77.専守防衛
文字数 3,653文字
フォークの異能力でゾンビ化した暴徒となり、狂気の表情で殺到してくる難民達。
最初は緩慢だったその動作は確実に動きを速め、運動能力を増していった。
沖田達、武蔵野大学附属高校の学生---ムサノ生達は、難民からの攻撃を防ぎつつキャンプ内を移動して、PKO部隊が敷設した申し訳程度の対爆パネルとフェンスを盾に防御陣を組んで応戦していた。
その防御陣の中心で、長谷川と長島が携帯用のパラボラとアンテナを設置して、何やら忙しげにラップトップ型のマイコン端末を操作している。
意識を失い傷ついても尚、おかまいなしに殺到していく難民達。
沖田達は、次第に勢いを増すゾンビ化した難民の集団を持て余しはじめていた。
「吉川はどうした?!」
暫く前から、姿が見えなくなっていた吉川のことを沖田が聞いた。
「知らんわ!カーラもいないぞ!」
小坂が怒鳴り返し同時に、難民達の集団を強引な水面蹴りで草をなぎ払うように倒した。
「しけこみやがったか!」
喚く沖田に、
「ふざけてないで!!」
必死の形相で愛刀、粟田口国綱と彫り込まれた木刀を振るう大江。
「キャアアア!」
数名の難民達が智子を組み伏せる。その横で別の難民がまゆみにタックルをかけた。
駆け寄った大江が木刀で打ち据えてもびくともせず、逆に別の難民達が大江を取り押さえようと襲いかかる。
フレデリックがカチリとM4カービンのセレクターを切り替え、智子を取り囲む難民に向ける。
次の瞬間、フレデリックの手からM4カービンが吹き飛んだ。
強烈な回し蹴りでライフルを蹴り飛ばした沖田。
それでも、素早く腰のベレッタを引き抜いたフレデリックの前に、沖田が立ち塞がった。
沖田がフレデリックの構えるベレッタの銃口を睨みつける。
フレデリックが大きく舌打ちした。
「フォーク!聞こえているか!降伏する!」
沖田が両手を挙げて怒鳴った。
「俺たち能力者はお前らに投降してやる!その代わり、その他の者は見逃してくれ!」
『交渉できる立場にいると思うのか?』
脳内にフォークの甲高い声が響いた。
『そこでその女達がいたぶられて殺されていくのを見ているがいい』
沖田、小坂、フレデリックを押さえ込み、その目の前で、マユミ達に群がっていくゾンビと化した難民達。
「ちくしょう…殺るしかないのか…」
沖田の全身が赤く光り出す。観念したように目をつむった小坂の身体の周りにうっすらと透明な水の膜が覆い始める。
その能力をすべて解放すれば、自らの魂と引き換えに、数万人はいる難民全員を死体に変えることができる。
その無限の能力を今ここで解放しようというのか。沖田の眼が赤く光り帯び始めた。
「これまでか」
そういった刹那、周囲で鋭い炸裂音と共、強烈な光の爆発が起こった。
閃光の中、青い戦闘服に身を包んだ一団が、大きめのライアットシールドを連ねて難民達を押し退けて進んでくる。
その腕と胸に、国連PKOスウェーデン部隊の紋章。
PKOの青い戦闘服に身を包んだ十数名の兵士達が、手にしたスタンガンとトンファーで難民の動きを封じながら、沖田達を守るように取り囲んだ。
「国連PKO部隊です!救援に来ました!」
部隊のリーダーらしきスウェーデン人の青年が沖田達を振り返り、無理に笑ってみせる。
ヘルメットについた透明のシールドは割れ、左目からは流血していた。
「すぐそこまで装甲車が来ています。そこまで持ちこたえられれば…」
半透明のライアットシールドで難民達を押し返しながらリーダーが叫ぶ。
しかし、暴徒と化して殺到する難民達の中、ここまでたどり着いたこと自体が奇跡に近い。
傷ついたPKO部隊員からライアットシールドを借り、沖田と小坂が異能力を使って押し返す。しかし、フォークの魔法が力を強めているのか、他の隊員達がそれに合わせて殺到する難民達を押し返すことができない。
「せっかくここまで来てくれたのに…」
大江が呻き、周囲を見渡す。
真っ黒な虚のような眼を連ね、赤い口蓋を開いて迫り来るあ難民達。
フォークの魔法で意識を奪われ痛みや自分の死すら感じず、暴徒と化し、圧倒的な人数で襲い来る。
その時だった。
「見つけたぞ、このやろう!」
長島と長谷川の怒鳴り声が同時に上がった。
大きめのトラシーバーを素早く耳にまわした高梨が座標を読み上げる。
「届くか?!」
高梨が聞くインカムの向こうから、
「任せろ」
吉川の声が鋭く響いた。
上空19,000メートル。
