第3話:偉大な魔導師の秘密。

文字数 6,184文字

「――レオン!ここ、ここ、ここー!ここがね、フレイザーのお店だよ。森の梟って名前なの!まじない小路の北口から入らないと見付けられないんだって!ウチさ、それを始めて聞いた時ね、一回外に出てから南口に回って入ってさ、確かめたの。そしたら本当に見つからなくて、びっくりしちゃったんだよ!さぁさぁ、ぽけーって呆けてないで入った入った!」と、少女の賑やかな声が響き渡る。
 フレイザーはその声を聞き、頭を押さえていた。
 姿を見るまでも無く、それはローラの声だった。
 まじない小路では走るな、燥ぐな、騒ぐな、大声を出すなと何度となく叱りつけているのに、彼女は一向に言う事を聞いてくれない。
 周りの店主たちからは相当煙たがられていて、いつ強力な魔法攻撃を放たれても文句は言えない状況だと言うのに、本日もまた気が狂いそうなほど、けたたましい。

「これこれ、ローラ?静かになさい。もう何度も言ってるだろう?まじない小路では大人しく慎ましく振る舞いなさいと。本当に、出入り禁止になってしまうからね?」
 店へと入って来たローラに対して、フレイザーは少し強い口調でそう告げていた。
 それに対して、この騒がしい少女は「あ、うん、分かった分かった。次からは静かにすっから」と言って、反省の色など微塵も見せる事無くカウンター席へと腰掛けた。
 先ほどまでいた、冷静沈着でそこいらの魔導師よりも洞察力が高い神槍から、現在は自由奔放で何でも明け透けに言葉を発するローラを隣りに置くと言う、この崖の上から飛び降りたかの様な人間性の格差に、僅かに怒りを覚えていたフレイザーも思わず吹き出してしまう。

「あぁん?何かおかしいことあったの?ほら、レオン?きょろきょろしてないで、ウチの隣りに座んなさいな。ねえ、アンリエッタ?この子レオンっての。昨日からウチの弟にしてあげたんだぁ。可愛いでしょう?にひひひひ」
 ローラはこの世の春が来たかのような上機嫌だった。
 明るい笑顔で、弟をアンリエッタへと紹介する。
「うんうん、可愛いねえ、レオンくん!ちょっと待っててね、今、美味しいお菓子持って来てあげるからぁ」
 アンリエッタはそう言うと、彼女もローラに負けず劣らず華やかな笑顔で奥へと行ってしまった。
 少年レオンは、陳列棚にある様々な魔導具や、武装具に興味を向けつつ、姉の隣りへと腰掛ける。

「さっきまで神槍とキッカもいてね、皆でレオンのことも話をしてたんだ。まぁ、神槍はもう帰ってしまったし、キッカはそれから直ぐに奥で寝てしまっているけれど」
「えー、マジで?ウチ、カレン姐さまに会いたかったなぁ。キッカはいつでも会えるからどーでもいいけどー。で、フレイザー?今日はどんな魔法を教えてくれるのー?」
 ローラは、偉大なエルフの魔導士相手に、足をぷらぷらと振りながらそう尋ねていた。
 彼女は毎週リズーリアの日に、フレイザーから魔法の手解きを受けているのだ。
「そのことなのだけれど、今週と来週と再来週は魔法の勉強の時間が取れそうに無いんだ。申し訳無いけど」
 今週は月末で忙しいし、来週は大森林だし、再来週の予定は未定だけれどね、と思いつつエルフは言っていた。少しだけ申し訳なさそうな顔をして。
「はあ?なにそれ?再来週も無理とか、アンタ、本気で言ってんの?そんなんじゃ、ウチ全然強くなんないじゃんか?もっとバンバン強力な魔法をガンガン教えて、ドンドンさウチを強くするのがアンタの役割でしょう?分かってんの?」
「いやいや、そう言われても、私だって仕事の都合というものがあるから仕方ないだろう?」
「はぁ?何が仕事の都合だよ。それを何とかして、ウチに魔法を教える代わりに、ウチと同い年くらいの女の子を紹介して欲しいって、アンタから言ってきたんだろーが?」
「ああ、ちょっと、ちょっと、ローラ?それは二人だけの秘密にする約束だったでしょう?」
 フレイザーは珍しく狼狽え、席から立ち上がりローラの口を押さえようと試みたが、彼女はそれを片手でぱんっと払いのけて、笑みを浮かべた。
 
