第4話:姉と弟。

文字数 5,781文字

 本日、二度目の目覚め。
 レオンは、薄っすらと目を開けた。うつ伏せで、顔を右側に向けて寝ていた。
 その視線の先には、姉ローラの顔があった。
 彼女は少年の顔をじいっと見詰めている。

「――えーっと、おはよう、ローラ、お姉ちゃん」
 少年は極々近距離にいる姉に対して、取り敢えずそう言ってみた。
 少女は少年を抱き締めて「うん、おはよう、レオン」と言った。
 流石に、下着のズレは直していたが、殆ど裸の様な格好なので、少年は身動きひとつ取れずに、身体を硬直させていた。
「アンタの寝顔って、本当に女の子みたい。あれあれ?弟じゃ無くて妹だったっけぇ?って本気で考えちゃったじゃない。ねえ、ちゃんと、朝ごはん食べてきた?」
「あ、うん、ちゃんと、食べたよ。その時はまだフレイザーさんがいたから、色々と、話をしながら」 
「フレイザーね、なんかアンタの事気に入ってるみたい。今度、まじない小路にある店に連れて来いってさ。あの偏屈なエルフが自分の店に男を連れて来いとかさ、初めて言われたよ」
 ローラは、レオンの頬や耳に軽くキスをしながら話していた。
 身体の至る所が密着し、温もりが心地よい。
「あの……ロー、お姉ちゃん?ちょっと、擽ったいよ……」
「母ちゃんがさぁ、寝る時とか朝起きた時とかに、人肌が恋しくなるってよく言ってるけど、今は、何となくその意味分かるわぁ。アンタとこうしてると、気持ちいいし、何だか幸せな気分になっちゃうもん」
「女の子が、男にそう言うことは、しちゃダメだと思うけど……」
 レオンがそう訴えかけると、ローラは満面の笑みをうかべていた。

「ウチはレオンのお姉ちゃんだから、弟には何してもいいの。うひひひ、ねえねえ、ちょっとさ、服脱がしちゃってもいーい?なんか、アンタの裸見たくなっちゃった」
「え?ダメだよ、そんなこと、母さんに怒られちゃう。あ、もういないけど、それでもダメ。いくらお姉ちゃんでもダメだよ。そんな事されるくらいなら、ぼくはこの家を出て行くからね?」
「ちぇっ、なんだよ、けちんぼー。裸見るくらい別にいいじゃない。減るもんじゃ無いのにさぁ」
 二人はひとつしか年齢が違わないが、都会のそれも酔いどれ小路の様な歓楽街で育ったローラと、厳粛で慎ましい生活を好むドワーフが多い村で育ったレオンでは、異性に対する意識が随分と違うのだ。

「あの……お姉ちゃんは、他の男の人とも、こう言う事をしてるの?」
「はあ?そんなの、やってねぇし!無理矢理犯されそうになった事は何度かあるけど、ウチ、まだ、ちゃんと処女だからね?いや、別にさ?ウチ的には、処女を大切にしてるってワケじゃ無いんだけど、母ちゃんがそーゆー事に対しては厳しいんだよねー。この界隈の冒険者とか商人に、ウチに手を出したら殺すって御触れを出してるから、最近じゃ誰もちょっかいかけてこないし。母ちゃん、冒険者の頃さ、毒使いて呼ばれてて、超怖かったんだって。でも、まぁ一人だけ、アイサって頭のおかしい冒険者はいるけど、アイツは女だから、母ちゃんもあまり気にして無いけどね」
 その名前は聞き覚えがある、と少年は思っていた。
 十中八九、いや十中十、コーリング大通りで出逢った少し頭のおかしい女魔導師で間違いないだろう、と。
「あの、多分、ぼく、そのアイサって冒険者とさっき会ったよ?魔導師でしょ?」とレオンは言う。
「うわぁ、マジで?いや、でも、分かるよ。アンタってさぁ、絶対にアイサの好みだもん。あの変態が放っておくはずが無いもんね。店で会ったの?」
 会話をしてる間、レオンは姉の束縛からなんとか逃げ出そうと試みたが、手足を上手に絡めてあって殆ど身動きが取れない状態だった。

