第2話:カレンとフレイザー。

文字数 5,408文字

「――はあああああ、カレン?何度言えば分かるんだ?折角幻獣が出現しても、お前が目にも止まらぬ速さで仕留めてしまったら、この子たちの勉強にならないだろう?」
 フレイザーは手で額を押さえつつ、溜息混じりにそう言った。
 タルム村の北側の森林へと足を踏み入れ、そろそろ昼時を迎えようとしている。
 村の近隣は、駆け出しの冒険者や召喚師、ハーブ採集や獣の狩猟などを生業としている狩人や薬師たちが多く立ち入る為、幻獣と遭遇する事自体が珍しい。
 しかし、その貴重な幻獣を神槍カレンは悉く撃滅してしまう。
 朝方までオーク狩りをしていた彼女はまだ幾分神経が張り詰めていて過敏になっており、何か動く物体を視界に捉えると反射的に槍で貫いてしまっていたのだ。
「す、すまん、気を付けてるつもりなのだけれど。視界に動く物が入ると咄嗟に手が出てしまう。幻獣と認識するのは殺してだから。あ、いや、でも、もう大丈夫だ。流石に、我慢できる、と思う、多分……」
 どんなに弱くとも幻獣は普通の武器の攻撃は受け付けないのだが、漆黒の槍ヴァジュランダは対幻獣処理がなされているため、弱小な幻獣は一刺しで消し飛んでしまっていた。
「それは、まぁ、仕方ない。こほんっ。それに、そもそもこの辺りはお前程の冒険者がうろつく地域でも無いしな……」
 普段なら、鬼の首を取ったかの如く噛み付くところだが、フレイザーはぐっと堪えていた。
 色々と言いたい事はあるが、何を隠そうヴァジュランダに対幻獣処理を施したのは彼自身なのだから。
 それに、神槍にしては珍しくこの手のぬるい冒険に愚痴を零しつつも付き合ってくれているので、あまりネチネチと文句を垂れる気にもならなかった。

「ふむ。ではそろそろ、一旦大休止とするか。カレン?少し開けた場所を探してくれ」
 冒険慣れしてる者にしてみれば他愛も無い移動距離だが、そうで無い者にしてみれば午前中一杯森林の中を歩き回るのは苦しかろうと、フレイザーは、カルロとジゼルの様子を見つつそう言った。
 それから暫くして、休息の取れる開けた場所へ入ると、カルロとジゼルはがくりと膝から崩れ落ちた。
 フレイザーは直ぐに、体力を回復させる精霊魔法を使っていた。
 神槍は、彼女なりに気を利かせてスキル【戦慄】を発動させる。高めたプラーナを周囲に放出し、敵対者を精神的に抑え込む効果があるのだが、彼女程の熟練した者が使うと精神力の弱い生き物は意識を失ってしまう程強烈だった。
 その最中、キッカとレオンは食事の準備に入っていた。食事と言っても穀物と木の実を砕いて団子状にした只の携行食と少しの水だけなのだが。
 バーナードは自らも穀物団子を齧りつつ、カルロとジゼルの世話をしていた。
 この役割は、事前にフレイザーから皆に伝えてあった。
 カレンは警戒、キッカとレオンで食事と水の準備、バーナードは世話係、フレイザーは全体の指揮者、と。
 しかし何よりも冒険の熟練者たる神槍、フレイザー、キッカの三名は少年レオンのタフさに驚き、そして喜びを覚えていた。
 額に大粒の汗こそかいているが、一言も弱音を吐かないし、足取りもしっかりしている。
 そして、同年代の二人の面倒までみる余裕すらあるのだ。

 周囲の安全を確保した神槍が、フレイザーへと歩み寄る。
「レオンを見ていると、本当に、兄の生まれ変わりでは無いだろうか?と本気で思うよ」
「ふふふ、そうかな?私は、お前や白銀に似ているのは見た目だけだと思うが。お前たち兄妹は私の言う事は何も聞かなかっただろう?魔法の才能があるのに剣や槍の稽古に明け暮れて、一切魔導学を学ぼうとしなかったからな。その点、レオンは全ての事に置いて貪欲だよ。そして、考えられない程に多才だ。戦士としては勿論、魔導師としても素養はあるし、その上ゴエティアの可能性があるなんて、本当に信じられない。恐らく、人間の歴史すら変えてしまう程の人材なのだと思うよ、私は、ね」
 そう言うと、フレイザーは浄化石入りの水筒をカラカラと揺らし、喉を潤していた。
「ははは、人間の歴史とは、ちょっと、それは流石に大袈裟過ぎるだろう?」
「いや、でもカレンお前だって、レオンを育て上げれば、白銀の仇が討てるかもしれない、と考えてはいるだろう?」
「それは、まぁ。レオンを一人前の冒険者にして、もう一度あの頃のベリアルの様に、いや、それ以上の強者を集めたら、兄の仇は討てる、と思う」
「それに関しては私も同意見だ。勿論、その強者たちの中心にはレオンがいるだろう。それくらいの才気は確実にある。私はね、その先の事を考えているのだ。例えば、カレン?お前は、白銀の仇を討つことが出来たら、その後どうするか決めているのかい?」
 フレイザーの言葉を聞いたカレンは、少し飽きれ顔で彼の横顔を見ていた。
 それは気が早すぎるだろ?と思いつつ視線を向けた訳だが、エルフの魔導師は至って真剣な眼差しでレオンの事を見詰めていた。

