29.女王の苦悩

文字数 2,494文字

 沖田達三人はフォークと呼ばれたいけすかない士官に、途中で装備一式を預けるように言われ、仕方なく武器その他を兵達に預け、クラリスことエメトリア女王と共に教会の地下へと降りていった。
 薄暗く湿ったらせん階段を降りて、更に地下通路の奥へと入っていく。
 最後に、重い鉄の扉を二度通って中へと入っていくと、そこは、大きな円卓と壁に備え付けられた強大なモニター群、幾人ものエメトリア軍の兵士と、それに混じって多くのシスター達が行き交い、情報の収集分析を行っているエメトリア正規軍の司令室のようだった。
「女王陛下、ご無事でなによりです」
 胸に大将の階級章をつけた白い口ひげを生やした温和そうな老人がクラリスの前に跪いて頭を垂れた。
「ありがとう、ミハイル」
 クラリスが微笑み、立つように促す。
「して、この者達は?」
 ミハイルがいぶかしそうに沖田達三人と竹藤を見た。
「難民キャンプで革命軍に襲われた私を助けてくれた、クラリスの学友と日本のマスコミの方です」
「そうでしたか!」
 一転して穏やかに微笑むと、ミハイルと呼ばれた老将は沖田達の手をとって礼を言う。
「状況はどうでしょう?」
 挨拶が済んだところで訪ねる女王に、  
「姫様の所在がわかりました」
 エリサが帰国したとの情報を入っていたがその後の所在が掴めず、この状況で人手を出すのをためらった女王は自らも国境付近を探していたらしい。
「やはり、ニコライに捕らえられたようです」
 言うこともおぞましいとばかりに震える声でミハイルが告げる。
 クラリスが、口に手を当て、声にならない悲鳴を上げた。
 まさか、よりにもよって一番捕まってならない人物と場所に捕らわれてしまうとは。
 もはや、人としてまっとうな死すら望めない、苦痛と虐殺の権化の様な場所に。
 苦渋に満ちた表情の女王だったが、
「他の戦況はどうでしょうか」
 無理にそうしてるのであろう、毅然とした態度で、全体の戦況について報告を促す。
「しかし、女王様。姫様を助け出すためにすぐにでも部隊を編成、作戦を立案しませんと…」
 焦るミハイルを制するようにして手を上げると、
「エリサのためだけに、貴重な部隊を動かすわけにはいきません。ニコライもむやみに娘を害するような事はしないでしょう…」
 望みの薄い希望であることを、クラリス女王自体が良く知っているようだった。あの史上最悪のサディストに娘を捕らわれてしまったその沈痛は彼女にしかわからない。
 それ以上、エリサ救出作戦について続けることができず、ミハイルが戦況を報告しだす。
 沖田達が聞いていても、正規軍とは名ばかりで、現状は革命軍に各個に分断され、連絡が取れない状態で一方的に個別撃破され、壊滅寸前であるようだった。
 エメトリア正規軍という軍としての体裁は、もうほとんど残っていないのが現状のようだ。
「このままでは、エメトリアは革命軍に国が完全に掌握されてしまいます。やはり、国民軍決起の布告をおこないませんと」
 エメトリアは他国の侵略など危機的状態になれば、全国民は家に備蓄してある武器と弾薬を装備して、国民軍として戦うことが、エメトリア国憲法で国民の義務として定められている。
 その布告を行う権限を持つのは、女王であるクラリスだった。
「しかし、国民を積極的に戦闘に参加させるのは…」
 クラリスが躊躇する。
 これまでのエメトリアの歴史の中で、二度の大戦で行われた、国民軍決起。しかし、その度に老若男女、一六歳以下の少年少女を問わず、多くの犠牲者が出ていた。
「国連や、同盟国との交渉はどうでしょうか?」
 最後の希望として、エメトリアと同盟関係にある欧米諸国、近隣諸国からの援軍、そして、国連からのPKF(国連平和維持軍)の派遣が最後の望みだった。
 エメトリアからも革命軍の息のかかっていない、各国の大使館から国連へ要請が行われているはずだった。
「国連軍はソビエト崩壊に伴う周辺国の紛争対応に追われているため厳しいようです。一部のノルウェーのPKF部隊が派遣されてきましたが、革命軍に対抗するにはとても。同盟国ですが…」
「同盟国は、革命軍側とも交渉をしているようです。欧米諸国も我々を支援する利益とのバランスを図っているようで…」
 沈痛な顔でミハイルとその副官達が報告する。
「あのさぁ」
 そこに沖田が割って入った。
「取り込み中に悪いんだけど、俺たちはエリサ助けに行くから、早く地図とか抜け道とか教えてくんないかな」
 若干イライラしながら女王と大将に言う。
「何を言っている?経験のある諜報員でも国内への潜入は自殺するようなものだぞ」
 日本のハイスクールが何を言い出すのかとミハイルが呆れ顔で嗜める。
 沖田は、この人の良い爺さんが閣下と呼ばれる地位にあるエメトリア女王派軍は大丈夫なのかと思いその顔をアホ面で見つめ返した。
「では、私の方で、説明しましょう」
 クラリスが止める間もなく、フォーク少佐が強引に入って、沖田達三人を別室へと誘った。
「大丈夫でしょうか?」
「あの者達のことはフォークに任せましょう。現在のエメトリアの内情を知れば、諦めると思います」
 心配するクラリスに、ミハイルが答える。
「軍事顧問からの、マルコ大佐からの連絡は?」
「はい。援軍を送るとあったきり、連絡が途絶えております」
 ため息をつき、机に腰掛けるクラリス。
 国民軍決起の布告。
 それは、女王として使える究極の全体魔法だ。
 数百万人、老若男女問わず、恐怖や痛みを緩和、言い方を変えれば麻痺させることで、非戦闘員を狂気の戦闘集団と化すことができる魔法。
 発動される毎に多くの命が失われ、敵にも味方にも直視しがたい大量の戦傷者が発生する。
 魔法が解けた時、手足を失い、腹に穴が状態でのたうち回る、女性や子ども達。
 これまでの歴史でも部分的に使用され、それが故に、ヒトラーもスターリンも、フルシチョフも容易に手を出すことが出来なかった魔女の国エメトリア。
「大佐にもう一度連絡を」
 女王が言い、通信兵に指示を出すため傍らをミハイルが離れると、女王は疲れたように頭を抱えた。

To be continued.
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