。ハーフエルフにしてもエルフの血が濃いと見て取れるその容姿は息を飲むほど美しい。

「な、なるほどな。時期からしても、今回の冒険でイシュタルとお前らの相性を見るってことか。って言うか、相性とか関係ねえか。プラトとフェリシーならどこのユニオンでも主力張れるからな……。けど、ちょっと待ってくれ」
 赤髪はそういうと、自分の真後ろにいるローゼマリーをフェリシーとプラトの前へと差し出す様に引っ張りだした。
 三人の話を聞き、何となく状況を察していたローゼマリーは、ばつの悪い表情を浮かべていた。
「えーっと、この子……あれ?もしかして、ドヴェルグ?」そういうと、フェリシーはすうっと手を伸ばし、ローゼマリーの黒い髪に触れた。
「おう、そうだ、ドヴェルグなんだよ。父親は、あの戦神ヴォルフ・ユルゲンだ」
「ああ、何年か前にラートの森に幻獣狩り行った時に……たしか女の子いたわね。へえ、あの子が、こんなに大きくなってたんだ?貴女、名前は?」
 フェリシーの手が髪から頬へと伝う。柔らかな触り方だった。
「あ、あの……ローゼ、マリーです。つい先日、父が他界して……それで、冒険者になる為に、街に来たところです」
「あら、ヴォルフ死んじゃったの?前会った時は元気そうだったのに」
「はい、数年前から、病気、がちになって、それで……あの……」
 ローゼマリーは普通に接しようとしているのだが、胸が高鳴り声が震えてしまう。
 これはエルフやハーフエルフが有する種族特性のひとつだった。本来は他種族の異性に対して有効な【魅了】と呼ばれる能力だが、フェリシーの様に極めて高い魔力を誇る者は老若男女問わず、相手を落としてしまう。

 と、それを察した赤髪はすぐにローゼマリーを自分へと力強く引き寄せた。
 まだフェリシーの【魅了】が解けてない彼女は、大人しく赤髪の懐に抱きよせられるしかなかった。
「やい、フェリシー!コイツはオレが先に唾つけたんだからな!お前は手え出すんじゃねえ!」
「はあ?なに言ってんのよ。女とお宝と獲物は早いもの勝ちってのがバルバトス唯一の決まり事じゃない。それを反故にするんだったら、それこそもうバルバトスにいる理由なんて無くなっちゃうわよ」
 睨み合う赤髪とフェリシー。そしてその傍らで溜息を零すプラトー。
 冒険者としては最高でも、二人の性質は下の下であることをプラトーは常日頃から残念に思うのだ。彼はノームの高潔な戦士ゆえに。

「――まあ、兎に角、俺とフェリシーは今から塔に入る。詳しい話は、帰ってから聞くが……その娘が、バルバトスを続ける理由ってことか?」
 プラトは、フェリシーの腕を強く握り自制を促していた。
 彼女は、至高の冒険者と呼ばれるほど優れた人物だが、赤髪と女の取り合いになるとまるで別人の様に子供じみた言動を取ってしまう。
「ああ、いや、ローゼマリーも勿論、理由のひとつだけどよ。もうひとつ、デカい理由があんだよ」
「何よ、勿体つけちゃって!早く言いなさいよ」
 そう言い、フェリシーはローゼマリーへと手を伸ばそうとするがプラトに押さえつけられた。
「へへへ、こりゃあよ?プラトにはそこまで響かねえかもしれねえが……フェリシー?」
「ん?何?どうしたの?」
「実は、今、この街に白銀の息子がいるんだわ。レオンってガキだ。アンナとブレイズの子供だ」
 それを聞き、フェリシーはプラトに抗うのを止め大人しくなった。表情も神妙だ。

「うそ……。ブレイズと、アンナの?それ、カレンは知ってるの?」
 カレンとは神槍のこと。フェリシーと神槍には浅からぬ間柄があった。
「ああ、神槍も、恐らく会ってると、思う。まあ、会ってなくてもイライザかフレイザーあたりから連絡は行ってんだろ」
「その子、レオンは……冒険者になる為にアンヌヴンへ?」
「いや、レオンがこの街に来た理由は……アンナが流行り病で死んじまったかららしい。イライザは、冒険者にならせたくはねえだろうけどな。でも、あのガキは普通の街人で収まる器じゃねえよ。白銀とか神槍と同じ人種。髪も綺麗な銀色だしな」
 フェリシーは目を閉じていた。
 十三年経った今でも瞼に浮かぶのは、ユニオン全滅の危機を命を賭して救った白銀の獅子の雄姿。いくら年月を経てもその感情の高ぶりは抑えることが出来ない。
 しかし、この場でそれを露骨に晒すのは彼女の主義では無かった。

「――そう。分かったわ。プラトはともかく、これで私はバルバトスを抜けれ無くなったってことね。って言うか、私だけじゃなくて、元ベリアルでまだ冒険者やってる様な馬鹿は、全員……巻き込まれちゃうかもしれないわね。フレイザー、カレン、タニア、ベンジーとかも。イライザやエイプリルだって、その気になってしまうかもしれない」
 落ち着いた声に戻っていた。その顔から動揺も消えている。
「巻き込めるヤツは誰でもいいから全員巻き込んでやるよ。そんでまずは、半年前のあのバケモンを狩りに行く。そのあとは白銀とルロイの敵討ちだ。バルバトス解散すんのはその後ってことで。このままじゃ死んでも死にきれねえからな」
 そう言い、赤髪はフェリシーからプラトへと視線を移した。
 赤髪とプラトの出逢いは白銀が死にベリアルが解散した後の事だった。
「そんな物欲しそうな目で俺を見るなよ」とプラトは言う。
「誰がノームのオッサンを物欲しそうな目で見るかよ!いや……でも、お前がいなきゃバルバトスは成り立たねえからな……」
「そうか……。確かに俺は白銀と縁もゆかりも無い。が、半年前のバケモノには借りがあるからな。まずはそれ潰すというのなら、俺も今バルバトスを抜けることは出来ない、な」
 プラトはそういうと、天高く聳え立つ鈍色の塔を見上げた。いつ見ても魂を吸われそうになる不気味さ。実際、その塔内にて仲間の命を多く奪われているだけに、積年の想いは計り知れない。

「――どちらにせよ、この話の続きは、イシュタルとの冒険の後だ。それ以降は、バルバトスの活動を再開する、ということでいいんだな?予定は白紙にしておくぞ?」
 プラトは視線を赤髪へと戻し、そう念を押した。
「ああ、それで構わねえ。オレも冒険に向けて準備進めておくからよ。気兼ねなくイシュタルんとこで稼いで来てくれ……。じゃあ、な。つまんねえトコで死ぬんじゃねえぞ――」
 それに対しプラトは苦笑で返し、フェリシーは「死ぬ時は道端で転んでも死ぬからね」と言い残し、その場を去って行った。

 赤髪は未だ【魅了】の解けないローゼマリーの回復を待ちつつ、アンヌヴンの塔を見上げ、今後の展望に想いを馳せていた。


 
第4章
過去に引き摺られる者たち。(赤髪編)
END
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

名前:レオン・トワイニング

種族:人間

性別:男

年齢:13歳

備考:山岳の村ドーンで生まれ育った銀髪の少年。

名前:チャック・ラムゼイ

種族:人間

性別:男

年齢:26歳

備考:辺境伯軍都市警備大隊に所属する熟女に弱い兵士。

名前:イライザ・シーモア(女)

種族:人間

性別:女

年齢:38歳

備考:レオンの母アンナの妹。酒房ルロイの女将。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み