28.エメトリア女王

文字数 2,007文字

 クラリスが沖田達を連れて向かったのは、国境と隣国のちょうど境目の森林地帯にある古い教会堂だった。
 18世期に立てられたその教会はエメトリア郊外にあり、周囲を森と開けた草原に囲まれていた。
 敷地内を隣国との国境が二分しており、東半分がエメトリア、西半分が隣国の所属となってはいるが、協会そのものはエメトリアが管理運営を行っている。
 辺りには人家も少なく、石畳でできた道はところどころ剥がれて土がむき出しになっているが、教会周辺は人の手が入り綺麗に整えられている。
 教会を中心として、ここにも多くの難民達が集まっており、様々な色や形のテントが囲んでいた。
 所々、エメトリア国教会のロゴの入った救護テントの姿も見られる。
 クラリスは大分長い時間を経過しているであろうその教会堂に慣れた足取りで近づいていった。
 大きな門の前に立つと、門扉の上に備え付けられたカメラの方を見上げ、頷いてみせる。
 すると、脇にあった歩行者用の小さな扉の開く音がした。
 大きめのバックパックを背負った三人と、ナップザックにカメラを持った竹藤が後に続く。
 雨の中、急ぎ歩いてきた4人は既にずぶ濡れだった。
 クラリスは教会堂入り口の大きな木製の扉の前で再度カメラチェックを行うと、慣れた足取りで更に中へと入っていく。
 入るなり、むわっとした重い空気と錆びた鉄のような濃い血の臭いが鼻をついた。
 そこは、天井の高い、大きな礼拝堂だった。
 礼拝堂に良くある長椅子は脇に片付けられ、幾つもの病床が設置されている。そこに横たわる怪我人達の間を、僧服の上から白衣を着けたシスター達が忙しく立ち回っている。
 病床の上に横たわるのは、民間人だけでは無く、エメトリア軍の軍服を着た者も多いい。
 クラリスに気がついたシスター達が驚き、次いで歓喜を称えた表情で近づいてきた。
 跪き頭を垂れ、中には、クラリスの手をとって泣き出す者もいる。
 後に続く沖田達が顔を見合わせた。
 集まるシスター達にそれぞれの仕事に戻るように伝えると、クラリスはそのまま礼拝堂の奧の扉へと入り、地下へと続くらせん階段を降りて、幾人ものエメトリア兵に守られた通路を進んだ。
 すると、エメトリア軍の制服を着た高級士官らしき男が通路の奥から慌てて近づいてきた。
「ご無事でしたか!」
 沖田達の方を横目で見て、小声で話始める。
「え、エリサが見つかった!?」
 悲鳴のような叫びに、沖田達が一斉にクラリスを見た。
「なんだ?エリサがどうかしたって?!」
 三人との間に士官が入ろうとしたが、沖田が自然な動作でかわしてしまう。
「クラリス!エリサの場所がわかったのか?!」
 クラリスに詰め寄る沖田に、
「女王様に向かって無礼な!」
 士官が銃を抜いて突きつける。
「女王様?」
 銃に怯えるでも無く、まっこうから士官を見据える沖田。
 その様子に苛立ち、その士官がトリガーに力を込めて、沖田をにらみ付ける。
「フォーク少佐。銃をしまって下さい」
 クラリスが沖田に銃を突きつけている士官をを目で制した。
 すると、沖田達が見つめる中で、クラリスの姿が徐々に変化していった。
 背が少しずつ高くなっていき、顔色がくすみ、しわが増えていく。
 ジーンズに白いシャツ姿だった服も、ゆったりとしたロングドレスへと変化していった。
 あっけにとられている沖田達の目の前で、少女は50代とおぼしき貫禄のある女性へと変貌していった。
「ごめんなさい。エリサの友達を騙すつもりはなかったのですが…」
 一呼吸置くと、
「私がエメトリア国女王、クラリース・エル・デチーグ。エリサの母親です」
 日本式に腰を曲げてお辞儀をする。
「エリサのお母さん?」
 沖田が慌てて頭を下げた。
「えっとぉ、エリサさんとぉ、お、お付き合いさせていただいているぅ・・・」
 しどろもどろに挨拶しようとする沖田を吉川と小坂が同時にはたいた。
「今、そういうのいいから。それに、お付き合いってレベルじゃないだろうに」
 吉川が言いうと、
「ええ、あなたたちのことはエリサからの手紙で知っています。エリサと仲良くしてもらって、ありがとう」
 そういって頭をさげるクラリスからは、母親としての愛情がにじみ出ていた。
「で、エリサちゃんはどこで見つかったんです?」
 小坂が続く。
「実は、エメトリア国内で目撃されたようなのです…」
 沈痛な面持ちでエリサが捕らわれている施設について説明をする女王。
「まだ未確認ですが、最近、その地位を剥奪して、余罪について追求する予定だった情報局上級将校のニコライによって捕らわれたと」
 ニコライの悪名と、拷問施設と化したエメトリア脳科学研究所の話を聞いて、沖田達三人が焦り出す。
「エリサが捕らわれている施設の周辺の地図と、国内に入れる方法はありますか?」
「とりあえず、こちらへ来て下さい」
 必死の様子の沖田に頷くと、女王は先に立って歩き出した。

To be continued.
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