第3話:とある出逢い。

文字数 5,788文字

「――じゃぁ、レオンくんは足の方持ってくれるかな?」
 ローゼマリーとレオンは、イライザの指示通りに動いていた。
 赤髪の凶行により意識不明となったドン・ウィスラーの身体は人間にしては余りにも大きく、一般的な女性と少年だけで運ぶ事は出来ないが、二人は意図も容易く、完全に脱力状態にある大男を抱え上げた。
「ローゼマリーさん力持ちなんですね」
 レオンは笑みを浮かべそう言った。
「レオンくんだって、凄く細身に見えるのに力持ちだと思う。私はさ、これでも半分ドワーフの血が流れてるからね。ノームだって、基本的には人間より力が強いから」
 店の外に出て、入口から少し離れた場所にドンを下ろした。
 運んだ後に血痕が点在しているため、出血の酷い箇所があるのだろう。
 イライザには外に運んでくれと言われただけだったが、ローゼマリーは神聖魔法を使い、ドンの傷を少し癒してやることにした。
 ドンの傍らでわんわんと泣きじゃくる取り巻きたちが、余りにも惨めに思えてしまったのだ。
 ローゼマリーは目を閉じて、両手の平を空へと向け「女神タリヴィアよ、その慈しみをもって、この者を癒したまえ」と明瞭な声で詠唱をした。
 すると、彼女の手が白い光で包まれ、そしてその光が次第に大きくなりドンの身体を包み込む。

 ――施術はすぐに終わった。
 それによりドンの意識が戻り傷が完全に癒える訳では無いが、彼の回復力を一時的に高める魔法を行使していた。
 そして、ローゼマリーは言う。「傷を完全に癒したければ、ヴァース教神殿の門戸を叩いて高位の神官様にお願いしなさいな。かなり高額なお布施は要求されるとは思うけれど。それが無理なら、宿屋でニ、三日安静にするしか無いでしょうね。宿屋の女将さんに薬を用意して貰って大人しくしてればいいよ。あと、これは余計なお世話かもしれないけど、この男程度の力じゃ、この街では名を上げれないと思う。蛮勇を振るうなら、あの赤髪と同程度の強さを得なければ……。まぁ、これは私ごときが進言する事では無かったわね。では、お大事に」と。

 それから、ローゼマリーはレオンと相対した。
 少し気まずそうな笑みを浮かべている。
「あのさ、レオンくん、今度、神槍と冒険に出るんでしょう?ごめんなさい。キミと赤髪の会話を盗み聞きするつもりは無かったのだけれど、聞こえてしまったから……」
「はい、と言っても荷物持ちですけどね。ローゼマリーさんも一緒に連れて行って貰いますか?」
「あ、いや、そう言うつもりは全然無くて。でもね、その冒険が終わって帰って来たら、色々と話を聞きたいと言うか。私もいつの日にか、神槍と一緒の冒険に出られたらって想ってるから。憧れてるの。女の身でありながら、武力だけならこの街で最強と謳われる、神槍カレン・トワイニングに」
 ローゼマリーは高まる興奮を抑えつつ、神槍の名を口にしていた。
 レオンはその様子を見て、それなら尚更一緒に行きませんか?と言いたくなってしまったが、また勝手に話を進めるのは良くないだろうと思い、口先にまで出かかっていた誘い文句を一息に飲み込んだ。