「えーーーと、シイラとココとミイナとレンとミミとあと、リロ。全部で六人だったっけなぁ?アンタさ、あの子たちと二人きりで遊んだあと薬とか魔法で記憶を完全に消しちゃってんでしょ?ウチ全部知ってんだかんね?だから、あんまり適当な事ばかり言ってると、アンタの悪事、母ちゃんとカレン姐さまにぶちまけるからね?母ちゃんはまだしも、カレン姐さまは、アンタの悪事は絶対に許さないと思う。絶対にヤラれっからね?ヴァジュランダで心臓一突かな。あ、やっぱ首撥ね飛ばされちゃうかなあ?」彼女は得意げな表情を浮かべて、そう言った。
 齢十四歳の小娘に言葉だけで追い詰められる齢二百六十歳のエルフ。
 彼は、この街で三本の指に入る魔導士で、魔導万屋森の梟の経営者で、まじない小路連合の七人の理事の一人で、魔導学校の教鞭を振るいつつも、病的な少女愛好家でもあるのだ。

「いや、ローラ?その……レオンも、アンリエッタもいる事だし、ここはひとつ穏便に……それと、カレンには絶対に秘密で」
「穏便に済ませて欲しいなら、それなりの対価を支払いなさいな。アンタ、魔導士だけど商人なんだから、ウチの言ってる意味、分かるよね?」
「ああ、うん、分かるよ。まぁ、そうだね、陳列棚にある物、ひとつかふたつなら、好きなものを持って帰ってくれてもいいから……だから、あの……」と、そこでアンリエッタがハーブティーとお菓子の箱を持って戻ってきた。
 箱にあるのは、砕いた胡桃と小麦粉を水と蜂蜜で混ぜてこんがりと焼き上げたジャンブルと呼ばれるものだった。
 アンリエッタが得意としてるお菓子だ。
「はぁい、おまたせぇ。ローラちゃん、レオンちゃんお菓子沢山たべてねぇ。まだまだいっぱいあるからぁ」
 正直、フレイザーは生きた心地がして無かった。
 無論、彼の魔力を以てすれば、例えローラがこの場で全てを暴露してしまっても、記憶操作の魔法で自分に都合よく様々な事を改変出来るのだが、アンリエッタとローラには既に記憶操作の魔法を行使してしまっていると言う、絶対にバレてはならない実績があった。
 この手の精神系の高度な魔法は重ね掛けし過ぎると、何かの拍子に消した筈の記憶が戻る事がある為、これ以上この二人には行使出来ない、という極めて高度な魔導的な理由と、極めて馬鹿げた背徳的な理由があり、彼はその秘密を死守せねばならない。
 
 そして、それ以上に厄介なのが、ローラのこの一流のチンピラとしての才気。
 彼女は、所謂、天性のチンピラなのだ。
 (やから)で無法者で、その上人たらしの要素すら持ち合わせてしまっている。
 正直、喧嘩が強い訳でも強力な魔力を有している訳でも無い。
 しかしながら、口先と度胸と頭の回転の速さで、偉大な魔導師を手懐けてしまっていると言う事実は、驚異的としか言いようが無い。
「にひひひひ、まぁ、今日の所はこれくらいで許してあげるよ、フレイザー」
 そして、また、引き際と言うか矛の収めどころも心得てしまっているのだ。
「ああ、助かるよ、ローラ、ありがとう。本当にありがとう」
 偉大なる魔導師フレイザーは、零れ落ちそうな涙をぐっと堪えつつそう、言葉を零していた。