超高高度を旋回飛行する偵察機ミャスィーシチェフM-55の機内で、与圧服に身を包み、酸素マスクを付けて瞑想するフォークの眼が見開かれた。
両隣に同じような格好で座る性別不明の人間の頭には、複数の電極が埋め込まれたヘッドセットが取り付けられ、鈍く輝いている。
「左だ。俯角60度で急旋回」
再び眼を閉じたフォークの頬に緊張が走る。
KGBから派遣されているパイロットの腕が優秀なのだろう。
空気の薄い超高高度にも関わらず、ミャスィーシチェフはその機体に似合わない急旋回をやってみせた。
黒い機体のすぐ横を、小さな光の閃光が通り過ぎる。
「右だ、すぐに来るぞ!」
フォークの鋭い声が飛ぶ。
機体の大きさからすれば本当に小さな点にすぎないその閃光は、正確に偵察機ミャスィーシチェフ の華奢な機体を狙って飛んでくる。
その小さな光に過ぎない弾頭には、三次元での物理法則を無視した質量と運動エネルギーが秘められていることを、フォーク以外の者が知ることはできなかった。
しかも弾頭の先には人間の眼がついていた。時折、ぎょろりと周囲を見回し、偵察機を正確に捕らえる。
4発目の弾頭が機体をかすめて傷を付けると、機内の気圧が低下を始め、赤く警告音が鳴り響く。
フォークとパイロットに明らかな動揺が走った。
5発目がちょうどフォークの座る床板を正確に撃ち抜き、天井へと突き抜けた。
気圧差で機体上部のパネルが跳ね飛び、シートベルトを付けた座席ごと、ヘッドセットを付けた一人が機外へと吸い出された。
「待避します!!」
パイロットの叫びがインカムに響くと同時に、機体が急旋回をかけながら高度を落とし、エメトリア国外へと針路を取る。
すると最大戦闘速度で離脱を開始した。
「やったわね」
眼を閉じ、吉川の放ったバレットの弾頭を操作していたカーラがその眼を開けた。
吉川がバレットM107の重いコッキングレバーを引いて排莢する。
難民キャンプから少し離れた丘の上に、これまで見えなかった二人の姿が現れた。
吉川とカーラは、フォークの魔法で難民達が暴徒化を開始すると、カーラの魔法でその身を隠して、難民キャンプを離れた。
同時に、カーラは上空からの力の影響を感じたことを告げたため、長谷川、長島が周辺の飛行物体の捜査を開始したのだった。
異能力者とは言え、吉川の放つ弾丸だけでは、超高高度を飛ぶ偵察機を落とすことは難しい。
カーラの行う次元操作も合わせてバレットの弾頭を、超高高度偵察機である、ミャスィーシチェフ M-55へと飛ばしたのだった。
偵察機の離脱を確認すると、
「そっちはどうだ?!」
吉川が首に手を当ててインカムに叫んだ。
「と、止まった…」
沖田が難民達の襲撃でボロボロになったライアットシールドで押し返すと、魔法の解けた難民達が次々と地面に倒れ込んでいった。
「終わったのか?」
偵察機の離脱と同時に、難民達は次々と意識を失って倒れ込む。
沖田達とPKO部隊員以外、周辺に動く者はなかった。
PKO部隊のリーダーがヘルメットを脱いで、沖田に近寄った。
「あの状況下でよく、銃を使わなかったね」
そう言って、右手を差し出す。
「それはお互い様だろ」
沖田が意識を失って倒れている女性や子どもに眼を向けた。
「さすがにね。専守防衛は日本のお家芸なんだ」
冗談で返し、リーダーの手を握リ返した。
PKO部隊のリーダーはハンスと名乗り、
「ジャミングの間隙を縫って、エメトリア女王から通信が受信できてね。君達が国連に提出するエメトリア国内の状況情報をこちらに持ってくると」
そう言って笑い本部に連絡するのか、インカムに耳を当てた。
「えっ?!」
ハンスの表情が一変し、エメトリア首都の方角へと慌てて振り向き、沖田達も吊られてそちらを見る。
遠く、エメトリア上空が赤く染まっていた。
黒煙が立ち上っているのが数十キロ離れたこの距離からでもわかった。
小坂、マユミ、大江といったたのムサノメンバー達も気がついたようだ。
呆然と、首都の方を見つめる。
「空爆が始まってる?!」
ロシアがエメトリアに通告してきた再侵攻の時間までまだ数時間はあるはずだった。
しかし、エメトリア上空はその空を赤く染め、空爆が進んでいることを知らせる狼煙のように、幾つもの黒煙が立ち上っていた。
「なんでだよ…」
青白く染まった沖田の横顔。
その表情は絶望を通り越し、取り返しのつかない虚無を見つめるようだった。
To be continued.