 そして少し話題を変えることにした。
「あの、ローゼマリーさんも、バルバトスに入るんですか?」と少年は言う。
 ローゼマリーは「うーん」と唸り、顔を(しか)め腕組みをしていた。
「ああ、いや、実は今悩んでるの。他に入りたいユニオンがあるってワケじゃないけどね、暫くは単独で活動して、色んなユニオンとか冒険者を見てから今後どうするかを決めようって思ってた矢先に、赤髪から誘われてしまったから。あの人、滅茶苦茶じゃない?さっきも相手が意識失ってるのに蹴るの止めなかったしさ、滅茶苦茶で破廉恥で粗雑で狂暴で、狂気的すぎる……」
 人の命をなんとも思って無い様な、痛めつけ方を目の当たりにし、赤髪の残忍性が際立って印象に残る。しかし、ローゼマリーは彼と半日時を共に過ごし、残忍さや愚劣さだけの男では無いという印象も有していたのだ。
 そして彼女はレオンに対し「――けど、冒険やこの街の事に関しては凄く丁寧に教えてくれるんだよね。今日も、この店に辿り着くまで、延々と色んな事を教えてくれたの。そして、取り敢えずバルバトスに入って雰囲気が合わなかったら直ぐに抜けていいって言ってくれたし、その時は他のユニオンを紹介もしてくれるって。だからさ、いきなり上位の大きなユニオンに入るよりかは、バルバトスみたいなところに入って色々と学ぶのも有りかもしれないって。それに、レオンくんみたいな子がいるなら、冒険の初心者同士頑張れるかなぁって思うし、ね」と答えるに至った。

 勿論、ローゼマリーは赤髪の言っている事を全て鵜呑みにしてる訳では無かったが、親近感に似た感情は芽生えていたのだ。信頼や信用とまでは及ばないが。
 そしてまた、白銀の獅子の息子であるというレオンの存在も彼女の中では大きかった。
 神槍へと繋がる数少ない鍵を、ここで捨てるのは余りにも勿体ない、と少なからずの打算もある。
「では、その内一緒に、アンヌヴンの塔で冒険する事になりますね!」
「そうだね、うん。頑張ろうね、レオンくん」
 二人はそれから、店に入りそれぞれ元座っていた席へと戻った。
 ドン・ウィスラーは意識不明のまま取り巻き衆に抱えられて、街の何処かへと消えていた。
 店内の血痕は跡形も無く拭き取られていたので、後からの来客はここで一騒動あった事など気が付く事も無いだろう。

 客が一人また一人と訪れて来る。
 陽が完全に落ちた頃にイライザから「今晩はカウンターが埋まるから奥のテーブル席に移ってくれるかい?」と言われ、赤髪とローゼマリーとレオンはそれぞれ自分のコップを手にぞろぞろと移動した。
 アンリエッタもその仲間に入ろうとカウンターから抜け出すところを、ローラに見つかり炊事場へと引き込まれてしまった。
 酒場だが、夕飯や夜食を求めて来る客が多いため、仕込みはしっかりとしなければならないのだ。
 特に大食漢の冒険者が押し寄せて来たら、イライザやローラは休む暇すらない状況に陥ってしまう。
「――見る限り、客層にバラツキがあるね。テーブル席にいるのは役人さんたちで、カウンターにいるのは冒険者たちってとこかな?」
 ローゼマリーは、この店名物の鶏肉の香草焼きを摘みつつそう言った。
「まぁ、そんなトコだな。けど、今いる奴らは、そこまで濃いメンツじゃねえかな。もっと夜が更ければ、この街の魑魅魍魎どもが集まって来るから面白れぇんだけどよ」そう言うと、赤髪は鶏肉を手掴みで獣の様に食らいついていた。