 それから、フレイザーは咳払いをひとつして、言葉を発した。
 気を取り直し、仮初の威厳を復古させる。
「では、今から一つ提案したい事があるから、私の話を聞いて欲しい」
 そう言われて、アンリエッタもローラもレオンも皆一様に菓子を口に入れつつ、フレイザーの方へと顔を向けていた。
「実は、来週、九の月に入ってから十日間、私とキッカと神槍は辺境伯配下の幻獣召喚師を連れてドールズ大森林へと赴く事になった。今、神槍が金銭面の交渉を辺境伯邸でしているところなのだが、十中八九、私とキッカが神槍に同行する事になるだろう」
「うへえ、ドールズ大森林なんだ?奥の方に入るの?フレイザーが同行するって事は森のエルフの村を拠点にするのかな?」ローラはジャンブルをぽりぽりと齧りつつそう言った。
 彼女は日ごろ冒険者と話す機会が多いため、この手の話は、その辺の中堅冒険者よりも知識を有している。

「ああ、強行軍で最奥まで入る、予定。そこで召喚用の幻獣を捕獲もしくは現地で召還契約を結ぶと言う事なのだろう。まぁ、幻獣は捕獲してもアンヌヴンにまで持ち帰って来るまでに死んでしまう可能性が高いからな。現地で召喚契約してしまうのが手っ取り早いし、確実だから」
「ふうん、で、なんでそんなさ、アンタたちの仕事を、ウチらに説明する訳?」
「実は、今回の冒険にレオンを同行させようと、私は考えている」
 フレイザーは、レオンの目を見据えつつそう言った。
 しかし、それに受け応えるのは当然の様に姉で。
「はあ!?なんで、レオンが、一回も冒険した事無いし、冒険者登録も済ませて無いのに、いきなりドールズ大森林の最奥なんかに行かなきゃなんないのよ!?バッカじゃないの?」
 ローラはお菓子をバリボリと食べつつ、身を乗り出し狂犬の如く吠えていた。

 それに対してフレイザー。
「いや、勿論、戦闘に参加させるつもりは毛頭ないよ。今回はポーターとして同行させるつもりだから。けれど、本気で冒険者を目指しているのなら、私やキッカ、何よりも神槍と一緒に冒険すると言う経験は、きっと彼にとって何物にも代えられない経験となるはず。だから、私は今回、レオンを連れて行きたいと考えている。勿論、ポーターとしての適性な賃金はきっちりと支払うし、何よりも、運が良ければ、彼に幻獣契約の方法を教える事も出来るかもしれない。それにだよ?もうひとつ利点があって、今回の冒険には辺境伯配下の幻獣召喚師も同行するのだ。正直どの程度の者が来るのか今はまだ定かでは無いが、それらの者たちと顔見知りになるいい機会だし、今の内から知り合いになって置いて、絶対に損は無いと思う――。だから、私は、レオンを、この冒険に同行させたいのだ」
 彼にしては、珍しく熱っぽい語り口調だった。
 乾いた喉を潤すべく、ハーブティーを飲もうとしたが空だったのでアンリエッタに手を振り催促していた。少し喋り過ぎたと、喉を鳴らす。

「うーん、まぁ確かに、カレン姐さまと一緒に冒険できる機会なんて中々無いもんねぇ。辺境伯んとこの冒険者と知り合いになるのも、確かに悪い事では無いかぁ。ねえ、レオン?アンタはどうしたい?ドールズ大森林って、未だにオークがうじゃうじゃいるし、幻獣も結構ヤバイのがわしゃわしゃいるとこなんだけど……」と、ローラはそう言ってレオンの方へと顔を向けた。
 大人しく話を聞いているかと思っていたのだけれど、どうやらカウンターに転がっている浄化石や棚に並べてある魔導具に気を取られている様子。
 フレイザーの話なんてひとつも頭に入ってないだろう。
 ローラは溜息を零しつつもう一度「レオン?」と声を掛けた。
「あ、うん、はい、どうかした?」レオンは夢から急に覚めてしまったかの様に素っ頓狂な声を上げていた。
「どうかした?じゃ無いわよ。フレイザーがアンタを冒険に連れて行きたいって言ってるけど、アンタはどうしたい?って聞いてんの!」
「え!?冒険?ぼくが?行きたい!行きたい……けど、イライザさんに聞いてから返事をしたい、かなぁ。バルバトスに入る事も勝手に決めてしまったし、これからお世話になるのに、あまり、ぼくの好き勝手に生きるのは、あんまり良く無い事だと思うから」
 少年から切実に想いを打ち明けられ、ローラとフレイザーは低く唸りつつも、一旦口を閉ざした。
 ローラは母親から冒険者にはなって欲しくないと言われていいて、フレイザーはローラを冒険に巻き込むなとイライザから何度も告げられていたのだ。
 少女は母親の愛を、エルフは喧嘩友達との友情をそれぞれ、おいそれとは足蹴には出来ない。
 が、しかし、少女は父親の仇を討つと志を立てており、エルフにしても意味不明なカリスマ性を有する少女ローラと、白銀の獅子の息子レオンを掲げて新たなユニオンを作り、数多の偉業を成し遂げようという目論みも少なからずあるため、引くに引けない状況ではあった。