「――その先の話?私は、そうだな。まず冒険者は辞めるし、取り敢えずアンヌヴンからも出てくよ」
 カレンは溜息混じりにそう言った。
「ほう、やはりそうか」
 フレイザーは目を細め、彼女のことを見ていた。
「なんだよ?知ってたみたいな口をきくな。こんな事、誰にも言ったことが無いんだぞ?ああ、兄には言ったがな。あの、兄の最期の冒険に参加しなかったのもそのせいだ。冒険者から足を洗って、只の旅人となって、世界中を旅する。そう言う告げていた。兄の訃報を聞いたのは、それこそ旅立つ前日だったよ」
「白銀が死んだから、旅人になるのを辞めた、という事か?」
「それは、まぁ、仇も討たずに旅に出たら、私が逃げ出した様に見られるだろう?だから、兄とルロイを殺した化け物を殺してから、それで後ろ指を指されずに旅に……と思っていたのだが、それからもう十三年も経過してしまったワケだ」
 神槍の言葉は珍しく弱音である様に、フレイザーには響いていた。
 だからこそ、この会話の中で、彼も何か感じるところがあったのだ。

「――でも、そのお陰でお前は随分と強くなった。あの当時ですら、白銀と互角だったのだから、今のお前は真に最強なのだと思う」
「おいおい、なんだよ、フレイザー?今日はやけに気の利いた事を言うじゃ無いか?なんなら今晩、抱いてやろうか?」
「ば、馬鹿な事を言うな!お前の様な筋肉の塊に抱かれるくらいなら、私は自爆魔法で自らを滅するよ!」
「へえ、自爆魔法って禁呪だろ?使用どころか研究も禁止の筈だけど、お前、使える様になったのかい?たしか、ベリアルの頃は使えないと言っていた記憶があるけど」
 神槍は記憶を辿りつつそう言った。
 自爆魔法、時空魔法、悪魔召喚の三つは世に混乱と混沌を招くとして、ムーセイオン魔導協会が三大禁忌として制定している。
 使用はおろか研究すらも禁止とされており、禁を破った者は魔導審問に掛けられ、最悪は死刑、軽くとも両目を潰されるという重罪だった。

「それは人間が定めた禁呪だからな。エルフである私には適用されない」とフレイザー。いつになく強い語気だった。
「いやいや、アンヌヴンの冒険者ギルドも商人ギルドも魔導学校も魔導協会に加盟してるだろうが?お前はそのギルドやら学校やらにどっぷりと浸かってんだから、関係無い訳ないだろう?」
「ふむ、流石の馬鹿槍も四十を前にすると少しは賢くなるのだな」
「お前、殺されたいのか?それくらいの事は、駆け出しの冒険者でも知っていることだろうが?」
「そうか。ではお前には真実を語ろう。私は、自爆魔法を既に体得している。正確に言うと、今から五年半前の話だ。いや実際は体得していると思うと言った方が良いのかもな。自爆魔法を使って自爆をした事が無いのだから……こればかりはやってみなければ何とも言えん」
 フレイザーの言葉を聞き神槍は、それはそうか……と小さく息を吐いた。
 そして、彼女は普段はあまり興味を抱かないエルフの魔導師に対して、さらに問い掛けた。

「――で、もしかして時空魔法や悪魔召喚の研究もしてるのか?」
「それは言いたくないな。私は、出来ると確信が得るか、ある程度算段のたつことしか口にしたく無い性質だから」そう口で言ってはいるがフレイザーの目には自信が宿っていた。
「ははは、それはもう研究してるって言ってる様なもんだろう?でさ、例えば時空魔法を使える様になったらどうするんだ?」
「それは、そうだな、色々とやりたい事はあるが、まず最初にする事は、お前の歳を三十歳程若返らすことだろうね」
「おい、こら?お前さ、それ、本気で言ってんだろう?」

「当たり前だ。私は、その手の冗談は嫌いだから」
「お前が時空魔法を体得できるとは思って無いが、これだけは言っておく。私を何等かの力で若返らせて慰み者にしたら、マジで殺すからな?これは、マジでマジだからな?」
「ふふふふふ、分かったよ、その件に関しては前向きに考えておく。しかし、私の探求心と向上心を侮るな、とだけは言っておくよ。さて、では、そろそろ探索を再開しようか?」
 と、それから午後の探索は始まった――。