「いや、コーリング大通りで。冒険者の一団の中にいて、少しその後に着いて歩いてたら、声を掛けられて。そしたら、ぼくとお姉ちゃんが一緒の部屋に住んでるのを想像したら、冒険なんて出来ないってなって。それで、アイサさん、冒険に行くの止めちゃって。すごくダメな人だなぁって思ったよ。一緒に冒険する人も、他に冒険者探さないとって、困ってたし」
「はああああ、マジで最低だね。冒険に出る当日に行くの止めるとかありえないからね、マジで。冒険の目的に合わせて、戦闘職と魔法職と支援職の人数を調整してさぁ、色々と大変なんだよ。特にアイサは魔法職も支援職も熟せるから、その穴を完全に埋めるなら、かなりの対価を支払わなけりゃならないでしょうね」少女は淡々とそう言った。
 それを聞き、レオンは驚いていた。
 この姉は、基本的に、はちゃめちゃで自己中心的な女の子だけれど、冒険とかユニオンの事に関してはかなりの知識を有している。と、そう思ったから。
「お姉ちゃんって、色々詳しいんだね……冒険者のこととか」
「そりゃ、ウチは、お金貯めて、自分でユニオン作ってマスターになるつもりだから、それくらいの事は頭に入れて置かないとね」
「え、凄い!自分でユニオンを作るの?」
 レオンは思わず声を上げてしまった。
 その発想は、自分では思いつきそうにも無かったから。
 冒険者になると決めたものの、まだ何も知らず分からない自分と、この街で生まれ育ち冒険者たちの中で生きて来たローラとでは、大きな差があると少年は感じていた。

 少年の問い掛けに対し、ローラは「――うん。だって、もう五人はメンツが決まってっからね。フレイザーと赤髪と神槍と、ウザイけどアイサと、あとはレオンね。ウチをユニオンマスターにして、取り敢えず六人で登録するの。フレイザーはちょっと面倒臭いところがあるけど、この街で三本の指に入る魔導士だし、赤髪と神槍がいたら攻撃面は完璧だし、アイサはさ、さっきも言ったけど支援職も魔法職も両方熟せるからバカだけど役に立つし、他にも何人かアテあるし、あとは白銀の獅子の息子のアンタがいれば、出来立てホヤホヤのユニオンでも、色んな所から軍資金引っ張れるからさ」といい、少年の頭を撫でていた。
 彼女なりに、白銀の獅子と鬼女の息子の価値をある程度の算段を付けているのだろう。
 そして、更に続ける。
「――まずね、フレイザーの繋がりでまじない小路連合と、赤髪とウチがいるから酔いどれ小路連合からは確実だし、神槍はそもそも個人で超大金持ちだし、アイサはどうでもイイとして、何と言っても一番の期待はレオンよねぇ。だって未だに街一番の英雄の白銀の獅子の息子なんだもん。もしかしたら、帝国の地方行政区とか辺境伯様からも軍資金を引っ張れるかもしれない!うひひひひひ、そしたら、本当に最高だよねぇ。これだけ名前の売れてる冒険者を集めて、尚且つ軍資金も潤沢ってなると、ウチのユニオンに入りたいってヤツはそれこそ星の数程いるワケだからさ、強いの選びたい放題じゃん?それでね、最強のユニオンを作り上げて、父ちゃんと白銀の獅子を殺した魔物を、やっつけてやるの。それがウチの夢……」
 そこでローラは一旦言葉を切る。「夢」という言葉を噛みしめている様に、レオンの目には映っていた。
 少年は、何か語り掛けようと思いはしたが、目の前の少女の大志に感動して、声を出すことが出来なかった。