「――分かった。レオン?アンタの言いたい事は、よく分かったよ。母ちゃんには、ウチも一緒にお願いしてあげるから。もしかしたら、すっごく怒られるかもしんないけど、でも、今回の冒険はカレン姐さまもいる事だし、ちゃんと説明したら母ちゃんも納得してくれる……はず」と、ローラは言う。
 それに続く様に、フレイザー。
「この件に関しては、私からもイライザにお願いしに行くよ。けどね、何と言うか、レオンのイライザに対する気持ちは良く分かるけれど、一番尊重されるべきは、私やローラやイライザの想いでは無くて、レオン、キミ自身の想いだから。キミにはどうか、それを忘れないでいて欲しい。冒険者の世界で生きているとね、唐突に究極の選択を強いられる時が幾度となく訪れるから。今回、私から言わせると、これくらいの壁も乗り越えれずに冒険を諦めてしまうのなら、キミはその程度の男だったと言うことになる。これは脅しでもなんでもなく、只の現実だからね?キミの父親は……いや、これ以上は止めておこう。今日は少し喋り過ぎて疲れてしまったよ。午後からは財務局にも行かなくてはならないし。これで、お開きにしようか……」
 フレイザーはそう言うと、ティーカップを手に、店の奥へと消えて行ってしまった。
 その後ろ姿は妙に寂しそうに陰りが見える。

「さぁてと、じゃぁ、レオン、ウチらも帰ろうかぁ。色々寄り道して、街のこと案内してあげるから。アンリエッタさぁ?今晩、お店来る?」
 ローラは椅子からぴょんっと飛び降りてそう言った。
「あ、うん、行く行くー。本当はね、ハーブを仕分けてローラちゃんとレオンちゃんに持って帰ってもらうつもりだったんだけど、まだ全然出来て無いから、夕方にもってくよー」
「うん、分かったよ。じゃぁ、待ってるからねー。あと、ここに転がってる浄化石貰って帰るから。フレイザーに宜しく……」
 そう言うとローラは一個金貨十枚相当の浄化石を三つ、レオンのズボンのポケットに入れてしまった。
「え、いいの、お姉ちゃん、勝手に……」
「あのね?勝手に、じゃ無いよ。ウチは恐喝はしても泥棒はしないから!さっきフレイザーが好きなの持って行っていいって言ってたじゃない。取り敢えず、その浄化石を街で売って、その金でアンタの冒険用の装備整えるわよ!じゃぁね、アンリエッタ!またあとで!」
 ローラはレオンの手を握り、バタバタと森の梟から駆け出て行ってしまった。
「うん、またあとでねぇ……って、ローラちゃん、また走って出て行っちゃった。まじない小路で走ったら、普通はエイって魔法で怒られちゃうのに、大丈夫かなぁ?でも、まぁ、いつも大丈夫だから、今日も大丈夫なのかなぁ?」と、静かになった森の梟に、ハーフエルフの優しくも心配げな声が、響いていた。

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登場人物紹介

名前:レオン・トワイニング

種族:人間

性別:男

年齢:13歳

備考:山岳の村ドーンで生まれ育った銀髪の少年。

名前:チャック・ラムゼイ

種族:人間

性別:男

年齢:26歳

備考:辺境伯軍都市警備大隊に所属する熟女に弱い兵士。

名前:イライザ・シーモア(女)

種族:人間

性別:女

年齢:38歳

備考:レオンの母アンナの妹。酒房ルロイの女将。

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