最初は緩慢だったその動作は確実に動きを速め、運動能力を増していった。
沖田達、武蔵野大学附属高校の学生---ムサノ生達は、難民からの攻撃を防ぎつつキャンプ内を移動して、PKO部隊が敷設した申し訳程度の対爆パネルとフェンスを盾に防御陣を組んで応戦していた。
その防御陣の中心で、長谷川と長島が携帯用のパラボラとアンテナを設置して、何やら忙しげにラップトップ型のマイコン端末を操作している。
意識を失い傷ついても尚、おかまいなしに殺到していく難民達。
沖田達は、次第に勢いを増すゾンビ化した難民の集団を持て余しはじめていた。
「吉川はどうした?!」
暫く前から、姿が見えなくなっていた吉川のことを沖田が聞いた。
「知らんわ!カーラもいないぞ!」
小坂が怒鳴り返し同時に、難民達の集団を強引な水面蹴りで草をなぎ払うように倒した。
「しけこみやがったか!」
喚く沖田に、
「ふざけてないで!!」
必死の形相で愛刀、粟田口国綱と彫り込まれた木刀を振るう大江。
「キャアアア!」
数名の難民達が智子を組み伏せる。その横で別の難民がまゆみにタックルをかけた。
駆け寄った大江が木刀で打ち据えてもびくともせず、逆に別の難民達が大江を取り押さえようと襲いかかる。
フレデリックがカチリとM4カービンのセレクターを切り替え、智子を取り囲む難民に向ける。
次の瞬間、フレデリックの手からM4カービンが吹き飛んだ。
強烈な回し蹴りでライフルを蹴り飛ばした沖田。
それでも、素早く腰のベレッタを引き抜いたフレデリックの前に、沖田が立ち塞がった。
沖田がフレデリックの構えるベレッタの銃口を睨みつける。
フレデリックが大きく舌打ちした。
「フォーク!聞こえているか!降伏する!」
沖田が両手を挙げて怒鳴った。
「俺たち能力者はお前らに投降してやる!その代わり、その他の者は見逃してくれ!」
『交渉できる立場にいると思うのか?』
脳内にフォークの甲高い声が響いた。
『そこでその女達がいたぶられて殺されていくのを見ているがいい』
沖田、小坂、フレデリックを押さえ込み、その目の前で、マユミ達に群がっていくゾンビと化した難民達。
「ちくしょう…殺るしかないのか…」
沖田の全身が赤く光り出す。観念したように目をつむった小坂の身体の周りにうっすらと透明な水の膜が覆い始める。
その能力をすべて解放すれば、自らの魂と引き換えに、数万人はいる難民全員を死体に変えることができる。
その無限の能力を今ここで解放しようというのか。沖田の眼が赤く光り帯び始めた。
「これまでか」
そういった刹那、周囲で鋭い炸裂音と共、強烈な光の爆発が起こった。
閃光の中、青い戦闘服に身を包んだ一団が、大きめのライアットシールドを連ねて難民達を押し退けて進んでくる。
その腕と胸に、国連PKOスウェーデン部隊の紋章。
PKOの青い戦闘服に身を包んだ十数名の兵士達が、手にしたスタンガンとトンファーで難民の動きを封じながら、沖田達を守るように取り囲んだ。
「国連PKO部隊です!救援に来ました!」
部隊のリーダーらしきスウェーデン人の青年が沖田達を振り返り、無理に笑ってみせる。
ヘルメットについた透明のシールドは割れ、左目からは流血していた。
「すぐそこまで装甲車が来ています。そこまで持ちこたえられれば…」
半透明のライアットシールドで難民達を押し返しながらリーダーが叫ぶ。
しかし、暴徒と化して殺到する難民達の中、ここまでたどり着いたこと自体が奇跡に近い。
傷ついたPKO部隊員からライアットシールドを借り、沖田と小坂が異能力を使って押し返す。しかし、フォークの魔法が力を強めているのか、他の隊員達がそれに合わせて殺到する難民達を押し返すことができない。
「せっかくここまで来てくれたのに…」
大江が呻き、周囲を見渡す。
真っ黒な虚のような眼を連ね、赤い口蓋を開いて迫り来るあ難民達。
フォークの魔法で意識を奪われ痛みや自分の死すら感じず、暴徒と化し、圧倒的な人数で襲い来る。
その時だった。
「見つけたぞ、このやろう!」
長島と長谷川の怒鳴り声が同時に上がった。
大きめのトラシーバーを素早く耳にまわした高梨が座標を読み上げる。
「届くか?!」
高梨が聞くインカムの向こうから、
「任せろ」
吉川の声が鋭く響いた。
上空19,000メートル。