「ねえ、なんで、この店にはそう言う人たちが集まるワケ?」
「それはよ、色々と理由はあらぁな。まず、この店の経営者が酔いどれ小路連合の会長だからよ、その繋がりで店を閉めた奴らとかが顔出しに来るだろ。あとは、元ベリアルの奴らが常連だからってのもあるだろうな。白銀が死んで解散した後にオレみたいに冒険者のままの奴らもいたけどよ、半分くらいは冒険から足洗って店出したり、辺境伯軍に採用された奴らとかもいてな、そいつらがそこそこ出世してたり繁盛してやがるからよ……」
 赤髪はそこで一旦話を切り、残っていたエールを一気に飲み干した。
 そして、自分の話を真剣に聞いているローゼマリーやレオンの様子を見て、気を良くし、更に続けた。
「……中には、地方行政区に雇われてるやつとかもいるからな。まぁ、元ベリアルってぇ肩書はよ、それだけで実力が証明されてる様なモンだから、どこに行っても引く手数多って事だな。で、要するに、そう言う奴らが今の仕事仲間をここに連れてくるわけだ。それを知って、商人ギルドとか冒険者ギルドの奴らも顔を出すし、名の売れてる豪商や豪農まで来るからよ、ここで商談が成立したり土地の売買とか冒険の依頼なんかも……色々と決まっちまうんだよ。この街には他にもエイプリル・メロウズの娼婦館と闇商人スペンサー・ハイアットの館もキナ臭い輩が夜な夜な集まってるけどな。その中でもこの店の客が一番多種多様だろう。だからこそ、面白ぇんだけどよ――」
 ローゼマリーの言葉通り、赤髪の説明は分かりやすく面白い……とレオンは思い聞いていた。
 少年は依然水を飲んでいたが、ローゼマリーと赤髪はエールをそれこそ水の様にガブ飲みするので、二人のお代わりを少年が貰いに行くようになり、いつしかイライザの指示通りに酒や料理を運ぶ様になっていた。

 客は入れ代わり立ち代わり訪れては去ってゆく。
 時折、ローラが店内を駆け回り皿やコップを引き上げ、テーブルの掃除まで熟していた。
 客の接待はイライザがして、洗い物や調理全般はローラとアンリエッタがしている。
 大体毎日夜が更けて来ると、人手不足となるため、イライザが適当な客に酒や食事を運ばさせて乗り切っているのだ。
 それが今晩はレオンに白羽の矢が立ったと言うことになる。
 少年は、当初慣れない仕事に戸惑っていたが、直ぐに適応してテキパキと動ける様になっていた。
 最初はイライザから言われるままに酒と食事を運んでいるだけだったが、次第に皿を下げたり追加の注文まで取る様になっていった。
 そのお陰で、イライザは心置き無く接待が出来、ローラとアンリエッタは自分の仕事に集中出来るため、普段よりも明らかに滞り無く営業出来ていたのだ。

 普段なら、イライザとローラの怒号が飛び交ったり、手伝いで来てるアンリエッタが忙しさの余り泣き出したりするのだが、今日は炊事場から軽快な鼻歌が流れている。
 そんな中で、カウンターの端に腰掛けていた冒険者風の格好をした若い男が少年レオンに声を掛けた。
「――やあ、キミの髪の毛、白銀の獅子みたいで格好がいいね」と。
 歳の頃は二十代の半ばぐらい。
 たまに一人でこの店にやって来ては、エールと鶏の香草焼きを頼んで周りの客やイライザと世間話をして帰る男だった。
 悪酔いはしないし、金払いも良いのでイライザ的には上客の一人だったが、なんせ癖の無い人物なので、彼女は未だに彼の名前を憶えて無かった。
 レオンは、そう声を掛けられまずイライザの方へと視線を向けた。
 白銀の獅子ブレイズ・トワイニングは間違いなく自分の父親だが、その事を誰彼構わず言ってしまってもいいのか、判断が付かなかったのだ。
 その視線と想いを直ぐに察したイライザは笑みを浮かべ言う。「レオン、いいよ、ブレイズは間違いなく、アンタの父親なんだからさ、気に掛ける事も嘘をつく必要も無いから」と。