 そんなレオンの想いを知ってか知らずか、ローラは再び少年の頭を撫で、語りだす。
「――でも、多分、それってさ、アンタの夢でもあると思うんだよねぇ。父ちゃんたちの仇、討ちたいでしょう?そんでさ、そのままアンヌヴンの塔を完全に制覇しちゃおうよ。そしたら、父ちゃんも白銀の獅子も、あの世から喜んでくれると思うし。でさ、こう言う話を、店で色んな冒険者にしたら大抵馬鹿にされるんだけどね、フレイザーと、赤髪と、神槍と、バカだけどアイサだけは真面目にウチの話を聞いてくれるの。母ちゃんは、ウチにさ、冒険者にはなって欲しくないみたいなんだけど、でもさ、それは無理なんだよね。父ちゃんが、アンヌヴンの塔の魔物に殺されたって聞いた瞬間から、ウチが仇を獲らなきゃって思っちゃってるから。多分、五歳とか六歳くらいからそう思い込んで生きて来たから、今更、ケツを捲る事は出来ないんだよ」
 最後は淡々とした口調で、ローラは語っていた。
 その場の雰囲気とか勢いでそう言っている感じでは無い。
 彼女は、それこそが自分の生きる道だと、信じているのだ。

「――あのさ、赤髪ってヴィルのことでしょう?」
「あ、うん、そだよ。もう会ったの?」
「うん、会ったよ。それでね、色々あって腕相撲をしてさ、ぼく、赤髪に負けちゃって、それで、バルバトスに入るって約束しちゃったんだけど、もしかしたら、それって不味かったかなぁ?」
 少年としては、勿論、姉の力になりたいと思っていたのだが、赤髪との賭けを反故にしてしまうのは、それはそれで男らしくない事だと思っていた。
「あ、いや、今は全然問題無いよ。むしろ、バルバトス入って、冒険一杯して強くなってくれた方が、ウチ的には好都合だし」
「お姉ちゃんが、ユニオンを作ったら、バルバトスを抜けて来いってこと?」
「抜けるも何も、ウチがユニオン作る時には、バルバトスなんて解散させるから」
「えー?そんな簡単にいくのかなぁ?」
 少年は、赤髪のヴィルとはまだ出逢ったばかりで、深く知っている訳ではないが、自分たちの様な子供の進言で「はい、分かりました、解散します」と言う様な人物では無いと感じていたのだ。

 しかし、ローラの想いは揺るぎなく……。
「ちょっと、レオン?そんなのさ、簡単とか難しいとか関係ないんだよ。ヤルしか無いの。ウチとアンタは、父ちゃん殺されてるんだよ、同じ魔物に。そして十三年経った今でも、そいつは討伐されてないの。だったらもう、その魔物はウチらで討伐するしか無いじゃんか?バルバトスとか、辺境伯とか帝国軍のユニオンが倒せる様な魔物じゃないんだよ!」少女の瞳に炎が宿る。少年は、その様子に見惚れてしまった。
 彼女が熱く語れば語るほど、自分もその熱に(ほだ)されてしまう。
 そして、彼女は少年の様子を見て、笑みを浮かべ、更に熱く語りだす。
「――十三年前のあの時、史上最強だったベリアルでも為す術無く窮地に追い込まれちゃったんだから。生半可なユニオンじゃ、その魔物にすら辿り着けないの。だから、ウチは決めた。この街だけじゃ無くて、この国とか、いやもっとだね、この世界中から、最強の冒険者を沢山集めて、ベリアルを超えるユニオンを作って、そして、父ちゃんたちの仇を討つって。本気だから。マジでマジだから、ウチは!!」と、そう言い放つと、ローラはレオンから離れベッドから立ち上がった。
 驚いた顔のレオンを見つつ、ケタケタと笑い出す。