超高高度を旋回飛行する偵察機ミャスィーシチェフM-55の機内で、与圧服に身を包み、酸素マスクを付けて瞑想するフォークの眼が見開かれた。
両隣に同じような格好で座る性別不明の人間の頭には、複数の電極が埋め込まれたヘッドセットが取り付けられ、鈍く輝いている。
「左だ。俯角60度で急旋回」
再び眼を閉じたフォークの頬に緊張が走る。
KGBから派遣されているパイロットの腕が優秀なのだろう。
空気の薄い超高高度にも関わらず、ミャスィーシチェフはその機体に似合わない急旋回をやってみせた。
黒い機体のすぐ横を、小さな光の閃光が通り過ぎる。
「右だ、すぐに来るぞ!」
フォークの鋭い声が飛ぶ。
機体の大きさからすれば本当に小さな点にすぎないその閃光は、正確に偵察機ミャスィーシチェフ の華奢な機体を狙って飛んでくる。
その小さな光に過ぎない弾頭には、三次元での物理法則を無視した質量と運動エネルギーが秘められていることを、フォーク以外の者が知ることはできなかった。
しかも弾頭の先には人間の眼がついていた。時折、ぎょろりと周囲を見回し、偵察機を正確に捕らえる。
4発目の弾頭が機体をかすめて傷を付けると、機内の気圧が低下を始め、赤く警告音が鳴り響く。
フォークとパイロットに明らかな動揺が走った。
5発目がちょうどフォークの座る床板を正確に撃ち抜き、天井へと突き抜けた。
気圧差で機体上部のパネルが跳ね飛び、シートベルトを付けた座席ごと、ヘッドセットを付けた一人が機外へと吸い出された。
「待避します!!」
パイロットの叫びがインカムに響くと同時に、機体が急旋回をかけながら高度を落とし、エメトリア国外へと針路を取る。
すると最大戦闘速度で離脱を開始した。
「やったわね」
眼を閉じ、吉川の放ったバレットの弾頭を操作していたカーラがその眼を開けた。
吉川がバレットM107の重いコッキングレバーを引いて排莢する。
難民キャンプから少し離れた丘の上に、これまで見えなかった二人の姿が現れた。
吉川とカーラは、フォークの魔法で難民達が暴徒化を開始すると、カーラの魔法でその身を隠して、難民キャンプを離れた。
同時に、カーラは上空からの力の影響を感じたことを告げたため、長谷川、長島が周辺の飛行物体の捜査を開始したのだった。
異能力者とは言え、吉川の放つ弾丸だけでは、超高高度を飛ぶ偵察機を落とすことは難しい。
カーラの行う次元操作も合わせてバレットの弾頭を、超高高度偵察機である、ミャスィーシチェフ M-55へと飛ばしたのだった。
偵察機の離脱を確認すると、
「そっちはどうだ?!」
吉川が首に手を当ててインカムに叫んだ。
「と、止まった…」
沖田が難民達の襲撃でボロボロになったライアットシールドで押し返すと、魔法の解けた難民達が次々と地面に倒れ込んでいった。
「終わったのか?」
偵察機の離脱と同時に、難民達は次々と意識を失って倒れ込む。
沖田達とPKO部隊員以外、周辺に動く者はなかった。
PKO部隊のリーダーがヘルメットを脱いで、沖田に近寄った。
「あの状況下でよく、銃を使わなかったね」
そう言って、右手を差し出す。
「それはお互い様だろ」
沖田が意識を失って倒れている女性や子どもに眼を向けた。
「さすがにね。専守防衛は日本のお家芸なんだ」
冗談で返し、リーダーの手を握リ返した。
PKO部隊のリーダーはハンスと名乗り、
「ジャミングの間隙を縫って、エメトリア女王から通信が受信できてね。君達が国連に提出するエメトリア国内の状況情報をこちらに持ってくると」
そう言って笑い本部に連絡するのか、インカムに耳を当てた。
「えっ?!」
ハンスの表情が一変し、エメトリア首都の方角へと慌てて振り向き、沖田達も吊られてそちらを見る。
遠く、エメトリア上空が赤く染まっていた。
黒煙が立ち上っているのが数十キロ離れたこの距離からでもわかった。
小坂、マユミ、大江といったたのムサノメンバー達も気がついたようだ。
呆然と、首都の方を見つめる。
「空爆が始まってる?!」
ロシアがエメトリアに通告してきた再侵攻の時間までまだ数時間はあるはずだった。
しかし、エメトリア上空はその空を赤く染め、空爆が進んでいることを知らせる狼煙のように、幾つもの黒煙が立ち上っていた。
「なんでだよ…」
青白く染まった沖田の横顔。
その表情は絶望を通り越し、取り返しのつかない虚無を見つめるようだった。
To be continued.