67.ニコラエヴィチ将軍

文字数 1,385文字

 突入部隊により救出されたトラディッチは、城内の隠し通路を巧みに利用して後方の部隊と合流を果たしていた。
 しかし既に城内の大半を国民軍に占拠されており、城外への撤退は時間の問題だった。
 吹き飛ばされた耳の応急処置を受けながらフォークの報告を聞いていたトラディッチだったが、通信兵から告げられた名前を聞くと血の付いた頬に緊張が走った。
「大佐、不首尾でしたな。書記長も今回の件では大変落胆されております」
 通信の声の主は、ソビエト連邦を統べる書記長に最も近い軍人の一人だった。
 KGB内特に特殊任務を専門に遂行する部隊のトップ権限を持つこの男は、住人をエメトリア近郊の村を制圧設置したHQ(ヘッドクオーター)いるはずだ。
「ニコラエヴィチ将軍。ご無沙汰している」
 あくまで対等の立場をキープしようと虚勢を張ってみせるトラディッチだったが、それはあまりうまくいかなかったようだ。声の端が微妙に震える。
「同士よ。我が連邦では失敗を隠す必要はありません。挽回するチャンスがあるかぎり」
 この男が、周辺国で起きた資本主義型民主化革命時、敵対する民主化勢力の家族の耳や眼球を袋に詰めてて送りつけ、まだ生きている家族を人質に投降をさせた上、家族もろとも全員を虐殺したことを思い出す。
 自分と主義や考え方法論が同じとは言えそれが今、鏡のように目の前に立ちはだかり胃の腑を鷲づかんだ。
「TN(戦術核)はエメトリア国内の四箇所に設置済み。国民軍が降伏するのも時間の問題です」
 トラディッチの応えに、
「どれでも良いので、すぐに一基、起爆したまえ大佐」
 ニコラエヴィチの声がスピーカーから響き、周囲にいた兵士に動揺が走った。
「しかし、我が国土の一部を核で焼くのは…」
 さすがのトラディッチ鼻白む。
「書記長は今後、我が国と革命軍でのエメトリア支配がスムーズに進むことを望んでいるのですよ。大佐」
 トラディッチに対して、ニコラエヴィチの声は淡々としたものだった。
「核攻撃と同時に、我が部隊が突入。国民軍とやらを抹殺する。その上で女王と交渉の席につきましょう。我々と彼らの差をしっかりとわからせた上で」
「しかし…」
「国土の四分の三が残れば、エメトリアは復興できる。放射線汚染もヒロシマの百分の一程度で済みますよ。我々がそう開発した」
 無線の向こうで、部隊の出撃準備完了との声が響く。
「そちらで出来ないのでしたら、衛星経由でこちらから操作するまでです。同士トラディッチ。あなたがまだ負け犬ではないと信じていますよ」
 一方的に通信が切られた。
「大佐、Σ地点の核が良いかと思います」
 フォークが机に広げられたエメトリア全土の地図を示した。都市部から離れた山間部の中規模都市。それでも人口は数十万人に及ぶ。
 敵に対して極めて冷徹に作戦を実行できるこのフォークの不感症ともいえる感性や態度が、ある意味今回は救いだった。
「主要な人員の撤退は1時間程度で完了できます」
「魔女と例の異能力者達にはどう対処する?」
「彼らとて、核融合には対応できないでしょう。それに付近の反革命派市民を人間の壁として利用します」
 淡々と応えるフォークをみつめ、トラディッチはわざと大きく頷いてみせた。
「よろしい作戦を実行しよう」
 何かを振り払うようにして、トラディッチは立ち上がり、周りの兵士に頷いて見せた。

To be continued.
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