「あはははー、なんか興奮しちゃったぁ。ちょっと、寝汗かいちゃったから、水浴びして来る。レオンも一緒にいく?」
 姉は、下着姿のまま、少年に問い掛けてきた。
「えーっと、あの、ぼくはいいよ。ここで待ってる」
「あ、そう?じゃぁ、ちょっと待っててね。水浴び終わったら、フレイザーのところに行こう」
 そう言うと、ぴょんぴょんと野兎の様に飛び跳ねて部屋から出て行ってしまった。
 下着姿のまま行ってしまうのか……と、少年は思ったが、これが彼女の日常なのだろうと思うと、居候してる身としては、それを受け入れる他ない。
「でも、ヤルしか無いって言っても、ローラが作ったユニオンに神槍とか赤髪とかフレイザーさんが参加するなんて、あり得るのかな?やる気と熱意は凄いけど……」
 少年はぽつりぽつりとそう言ってから、ベッドへと横になった。
 今はまだ自分がバルバトスの一員として冒険をしてる姿すらも思い描けないのに……、とこれは口からは出さずに心の奥へと飲み込む。

 ふと、母からイライザの下で世話になれ、と言われたことを思い出していた。
 彼女に一言の相談もせずに、赤髪の誘いに乗ってしまった自分の考えの浅さに嫌気がさしてしまう。
 怒られる、というよりも悲しまれてしまう様な気がして、何だか胸中がもやもやとしてしまっていた。
 そんな感じで、頭を抱えつつベッドの上をゴロゴロと転がっていると、階下からドタバタと音が響く。
 ローラが水浴びを終えて帰って来たのだ。
 姉は全裸でベッドへと飛び込んで来る。
 そして、まだ濡れている身体で、レオンへと擦り寄っていた。
「ちょっと、お姉ちゃん!またそんな格好で!それに身体全然拭いて無いでしょう?」
 レオンは、年頃の娘がなんて、はしたないんだ!と思っていた。少し、だらしなさすぎるとも。
 少年の生まれ育った村では絶対にありえない光景だったのだ。

「うひひひ、いいじゃんいいじゃん別に!ウチら姉弟なんだし」
「きょ、姉弟って言っても、昨日なったばっかりなんだからね?」
「うへえ、すっごいマジメじゃんかぁ。やっぱ山の村とかで育っちゃうとレオンみたいな感じになっちゃうのかなぁ?男だったら、女の子からこーゆーふーにされたら嬉しいと思うんだけどー?」
 姉はそう言うと、抱き着いて来て、またレオンの頬や耳それから唇までにもキスをしてくる。
 少年は、顔を真っ赤にして姉を押し退けてベッドから跳ね起きた。
 恥ずかしさと興奮が胸と頭の中で錯綜し過ぎて、変な気分になってしまっていた。
 そして「お、お姉ちゃん?早く身体を拭いて、服を着て?ぼく、下で待ってるから」と言って、まるで逃げ出すかの様に部屋から出て行ってしまった。
 突然、強烈な力で押し退けられたローラは驚いていたが、直ぐにケタケタと笑い出していた。
「レオン、可愛いなぁ。うひひひ、ウチの可愛い弟ちゃぁん。何か見てると、ちょっかい出したくなっちゃうんだよねぇ。黙ってても可愛いのに、怒った顔もまた可愛いなんて、やばいやばい……食べたくなっちゃう。って、あれ?ちょっと、もしかして……ウチも大人になったら、アイサみたいな変態になっちゃうのかなぁ?」と、それから漸く彼女は身体を拭き、服を着る事にした。
 鼻歌混じりに、野兎の様に飛び跳ねて、部屋を出て階段を下りてゆく。

 
第2章
塔の街での出逢い。
END
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登場人物紹介

名前:レオン・トワイニング

種族:人間

性別:男

年齢:13歳

備考:山岳の村ドーンで生まれ育った銀髪の少年。

名前:チャック・ラムゼイ

種族:人間

性別:男

年齢:26歳

備考:辺境伯軍都市警備大隊に所属する熟女に弱い兵士。

名前:イライザ・シーモア(女)

種族:人間

性別:女

年齢:38歳

備考:レオンの母アンナの妹。酒房ルロイの女将。

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