 するとその様子を見ていた他のカウンター客たちも一斉にレオンへと視線を向けた。
 皆一様に「そう言われてみたら、銀髪なんて珍しい」といった表情をしている。
「ははは、え、まさか、白銀の獅子の血縁者、だったり?」冒険者風の若い男はそう言ってエールを口にしていた。
「あの、ぼく、レオン・トワイニングと言います。白銀の獅子はぼくのお父さんです」
 その声が届いた者は皆、固唾を飲みレオンの事を見詰めていた。
 事情を知るイライザだけが、口許に微笑を浮かべてそれぞれの反応を楽しんでいる。
「は、白銀の獅子の息子?ウソでしょ?イライザさん、本当に?って言うか、この子、男の子だったんだ?ははは、ごめん。可愛らしい女の子だと思って声を掛けてしまったよ」
 若い冒険者の男は、苦笑いを浮かべつつイライザへと視線を向けた。
「本当だよ。この子は、白銀の獅子と、あたしの姉さんの子供」
 イライザがそう告げた後はカウンター席の客たちが身を乗り出し矢継ぎ早に質問を繰り出した。

 それに対して、彼女は一問一答形式で回答してゆく。
「イライザの姉さんって、鬼女アンナのことか?白銀の獅子と鬼女の息子?この女の子みたいな子が?」
「ああ、そうだよ。白銀と鬼女の息子。昨晩、魔導士フレイザー・イシャーウッドから潜在能力が計り知れないとお墨付きを得てるからね」
「あの魔導師フレイザーのお墨付きとは凄い!それにしても白銀に息子がいるなんて、今まで一度も聞いた事が無いが?」
「この子つい先日まで、岩塩街道を上った山の上の方にあるドーン村ってとこに住んでたんだよ。この子の存在を知ってたのは、あたしと神槍くらいじゃないかしら」
「そ、そうか。白銀の息子って事は、神槍カレンの甥っ子ってことか。凄まじい血筋だな。その上母親が、あの鬼女なんだろ?やべえな。マジで、やばい存在だわ。で、もう冒険者登録は済ませてるのか?」
「いやいや、それはまだだよ。昨日この街に来たところだからね。でも、月が明けたら早々に、フレイザーと神槍と一緒にドールズ大森林に幻獣狩りに行くんだってさ」
 と、イライザの言葉を聞きカウンターの客たちは口にしていたエールを吹き出した。

 そして改めて、銀髪の可愛らしい少年の姿を視界に入れる。
 皆、それなりに活躍してる冒険者なだけに、神槍やフレイザーと共に冒険をする事の重大さと過酷さをある程度の共通認識を有しているのだ。
 最初に声を掛けた冒険者風の若い男が、周りの者たちの想いを代弁する。
「――始めての冒険で、とても大変な道程になると思うけど、頑張って、無事に帰還して欲しいね」
「あ、はい、ありがとうございます」
 少年は朗らかな笑みを浮かべそう言った。
 若い男は、少年の屈託の無い笑みを受けて、感銘を受けた様な表情をしていた。
「イライザさん?今日はもう帰る事にするよ。では、レオン・トワイニング、また会える日を楽しみにしておくよ」
「はい、あの、お名前伺っても宜しいですか?」
「ああ、これは失礼した。私はバーナード・マドック。辺境伯軍の塔内調査部隊に所属している。いや、今日は実に良い土産話が出来た。では、レオン、白銀の獅子の息子よ、また会おう」
 バーナードはそう言うと、颯爽と店から出て行ってしまった。
 イライザはこの時初めて、若き冒険者の名前と地位を知ったのだ。
 まさか辺境伯軍に所属してるとは思いもしなかったので、自分の見る目の無さに、僅かながらに失笑を零していた。

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登場人物紹介

名前:レオン・トワイニング

種族:人間

性別:男

年齢:13歳

備考:山岳の村ドーンで生まれ育った銀髪の少年。

名前:チャック・ラムゼイ

種族:人間

性別:男

年齢:26歳

備考:辺境伯軍都市警備大隊に所属する熟女に弱い兵士。

名前:イライザ・シーモア(女)

種族:人間

性別:女

年齢:38歳

備考:レオンの母アンナの妹。酒房ルロイの女将。

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