 神槍は【戦慄】を解き、ヴァジュランダをバーナードに預けて、手ぶらで先頭を進む事にした。
 小枝一本でも、彼女が所持すると凶悪な凶器と化してしまうので、少年少女たちの経験を上げるにはそうするしか無かったわけだ。
 そして手ぶらとなってしまうと、さしもの神槍も幻獣を仕留める事は出来なかった。
 素手で幻獣や妖精、精霊の類に攻撃を加えるには、ノームが使う特殊な格闘術を身に付けねばならない。
 数多くの戦闘スキルを体得してる神槍だが、流石にノームの格闘術までには及んで無かった。機会があれば学んでみたい、という興味心はある様子だが。


 ――しかし、それから。
 その日の午後、一向の前に幻獣はその姿を現さなかった。只々、ドールズ大森林を散策するだけで夕暮れを迎えてしまう。
「いや、要するに、私と神槍とキッカのプラーナが強すぎて、弱い幻獣は近づけ無いのだろう」
 タルム村に戻り、樫の巨木の下でフレイザーはそう切り出した。
 実際は、フレイザーとキッカはプラーナの放出をきちんと制御しているのだが、神槍はその手の行為が苦手なのだ。
 その上、オーク狩りで浴びた豚血の匂いと垂れ流されるプラーナを受けて、弱い幻獣は危険を察知し日頃生息してる地域から逃げ出してしまったと言うのが、事の真相。
 それをフレイザーは、神槍一人のせいにはせずに、そう言ったわけだ。

「それでは、やはり、大森林の奥地へと入らねば、幻獣とは遭遇出来ないと言う事でしょうか?」
 一日、森林探索とカルロとジゼルのお守りを終えたバーナードは、流石に顔に疲れを滲ませていたが、力を振り絞りそう言った。
「いや、そうだな。取り敢えず、明日は予定通りタルム村の西側へと繰り出す。ただし、カレンと……レオンは別行動を取ろうか。明日の幻獣狩りは私とキッカ、バーナード殿とカルロ殿とジゼルだけで行うことにする。あと、本日は疲れているだろうから、ここで解散しよう。食事は各々ご自由に。明日の集合は、この場所で、夜明け頃に……」
 フレイザーはそう言うと、誰からの問いも意見も受け付ける事無く、スタスタと歩いて行った。
 方向からして、昨晩のハーブ茶屋なのは間違いないだろう。
 それからバーナードは神槍に対して口を開く。
「では、我々は装備の整備と返納がありますので、これにて……」
「うへえ。装備とか毎日返納しないと駄目なんだぁ?」と、キッカ。
「そうなんです、毎日返納で、毎日拝借。これが辺境伯軍の決まりです。こうでもしないと、装備品の管理は不可能らしいので……。では、カルロ殿、ジゼル、行きましょうか?我々は、宿で食事を取ってそのまま就寝する事にします。この子たちも、今日は流石に疲れていると思いますので」

 樫の巨木の下に残った三人。神槍、キッカ、レオン。
「さて、キッカ?取り敢えず、メシかな。アンタ、何処か美味い店知ってる?」
 神槍カレンは、巨木のコブに腰掛けそう言った。
「うん、あるある、美味い店。朝までやってるし、酒も沢山あったから、そこ行こう」
「そっか、じゃぁ、店はキッカに任せるよ。レオン?」
「はい?」
「メシ食ったら、夜の大森林に入るからね。今晩は、二人で行ける所まで行ってみよう。戦闘職スキルとか教えながら。よし、じゃぁキッカ、案内して」
 カレンがそう告げると、キッカはぴょんぴょんと飛び跳ねる様に歩き出した。
「あ、あの、カレンさん?」 
「ん?どーした、レオン?不安かい?」
「そうですね、それは不安ですよ。夜の森に入るの初めてですし」
「そっか。じゃぁ取り敢えず【夜眼】から教えてあげるよ。本当はさ、一番使える【瞬歩】から教えたいんだけど、アレは最初は草原みたいかなり開けた所で練習した方がいいからさ。まぁ、心配しなくても、私が体得してるスキルは全部教えてあげるから」
 カレンはそう言うと、レオンの頭をくしゃくしゃと撫でた。
 まだ幼い頃に、兄からよくそうされていたな、と思いつつ。

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登場人物紹介

名前:レオン・トワイニング

種族:人間

性別:男

年齢:13歳

備考:山岳の村ドーンで生まれ育った銀髪の少年。

名前:チャック・ラムゼイ

種族:人間

性別:男

年齢:26歳

備考:辺境伯軍都市警備大隊に所属する熟女に弱い兵士。

名前:イライザ・シーモア(女)

種族:人間

性別:女

年齢:38歳

備考:レオンの母アンナの妹。酒房ルロイの女将。

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